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6皿目:特別闘技に呼ばれたみたいです

「さぁて、次の対戦カードは!ランキング11-25、リングネーム“重鉄(オロア)”!対するはランキング11-39、“跳ねる銀星(ル・シル・ナック)”!重量級の両者がぶつかるぞ!観客席、見届ける準備はいいかぁ!?」

熱気渦巻く闘技場。

そのリングに、今日もワタシは上がります。

輝ける銀の星。

それがこの剣闘士の名前です。

直前にベルさんからの手紙を読んだせいか、気分は高揚、今ならどんな相手だって怖くありません。

愛用のハンマーを引っさげて対峙する相手、重鉄の剣闘士はどんな相手か、一目でわかります。

なんせ、重量級で、巨大な一振りの剣を担いでいるのです。

重鉄(オロア)”。

ログ・ノグ・ボルトをカスタムした重騎士タイプであり、得物は重厚な長剣ひとふりのみというわかりやすい構成。

“ノーグの騎士鎧”を意味するソレは、貴族近衛のための儀礼装備ではありますが、その防御性能は伊達ではありません。眼の前の相手はそのベースから大きく変わってはおらず、儀礼装飾パーツが装甲板に替えられており、まさに“受けて断つ”タイプでしょう。

相手の事はある程度調べています。

といっても、仔細までわかってはいません。

目の前の相手もワタシと同じように、連勝して勝ち上がってきている剣闘士。今までの記録では、苦戦らしい苦戦をしておらず、正攻法しか見せていないからです。

「ーーーーそれでは、始めっ!!」

今日も勝って、笑顔でベルさんに会うんだ。

心の中で呟くと、開始の合図とともに、ハンマーを腰だめに構えつつ速攻をかけます。

相手は担いだ長剣に両手を添えて、待ち構える素振り。

「おおっと!銀のデカブツ、早速叩きに走る!“重鉄(オロア)”はどう動く?!」

なら、ワタシも真正面から……!

振り上げだと打ち負ける、なら、横振り一択!

どうでる?

風切り音とともに下段を狙うハンマーの横ぶりが重鉄(オロア)を襲います。

その殴打はすこぶる速いもののはずでしたが、待ち構えた状態から対処できないほどではなかったようです。

冷静にスウェーバックして、牽制とばかりに長剣を振り下ろしてきます。

追撃する?それとも、横に逸れる?

瞬時の判断から、ワタシはハンマーの勢いに任せて前のめり、大きく踏み込んだ逆関節のレッグアンカーを射出、リングに固定された足を軸にグルリ、振り下ろされる長剣の側面を回し蹴りで蹴りつけます。

それた切っ先は岩盤のリングを抉っていました。

凄まじい重量と速度。当たれば無事ではすみませんね。

センサーの片隅で恐るべき刃を捉えながら、ワタシは回し蹴りの反動でハンマーを巻き込んで、慣性を無理やり殺しつつ、ハンマーを叩きつける軌道に修整、重鉄(オロア)へと狙いを定めます。

強靭万力を誇る外骨格ですが、人体の構造から逸脱しかけた動きには対応などできません。腕が軋みますが、無視します、許容範囲内。

足裏のアンカーもまだ抜きません。身体の軸をまだブラせないからです。

傍から見てもトリッキーな挙動でしょう。

しかし、重鉄(オロア)はこのコンボに、瞬時に対応してきました。

すなわち、長剣を手放すというトリッキーさで観客を沸かせてみせたのです。

「っ!」

再びのスウェーバック、そこからさらに一つ、二つと後ろに跳ぶと、反撃とばかりに肩口を全面に出したタックルを繰り出してきます。

ワタシはといえば、ハンマーの叩きつけをすかされ、ようやく脚部アンカーを収納したところ。

ここは甘んじて受けるしか……ない。

「おおっと、重鉄(オロア)の手痛いカウンター!銀のデカブツ、もろに食らったァ!」

ガァン!

