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人が壊したこの世界で  作者: 鯖丸
第四章 『 試練を乗り換えし者(後編) 』
69/71

069:凍える夜に(2)

そこはウィルキーに永く棲む者でも知っているのは僅かと言われている、古くから一部の客だけが足繁く通う小さなBAR(酒場)


街の端、かつては多くの『何でも屋組合(ギルド)』が拠点を構え活気付いていたはずのそこも今や誰も寄り付かない程に静まり返った空き家だらけの区域となっており、騎士団による治安維持などが十分に行われていなければ、高確率で悪人の温床になっていた事だろう。


そんな闇に近い場所でひっそりと営業しているBAR(酒場)『ノーリガル』で今宵ギルド(マスター)であるウィル•クルーザーはのんびりと酒を煽り平穏を満喫していた。


ランプという長く安全に光を発する道具の発明•普及により、多くの店がそれを取り入れる昨今に関わらずこの店に使われている灯は蝋燭と暖炉のものだけであり、それは静まり返り外の音さえも響くようなこの室内の趣きを更に引き立てている。


店内に籠るのは木材たちから漂う心安らぐ香りだけであり、普段は好んで煙草を吹かすような輩でもこの店でだけは本能的にそれを我慢してしまう程に心地よい空間。


深い夜にだけ開き、暗い安らぎと平穏を求める者が辿り着く場所。その日唯一の客であるウィルは僅かに酒が減ったグラスを軽く揺らしそこに入った氷が発する「コロンッ」という心地の良い音を耳にしては、また味わうようにグラスに口をつける。


そうして時間の概念さえ感じられないそこで不意に「ギィッ」という静かで、しかしそれであって重厚感のある音が響き、それを耳にした店主は「いらっしゃい」と短い歓迎の言葉を新たな訪問者へと向けた。


「 ………チッ 」


しかし、先程まで満族気に瞳を閉じては複雑な酒の味とその余韻を堪能していたはずの彼は途端に不機嫌とばかりの舌打ちを店に響かせる。


そして店主を前にカウンターへ座ったまま、視線さえ向けず独り言のように入ってきたそれへと呟いた。


「 聞き間違いだったか……確か前、酒は好きじゃないって言ってなかったか?? 」


その言葉を向けられると同時に、扉から入ってきたソレはゆっくりと踏み締めるようにカウンターへと足を進める。


「 見たら分かるだろうが、ここは立派な飯屋なんかじゃない。あるのは酒と、ちょっとしたつまみだけ。腹を満たしたいなら別の店に行きな 」


軽口のように続けるが、足音は言葉とは関係なくカウンターへ、そこへ座るウィルの背後へと近づいて来る。独り言は続く……


「 はぁ……店は目的じゃないってか、なら俺に用事って訳かい?……ったく、懺悔したいんなら明日の朝一に教会にでも駆け込んで牧師様に縋んな。俺の役目じゃないね 」


それが最後とばかりに彼は不機嫌を胃へと流し込むようにグラスへ残った酒をグイッと一口で喉に通しては、その味わいを全身に染み渡らせるように浸り「ふぅ」と満足のいく余韻を楽しんだ。


そうして流れる沈黙。ウィルにとってこの店の静かさは本来、目を閉じて堪能する心地の良いものなのだが、今ばかりは気まずく面倒とばかりのものとおり、そんな空気にとうとう我慢が出来なくなり、空になったグラスをカウンターに置いては指で軽く押し滑らせる。


その行動を目に言葉はなくとも意図を知る店主は奥で並ぶ幾つかの年季が入った酒瓶(ボトル)の中から一つを手に取り、その中身をゆっくりとグラスへと注いでは、丁寧に返した。


おかわりと入れ直された酒を前に隣の空席。その前のカウンターへ手を伸ばしてはコンっと一つ叩く。


「 わかったよ。話があるなら聞いてやる、とりあえず座れ 」


そして促されるように隣の席へ腰掛けた珍しい客人。普段は見ない黒のコートを羽織り、特徴的な眼鏡を外した事で別人と見間違える程に鋭い顔付きとなっているこの街一番の病院で働く女医ーーーメリッサ•ベルクスは自然と向けられる店主からの無言の視線に隠すよう僅かに伏せていた顔を上げる。


