1皿目:婚約を前提にお付き合いして欲しいのです
『これから先、ずっと一緒に食卓を囲んでくれませんか?』
それは、ワタシの人生の中でも、ぶっちぎりで意味がわからない言葉。
思わず、はい?と素で聞き返してしまうほどに、理解不能でした。
だって、こんなワタシですよ?
誰がその言葉を“愛の告白”だなんて受け取るのでしょうか?
この目の前のこの人は誰?
いったい何を言ってるの?
そもそも、一緒に食卓を囲んで下さいって何?
頭の中がぐるぐるとシェイクされます。
しばし呆然としてしまうワタシに対して、その言葉の主は怪訝そうな顔をしました。
「……えぇと、聞いていてもらえましたか?」
あまりにもワタシがフリーズしてしまっていたからか、少し焦ったような言葉が追加されます。
大丈夫、大丈夫です、聞いてはいますよ。
ちょっと理解不能だっただけで。
困った顔がちょっとカワイイ気がしたのは、多分気のせいですね、はい。
ええと、ともかく、改めて聞き返すしかありません。
「えっと、その……もう一回言ってもらってもいいですか?」
ワタシの言葉に、その人は少しだけ苦笑いしてから、もう一度口を開きました。
「これから先、僕とずっと一緒に食卓を囲んでくれませんか?」
それだけでは伝わらなかったから、今度は補足もしてくれます。
「ティト・ロクシュラルさん、僕と婚姻を前提にお付き合いしてください」
ははぁ、こんいん。
こん?いん?
こんいん。
あぁ、つまり婚姻……!。
結婚のことですね?
うーん、まさかの求婚です。
ますます意味がわからないのですが?
……こんな状況に陥った原因はよく解りませんが、いったん思い返して整理してみましょうか。
***
その日はいつもの日常でした。
日差しの真っ只中、視線と歓声の渦。
ワタシの日常はいつもここにあります。
鋼の鎧。打ち合い、響き合う武器と武器。地面を踏みしめて熱気を吐き出す排気筒。
闘技場での一幕は、そんな熱と鋼と油の物語。
円形の岩盤リングに相対するは、2つの巨像。
一つは騎士のごとき黒鋼、もう一つは獣じみた銀色。
身の丈超える厚刃の大剣と、長柄の大槌をそれぞれ構えて睨み合う。
ギギ、と関節の軋む音、動力炉が轟々と炎をたたえ、降り注ぐ光がそれぞれの得物をギラつかせる。
自分の呼吸さえ煩く感じる緊張。
睨み合いは長くは保たない。
先に地を蹴ったのは黒騎士。
思い切りよく地面を蹴飛ばして、銀獣へと猛チャージ。
対する銀獣は、腰だめに大槌を構えてこちらも走り出す。
黒騎士よりも鈍重、しかし倒れ込むようにスタートした獣は速い。ダムダムと振動を撒き散らして黒騎士へと肉薄していく。
大剣も大槌も質量武器だ。
金属塊である鎧の慣性も乗って振るわれた得物がぶつかり合う。
その結果は、質量の大きな獣側の圧勝。
腰だめからアッパーカットで振りあげられた大槌が、上段から振り下ろされた大剣を潰して破壊する。
跳ね返された形になった黒騎士はそれだけでもかなりの衝撃を受けたが、獣の追撃のタックルをもろに食らって吹き飛ばされた。
衝撃による意識断絶。
黒騎士は五体を投げ出し、銀獣は静かに勝利を収めたのだ。
観客の熱い歓声の中を、銀獣は悠々と歩き、控室へと下がっていく。
“剣闘士”と呼ばれる、鋼の外骨格を纏って戦う戦士たちの闘技は、いつでも大盛況だ。
戻っていく銀獣と入れ違いで、次の剣闘士が控室から現れ、観客のボルテージは再び上がっていく。
そんな歓声を背に、控室に戻った銀獣。
石造りの大きな居室、荒っぽくもよく計算された建築はよく冷えており、戦いの余韻に浸るにはちょうどよい。
あたりを見回して誰もいない事を確認すると、ワタシは熱くなった吐息を深く吐き出し、外骨格のバイザーを跳ね上げた。
プシューと排気音を伴って、視界が明るくなる。
胸部のプレートも前面に開き、汗が蒸発してひんやり。
それと同時に、一部の神経リンクが外れて、機体の感覚が薄れる。