破裂音とともに、装甲板セルフレームが弾けます。

衝撃に弾き飛ばされつつも、ハンマーを握ったままだったのはかなり奇跡的でした。

「ぐ、はァ……きっつ」

視界にはアラート表示。

明滅するその文字列が、肩装甲の破損を示しています。

当然、装着者であるワタシにもけっこうなダメージです。バイタルこそ正常を指し示していますが、これは苦戦の予感がしますね……。

ハンマーを両手で持ち直します。

重鉄(オロア)はタックルでワタシが怯んだ隙に得物を再び手にしていました。

「両者にらみ合いだ……次はどちらから仕掛けていくのかぁ?」

ジリ、と脚底がリングを擦る音。

体勢は低く、バネを溜めたままで、重鉄(オロア)の動きを見張ります。

先程のやり取りで理解しました。

力量は大差がないのでしょう。

ゆえに、隙を見せたほうがやられます。

敵は正眼に長剣を構え、その重さで押し切る構えです。

真っ直ぐに斬りかかれば、確かに向こうに速度も威力も分があると言えるでしょう。

すぐにそうしないのは、ワタシの跳躍力と旋回能力を警戒してのこと。

こちらから仕掛けたら負ける。

なら、相手が焦れるのを待つのみ、です。

ジリ、ジリ……。

お互いの読み合いは長くありません。

待ち構えていようと、そこに活路を見出すのは必然だからです。

重鉄(オロア)も理解して、やがてスッ、と一歩を踏み込みました。


「ーーーー!」


来る……!

勝負は一瞬、ワタシは敵の動きから目を離さない、長剣の重さがそのまま推進力へ、拡大されゆく切っ先に距離感が狂う、タイミングが計れない、それでも、ワタシは……!

ハンマーを重鉄(オロア)に向けて垂直に、槍のように構えると、左肘を顔の横まで引き上げます。

左腕の巨大なマニピュレータ、その側面にはフックショット。

本来は外森などの森林地帯で使用することを想定した狩猟具、その鏃を重鉄(オロア)のバイザーに向けてーーー


「ーーーーッ!?」


長剣とハンマーの頭が火花を散らした瞬間、フックショットが重鉄(オロア)の頭を打ち付けました。

本来は貫通させるではなく、巻きつけるもの。

バイザーを貫くには威力の足りないフックショットですが、一瞬の隙を突くことくらいには使えるのです。

インパクトの瞬間に打ち出した右脚部アンカーを引き抜き、構えから力を抜きます。

するとどうでしょう。

長剣を支えていたハンマーはそのまま後ろに流れ、不意を突かれた重鉄(オロア)はそのままつんのめるように前に。

合わせるように突き出した左脚部の膝が重鉄(オロア)の胴に吸い込まれました。

ゴスッ!

臓腑を揺るがすクリーンヒットに違いない、酷い音がしました。

セルフレーム装甲がなければ、中身は内臓破裂モノですね。

「インファイトォ!重たい膝が直撃だァ!重鉄(オロア)、果たして無事なのか?!」

後ろに一歩、二歩。

よろけるように後退する重鉄(オロア)を、ワタシは冷静に観察し続けながら跳びのきます。

さて、まだ立ち上がってくる闘志はあるでしょうか……?

早鐘を打つ鼓動に合わせて数を数えます。

1、2、3、4、5、6。

重鉄(オロア)は、そこでようやく、ゆっくりと、前のめりに倒れ伏しました。


「決まったァ!勝者、銀のデカブツ、跳ねる銀星(ル・シル・ナック)のKO勝ちだぁ!!」


熱い息を吐きます。

なんとか勝ちました。

……今日の闘技も、ベルさんはどこかで見てくれていたでしょうか?


