8皿目:負けちゃいました……
「ーーー大丈夫ですか?」
手を差し伸べられ、助けを借りようか少し迷ってから、その手を取ります。
起き上がると、バイザーの端に軽微な損傷のアラート。背中側で故障が出ているようでした。
(あとで修理してもらわなきゃ……)
考えつつ、思い返してみます。
ワタシの動きを見つつ、基本的な斬り込みからの急制動、そして跳ね上げ。特筆するべきはあの速度でもぶれない剣技の正確さでしょう。実際にはさらに追撃することも可能だったと思います。
翻って、ワタシ自身の技量の未熟さが恥ずかしくなる程です。
「ありがとう、ございます……」
バイザー越しで良かった。
闘技はベルさんに負けないと思っていた。でも勝てなかった。きっとワタシは酷い顔をしていたと思います。
ベルさんがそれに気づいたのかはわかりませんが、その声色からは、バイザーの後ろに穏やかな表情が透けて見えるようでした。
「ーーーもう、大丈夫です」
これ以上、好意を寄せる人にカッコ悪いところを見せたくなくて、ワタシはできるだけ平静を装って顔をあげます。
「……で?妹に対するアドバイスとやら、聞かせてもらおうかしら?」
お姉ちゃんが切り替えるようにベルさんを促します。
ベルさんはバイザーをはね上げると、ワタシに向き直ってこう言いました。
「僕が思うに、ティトさんの弱みは、重量級ゆえの隙だと思うのです」
重量級ゆえの、隙……ですか。
ベルさんは続けます。
「ティトさんは重量級かつスピードがあるので、大胆な攻めを展開しても、反撃で揺らぎにくいです。実際、生半な攻撃では弾かれるだけでしょう」
逆関節脚部による重量級かつスピードファイター。
そこに長柄のハンマーという遠心力を味方にする武装。
外骨格を自在に操るためのレッグアンカーに腕のフックショット。
これまでの闘技では、確かに反撃を弾き返し、逆にカウンター仕返す場面も多くありました。
「ですが、体勢が崩れたり、重心が上がっている状態では、ピンポイントに体勢を崩す攻撃に弱くなります」
先程のようなすくい上げる攻撃の他にも、例えば同じような重量級外骨格からの攻撃や、単純に足払いやワイヤートラップなどが当てはまりそうです。
「今回のトーナメントでは、特に格上の剣闘士とも当たります。その中に、体勢を崩してくる相手は必ずいるでしょう」
なるほど、確かに納得のいく経験とアドバイスです。
おかげでワタシのちっぽけなプライドはへし折られましたが。
「そうですね……隙間のないくらいの連続攻撃、重心のぶれない安定した攻撃、そういったものを積み重ねることが対策、ですかね」
ベルさんの言う対策は、よく的を得ていると思います。
ただ、それは経験と修練の先に得られるもの。そのため、今のワタシができる事といえば、とにかく対戦相手を研究すること、それから様々な攻撃動作を知ることくらいでしょうか。
そんなことを考えていると、お姉ちゃんが頷きました。
「なるほどね。確かに、ティトの攻撃はムラがあって、腰の座った攻撃も浮ついた攻撃も混ざってる。そこを見極めて隙を突ける相手には気をつけろってことね」
その言葉に、ベルさんも頷きます。
「……戦い方は習ったわけじゃない、ですから」
ワタシの戦い方は見様見真似、それからお父さんとお母さんの外骨格の動かし方がベースです。
誰に師事するでもなく、闘技の中で戦い方を学んでいる最中であり、基本というものを知りません。だから、初見の相手や奇抜な動きにはあまり強くないのです。
「ティトさんは強いです。でも、あくまで今のランク帯では、という但し書きが付きます。格上は、技術的にもやはり格上なんです」
その点については、ベルさんに言われずともわかっています。
……いえ、わかっていたつもり、でしたね。
とても、えぇ、とっても!悔しくはありますが、今回の負けは、必ずやワタシの成長につながる事でしょう。
一周回って、ワタシ自身の未熟さに腹が立ってきたところです。