大きく息を吸って、跳ねる鼓動を落ち着けます。
くすんだ巨大な鏡には、外骨格とソレを纏う少女の姿。
頭頂には黒い髪と同じ色の尖った犬耳が揺れます。
神によって獣のカタチ与えられし獣人族、その端くれ。
これがワタシ。
剣闘士ティト・ロクシュラルの汗ばんだ姿が写り込んでおり、少々見苦しいですね。
見るに耐えず、思わず目を反らしました。
我ながら、よくもまあここまで肥えたものだと思うのですが、食に対する探究心に勝てないので、もうどうしようもないですね。うん、仕方ない。
せめて外骨格を着られないような事態にならないよう気をつけましょう。
人が来て素顔を見られるのも嫌なので、さっさとバイザーを再装着。
外れたリンクがチクリと再装着され、鏡には元通りの銀獣が写ります。
うん、いつものワタシ、いつもの外骨格。ワタシの愛機“輝く銀色の跡”ですね。
ちなみにリングネームは“跳ねる銀星”です。
相変わらず惚れ惚れする銀獣は今日もカッコいい。
戦いの後なので、見た目で破損のチェック。
多分損傷はしていないはずですが、一応見ておかないとですね。
バイザーは前面レンズひび割れ等ありません。
リングの破片が飛んで割れることもあるのですが、今日は無事でした。
頭頂の耳も破損無し、排気口フィンも大丈夫ですね。
胸部、肩部、腰、脚、それぞれ複層プレートの凹みも確認。
こちらはタックルした時の肩の凹みがありますね。
腕、脚の関節は稼動に異状なし。
拡張した脚は逆関節……つまり鳥足状になっていますが、この部分はワタシでは正確に確認できません。
目視の点検よし。
今日の闘技は終わったし、早く帰りましょう。
闘技場の受付で日払いの支度金と賞金を受信。
通知音がなり、端末の金額表示を確認してから、得物のハンマーを担ぎ上げ、ワタシは帰路につきました。
***
闘技場を出ると、午後の微睡んだような空気が流れていました。
いつも見上げれば視界に入る建国者の巨像は、今日もこの国を見守っています。
守護者フラクの興した城塞都市、フラク。
正式名称は巨像都市エス・リーア・フラク。
多種族国家で、世界的に貴重な電気が普及していて、何より強化外骨格をまともに製造できる軍事国家。
そんな厳つい国ですが、いつも物々しい雰囲気な訳もなく、ワタシは外骨格をゆっくりと歩かせます。
すれ違う人々、そして外骨格。
獣耳がある者、肌が極端に白く小柄な者も混じって歩いています。
人族、無彩人族、そして獣人族。
ルーツ的には元は同じ種だった人々ですが、国家によってはヒトと呼ばれない2種族。それらが差別なく暮らせるこの国は、比較的穏健な部類なのだそう。
そういうワタシも、その穏健さの恩恵を受ける側です。
露店に商人、連れ立って歩く主従、外骨格を着た憲兵。
活気のある表通りといった風情です。
外骨格がない他の国家ではもっと道が狭いらしいのですが、外骨格がすれ違って闊歩しても、余りあるほどに広く造られている光景に見慣れたワタシには、他の国家なんて想像もできません。
活気を離れるように通りを曲がり、ワタシは景色の開けた道にでます。
ここは所謂裏路地にあたりますが、見晴らしがよく、ワタシのお気に入りです。
闘技場のある戦略的空隙層は下層の方ですが、ここからだとちょうど吹き抜け構造があり、さらに下層にある構造隔壁や資源貯蔵庫の屋根が並んで見えます。そこから伸びる風力稼働コンベア、配管と配線は不規則なルートを描きながらも、辺りと調和しているのが好きなのです。
巨大な岩盤と人工構造物。
この要塞都市は一部分、平穏と調和でできています。
そんないつもの光景を、なんとなく眺めていた時でした。
「ティト・ロクシュラルさんですね?」
曲がり角を抜けてきたと思しき方が、ワタシの名前を呼びました。
しかし、今のワタシは外骨格を着た状態。
なぜワタシがワタシだと判るのでしょう?
