3皿目:戦闘準備をしなくっちゃ
明くる日の闘技場。
白光照明のもと、銀星はハンマーを腰だめに構え、熱い吐息を吐き出す。
鋼を軋ませる間合い外からの探り合いに、インナーが緊張の汗で濡れる。
今回の相手は12-6、リングネームは“鋼棘”。
12位分の格上の剣闘士は、ワタシの苦手な小柄で高機動なタイプ。もちろん初の手合わせなので、戦闘データはありません。
相手の外骨格は“鉄針の鎧”。
短剣を複数、ソードブレイカーと小型メイスを引っさげた標準仕様のそれは、小柄なエルト族用の外骨格、身軽さを活かした戦法をよくとります。
攻撃を当てにくい上に、弱点である関節や機動部を狙うパターンが特に多い型。
大型でもフットワークの軽いワタシですが、流石に小型ほどとまではいかないので、カウンター勝負です。
じりじりとにじりよるワタシに対して、鋼棘はサイドステップとフェイントを使って側面を取ろうとします。
そうはいくものですか。
右、右、左、右、と見せかけて、左、今。
回り込み、滑り込んで短剣を跳ね上げる鋼棘。
狙いは見え見えで、股関節付近の装甲の隙間。
フェイントも単調で見え透いており、読み通りの攻撃です。
潜り込んでくる鋼棘に合わせて左脚を大きく引き、勢いでバックステップ。
慣性に任せたハンマーの頭はちょうど盾のように、相手の眼前に広がっているはずです。
相手が武器の影に隠れた瞬間、ワタシはぐっと身体を沈め、脚を後ろに踏み込みます。
沈み込む感覚の中にハンマーへの軽い衝撃があり、確信をもってカウンター。
長柄であるハンマーを思い切り前に突き出し、鐘つきの如く、良い音がなりました。
しかし流石に軽量級。
装甲や剣闘士本人にダメージは与えたものの、まだ健在のようで、多少ぐらついたものの、再び短剣を構え直しました。
観客は歓声を上げていますが、戦いの最中にあるワタシの耳には届きません。
『“銀のデカブツ”!やっちまえ!』
『ぶっつぶせ!“銀のデカブツ”!』
『ミンチ!ミンチだ!“銀のデカブツ”!』
意識に届かぬ歓声に、ハンマーを握り直して応えます。
熱狂の中、意識は深く、より深く、集中の泉に沈み込み、ワタシの身体を導くのです。
「っ!」
人機一体、シンクロ率が上がりますが、ワタシはそれに気付かないまま。大きく鋭く息を吐くと、愛しい鉄塊とともに踏み込みました。
一撃のカウンターをもらっていた鋼棘はややもたつきながらもしっかりと回避、ワタシの振り下ろした鉄槌を回り込むようにスライド。
しかし、その動きは読めています。
さっきのフェイントといい回避といい、読みが浅いです。
叩きつけたハンマー、その頭の重量を軸にして、機体を浮かした痛烈な蹴り。
突きのように繰り出されたその先端が、強化セルフレームをへしゃげさせる感触。
鋼棘は何が起きたか理解する前に吹き飛びました。
さぞかし凄まじい衝撃だったことでしょう。恐らく完全に失神していると思います。
案の定、リング外まで低い放物線で落下した鋼棘は起き上がれませんでした。
『“跳ねる銀星”、鮮やかなKO勝ちだぁ!!』
『ウオオオオオォォォーー!!!』
審判が勝敗をコール、観客たちの歓声。
そこまで認識して、ようやくワタシは勝利の実感を得ました。
良かった。
これで今日も美味しいご飯が食べられます。
***
控室にて破損チェックなどのルーチンを終え、それから受付でその日の分の支度金と賞金を受け取り、工房へ。
工房の充電スタンドに愛機をセットすると、ゴポリと培養液が流れる音がします。それから小型発電炉が稼働し始め、バイザーに映る機体情報に、発電中と充電中の文字がポップアップしました。
そこまで確認してから、ワタシは外骨格の神経リンクをパージ、装甲を開きます。
ブツッブツッと感覚が切り替わり、鋼の身体は生身へ。
「はぁー、暑……」
途端に身体が熱を帯びたような気がして、ワタシは嘆息。
外骨格から這い出るように降りると、汗を流しに工房の奥へ。
と、その時、机の上にベルさんからの手紙が来ているのに気が付きました。
「あ、今日の分来てる……。まめだなぁ」
告白のあった日の夜、最初の手紙が届いて以降、返事を書くとすぐに返ってきます。
今日で3通目。
飽きずによくもまぁ続けてくれるものです。
まずは汗を流してから、ゆっくりと読むことにしましょう。
***
『
我が愛しき白銀のティト様
今日の試合はいかがでしたか?