***


控室での機体チェックを終えて受付にいくと、いつもは支度金と配当金の受け取りだけなのですが、今日は受付さんに少し待つように言われました。

「……なんだろ?」

しばらく待っていると受付さんがバックヤードから出てきます。

その手には一枚のチケットらしきものが。

「おめでとうございます、跳ねる銀星(ル・シル・ナック)さん。特別イベントの参加券、獲得ですよ」

それを受け取るとともに、説明と思しき紙が渡されました。

「……ぇと、特別闘技トーナメント、ですか?」

そのタイトルは、“閃光鋼石(タクス・ル・ディア)杯”。

受付さんが笑顔で答えます。

「はい。特別闘技トーナメントは、不定期開催イベントの一つとなりますね」

曰く。

一定勝率以上をキープする剣闘士を対象として、累計掛け金額を元に、16グループから平均4人ずつを選出して行われるトーナメント戦だそうです。

ランク差ハンデは武装使用制限や、ウェイトの装着など、対戦カードごとに決められ、観客のための娯楽としても考慮されているとのこと。

また、このトーナメントはランクには影響せず、参加するだけでかなりの賞金をいただけるそうです。

……これは、出ないという選択肢はなさそうですね。

「もちろん参加されますよね?」

知名度的にも賞金的にも、もちろん他の方の技術を学ぶのにも、これほどうってつけの機会はないでしょう。

受付さんの確認に、ワタシは即答で参加を表明したのでした。


***


「お姉ちゃん!“閃光鋼(タクス・ル・ディア)杯”っていうトーナメント戦の選手に選ばれたみたい……!」

工房に戻るや否や、工場にいたお姉ちゃんに報告です。

ルールなどの詳細が書かれた封書を開けて、机に広げます。

「何よ?タクス・ル・ディア?なにそれ?」

作業の手を止め、お姉ちゃんがこちらにきました。

そして、封書の文面を目で追いかけ、そして、その表情が訝しむように変化します。

「……ティト、関係者に賄賂でも渡した?」

「そんな事してないよぅ?!」

どうやら信じてもらえなかったようです。

それもそうでしょう、なんせ50人の中から4人です。

普通ならかなり狭き門のはずですから。

「でも、見て。条件は一定勝率以上かつ総掛け金額下限超えになってるから、勝率は純粋にこれまでの積み重ねの成果、……掛け金はベルさんのおかげ、じゃない、かな?」

勝率は、今までの負けの回数が数えられるくらいですから、かなり高い水準できている事は解りますし、掛け金もここ最近の配当金を考えると、あながちベルさん課金は間違っていない気がします……。

「……一理あるわね」

お姉ちゃんも納得の理由だったようです。

本来であれば、下級剣闘士でも破竹の勢いの人気者だけが出場できるイベントなのでしょう。

ワタシでは不相応であると感じつつも、ワタシはこのイベントに期待感を抱いていました。

ワタシなら、できる。

そんな根拠も無いような気持ちが、心の底から湧いてくるのです。

もちろん、優勝が狙えるなんて、大それたものではないのですが、なんと言ったらいいのでしょうか、ある種の安心感のようなものがワタシを後押ししてくれているような、そんな気分でした。

