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5皿目:家族、恐れ、迷子

裏道沿いのちいさな緑地には申し訳程度にベンチが据えられ、ワタシとベルさんは並んで座ります。

「先程の甘味も飲み物も、とても美味しかったですね」

「はい、今まで食べたことないくらい美味しかったです」

「予約を取りますから、また行きましょうね」

自然と笑みが溢れました。

同時に、握ったままの手に少し力が入ったのか、ギュッと握り返されます。火に当てられたように熱いのに、離したくない。

でも、ベルさんは何も言いません。

……なんとなく、お父さんの事を思い出してしまいます。

「あの、ワタシの、家族、の事……なんですけど」

知らず、視線が落ちます。

あまり人に話したことのない話だからでしょうか。

しかし、話し始めた手前、続きを話さないのも変です。

それに、ベルさんが聞いてくれようと言葉を待っています。

「……お父さんとお母さんは猟師、でした」

猟師”狩りの剣(ロクシュラル)”家は、代々が外森で魔獣を狩り、食肉産業の一端を担ってきた家です。……それももう過去になりつつあります。

一言を溢して沈黙してしまったワタシに、続きを促すでもなく、ベルさんはただ待っていてくれました。

だから、ワタシも自分の中の言葉をゆっくりと拾い上げる事ができたのかもしれません。

「三年前、外森に仕事に出たきり、二人は帰ってきません」

狩猟用の外骨格を着ていても、魔獣狩りは容易ではありません。それはワタシ自身が剣闘士になってから知ったことでした。

いつまでも、おかえりなさいを言えないまま、時だけが過ぎていきます。

「ワタシはお姉ちゃんと二人暮らしです。ずっと親なしではいられなくって、お父さんの古い友人だったアグラルさんに後見人になってもらって、今は暮らしています」

あぁ、そうか。

家族のことを話すことで、ワタシは自分の中の感情に、改めて気付きました。

無意識に、自分にも隠していたワタシ自身の気持ちに。

「剣闘士も、暮らしていくために始めた事です。ベルさんの言うような、格好いい剣闘士なんかじゃ、ないんです」


ワタシは、怖いんだ。


また失うのが、怖いんだ。

新しく築いた関係が、これまでの変わらなかったものが、ワタシが何か余計なことをすることでなくなってしまうのが、とてつもなく怖いんだ。

「……ベルさん、どうしてワタシなんですか?」

だから、いつもいつも、予防線を張って、少しでも落胆しないでいいように、臆病に生きてきたんだ。

「ワタシ、文通でベルさんの人となりを少しはわかったつもりです、でも、やっぱりワタシが選ばれる理由がわからないんです」

ほらね。

また、染み付いた癖が、もう予防線を張りにいく。

ベルさんも、困った顔をしています。

「ティトさん」

握られた手に力がこもり、ギュッとされました。

「ーーーこれ以上、失うのが、怖いんですね」

心を読まれたようで、ワタシはベンチに座りながらも後ずさりしようとして、失敗しました。

辛うじてできたのは、後ろに身をそらせ、わずかばかりにベルさんから距離を取ることだけでした。

キラキラの瞳に心を覗き込まれ、目が離せません。

「僕は、僕のすべてを捨ーーー」

ベルさんの形のよい唇が言葉を紡ぐ、その時。


「うあぁーん!!」


子供の泣き声が、ワタシたちの緊張感を吹き飛ばしました。

「ぁ、こ、子供が、泣いてます……」

「……そうですね、ちょっと事情を聞いてみましょうか」

二人で近付いてみると、その子は6歳くらいの獣人(ギュメル)の男の子でした。

「僕、どうしたのかな?よかったら、お兄さんたちに、お話してくれるかい?」

ベルさんが優しく喋りかけると、その男の子はべそをかきなからたどたどしく答えます。

「お母さんとっ、お母さんと、はぐれちゃったの、ぅう……」

どうやら迷子のようでした。

名前や家の場所が分かるものは持ち合わせていなさそうです。

さぞかし寂しく不安でしょうし、お母さんも心配しているはずです。

「僕、お名前教えてくれるかな?」

ワタシはしゃがんで男の子に視線を合わせ、安心させるように微笑んでみせます。

うまく笑えているといいのですが。

「ぅ、うぅ……僕、イルト」

イルト君か。

「よし、お姉さんたちと一緒に、イルト君のお母さん探そうか」

ワタシには弟も妹もいませんが、いたらこんな感じなのかもしれません。

「イルト君、ここまで来た道を戻りながら探してみましょうか」

ベルさんに目配せすると、ベルさんも微笑んで頷いてくれます。

ワタシはイルト君の手を取り、ベルさんとともに彼の来た道を辿ります。

「イルト君のお母さんは、どんな人?」

