7皿目:ベルさんと模擬戦?!
そうするうち、ベルさんはテーブルの上の封書に気付いたようでした。
「おや?こちらは……?」
ソレにいち早く答えたのはお姉ちゃんです。
「特別トーナメント戦の説明文よ。なんの因果か、ティトが選手に選ばれたらしくてさ」
読んでも構いませんか?と断りを入れてから、ベルさんが封書の中身を黙読していきます。
「あぁ、こういう……」
そうごちると、納得したようで、ベルさんはにこやかに“おめでとうございます”と言ってくれます。
しかし、その表情はいつものよりも、少し控えめな気がしました。
「……あの、何か気になる事でも、ありましたか?」
その質問に、ベルさんは少しだけ驚いた顔をしましたが、すぐにいつものように微笑みます。
「いえ、いつものランク戦よりも上の方とも戦うので、ティトさんが怪我したりしないか心配だったのです。でも、ひたむきに戦うティトさんに失礼だと思って、言わないつもりでした」
苦笑いしつつ頬をかくベルさん。
しかし、失礼だなんて、そんなことはもちろんありません。
「そんなこと、ありませんよ。け、怪我はもちろん怖いですし、心配してくれて、む、むしろ有り難いばかりです」
心配してくれて、想ってくれて、ワタシの心は温かくなりました。そこに、失礼なんてあるわけないのです。
「そう、でしょうか。……いえ、ティトさんがそう仰るのなら、そう、なんですよね。次からはもっと素直にお伝えしますね」
そんなやり取りを見て、お姉ちゃんが一言。
「アンタたち、随分と通じ合うようになってきたわねぇ……。人の目の前でイチャイチャしないでよね、もう」
呆れたような視線を向けるお姉ちゃん。
た、確かに、最初に比べたら、ワタシの態度は多少……いえ、かなり、親密さが出てきている、のかも、しれません。
ですが!
イチャイチャ、なんて、そんなことは……!
「はぅあ……!そそそそんな、イチャイチャだなんて……!?」
確かに、ベルさんへの好意は自覚はしていますけど!
していますけど!
「僕としては拒む理由などありませんので、もっと欲しいくらいですが」
わたわたするワタシとは正反対で、ベルさんは涼しい顔でした。そして、もっと欲しいというその言葉に、さらに頬が熱くなります。
「はぁー……激甘かよ」
お姉ちゃんも呆れるほどの甘さ加減のようでした。
と、そこでベルさんが改まってワタシに向き直ります。
「冗談はさておき」
その表情はいたって真面目、甘さを控えめにしたものでした。
「ティトさんが格上の方と戦う事になりそうなのは事実ですよね」
特別トーナメントは、その性質上、必ず格上とあたることになります。力量差がある相手との戦いは、避けられないでしょう。
そこについて、ベルさんはこんな提案をしてくれました。
「もしよろしければ、僕が闘技を見ていて気になった点をお伝えしておきましょうか?」
それは、ワタシの弱点や癖についての分析、といったところでしょうか。
「あ、それは有り難いです、ぜひ、お願いします」
ワタシの戦い方は独学です。
これまで様々な剣闘士を見て、トライ・アンド・エラーを繰り返していますが、やはり自分の弱点や癖は指摘してもらわないと気付けない事も多いものです。
ベルさんの提案は願ってもないことでした。
「アンタ、外骨格も動かせるの?」
「もちろん、嗜んでいますよ。人に教えられるような力量かと問われれば、自信はないのですが」
ベルさんはにこやかに答えます。
嗜んでるという表現ではありますが、きっとそれなりに動かせるのでしょう。
「ふぅん?てっきり商家の坊ちゃんの手遊びかと思ったけど、そうじゃなさそうね?」
お姉ちゃんはベルさんが外骨格を動かせる事に、少し感心したみたいです。
そんな会話をしていたら、工場からアグラルさんが戻ってきました。
「なんだ、訓練しにいくのか?」
会話の端が聞こえていたみたいです。
ワタシとベルさんが頷くと、お姉ちゃんがイタズラを思いついたみたいな顔をしました。
「……アグラルさん、こないだ仕入れてきたジャンク、使ってもいい?」
売り物にする前の整備済みジャンクのことでしょうか。
……あ、なんとなく察しましたよ?
