タウロスのやる気、爆上げ大作戦。その4
ユミナたちは深い森を進んでいた。
昼間は商売人たちの声が響き、夜は暗闇はない。明かりが消えない街。それが『ムートン』。
街から離れるにつれて人工物はなくなる。街がみるみるうちに小さくなっていく。今、ユミナたちがいるのは樹木が巨大サイズが無数に生えている森のフィールド。見渡す限り木々は重なっている。お昼の時間帯なので、枝葉の隙間から光が降り注がれている。
「ねぇ、キャンサー」
「どうかしましたか?」
樹木に擬態していたモンスターを倒したキャンサー。
落ちている形成された木材アイテムを回収している最中に質問した私。
「変な質問するけど。キャンサーってカニっぽくないよね」
目先のキャンサーは、赤髪でゴスロリの機械人形。武器は細い刀身と巨大なハサミ。
キャンサーの専用武器、片手剣は七式戦術白刀。左腕には切れ味の鋭い切断用大型ゴールドシザース。
赤髪と鋏で蟹座に任命されたと、考えていた。
しかし、他の星霊はモチーフの星座に寄せている部分が確認されている。
落ちている素材を集め終わったタウロスが私に話しかけた。
「お嬢が疑問に思うのも当然だ。でも、キャンサーはこれでいいんだ」
「これでいい?」
「キャンサー、出してみな」
若干、怪訝な顔を浮かべるキャンサー。
「良いのですか、タウロス」
「お嬢は気にしないぜ」
「わかりました。」
そう言ったキャンサーは右手首にはめているブレスレットに声をかけた。
「来なさい、プレセペ」
◇◆
深海。岩が響く。岩肌は複眼だった。色彩確認OK。動作問題ナシ。地形インポート。
機械音と海音が振動する。
もの凄いスピードで浮上する物体。
水面から上がった時には、表面に覆われていた岩は無くなっていた。赤い機械は音声認証を行った人物の元へ飛んでいく。
◇◆◇◆
森が騒がしかった。ユミナたちへ向かってくるモンスターたち。でも、誰もユミナたちを相手にしない。
逃げ惑うモンスター。
甲高いうなりが前方から聞こえてくる。頭上に視線を変えた。森で支配されているが強風にあおられている。おかげで空を見ることができた。雲から音が聞こえる。甲高い音だ。
ユミナと同じようにタウロスもキャンサーも首を伸ばしていた。
「来ました!」
キャンサーが言った。
機械音が大きくなる。
ジェット音とともに赤い装甲を纏った物体が落ちてくる。
完全に制御された降下で赤い物体。赤い物体の下に装備されている脚。前二本の鉗脚以外の八本の脚で降下先にある邪魔な森林をどかしていた。
地面に着地した赤い物体。
ユミナは驚いて目を見張った。それは大きなカニだった。
生物ではない。機械仕掛けの巨大生命メカ蟹。
タカアシガニによく似ていた。複眼は周囲の情報を集めているのか360度回転し続けている。
顔兼胴体部分は装甲に棘が付いていた。十本の脚の銀色と黒色が入り混じった色合い。お昼時ということで太陽の光が当たり光り輝いている。
お尻部分が開く。輸送機のようだった。三人が『プレセペ』の内部に入った瞬間に『プレセペ』は動き出した。
目的地まで自律移動してくれる。
「キャンサー、これ。何?」
「惑星間航行用防衛戦略宇宙戦艦『プレセペ』です」
最後の宇宙戦艦しか覚えれなかった。
「で、この宇宙戦艦は何?」
何々戦法をとる嫌な客みたいになっているユミナ。それに対して、ちゃんと答えるキャンサー。
「私専用武器です」
ユミナは首を傾げ、キャンサーの両腕を見る。
「七式戦術白刀とゴールドシザースじゃなかったの?」
「この二種の武器は『プレセペ』の内部で製造された物です」
惑星間航行用防衛戦略宇宙戦艦『プレセペ』は製造・補給・救命・偵察と何度もこなす兵器。
キャンサーが手首に装着しているのはブレスレット型ハイテクツール『L.E.O.N.A.R.D.O』。音声入力が搭載されている。起動者の声紋を登録することで、『プレセペ』を呼び出すことができる。『プレセペ』の各種機能の操作は起動者のみが使用できる。