「ーーーともかく、もうエントリーはしたのよね?」

未だ渋い表情を残すお姉ちゃんでしたが、ワタシが質問に頷くと、大きく一つため息をついてから、こう言いました。

「わかった。ティトがちゃんと力を発揮できるよう、あたしもきっちり整備してあげるわ」

「ありがとう、お姉ちゃん!」

そんな会話をしていると、工房の扉が開き、ベルさんがやってきました。

「こんにちは、ティトさん、ルィトさん」

いつものキラキラスマイルですが、珍しく少し汗ばんでいます。

ワタシがコップに水を注いで渡すと、ニコリとしてありがとうと言ってから、一気に飲み干しました。

「……早くティトさんに会いたくて、急いで来てしまいました」

そんな言葉とともにスッと手を取り見つめるベルさんに、ワタシはもう一瞬でクラクラのまっかっかです。

「……アンタ、最近ますます距離感が近いわよ」

いつまで経ってもこれには馴れられそうにありません。

「はいはい、離れた、離れた」

ワタシがまごまごしているうちに、お姉ちゃんが手振りでベルさんに離れるように促したので、ベルさんは名残惜しそうに一歩下がりました。

「アンタも“まめ”ねぇ。あんまり頻繁だとティトも飽きちゃうかもよ?」

それはどうでしょう。

ほとんど毎日顔を合わせていますが、ベルさんの容姿には馴れたとしても、この距離感は刺激的すぎます。

「大丈夫です、飽きないように工夫しますから」

飽きない工夫よりも、もう少し距離感を考えてほしいです。

じゃないと、ワタシの心臓が保ちそうにありません。

「ほら、ティトも不服そうな顔するだけじゃなくて、ちゃんと言葉にしなさいよ。いつまで経っても伝わんないわよ?」

「ぁ、ぅ、そ、そうですね、あ、あの、もう少しでいい、ので、距離を、あけて、ほしいです……」

お姉ちゃんに言われて口にした言葉は、言葉だけだと拒絶しているようにも聞こえたかもしれません。

「ティトさん……」

でも、決して嫌な訳ではないのです。

だから、そんな風に、寂しそうな表情しないでください。

言い出したワタシの方が切なくなってしまうじゃないですか。

「ぅう、だって、恥ずかしいじゃない、ですか……」

付け加えるように呟いた言葉は、ワタシの顔をさらに熱くさせました。完全に墓穴でした。

「ーーーーーーあぁもう。ティトさんは、相変わらず、僕を甘やかしてくれますね」

一度だけ、ギュッと手を握りしめてから、ベルさんは手を離しました。

開放された手のひらがひんやりとして、その感触に寂しささえ覚えます。

ベルさんは離した手を胸の前に大事そうに抱くようにして、しばらく余韻を味わっている素振りでした。

……この人は、本当にワタシの事が好き、なの、かな?

ここに至ってすら、ワタシは確信が持てません。

ワタシに自信があれば、迷わずにこの胸に飛び込んでいけたのでしょうか?

声に出せない自問自答は、答えが得られないままです。








■闘技場ランキングの仕組


現在のランキング登録剣闘士数は800程度。

全体で序列が決められているが、闘技対戦カードの組み合わせ上、50人で組まれる大枠グループが存在する。ランキング前後20位程度の中から対戦カードを組まれ、大枠グループの1〜10、41〜50位は昇降格戦対象者となる。

対戦カードは掛率とともに、闘技場の管理AIが計算して決めている。


ランクの表記はグループ-グループ内序列となる。

例えば第9グループ40位であれば、9-40となる。


新人は最下位からスタートとなり、ランク3-1、つまり全体ランク101位までは、単純にランク入れ替え戦でランクが決まる。

1-1〜2-50までは闘技ポイントによって決まる。闘技ポイントは勝敗とその掛け金の多寡から計算され、勝てばランクに応じたポイントを獲得、負ければポイントを損失、掛け金分のポイントは勝敗に限らず獲得となる。


剣闘士の収入は、支度金、配当金、特別褒賞からなる。

支度金は闘技参加日に支給されるランクあたりの日当、配当金はその剣闘士に掛けられた金額の定率、特別褒賞は不定期開催のイベント賞金や闘技場内の暴動鎮圧など、社会貢献のうち闘技場に関わるものに対する褒賞となる。


およそ第10グループまでは下級剣闘士とよばれ、支度金だけでは外骨格整備を含めた自立生活が難しいため、闘士団連盟の補助金制度が存在する。この状態で敗北を重ねるなどすると借金がかさみ、都市正規軍に強制従事となる。剣闘士の総数がおおよそ変わらないのはそのため。


およそ第4グループまでは中級剣闘士とよばれ、闘技だけで生活していける収入を得られるようになる。強さはまちまちながら、それなりに固定ファンもついており、掛け金配当が存在感を増すなど、かなり人気商売じみてくる。


第3グループまでが上級剣闘士となる。ここまでくると、正規軍隊長クラスの強さをもつ猛者だらけとなる。当然ファンも多く、正規軍も迂闊に手を出せない集団である。無法者もちらほら見受けられるが、電子通貨という枷、都市の庇護という枷が上級剣闘士たちを繋ぎ止めている。




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