「 ……なにか? 」


しかし、彼女には店主が今なお向けてくる視線の意図が理解できず、思わず口にしてしまう疑問。それを耳にウィルは大きくため息をついた。


「 店主(マスター)。こいつに『トゥルーシャーチ』を……それから、悪いが少し外して貰えるか? 」


「 かしこまりました 」


代わりにとばかりに強引な注文を付き、新たに注がれた酒を煽るそんなウィルの言葉を受けた店主は、慣れた手つきで素早くカクテル造り(ビルド)を始めると、1分と経たずして透き通った淡い桜色のカクテルを「どうぞ」と一言を添えて彼女の前へと差し出す。


そしてそのまま丁寧な一礼の後、店の奥へとその姿を潜めていった。


「 比較的軽くて呑みやすい酒だ。酔うのが目的じゃないならソレで十分だろう 」


「 あ……ありがとう、ございます 」


店の雰囲気に飲まれたというべきか、明らかに慣れていないといった挙動のメリッサを目にウィルはまた鼻を鳴らす。


そうして再び流れるしばしの沈黙。静まり返った室内では暖炉で燃える焚き木の「パチパチ」という小気味の良い音だけが響いていた………


「 で?俺に用件ってのはなんなんだ?何か話したいならこっちが酔っちまう前にさっさと言いな 」


そんな静寂の中口火を切ったウィルは、そう変わらずに酒を煽る。するとそれを耳にしたメリッサはそれから数秒をかけ心を落ち着かせて、手持ち無沙汰とばかりにカクテルを手にしながらゆっくりと内心を紡ぎ始める。


「 ……アレから考えたんです。でも、全然まとまらなくて……あの時言ったのは確かに本音です。私の中には未だに、カイル君の死を望んでる自分がいます 」


口を挟む気はないとばかりにウィルは手にしているグラスを軽く揺らす。彼女は気にせず話を続けた。


「 でも、ずっとそうだった訳じゃない。7年前貴方に負けて……その後に色々ありました、それを経て私は確かに気持ちを切り替えた……乗り越えた、つもりだったんです 」


声色が強張り始めカクテルを持つメリッサの手が震え始める。今まさに彼女は自分自身の心を見つめ直しているのだ。


「 カイル君の覚悟を知りました。誰よりも可哀想で、それでも誰よりも懸命に頑張り続けている彼の後ろ姿が私を変えてくれた。託された願いに押しつぶされる事なく、ただひたすらに突き進み続けているそんなあの子の事が、私は大好きになりました 」


そうして脳裏に浮かぶ、カイルと過ごした僅かな時間。かつてその命を狙った自分が近くにいてはいけないと、あえて距離をとっていたのに、それに構わず接してきたその少年が愛おしかった大事な記憶。


「 私はカイル君が大好きです。例えその資格がないのだとしても、1人の男性として……彼が好きなんです。この気持ちは嘘じゃない。だから、气流力について聞いてくれたとき、私は本当に力になろうと思ったんです。自分なんかでも彼の力になれる、協力出来るかもしれないという事実が嬉しかった 」


ウィルキー総合病院。その庭園でりんご水を貰った記憶が次いで鮮明に脳裏へ浮かんだ。しかし、流れるように切り替わる頭の中で映された映像、それはカイルとギガスベアーが闘っていた記憶。


「 私は、カイル君の力になりたかった。けど、彼がギガスベアーに殺されそうになった瞬間……私は、動けなかった 」


地下で魔冠號器の力を分け与え、更に气流力の技を教えた。しかし、初めから上手くいくなんて思ってなかった、その予想通りカイルは技を使いこなす事が出来ず苦戦を強いられる。


そんな中、彼よりも早くギガスベアーが脚力へ強化を施しては不意打ちの強襲を仕掛けようとしている事を察知したメリッサは、選手交代とばかりに魔物と対峙する()()()()()()


故に愛しく想うその人を()()()()()と飛び出そうとした瞬間、しかし彼女は見てしまったのだ。


幼かったあの頃の面影を残した死の恐怖を浮かべるカイルの顔を、そしてそれはかつて封じたはずの思い出を、その衝動を望まずして呼びおこしてしまった。


失ってしまった、かけがえの無い人の笑顔が、奪われてしまったかけがえの無い人の笑顔が、そしてそれらを犠牲にただ一人生き残った男児の泣き顔が脳裏を埋め尽くし、既に乗り越えたと自負していた、しかし決して消え去ってなどいなかった粘度を持った悍ましい感情に囚われて、身体が動かなくなった……