「でもさぁ、声紋がコピーされたら悪用されない?」
ユミナの言葉はもっとも。敵に『L.E.O.N.A.R.D.O』を奪われ、キャンサーの声紋をコピーされていたら即『プレセペ』は実動される。きちんと性能を確認していないが、見た目からも危険性が高い。巨悪な兵器になり変わるのが想定される。
「心配ございません」
キッパリと応えたキャンサー。
「失礼ながら、ユミナ様。私が『L.E.O.N.A.R.D.O』に向かって発した言葉。理解できましたか?」
「そういえば、聞き慣れない言語だった気がする」
「私が先ほど、発した言語はこの現代には存在しない言語です。戦闘中、非戦闘中に『プレセペ』を呼んでも誰も理解できません」
「なるほど...」
「仮に『プレセペ』を呼び出すことが出来ても、使用はできません」
「どういうこと?」
「各武装、内部の機能は使用権限が私、キャンサーになっています。主の変更手続きをしない限り、『プレセペ』はただのガラクタ。置物同然です。しかも、耐久・腐食も完璧。何百年経っても色褪せることもなく、性能が落ちる心配もありません。それから......」
「お、おっー」
淡々と『プレセペ』の機能性や安全性を喋るキャンサー。校長先生の長話よりは百倍有意義だけど......
キャンサーの説明の中に、この『プレセペ』は宇宙空間でも活動が可能な代物らしい。
いつか、宇宙にも行ってみたいな〜
「長い」
襟を掴むタウロス。
正気に戻ったキャンサー。
「申し訳ありませんでした、ユミナ様」
「良いよ。キャンサーが『プレセペ』を大切に扱っていることが十分にわかったから!!」
キャンサーが『プレセペ』を見る。
「蟹座に就任された時から、あらゆる元素・素材・知識などを与えられました。私は戦闘が不得意です。対照的に作品を作ることは好きです。自分含め星霊の、人の役に立てる物を創造する。それが私の行動原理です」
「分かったわ。キャンサー、改めて私と一緒に歩んでくれる?」
膝をつき、ユミナの指輪に口付けをするキャンサー。
「よろしくお願いします。ユミナ様」
「それにしても、」
ユミナが新しい話題を出す。
「『支配』状態で『プレセペ』を呼び出されてたら、終わってたかもね」
「私たちを『支配』していた者は、私たちの容姿にしか興味ありませんでした。私たちのステータスも確認していますが、一戦のみだけ戦闘させ、後はローブを被されていました」
「意図があったのかな?」
「どうでしょうか。推測になりますが、あの者は計算高い存在だったかと」
「計算高い? アイツが!?」
ユミナがバシャの行動を思い返す。王国を自分の物にするために暗躍していたのはわかる。でも、星霊関連に関してはお世辞にも上手くいっているとは思えなかった。タイマンを提案したのもバシャだ。あれが、お互いの総力戦だったら結果はわからなかったかもしれない。
「初めは、普通を演じ、徐々に頭角を表す筋道を立てていたと考えられます。私たち星霊五人だけを先にお人目して民衆に支持を受けるよりも、十二人全てを掌握した時点で『王』を名乗れば、誰も歯向かう者はいない。星霊は強大な力の集合体です。あの者は誰にも負けない『力』を欲していましたので......」
「それで、納得するしかないのかな」
「真実は、本人しか知りません」
「私なら、向かってくる者が完全な敵なら全勢力で迎え撃つんだけど〜」
「お嬢は、即行動が染み付いているからな。だから、王城で敵に首を刈り取らなかったのは驚いたよ。『あれ、この人偽物?』って」
「ちょっと、タウロス!? 変なこと言わないでよ。私は野蛮な人間じゃない、可憐で淑女が似合うユミナちゃんよ!!」
「へぇ〜 そうですねー」
棒読みのタウロスにボディーブロー。かわされた!?
臨戦態勢を取るユミナとタウロス。間に入るキャンサー。
「二人とも、到着しますよ」
モニターに映し出された。小屋が一つポツンと立っていた。
どうやら、あの建物が目的の職人さんの家らしい。