「剣闘士“跳ねる銀星”、外骨格オーナー整備業者リーアエルム工房、装着者ティト・ロクシュラルさん、ですよね?」
背筋がぞわっとしました。
え、この人、剣闘士のコアなファンか何かでしょうか。
確かに所属情報までは公開されてますが、個人名まで普通調べますか?
トップランカーならいざ知らず、中堅ですらない、下層の剣闘士ですよ?
ワタシがフリーズしていると、その人が近づいてきました。
ビクリとしましたが、外骨格は微動だにしません。
ゆえにその人は、ワタシの目の前に来ても、ワタシの動揺を知りません。
「ティト・ロクシュラルさんですよね?」
小首をかしげるその青年の肌に、度を越した白さはありません。耳もヒトのものです。
つまり人族。
服装は小綺麗な正装ですから、どこかの商人でしょうか。
容姿は端麗でモテそうで、ワタシとは雲泥の差ですね。
それで。そんな方がワタシに何の用があるのでしょう。
「僕の名前はベルと言います」
こちらを見上げる爽やかな笑顔が眩しすぎます。
ちょっと目に痛いくらい。
好意的な感じが伝わってきて、ワタシは絶賛困惑中。
ベルと名乗ったその人は、さらに言葉を続けます。
「突然で驚かせると思いますが、貴女に伝えたい事があり、こうして声をかけさせていただきました」
ははぁ。
伝えたい事。
剣闘頑張って下さい的な話でしょうか。
そんな事が一瞬頭をよぎり、同時にベルさんが跪きます。
「ティト・ロクシュラルさん。これから先、ずっと一緒に食卓を囲んでくれませんか?」
・ ・ ・。
うん?
よく理解できません。
「……はい?」
言語機能がおかしくなったのかと心配するくらい、意味がわかりません。
『これから先、ずっと一緒に食卓を囲んでくれませんか?』
ワタシの人生の中でも、ぶっちぎりで意味がわからない言葉。
思わず、はい?と素で聞き返してしまうほどに、理解不能でした。
だって、こんなワタシですよ?
剣闘士としてお世辞にも強くなく、女性としても太った醜い娘。
誰がその言葉を“愛の告白”だなんて受け取るのでしょうか?
この目の前のベルなる人はいったい誰?
何を言ってるの?
そもそも、一緒に食卓を囲んで下さいって何?
頭の中がぐるぐるとシェイクされます。
しばし呆然としてしまうワタシに対して、その言葉の主は怪訝そうな顔をしました。
「……えぇと、聞いていてもらえましたか?」
あまりにもワタシがフリーズしてしまっていたからか、少し焦ったような言葉が追加されます。
大丈夫、大丈夫です、聞いてはいますよ。
ちょっと意味が理解不能だっただけで。
困った顔がちょっとカワイイ気がしたのは、多分気のせいですね、はい。
ええと、ともかく、改めて聞き返すしかありません。
「えっと、その……も、もう一回言ってもらっても、い、いいですか?」
ワタシの言葉に、その人は少しだけ苦笑いしてから、もう一度口を開きました。
「これから先、僕とずっと一緒に食卓を囲んでくれませんか?」
それだけでは伝わらなかったから、今度は補足もしてくれます。
「ティト・ロクシュラルさん、僕と婚姻を前提にお付き合いしてください」
ははぁ、こんいん。
こん?いん?