【 どうして、お前だけ生き残った………ッッ!! 】


結果としてカイルは、自らの力で奇跡的に生き残った。けど、それ以来頭の中で無くしてしまったものへの執着が、あってはならない理不尽な憎しみが……彼女の中から消えることはなかった。


【 あの人は帰ってこなかったのに、どうしてお前だけ………ッッ!! 】


「 私の全部を教えるつもりでした。私が受け継いだ技の全てをカイル君に託すつもりでした。でも、彼と同じ時間を過ごすことが怖くなってしまったんです。私はまた彼を手にかけてしまうかもしれない、それが怖くて……距離をとってしまいました 」


【 いっそお前も!!あの時、消えてれば良かったんだッッ!! 】


話はそこで一旦止まる。メリッサの中で整理できているのがそこまでだったのだ。しかし、それに続いて今度はカイルへ戦いの基礎を叩き込んだその当人であるウィルが僅かに酒を煽ってから問いを呟く。


「 あのガキには、どこまで教えた? 」


「 流鏖撃に流衝波。感覚の特化強化のやり方……そして流鏖迅を…… 」


それを耳にウィルは「そうか」と短く相槌を打ち、グラスをカウンターへと置く。そして一呼吸の間を待ち「ふぅ」と息を吐いた。


「 なら、あいつは……次に強敵と対峙した時、たぶん()()()()()() 」


その冷たい言葉にメリッサは無言でしか返せない。


「 実力を伴わず知識だけを蓄えた气流力使い程、危うい存在はいない。俺の知る限りそんな奴らは例外なく破滅の道を歩んでいる。それがどんなに才能を秘めた天才であろうとな…… 」


そこまで言ってウィルはまたグラスを口へと近づける。しかし……呑む気になれなかった。


酒を少し離すその顔には憐憫を思わせるものが浮かんでいる。


「 あいつはきっと強敵との死闘によって極限まで追い詰められた時、まともに使えもしないはずの技を【手段】として実行する……だが、お前に教わった技に感覚の超強化。そのどちらかでも実行した時、あのガキは……カイル•ダルチは、死ぬ 」


誰もいなくなったカウンターを見つめてそう呟くウィルの隣で、カクテルを持つ手を激しく痙攣させながらも、伏せた顔。その下のカウンターへ抑制する事が出来なくなった涙を溢し続けるメリッサ。


二人は气流力を極めし者。故に分かってしまう結末を受け入れるしかなかった。


もし、カイルに知識を授けた傍から彼女が直接修練を与え徹底して力をつけさせたのならその運命は大きく変わっていただろう。


しかし、そうはならなかった……メリッサには心の内で轟く、かつて自分が吐いた心ない愚かで恐ろしい言葉の数々を無視する事が出来なかった。


大好きだと口にした想い人、それに死の運命を宿してしまったのは他でも無い自分であるという真実を改めて突きつけられ、メリッサはもはや絶望の涙を流すしかない。


そんな彼女を慰めるでもなく、ウィルはようやっと浮かせていたグラスに口をつけ、()()()()()()()()()()()()()傍聴者が走り去る音を強化した聴力で耳にしながら、中の酒をグイッと一気に呑み干す……


「 愛憎……か。ちっ、あんなに美味かった酒が……随分とまぁ、不味くなっちまったもんだ 」


嗚咽を溢し、涙を啜る音が木霊するその室内で、グラスに入った氷が発する「コロンッ」という音が一つ響いた……ーーー



ーーーー



シンシンと降り積もる雪によって一帯が細かやかな白に上書きされながら、その季節を表現しているウィルキーの街中を、彼女はただ我武者羅に走り続けた。


周囲を満たす静寂を乱すように、7年前のあの頃と同じようにイヴリンは騎士団長としての自分など忘れて涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらただひたすらに目的もなく足を速め続ける。


全てあの頃となにも変わらない。

自分には親友を、メリッサを助ける事なんて出来ない。なにより大好きだったメリッサが……もう()()()()()


彼女が心の内に抱えているものの深さが、その闇が分からない。7年前彼女がカイルを手にかけようとしたなどと信じられない。


もう全てが、分からない。

だから、あの病室から逃げたように、彼女は闇雲に走り続ける。


無力な自分を呪いながら、ただひたすらにそれは走るしかなかった……ーーー



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