満足の行く内容であったことを祈るばかりです。
試合前に書いているので、結果を知らぬ事はお許しくださいね。
さて。
この手紙では、僕の趣味を語りたいと思います。
』
そんな書き出しで始まる手紙には、ベルさんの趣味が剣闘であること、古書探しであること、美味しいものを食べることだという事が書いてありました。
剣闘については、試合を見るのが特に好きだそうです。
闘技場での熱気と歓声の中に踊る2機。
剣闘士の一挙手一投足。
息遣いさえ聞こえてきそうなほどに見入ってしまう。
自分も戦っているような気さえすると、ベルさんの達筆は物語っていました。
その書き方からは、かなりのマニアックさが伝わります。
だって、普通の人は関節の軋む金属音で、機体の良し悪しなんて判断できませんよね?
ベルさんは、新人剣闘士を見ると、必ず音を聞いて外骨格の整備状況を推測するらしいです。しかも、おおよそ正しく。
ワタシなんかに注目するのも納得の剣闘フリークぶりです。
余談ですが、ワタシたち剣闘士の収入は、基本的に闘技場からランクに応じて支給される支度金と、試合掛け金の一部です。もちろん掛け金が多いほどたくさんもらえます。支度金は生活ギリギリでやれるかどうかの額(しかも闘技した日のみの日払い!)なので、メインの収入は自分に賭けられた掛け金の配当になります。ちなみに、負けても最低マージン保証あり、勝てばボーナスです。
多分、ベルさんみたいな根っからの闘技ファンが、低ランク帯の剣闘士を推してくれるから、低ランク帯のワタシたちでもなんとか食べていけるのでしょうね。
……うーん。
最近配当が跳ね上がったのは気のせいではなく、ベルさんのせいだったのかも。
いや、うん、多分……、むしろ、絶対そうでしょうね……。
人間関係も外堀を埋められつつあり、経済的にも確実に侵食されています。
着実に飼いならされていく方向です。
これはもう、潔くベルさんに身体を捧げるしかないかもしれません。
……ワタシの醜い身体にいかほどの需要があるかは不明ですが。
…………いっそのこと、家畜にでもなりますかね。
食べられるのは嫌なので、せめて農耕労働用でお願いしますってくらいに、ホントに返せるものが何もないです。
あぅあぅ。
…………さて、気を取り直して、続きを読みましょう。
ふむー。
古書探しについては、昔から歴史を紐解くのが好きで、仕事の折々で見つけては集めているのだそう。
きっと、この国の成り立ちなど、物知りなのはそのおかげなのでしょう。
デート、の時、には、色々と聞いてみましょう。
うぅ。
意識しただけで動悸がヤバいです。
落ち着けワタシ。
劇物は今はいないんだ。
手紙だけなんだぞ。
ふぅ。
ベルさんは外骨格の整備などにも興味があるようなので、元々知的好奇心の強い人なのだと思います。
それが仕事にも繋がっているからこそ、若くても色々と任されているのでしょう。
なんせあの堅物なアグラルさんが商売相手だと認めるくらいです。
つくづく、なんでワタシなんかを選んだのか謎。
もっと良い人いるでしょうに。
手紙の一通目にはワタシを選んでくれた理由がたくさん書かれていましたが、それでも信じられません。
そもそも、理由の中に容姿が入っていないあたり、やはりかなり気を使われていると思うんですよね。
最後の美味しいものが好きというのも、多分ですが、ワタシに合わせてくれているのでしょう。
ここまでの文通でワタシが知った事は、ベルさんがいかに素晴らしい男性であるか、と言う事です。
商人の家計に生まれた長男。
商売の軌道は順調で、営業修行中。
これには多少本人による着色があったとしても、いまのところ齟齬はありません。
まだワタシを騙す詐欺師であるという可能性はありますが、極めて低いでしょう。
だって、ワタシ、そんなにお金もってないし。
仕事ができて、社交的で、気遣いも素早く、見目麗しい。
なんて完璧なひと。
男性に免疫のないワタシでも、この人が女性にモテない筈がないと断言できます。
ホントに、他にいくらでも選択肢があるはずなのです。
だからこそ、謎。
好きになった理由。
決め手は、食事の時の幸せそうな表情。
それから、闘技で見せる荒々しくも冷静な思考。
そのギャップ。
書いてある文章は理解できても、意味がわかりません。
いや、解るは解りますよ?
でも、それならワタシである必要はありませんよね?
他にももっと魅力的な方はいっぱいいるのです。
なんなら、お姉ちゃんだっていいのですから。
うーん。
お姉ちゃんに負けてないものと言えば。
考えながら、ワタシは鏡を見やります。
顔は、まぁ、姉妹ですし?
似ているから、可愛い部類だと思いますよ?
……肥えてなければ。
胸は、うん、おっきいと思います。
お姉ちゃんよりも、かなり。
……肥えてますからね。
スタイル、は、語らなくてもいいですよね。
背が高くても、お腹やおしりの肉は隠せませんし。
ぷにっ。
お腹の肉をつまみます。
あぅー。
このっ、この駄肉っ!
この駄肉さえなければっ!
