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4皿目:でえと!

明くる日。

時はデート当日です。

待ちあわせはリーアエルム工房になっています。

ワタシは鏡の前でおどおど。

映る姿は見慣れず、着るものは着慣れず、心落ち着かずの三重苦で、さっきからドキドキが止まりません。

おかしくない、かな?

変、じゃない、かな?

普段見慣れた姿ではないだけで、こんなにも動揺しているのに、これからデートだなんて、どうなってしまうのでしょう。

「ティト、緊張しすぎ」

お姉ちゃんがニヤニヤしています。

お姉ちゃんは慣れているから大したことじゃないと思うのでしょうが、ワタシにとっては人生初のイベント。

しかも、相手は近付くだけで刺激が強すぎるあのベルさんです。

落ち着いていられる訳がありません。

「そんなこと言ったって、ダメなものはダメだよぅ」

思わず泣き言が漏れます。

しかし、時というのは無慈悲です。

待ちあわせの時間はもうすぐそこまで来ているのです。

工房の扉に据えられた鈴が、チリリンと揺れます。

「はぅあっ!」

ワタシが飛び上がり、全身の毛と耳と尻尾を逆立てるのと同時に、ベルさんが工房に入ってきました。

「おはようございます、ティトさん」

初っ端から刺激的サンシャインスマイルで、ワタシの心臓がドキリと跳ねます。

その綺羅綺羅の瞳はワタシの姿を上から下に一瞥。

そして、こう続けました。

「ティトさん、今日もいちだんと愛らしいですね。お召し物もすごくお似合いです」

脳天を打たれたような衝撃が走りました。

ナニヲオッシャッテイルノデスカ?

あいらしい。

アイラシイ?

愛らしい……。

ワタシが。ワタシが?