こんいん。
あぁ、つまり婚姻……!。
結婚のことですね?
うーん、まさかの求婚です。
ますます意味がわからないのですが?
ここまで経緯を思い返してみましたが、ワタシが唐突に結婚を申し込まれる理由はこれっぽっちも見当たりませんね。
状況が不可解すぎて現実味がなく、逆に冷静になったワタシは、ちょっと言い返してみます。
「ベルさん……、でしたっけ。そそそんな唐突に、き求婚されても、こ困ります。そもそも、あ貴方が誰だかも、し知らないのに……」
心は冷静なつもりでも、身体は正直でした。
ガッタガタです。
自身のポンコツ具合に嫌気がさしますね。
言葉に呼応してガッタガタに緊張した心音が煩いくらいに鳴り響きます。
身体中嫌な汗もでてきました。
よく考えたら、店主さんと姉以外の他人としゃべるのが久々すぎて、人見知りだということをすっかり忘れていました。
あぁ。自覚したらさらに心拍ががが。
「返事は急がなくて大丈夫です。またお話しに行きますので」
そんなワタシの内心を知らず、ベルはワタシのマニピュレータに一輪の赤い花を差し入れ、踵を返して行ってしまいました。
いったい、なんだったのでしょう。
一人取り残されたような状態で放置されたワタシは、しばらく混乱と動悸で動けそうにありませんでした。
外骨格名称:【輝く銀色の跡】
ベース:ログ・エク・タクス
“銀星の軌跡”を意味する外骨格。ティトの豊満な体型に合わせて各部が拡張され、伸縮機能を付加されている。ベース骨格はガチガチで動きやすさがあまり考慮されていないが、改造によってかなりフレキシブルな構造になっている。
通常の外骨格は使用者に合わせた二脚だが、この外骨格は脚部に改造を施され逆関節化されているのが最大の特徴。逆関節と言っても、外骨格には変わりなく、装着者の関節を本当に逆に曲げるわけには行かないので、実際は足の甲を伸ばしたような所謂鳥足。速度、跳躍力、旋回性能が高く、前面装甲は厚いが、バッテリー消費は増加しており、構造上他の外骨格に比べて脚部関節の弱点が際立つ。脚が長くなったのに合わせてマニピュレータも特殊加工され肘から先が太く長い。中程に液体金属を用いたモーショントレース機構があり、手の動きをそのまま肥大化したマニピュレータに伝える。腰部バッテリーパックも大きく、逆関節部には補助バッテリーも備える。ちなみに、逆関節部は任意にパージ可能で、連動して腕も短くなるようパージされる設計。
諸々の改造により、ただでさえデカイ機体がさらに巨大化しており、平均的な外骨格の倍程もある。両親の残した予備パーツを流用しており、フックショットや装甲板、脚部駆動系などに狩猟用外骨格ギータ・ロクタの跡が見て取れる。その影響もあり、走る、跳ぶなどの動作系にはめっぽう強く、スピードを活かす機体性能にチューンされている。巨体の割にパワーは抑え気味だが、武器の重さと遠心力、リーチ、加速でそれを補う。機体サイズや弱点から超近接戦や速度特化の小型外骨格相手がやや苦手。また逆関節部分のベース装甲は薄く構造も比較的繊細で、防御力が低いと言える。
メイン装備は長柄のハンマー、サブにやや短めの両刃片手剣と片手メイス、巻取機能付フックショット。逆関節脚部には武器にも転用できる緊急制動用アンカーボルト、マニピュレータには外骨格装甲板をも貫く爪と握力が備えられている。
重量を伴う暴力の嵐で攻撃を退け、迫るものは回避する事が大前提なので、装甲板は標準より薄く、関節攻撃への耐性はやや低め。バッテリーは大きいが、消費も激しいので、駆動時間は標準。