鏡の前で、必死でお肉と戦います。
……心とつねられたお腹が痛むだけでした。
悲しみついでに、ワタシはもっと大事な事に気付いてしまいました。
「あ、ワタシ、デートに着てく服、ナイヨぅ?」
由々しき事態、発覚です。
鏡に映るその姿は、なんともだらしない肢体。
いや、今はそっちではなくて。
鏡に映るその姿は、なんの色気もないダボついたズボンとシャツ。
体型が隠せるからと、ただでさえ大きいサイズが、さらに巨大に。
その結果、なんの色気もなく、女子であることを疑われそうな服装の人が写っているという訳です。
これはヤバい。
っていうか、ベルさんに、これを見せていたワタシ、間抜けすぎませんかね。
あぅあぅ。
穴があったら入りたい。
遅れてきた羞恥で顔が熱くなるとともに、焦りが湧き上がります。
控えめに言って、かなりピンチでした。
***
「お姉ちゃん、助けて!デートに着ていく服がないの……!」
すぐさま工場にて作業するお姉ちゃんに泣きつきました。
お姉ちゃんは手を止めて振り返り、ワタシの焦る顔を見て。
「はぁーーーーー、今更気付いたの……?」
長い長いため息のあと、ジト目になりました。
心底“いまさら”が強調されているような気がします。
「うっ」
ワタシはその圧力に思わず後ずさり。
しかし、お姉ちゃんは決してワタシを見放した訳ではありませんでした。
「……まぁ、そういうだろうとは思ってたわ。今どれくらいクレジット残ってる?」
むしろ、いつ言い出すかと身構えていたのに、全然ワタシが言い出さないために焦れていたようです。
そんな事を考えて身の縮む思いを抱きつつ、手首につけていた端末を操作します。
「これくらい、だけど」
剣闘の賞金は食費と家賃くらいにしか使いません。
だから、貯蓄を差し引いてもそれなりに自由に使える額が表示されています。
「ふむふむ。なら、それなりに準備できそうね」
お姉ちゃんはそれに満足そうに頷きました。
「ありがとうぅー!」
平伏低頭で感謝します。
しかし、世の中そこまで甘くないらしいです。
「コーデ料はしっかりもらうから、そこんとこヨロシク」
「ぅぇえ?!……わ、わかりました」
手をお金を意味するサインにしてニンマリとするお姉ちゃんには、ワタシは逆らえそうにありません。
日頃そういう所で努力しているお姉ちゃんの経験を買えるのです、お小遣い程度で買えるのなら安いものでしょう。
ワタシはそう自分を納得させるほかありませんでした。
■巨像都市エス・リーア・フラク
ティトたちの暮らす都市国家。
守護者フラクの巨像を中心とする。守護者フラクが建国した多種族国家で、人口比率はノーグ4、エルト1、ギュメル5の割合。通貨はフラクで、守護者フラクを象った硬貨で流通しているが、メインは電子通貨に置き換わっている。硬貨は外交用のものが準備されている程度。
旧世代の遺産を解析した者がいるため、この世界では珍しく電気が通じている。また、強化外骨格の製造が行われているため、国としてはかなり栄えている。人口は10000人程。仕事に不可欠なため各家庭で強化外骨格を所有する事も多く、家や施設、道などは広く造られている。
都市を拡張する際に上下に伸びているため、高低差がかなりあり、迷いやすい。構造としては下から資源採掘層、資源貯蔵層、構造隔壁、採掘準備層、戦略空隙層、防衛隔壁、居住区下層・中層・上層、執政機関区、対空防衛層、最上隔壁とかなりの多重構造。
日常的に強化外骨格が使われており、上下移動用に風力可動の縦方向コンベアが各所に存在する。電気は風力・水力発電がメインで、電気系従業者が発電する電気がサブ。水はコンベアが地下湖を汲み上げている他、雨水を浄化して利用している。
教育制度は存在するが短く、強化外骨格の扱いを教え、国や経済、歴史について多少教える程度。貴族議会制で、軍事国家的。戦時には全国民が兵士となりうるので、強化外骨格を用いた闘技の履修が義務付けられている。
主食は穀物で、都市内で栽培されている物が主。都市近郊では小型の動物や魚類なども狩られており、肉類の流通もそこそこ多く、自給自足は確立されている。少ないながらも酒は造られているが、高級嗜好品で主に貴族たちの物。薄い安酒はあるが、それでも庶民には高価。
職業としては農業、漁業、狩猟業、採掘、電力、飲食業、職業軍人、剣闘士【ディア・ナ・シュラム】(実際は傭兵で、賞金以外に護衛などを行う)、整備士【ディア・ナ・エルム】、製造業、執政者など。親の仕事を継ぐか、弟子として工場などに入るかするため、職業選択の自由はあまりない。それでも、外骨格のおかげで転職自体は難しいが可能である。各職業には組合的なものがあり、整備士でいえば統合技術研究会、剣闘士でいえば闘士団連盟がある。
軍事国家だけあって、強い者に従え、が根底にある。特に剣闘士は人気があり、生産に寄与しないのにトップ層はかなりリッチ。その分、強い外骨格と装備、戦いのセンス、強運が求められる。