「そそそそそそんなあああ愛らしいだなんてももも勿体ない言葉でででででで!」

プシューっと頭から湯気がでました。

いえ、まぁ、実際には出てないかもですが、体感としては風邪で高熱が出たのと同じくらいに顔が熱いです。

めちゃくちゃどもりながら早口で返事をしたので、ベルさんはふふっと可笑しそうに笑います。

「ティトさん、落ち着いてください、事実ですよ」

触れられるどころか、笑顔と言葉だけでこうなのです。

今日この先が不安でしかありません。

ワタシ、ひょっとしたら、今日、動悸で死ぬのかもしれません。

「さて、こうしていても始まりませんし、出掛けましょうか」

ともかく。

こうしてワタシとベルさんの記念すべき一回目のデートが始まりました。


***


「ティトさん、今日は街中の散策をしましょう」

ベルさんのいざないに従って、ワタシは工房の外へ。

そこは日常の空間でありながら、いつも通りとはかけ離れたものに様変わり済みでした。

朝と昼の間の時間。

工房前の通りはまだ人がまばらですが、この辺りの人たちは見慣れないワタシの格好に気付き、それからベルさんを見て、奇異の目を向けます。

そりゃそうですよね。

まったく釣り合いが取れていないのですから。

ワタシの格好は、ノースリーブのワンピースに、薄手のカーディガン、首元には小さな首飾りと、鍔の広い帽子。

目に優しい緑色のコーデです。

本当に似合ってるなんて思ってはいません。

ただ、作業着や外骨格用スーツ、ダボついた普段着よりは、まだまともな格好だというだけです。 

「改めて言いますが、今日のティトさんは本当に素敵です」

だというのに、ベルさんはこの調子。

やっぱり、この太陽は眩しすぎます。

そんなに気を遣わなくてもいいのに。

「……そんなこと、ないですよ。ワタシなんて、人に自慢できるようなのじゃ、ないですから」

……つい、本気にしてしまいそうになるじゃないですか。

ワタシが曖昧に笑って返すと、ベルさんは一歩だけワタシに近づきました。

「さて、行きましょう」

自然に手を取られ、ワタシたちは人混みの中へ。

触れられた手が熱い。

体温が上がって、心臓がはねます。

身長差と帽子で顔が隠れていて、良かった。

そうでなければ、きっと真っ赤なワタシの顔を見られてしまいます。

「ティトさんの好きそうなお店を予約しておきましたから、まずはそちらに行きましょうか」

それを知ってか知らずか、ベルさんはしっかりと手を握ります。

ワタシの好きそうなお店をちゃんと調べてきてくれたことに対して、嬉しさと心配が浮かびます。ワタシなんかのために、時間を使わせている、という感覚が拭えませんでした。

日常であって、見慣れた町並み。

けれど、そこに異なる色彩があるだけで、その見え方は未知ほどに違いました。

その感覚は、ほとんどが戸惑い。その残りに嬉しさと、気後れ、それから、不釣り合いに対する恥ずかしさが混じっていましたが、それらを分析できるような余裕は、その時のワタシにはありませんでした。