「構わんが、どうするつもりだ?」
アグラルさんからの質問の答えは、ワタシが想像した通りの言葉でした。
「どうせならベルさんに使ってもらおうかと思ってさ」
***
都市を下層へ、下層へと降りていき、戦略的空隙層と呼ばれる場所へ。
ここはワタシにとって馴染み深い場所になります。
なんせ、闘技場やその関連施設は、全てこの層にあるからです。
しかし、お姉ちゃんやベルさんと一緒に来るのは初めてで、なにか新鮮な感じがします。ちなみに、ワタシたちは3人とも外骨格を装着した状態です。
ワタシはもちろんいつもの愛機“輝く銀色の跡”。いつもどおりハンマーを担いでいます。
お姉ちゃんは整備用に改造した“黒き多数の工具”という外骨格。これは多棘の鎧をベースに、各種工具を取り付けた作業用外骨格です。両手には補修用の部材もいくらか。
ベルさんはジャンクを整備したフラクの鎧です。こちらは至って普通の状態で、基本装備である両刃ロングソードとバックラー、その他、腰のマウントにカイトシールドが下げられています。
3人で歩を進める先は、闘技場併設の訓練所です。
訓練所ではいくつもの小部屋にリングが用意されており、自主訓練ができるようになっています。
そのうちの一室の貸出申請をしてから、部屋に入りました。
「さて、ついて早々だけど、ベルさんの腕前を見せてもらおうじゃない」
「お姉ちゃん、趣旨が変わってるよ……」
最早本音も建前もありませんでした。
「いいのよ。だって、ベルさんが弱いんじゃ、そもそもアドバイスが適切じゃないかもしれないじゃない?それに、ティトの足元にも及ばない人なら、ティトを任せるなんて出来ないわ」
そうでしょ?とお姉ちゃんはベルさんに投げかけます。
「確かに。頼りない男では、不安もあるでしょうね」
そして、そこについてはベルさんも同意見のようでした。
「別にティトより強い必要はないのよ。でも、ある程度の強さは見せて欲しいわけ」
まぁ、あくまでも訓練ですし、ベルさんの強さがどの程度であれ、お互い怪我をしないようにやるだけですね。
アドバイスについては、外骨格の駆動音で良し悪しを判断できる人ですから、大きく間違っているなんて事は恐らくないはずです。
「承知しました。では、精一杯実力をお見せしましょう」
訓練用リングは場外がありません。部屋いっぱいの岩盤パネルが敷かれており、その数枚を隔てて、ベルさんと対峙します。
……ある意味、デートよりも緊張しているかもしれません。
戦闘時の荒々しいワタシと、いつもどおりのおどおどしたワタシが混ざりあった中間状態。
こんな状態で、果たしてまともに訓練になるのでしょうか?
とはいえ、時間は止まってはくれません。
「ティトさん、遠慮はいりません、僕も全力で行きます」
ベルさんはロングソードを両手持ちで正眼に構えると、スッと腰を落とし、一気に踏み込んできます。
「っ!」
対するワタシは様子見の回避。横に軸をずらしてその挙動を観察しつつ、ハンマーをベルさんに向けて垂直に構えます。
その剣筋は惚れ惚れするような、とても綺麗な踏込み切りです。闘技場では軍属上がりの相手によく見られる型ですが、ベルさんはそこいらの剣闘士よりも速く、何より無駄がない感じがします。これは、間違いなく、強い。
盾と鉾を兼ねた攻守一体の構えの最中、ベルさんは斬り込んだロングソードを腕力で跳ね上げ、反動で沈んだ身体をもう一歩踏み込んだ脚で再加速。
ワタシから見ればハンマーの直線上から逃れられた形です。
軸はズレていますが、その背中は追いかければ追いつく。
そう直感し、ワタシは右手を引きます。
ハンマーの重心が弧を描いて下がり、同時に引いた左脚のバネを一気に解放、水平にジャンプする動きでベルさんを追撃にかかりました。
脳髄が熱く沸騰し、思考が冷静にシフト。
完全に戦闘モードへと移行したワタシは、ベルさんの背中に肩をぶち当てます。
「……なんのっ!これしき!」
しかし、ベルさんも凄まじい反応速度です。
がら空きに見えた背中は、ロングソードを軸に回転した前面に。ロングソードの腹を盾として構えたベルさんに、渾身の体当たりは防がれてしまいます。
ベルさんは当たられた勢いで後方に跳びダメージを軽減、そのまま前のめるワタシに横薙ぎを繰り出しました。
「ーーー!!」
体勢は防御不可、それなら肩に。
加速思考、身じろぎする、ままならない、瞬く間。
ぎりぎりのタイミングでしたが、お互いの体勢が崩れていたため、肩装甲を浅く掻いて切先が滑りゆきます。
着地、拡張脚がリングを踏みしめ、流れるように逆の肩を前に。
「ぐぅっ!」
流石のベルさんも悶絶する声と共にバックステップ、体勢を整えつつ距離を取ります。
「流石はティトさん、素晴らしい動きです……!」
そして、ベルさん自体も熱が入ったのか、声色の雰囲気が変化しています。
「行きます……!」
大きく踏み込んでからの、袈裟斬り。
先程の切り込みよりもさらに鋭く、速く。
これなら、カウンターを狙う……!