特徴がわかれば、見つけやすいはずです。

「うぅ……優しい」

イルト君は獣人(ギュメル)族ですが、お母さんもそうであるとは限りません。耳の形を聞いてみましょうか。

「そっか、優しいんだね。それじゃ、今もきっとイルト君を探してくれてるよ。ちなみに、お母さんのお耳はどんな形かな?」

イルト君は少しだけ落ち着いたようで、自分の耳を指して答えます。

「僕とおんなじふわふわさんだよ」

ということは、お母さんも獣人(ギュメル)族ですね。

「そっかぁ、ふわふわさんか。お母さんとは、いつもはどんな所に行くのかな?」

次は居場所のヒントになる質問です。

「いつもは商店街だよ、今日も……」

商店街。

ここから目と鼻の先ですね。

お母さんのことを考えて再びしょんぼりしかけるイルト君に、ベルさんがさらに質問を続けて意識を向けなおさせます。

「商店街……お母さんは、何処かのお店で働いているのですか?」

イルト君は、少し思い出す素振りをしてから答えます。

「うん。でも、今日はお休みになったんだって。それで、僕、遊びたくて……」

言葉がしぼみ切る前に、ワタシはイルト君の手をぎゅっと握ります。

「そっか。なら、まずはお店まで行ってみようか。お母さん、お店に戻ってるかもしれないね」

イルト君が大きく頷いて、ワタシたち3人は商店街の大通りへと出ていきます。

計画緑地には意図的に採光されており、木漏れ日が差していたのとは裏腹に、大通りはその上層を支えるための巨大な柱を兼ねた建築と、上層スラブ、そこに吊り下がる太陽光発電のランプが垂れ下がった空間です。

しかし圧迫感はあまりなく、むしろ外骨格がすれ違い、その合間を縫うように人々が行き交える大通りは、かなりの広さと言えるでしょう。

薄暗くはありませんが、子供などはすぐにはぐれてしまう環境です。

「お母さんのお店、どっちかな?」

問いかけると、イルト君はしっかりと指を差して示してくれます。

「あっち。野菜屋さんのとなりの雑貨屋さんなの。赤い旗が目印だよ」

お店の場所は明確に覚えているみたいです。

手を離さないようにしっかりと握ります。

すると、もう片方の手が後ろから握られました。

「僕らもはぐれないように、気をつけましょう」

ベルさんでした。

先程までのドキドキはまだ健在ながら、今度はちゃんと握り返す事ができました。イルト君がいる手前、しっかりしなきゃと無意識で思っていたからかもしれません。

「きっとイルト君のお母様も彼を探している筈。早く見つけてあげましょうね」

そう言って、ベルさんはワタシの手を引きます。

大通りの端を3人で進むと、赤い旗のお店はすぐに見つかりました。

「あ!お母さん!」

どうやらお店にイルト君が来ていないか、ちょうど戻ってきたところのようでした。

イルト君を引き渡すと、しきりにお礼を言われ、逆にワタシたちが恐縮してしまうほどです。

お礼が終わる頃にはすっかりイルト君は笑顔になっていました。

「では、そろそろ行きましょうか、ティトさん」

時刻はそろそろお昼。

ベルさんはお昼も何処かのお店の予約をとってくれているそうです。

名残惜しいですが、イルト君とはここでお別れですね。

そんな時でした。


「ありがとう!太ったお姉ちゃん!」


大通りに子供特有の高い声が響きます。

……せっかくのお別れが台無しでした。

無防備な背中に、イルト君の声とともに大勢の視線が刺さっているのがわかります。

あぅあぅ。

子供って、正直ですよね、うぅ……。


***


デートのおわり。

お昼のレストランを経て、ワタシたちは町を散策し、いつもの風景を、少し違った視点で体験しました。

いつもどおりの風景に、ベルさんがいる。

それだけで、ずっと胸がドキドキし続けていました。

それは嫌なドキドキではありません。

ふたりきりの帰り道。

温かくて、だけど少し寂しいような。

説明のつかない気持ちとは、きっとこういう感覚の事を言うのでしょう。

ワタシは、この関係性を失うのが怖いです。

何もせずに舞い込んだ宝物のようなものです。

いつそれが失われるともしれない。

ベルさんに、これ以上のワタシを見せることで、ベルさんが去ってしまうのが、とてつもなく怖い。

今このときが幻で、実は全てワタシの妄想なんじゃないか。

そうでなくとも、いつか失望されてしまうんじゃないか。

そんな不安な想いは拭い去ることはできません。

けれど、それでも。


ワタシは、ベルさんの事が、好きになっていました。


今はまだ、その想いを伝えていいのかわかりません。

それを言葉にする勇気なんて、持っていないのです。

……あぁ。

苦しく、なります。

これが恋、なんでしょうか。

……お姉ちゃんに聞いたら、笑われるかな?