「着きましたよ、ティトさん」

長いような、短いような時間が流れ、ワタシは握られた手だけが熱く、連れられるままに目的地についていました。

だから、店に入ってしまうまで、そこが何処なのか、認識がやや遅れます。

「いらっしゃいませ。御予約はございますでしょうか?」

ひんやりとした空気に、落ち着いたウェイターさんの声。

ここは。

「ベルセッテ・アンブラで予約をさせていただきました。確認願えますか?」

ウェイターさんに確認を取ってもらうと、すぐに席に案内されます。

「うぅ……ここ、超絶人気店ですよね?」

気付いたときには、既に席に着いていました。

ここは、誰もが知る有名カフェ、気軽に入ることなんて出来ない、ワタシから最も縁遠い場所でしょう。

その証拠に、店内は満席。

ワタシやベルさんに向けられる視線もあって、居心地は良いとは言えません。

その中の大半はベルさんに向けられる好意的なもの、残りはワタシに対する否定的なものです。

普段なら絶対に来ないし、来られない場所でしょう。

それくらいプレッシャーを感じる場所なのに、今日はそれに加えて目の前に刺激そのものみたいなキラキラさんがいるのです。

「連れてきて頂いて、とても嬉しいんですけど、こんな場所、ワタシなんかじゃ、場違い、じゃないでしょうか……?」

多分、今のワタシはへらへらおどおどで情けない顔をしています。こんな底辺が、ベルさんになんて、やはり釣り合わない。

現に、それを見て、ベルさんも困った顔をしました。

「いいえ、ティトさん。場違いなんて、そんな悲しい事を言わないで下さい」

けれど、それはワタシの情けなさを見てした顔ではありませんでした。

「誰にも、他人にとやかく言う権利なんてありません。人の顔を窺いすぎては、なんのための自分の人生なのでしょう」

まるで自分が傷ついたかのように、その端正な顔立ちを歪ませて、言うのです。


「僕が好きになった貴女を、出来るだけでいいので、貴女自身が否定しないでほしい」


それはわがままというものでしょう。

人が何を思おうと、その人の勝手です。

けれどそれは、好きな人が傷ついてほしくないという思いでもありました。

「ワタシ……でも、その……ーーーー」

答えを返せない。

言葉を見つけられない。

口の中でもぞもぞと、言葉にならない音だけが遊びます。

それもそのはず、答えるべき言葉を、ワタシは持ち合わせていないのです。

だってワタシは、世界で誰より、ワタシの事を認められない。

ベルさんの失望した顔を見たくなくて、目を反らし、伏せかける、そんな瞬間でした。

「ーーーさ、せっかくですから、美味しいものを頂きましょうか」

ベルさんの明るい一言が、ワタシが沈み込むのを引き上げました。

「ぅ、そ、そうですね……」

その気遣いを理解しないほどの鈍感ではありません。全てはワタシのためなのです。申し訳無さが勝ってしまいますが、ワタシはなんとか手を動かし、メニューを手に取ります。

「美味しそうなものばかりで悩んでしまいますね」

それまでの事がなかったかのように、ベルさんは微笑んでいます。細い指先が綺麗な所作でページをめくり、その言葉にできないある種の妖艶さに、知らずつばを飲みます。

ワタシも慌ててメニューに目を落とすと、なるほど、確かにこれは悩んでしまうものばかりです。

まず食べ物がすごい。

いつも屋台で食べるようなお粥なんか、目ではないほど凝ったものばかりです。それも1つや2つではなく様々で、食指をそそられないものがないくらいの字面ばかりでした。

名前と説明書きしかないのによだれがでちゃいます。

ページをめくれば、甘味も素晴らしいの言葉以外はありません。

甘味は贅沢品のため、ここまで凝ったものを口にできるとあれば、この店が有名店になるのもわかります。

メニューの最後の方には飲み物もあり、こちらは比較的落ち着いているようでしたが、これらもきっと素晴らしいに違いありません。

つい、食い入るようにメニューを見つめてしまい、ワタシはハッとなって顔をあげました。案の定、ベルさんはニコニコしながらワタシの顔を見ていました。は、恥ずかしい……!

自分の浅ましさに顔が茹で上がります。

「好きなものを頼んで下さいね、ティトさん」

ともあれ、ワタシが幸せそうに食べているのが好き、というのに嘘はなさそうでした。

その後、ちょっとだけ縮こまり、しかしメニューに書かれた魅惑の言葉には抗えず、結局飲み物を含めた5品を注文しました。

お勘定はこの際無視するものとします。だって、次に来れる予定なんてないかもしれないくらいの有名店なのです。悔いがないように、これでも厳選した次第……と、自分に言い聞かせます。

そういう所だぞ、ワタシ、と理性の声が聞こえたのは……うん、やはり気にしないで置くことにします。

ちなみにベルさんは3品。小さな甘味を2つと飲み物を1つです。

「あぅ、す、すみません、ワタシばかり頼んでしまって……」

ウェイターさんが注文を聞き終えてから、ワタシは恥ずかしさを中和するように言い訳をすると、ベルさんは言いました。


「良いんですよ、僕は貴女が幸せそうに食事するのを見るのが、とても幸せですから」


はっきりとそう言われ、一際大きく心臓がはねます。顔もかっと熱くなったのがわかりました。

……この人は、きっと甘味よりも甘い何かでできているに違いありません。


***


そんな二人を後から見守る者たちがいました。

もちろん、ティトの姉であるルィト、そして、身元引受人であるアグラル親方です。

「あちゃー、がっつり注文してるよ、あのバカ……」

「しかし、ベル坊はそういうティトが好みなんだろ。見たところ、問題なさそうだぞ」

「駄目よ、アグラルさん。ベルさん、絶対に何かあるわ」

ルィトの心配症によって、デートする二人を尾行するという怪しい二人組となっていました。

ルィトはデートで失敗して恥をかかないか、ひいては妹がトラウマを抱えないか心配で、アグラルはそんなルィトに無理やり連れられた形です。

もちろん、工房は臨時休業。アグラルはあまりいい顔はしませんでしたが、もちろんティトの事は気にかけているため、こうして付いてきたというわけです。

「甘い、甘いわー、ベルさん。愛情の過剰摂取は精神的に不安になるわよ、特にあの子の場合……」

しっかり盗聴器を仕込んでいるあたり、かなりのものですが、そんな状況に呆れるアグラルの生暖かい視線も気にせず、ルィトはデートの推移を実況のような独り言とともに見守ります。