瞬時の判断、迫る刃をいなす、相手を蹴り飛ばす、2つの命令が、外骨格の疑似神経を迸る。
ハンマーが斜めに構えられ、脚がうなりをあげる。
「ーーーそこ!」
その瞬間、ベルさんは踏み込んだ脚に力を込め、急制動をかけると、返す刀で刃を跳ねさせた。
急制動によりリーチが短くなり、いなしのハンマーがすかされる。そのまま回し蹴りの動作は継続するも、クリーンヒットにはほど遠い軌道で、跳ね上げたロングソードがその横っ面を打ち上げた。
「!!?」
ワタシはバランスを崩し、軸足を払われたように浮遊、すぐさま滑るように落下、肺から空気が押し出された。
背中の緩衝材があったとしても、その衝撃はワタシと“輝く銀色の跡”の重量からすれば無いに等しく、自重ダメージは軽くない。
そして何より、戦闘中に転倒するということは、致命的な隙を晒すという決定打でした。
「勝負あり、ね。やるじゃない」
お姉ちゃんの一言により、勝敗は喫した。
ベルさんは強かった。
今まで被弾や敗北はありましたが、ここまで綺麗な負けはありませんでした。
■守護者フラク
ノーグ族の女騎士で、外骨格の開発者でもある。建国者。彼女の群れが建国の礎であり、初めは小さな集落だった。守護者像は彼女自身を象ったものではなく、彼女が作成した巨大エクリーア。通常のエクリーアが接続できる操縦席部分があるが、長い年月閉ざされたまま。一部の伝承学者だけが、守護者像が巨大な外骨格であるという伝説を知っている。
■エス・リーア・フラクの治世について
実態的には貴族議会制となっており、建国時の守護者フラクの親族や従者の末裔であるノーグ族が貴族を名乗り、その統治をしている。ただし、貴族といっても自称や俗称の類いである。領地はなく、税金を取り立てる権利や統治権がある訳でもない。どちらかというと富裕層の意味合いに近い。元よりの資産とお抱えの剣闘士(多くは子息や隠し子)で潤っている状態のため、元・剣闘士である議員も少なくない。
職業比率は農業1000、漁業400、狩猟業400、採掘600、電力1400、飲食業1500、職業軍人1400、剣闘士800、整備士1000、製造業(建設業含む)1000、執政者200など。これは家族単位での業種集計となり、子供も含むため、実数はこれより少ない。
貴族議会が都市の方針を決めており、貴族議員80席に加えて、各業種の代表団体が残り20席を占める。
農業 →都市農業連盟 3席
漁業・狩猟業→狩人組合、養殖業連盟 各1席
採掘業 →採掘業組合 1席
電力生産業 →エネルギー事業連盟 4席
飲食業 →都市貯蔵機構 3席
軍人 →都市統合軍司令部 3席
剣闘士 →闘士団連盟 2席
整備士 →統合技術研究会 1席
製造業 →製造業組合 1席
エス・リーア・フラクは地理的・軍事力的に敵国に攻められにくく、軍事国家ではあるが比較的平和である。
そのため、貴族議会でも積極的な戦争は採択されず、周辺の魔獣の間引きや、周辺樹海の偵察にとどまる。都市自体は巨大な岩盤塊の上に成り立っており、天然の砦を掘削・補強した要塞となっている。岩盤に含まれる金属資源だけでなく、周辺樹海を含めて、資源的にはかなり豊富であるため、他国から略奪する必要がないことも要因となっている。
貴族たちも都市は大きな村であるという共通認識をもっており、その発展に尽力するという健全な思考で動いているため、腐敗度はかなり低い。