「アドバイス、ありがとうございます。トーナメントまであまり時間はありませんが、やり方考えてみますね」
ようやくバイザーをあげます。
もう少し、頑張ってみよう。
今日の敗北は、きっと意味のある敗北です。
絶対に!ぜーったいに!強くなってみせます。
***
ティトとベルセッテの模擬戦から数刻ののち。
「ーーーー頼んだ件、首尾はどう?」
とある路地裏にて。
ルィトは振り向かずに、背後に声をかける。
その声の先には、先程まではいなかったはずの、すっぽりとフードを被った人影かあった。
情報屋。
様々な職業組合や連盟に所属せず、それらの合間に浸透するように存在する、形なき職業。
その一人と、ルィトは過去に知り合い、今もこうして付き合いを続けている。
情報屋は小さいがよく通る声で告げる。
「まだだ。ガードが硬い」
ルィトが頼んだのは、もちろんベルセッテ・アンブラなる男の素性調査である。
これを依頼したのは、ベルセッテが現れてすぐ。それなりの期間を経てなお情報屋がガードが硬いというのであれば、それは最早貴族絡みであるといえよう。
その証拠をつかむまでが、彼に依頼した仕事だ。
「そう。なら、引き続きよろしくね」
そう言い終える頃には、すでにフードの姿はない。
ルィト自身、情報屋の顔を知らない。
まともに向き合ったことすらないのだから。
けれど、今までの実績を考えれば、その信頼性はすこぶる高い。
「……貴族か。いよいよもって、きな臭いわね」
先程のティトとの一戦。
使い慣れていない借り物の外骨格を使用していたにも関わらず、あの正確な操作。
そして基礎能力の高さが窺える正統派の体運び。
あれは商家の子息なんかじゃない。
間違いなく、剣闘士を抱える貴族のどこかだ。
あれほどの腕前の剣闘士は、かなり上位層でしか見られないはずなのだ。
「ベルさん、アンタ、人が悪いよ。なんでティトなのさ……」
ひとり呟く。
貴族は、この巨像都市の方針を決める貴族議会、そこに名を連ねる80あまりの富裕層家系の通称だ。
私財を多く保有し、一般国民とは一線を画す、名前の通り尊き守護者フラクの近縁や従者だった者たちの末裔。
都市の発足から発展を見てきた家系であるがゆえに、その発言力と責任を有する。
……当然、その子息が、婚姻など自由にできるわけがない。
貴族は貴族どうし、互いの利益や友好を鑑みた政略結婚が当たり前だからだ。
商家であれば、まだ、風変わりな者が気まぐれな婚姻をする、という線もあった。
でも、貴族であれば、例え長男や次男でなくとも、そんな自由はないのだ。
「何が狙いなの?どうしてティトなの?もっと普通の人なら、安心して任せられたのに……!」
愚痴ったところで、ベルさんとティトの関わりがリセットできるわけもない。
ルィトにできるのは、正しい情報を得て、酷い結末にならないように誘導するくらいだ。
それだって、ティトやベルさんの気持ちまでは変えられない。
せいぜいが墜落を軟着陸に軌道修正するくらいで、落ちること自体は変えようがない。
「頼むから、あの子を傷つけないでよ……ベルさん」
ルィトはどうしようもない現実に、自身の無力感を噛みしめることしかできなかった。
***
ベルさんとの模擬戦が終わった後、ワタシはそのまま闘技場に留まり、過去のアーカイブを閲覧していました。
これらの映像は、一定期間内の闘技を録画したものです。
フェイントなどの細かな挙動までは見ることはできないものの、立ち回りや武器の扱いなどはある程度が参考になり、剣闘士の名前やナンバリングで検索もできるので、気になる剣闘士や自分の履歴を見ることで、復習や研究に使うのがもっぱらの資料となります。
まず確認しているのは、ワタシが過去に苦戦した相手との闘技。
それから、苦戦した相手が普段どんな戦いをしていたかなど、他の剣闘士との闘技。
ワタシがどんな相手が苦手なのか、どんな相手の挙動が苦手なのか、洗い出しているのです。