「………ホント、どうしてこんな良い人が、あの子に声かけたんだか」

ベルセッテ・アンブラについて、ルィトも知り合いの情報屋に調査を依頼しているところですが、今のところおかしな所は見当たりません。

商売についても、リーアエルム工房との商談がまとまっていることから、やはりおかしな所はない。

だとすると、やはりベルセッテは本気でティトに惚れ込んでいるということになります。

しかし、良いところのお坊っちゃんであるベルセッテに許嫁がいないなど、考えづらいことでしょう。

なんせ、都市議会の多数派である(ノーグ)族で商家となれば、当然贔屓の貴族派閥があり、権力構造の一部になっているはずだからです。

実力主義の軍事国家とはいえ、貴族議会中心であるという事は、そういったしがらみが各所に絡んでいるのは明白。

その前提から考えるに、ベルがよほどの大馬鹿者か、単なる遊びか、もしくは開き直った妾としての求愛であるに違いなく、そうなったら傷つくのはティトなのです。

ルィトは心配でした。

こういった色恋沙汰に耐性がない分、落ちたときの衝撃は計り知れません。

杞憂ならばどれだけ良いことか。

乙女の勘に従って、ルィトは渦中の二人を監視し続けるのでした。


***


カフェを出たときには、ワタシはすっかりご機嫌でした。

我ながらチョロすぎます。激チョロです。

それもこれも、美味しすぎる甘味たちがワタシを誘惑するからです、おのれ許すまじ。美味しいモノにだらけきった顔を見られた上、子供のように口元を拭われるなどという羞恥を味わったのも、全て美味しいもののせ、……いえ、ワタシのせいですね、食べ物は何も悪くない。

しかしながら、そのおかげで緊張や不安は薄れーついでにいらぬ恥ずかしさも感じる羽目になりましたがー多少ですが、ベルさんと普通にお話できるようになりました。

……劇物って慣れるものですねぇ。

人混みの中、自然と手を握られていますが、先程までよりもドキドキは控えめです。いえ、嘘です、やっぱり激しく脈打ってます、でも。


多分、ワタシを認めてくれる人だとわかって、安心できているからそう思うのでしょう。


「少し、座りましょうか」

ワタシたちは連れ添って人混みを抜けて、裏道に面した小さな緑地へ。







○ノーグ型

●ログ・フラク

“フラクの鎧”を意味する外骨格。名前の通り、守護者フラクの用いた外骨格を模倣したモノで、扱いやすく、平均的でオールラウンダーな性能を持つ。一般に一番普及しているタイプ。基本装備は両刃の長剣とバックラー。


●ログ・ノグ・ボルト

“ノーグの騎士鎧”を意味する外骨格。貴族階級たちの近衛が身につけている。闘技場には近衛兵の他にもジャンクとして流れた近衛装備外骨格を装備した者がいる。防御性能が高いが、速度がやや落ちる。基本装備は長柄の軽量系メイスとランス。儀礼装備的。


●グライ・グラル

“黒の刃”を意味する外骨格。暗殺者用の外骨格で、闘技場ではあまり見ない。基本装備に外套、ワイヤー、ナイフがあり、迷彩で闇夜に紛れる。


○エルト型

●ログ・ア・エル

“鉄針の鎧”を意味する外骨格。非戦闘向きで、偵察や護身に使われる事が多いが、闘技場で見かけない事もない。その場合、素早い動きで関節を狙う戦術を取るため、短刀を複数装備している。


●ログ・テラ・フラク

“小さなフラクの鎧”を意味する外骨格。ノーグ型と同じ思想の元に造られたが、こちらは軽量級で、基本装備がソードブレイカーと片手メイス、片手用の刺突剣となっており、エルト族の特徴にあわせてある。


●グライ・グラル

ノーグ型はこちらの派生で、エルト型が源流。


○ギュメル型

●ギータ・ロクタ

“森の狩人”を意味する外骨格。主に狩猟用。大地を駆ける、森を走るのに適している。アンカーボルトやフックショット、電撃ロッド、鉈、バトルアックスなど、多岐に渡る狩猟用武器がある。ある程度は剣闘にも使用できるが、電撃ロッドなどの一部の武器は、装着者保護の観点から対人使用が禁止されている。


●ログ・エク・タクス

“強靭の鎧”を意味する外骨格。外装が分厚く、フレームが太い。力も強く、速度は早くない。基本装備は両手持ち大剣や戦鎚、大盾など。農業にもよく利用される。


●ログ・フラク

“フラクの鎧”を意味する外骨格。名前の通り、守護者フラクの用いた外骨格を模倣したモノで、ノーグ用のものと差はないが、頭部などに身体的形状に合わせた変更がなされているタイプ。基本装備は両刃の長剣と短剣。


●ログ・ベラル・エリ

“多棘の鎧”を意味する外骨格。装甲は薄いが、各部に武器マウントが取り付けられ、武装を多く持つ事が出来る。力は強く、速度も早く、ログ・フラクと殆ど同等の速さで動ける。基本装備は長剣や長柄メイスなど。技巧派に好まれる。






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