帰り路は赤く染まりつつあります。

名残り惜しい時間は、あっという間に過ぎ去っていきました。

工房まで送ってもらい、ベルさんは家路に着きます。

まだ、握っていた手の温もりが、残っているみたいでした。

……ひょっとしたら。

ひょっとしたら、ベルさんの婚姻の申し出に答える、なんて日は、案外もうすぐそこ、なのかも、しれません。


***


デートの終わり。

ティトさんを送り届けた夕方のこと。

独り帰路を進む。

今日はアクシデントもありつつ、素晴らしい一日だった。

甘味を一緒に食べて、木陰で語らって、ティトさんの本音を聞いて、それから迷子のイルト君を送り届けて、ご飯を一緒に食べて、散策して。

……途中、大人気なく、幼子に嫉妬したりして。

道端の柱に背を預けると、鉄製の柱がひんやりとして、冷静さをわずかに呼び起こす。

夕日で顔の赤みはわからないだろうが、今の僕の顔はきっと真っ赤になっているだろう。

「歯止めが効かなくなりそう、だな……」

ティトさんが可愛すぎる。

僕のものに、なって欲しい。

……だけど、まだ駄目なんだ。

まだ、早すぎる。

彼女の心が動き出すまで、抑えろ、僕。

僕の心だけで、僕の力だけで、ティトさんを射止めるまで。

それまで、僕の正体を明かすわけには、いかないんだ。

僕はベルセッテ・アンブラなんだ。

そうでなければ、ティトさんの隣にはいられない。

僕の自由のために。

僕の大好きなティトさんのために。

「あぁ……僕の愛しい人。いつか僕は、君に秘密を明かさなきゃいけない。その時、君が僕の側にいてくれるように、僕は精一杯の努力をするよ」

僕は、改めて誓う。

僕の全てを賭けて、僕は君を愛そう。







■ティト・ロクシュラル/心の形・狩りの剣

食べる事が大好きな少女。森猟師だったギュメルの両親を獣に殺されている。家に残された予備パーツとジャンクをかき集め、外骨格を纏い、幼くして剣闘士となる。日銭目当てに始めた闘技で才能が花開き、そこそこ強くなる。姉は整備士に弟子入りし、今は姉妹で整備工場の看板として闘技に出ている。戦いには慣れているが、実戦経験はない。基本的に戦いは好まず、美味しいものを食べている時が幸せ。一人称はワタシ。


外骨格はジャンクパーツだらけだが、ちゃんと塗装はされており、見た目は整えられている。メイン武器はハンマーで、リングネームは“跳ねる銀星【ル・シル・ナック】”。しかし観客からはそもそも男だと思われており、外骨格のサイズから愛称は“銀のデカブツ【シル・フェ・リア】”となっている。元々タダ同然で拾ったジャンクのログ・エク・タクスをベースに、壊れたパーツを両親の予備パーツで換装して造られているため、狩人用の装備が多い。


■ルィト・ロクシュラル/輝きの形・狩りの剣

銀髪。快活で暗さを感じさせないが、妹を守るための仮面で、本来は寂しがり屋。一人はあたし。アグラルに師事している整備士であり、ティトと違って恋愛強者。優れた容姿と性格をもち、愛想良く、モテるとのこと。


外骨格は整備用で、装甲が薄い代わりに様々な工具がマウントされている。

外骨格名称:黒き多数の工具【グライ・ツァル・エリ】

ベース:ログ・ベラル・エリ

“黒の多目的工具”を意味する外骨格。その名の通り、必要最低限の装甲すら引っ剥がし、様々な工具を取り付けた外骨格。動力部も大きく改装され、長時間駆動、高出力を維持する。武器として使えそうなものと言えば、標準装備の長柄ハンマー、溶接用金鏝、万力、通電試験用電極棒、板金用大金鋏など。ベースは戦闘用で俊敏だが、装備が重すぎて鈍い。そもそも非戦闘用外骨格化している。


■アグラル・リーアエルム/鉄刃・巨像整備士

ノーグ族の男性。故ロクシュラル夫妻の友人で、幼い姉妹を引き取った。腕の良い整備士として名は通っているが、偏屈で客を選ぶため、儲かっている訳ではない。整備士とは別に、外骨格の技術を深く知りたいという願望を持つ。ルィトの整備と開発の才能を見出し、ティトを剣闘士に推薦した男。狩人だった過去があり、故夫妻とは狩りで知り合った。


外骨格名称:森狩人の鋼【ギータ・ロク・ディア】

ベース:ギータ・ロクタ

狩人としては引退しているため、倉庫の奥深くに眠っている。姉妹すらこの外骨格を見たことは殆ど無い。



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