苦戦していた闘技では、だいたい重量級の相手と撃ち合って弾かれたり、中量級でも剣の技量が高い相手にはカウンターを取られたり。
ベルさんの助言通り、重心がブレない重量級やカウンター狙いの相手には隙を見せてしまう事が多かったようでした。また、重量級の闘技を見ると、腰が落ち着いて重心が低く保たれており、攻撃が浮つくことが少ないことにも気付きました。
ワタシの場合、同じ重量級でもフットワークが軽いという少々変わり種な部分があるので、移動の際に重心が浮きがちだったみたいです。
「よし、だいたいわかった……」
ひとりごちて、それから闘技訓練プログラムを起動します。
バイザーごしにホログラムの剣闘士が現れると、そいつはスッとロングソードを構えました。さっきのベルさんのデータを元に構築されたソレに、ワタシは遠慮なく飛びかかっていきます。
空振り、そして被弾。
ホログラムの攻撃は痛くはありませんが、破損の模擬アラートがでます。
再開。そしてまた被弾。
鍛錬は無言のままに進み、したたる汗と熱くなっていく吐息だけが、時間の経過を示していました。
今まで、こうやって負けては分析と鍛錬を繰り返してきました。それだけで勝てていました。
だけど、上位に食い込んでいくためには、もっと強くならなければいけません。
ベルさんのシャドーだけでなく、苦手な相手のホログラムを相手に、じっくりと、反復練習。
(負けたく、ない……!)
その一心で、ワタシは弱点を克服しようと鍛錬を続けます。
特別闘技まで数日間。
強く、なりたい。
■剣闘士【ディア・ナ・シュラム】と整備士【ディア・ナ・エルム】
ともに外骨格関係の仕事として一般的なもの。通常は研究所や工房、貴族お抱えなど、その流派派閥に所属し、師事することで成長していく。ティトのようなほとんど野良の剣闘士は、下位層にこそ存在するものの、ランクが上がるにつれていなくなっていく。
良くも悪くも実力主義の国家のため、実力さえあれば派閥は関係なくランクは上がるが、やはり設備や資金、技術力などでは、野良剣闘士には大きなハンデがあると言える。
整備士についてはさらにシビアで、剣闘士なしに生計は建てられず、工房を持つにも土地の所有は国家承認が必要で、既存の工房に入る以外に道がない。それぞれの工房は技術公開に消極的であることも多い。
いずれの工房にも源流となる派閥があり、国家的に正統派とされているのが、統合技術研究会となる。
同会は守護者フラクの鎧を整備・研究していた者たちの末裔であり、フラクの鎧をベースとした外骨格の量産化などを成し遂げた研究者たちの末裔でもある。国家の基礎を作ったといっても過言ではない集団であり、主流である以上の政治力を持ち合わせる。
統合技術研究会以外の主流には、狩猟装具士連、先鋭技術開発所があげられる。
狩猟装具連はその名の通り、狩猟に関する外骨格開発を主眼とした技師たちの集団である。
ティトの用いるギミック武装(脚部アンカーや腕部ショットなど)の開発・整備に関わる技師たちが多く集まり、樹海などの特殊環境下での外骨格運用などの研究も行っている。麻酔弾銃器やテーザーガン、帯電武器の開発は、この連合のみが国家許可を得て開発・販売・整備を行っており、その技師も資格制で管理され、違法なものの取り締まりの根幹をなす。
先鋭技術開発所は統合技術研究会では傍流になる、実用化に向かない技術等の開発をする集団である。
正直なところを言えば、厄介者、偏屈、異端者、ギアホリック、尖った研究者の集まりであり、実用化してはいけない等とも評される技術の多い集団だが、通常の開発では気付けないような奇抜な開発が、正規品の改良や革新につながる場合も多分にあり、国家から資金の首輪をつけられる形で管理されている状態。
狩猟装具などは、高すぎる威力を使用者に合わせて調整したものからできている事も多い。近年は一般的になった排熱再利用機構も、元々はこの開発所から発生したシステムとなる。