067:安らぎと平穏を近くに
「 へぇぇ……ここが雑誌にも載ってた『実験用植物栽培温室』か……うん、確かにこれは、いいな 」
植物園へ入ってすぐに広がる、息を呑むほどの壮大で美しい花畑を目に、たまたま他のお客さんがいないのをいい事に思わず足を止めてしまう。
そうして大きく大きく深呼吸をして、色とりどりの植物たちが醸し出す安らかで心地の良い空気を胸一杯に堪能し、そのまま目を閉じてこの空間に心を委ねれば、人工で発生させているとは思えない程、柔らかに肌を撫でてくれる温かな風が、我が子を撫でる聖母の穏やかな手のように、優しく草花を靡かせている音が聴こえ、別段嫌いでこそないが騒がしかった街の喧騒を一時の間忘れさせてくれる。
この施設に来てまだ五分と経っていないが、成る程ルイスが感動する訳だとここの素晴らしさが直ぐにでも共感できた。
「 ねぇ、カイル。この先の広場でお昼にしましょう?前に来た時、凄く良い場所見つけたの!!ご飯も食べれて、綺麗な花達もいっぱい見渡せる、凄く良い場所なの!! 」
こうして俺の手を引いて無邪気で可愛い満面の笑みを浮かべてくれているルイスこそが、ここにあるどんな花よりも綺麗で美しいと、そのまま感じた通り口にしてみようかと思ったが、なんだかナンパ師の口説き文句みたいな気がしてやっぱりやめた。
故郷の学園では何度告白されたか分からない程、同姓すら含めた多くの生徒からモテモテで大人気らしいこの幼馴染へ勇猛果敢に告白するような挑戦者たちなら、俺が止めたようなむずがゆい言葉でもスラスラと言えるものなのだろうか?
というか、それを面と向かって聞いては満更でもない笑みを浮かべてるルイスの姿を想像すると……なんだか胸がムカムカして嫌な感じがしてしまう。
この旅をする前まではこんなの気になるなんてなかったのに、少し前からどうも心の調子がおかしい。
ま、それは俺に限った事じゃなくて多分ルイスも同様なのかもしれないけど
心の問題というのは、いつだって難題なんだなとため息が出る。
「 ついたよ、カイル。どうしたのため息なんかついて??もしかして、もっとゆっくり周りを観てたかった……? 」
「 いやいや、何でもないよ。いつもの考え癖みたいなもんさ。それよりも、もうお腹ペコペコだ。早く飯にしよう 」
頼むから上目遣いで心配そうに顔を覗き込むのはやめてくれ、ドキッとして心臓に悪い!!という本音も口にするのは我慢しておこう。
そうして背もたれのないベンチに腰を下ろしては、眼前に広がる、いつまでも魅入っていられるような華やかで美しい花畑を堪能しつつ、ルイスが用意してくれた食事を味わい満喫してゆく。
たわいもない談笑をしながら、流れる穏やかで安らぎの時間。思えば中央都市についてからずっと、頭の片隅では推測やら警戒やらでなにかしら常に思考を回し続けていた気がする。だからこそ、何も難しい事は考えず、ただルイスと過ごすこの楽しくて温かな時間が俺は大好きだ。いつまでもこうしていたいほどに、この今が愛おしくて仕方がない。
そうして柔らかな人工風、そして靡くたくさんの草花が醸し出す甘く心癒してくれる香りたちは、気付かずして疲れていたようであった俺の心身を癒し包み込んでくれるのであった……ーーーー
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私は今のこの時間が大好きだ。
元気いっぱいに咲き誇るたくさんの花たちに包まれて、カイルと一緒に過ごせる安らかで穏やかな一時。この心満たされた幸せな瞬間が、永遠に続けばいいと願うほどに、私が心から欲している空間が今ここにはある。
けど、この現実に永遠なんてものは存在しない。
人は成長し、出会いと別れを繰り返して老いていく。だからこそ、私は私の想いをカイルに伝えたい、伝えないままに離れ離れになるなんて絶対に嫌だ。
今日、この植物園で絶対に告白するって決めたんだ。
深呼吸を大きく一つ。決意を胸に隣で口を閉ざしている想い人へと目をやる。
「 あ、あのね、カイル!!……カイル?? 」
しかし、そこにいた幼馴染は「スゥ」と小さな寝息を立てて瞼を下ろしては首を垂れてしまっていた。
「 そ、そんな〜〜………けど、ふふ 」
この瞬間に覚悟を固めていただけに拍子抜けもいいところだ。だけど、予想外であったカイルの安らかな寝顔に思わず笑いが込み上げるが、起こしたらいけないと口元を抑えてなんとか爆発しないように我慢する。
「 ふふふ……そっか、そっか。疲れてたんだね、カイル 」
寝ているその心に語りかけるよう小さく独り言を呟く。そしてそんな想い人の穏やかな顔を見ていると、悪戯心というか、少し出来心が湧いてきてしまうというものだ。
ぐっすり眠ってるみたいだし、ちょっとくらいなら触っても大丈夫かな?
あまりお目にかかれない無防備すぎるその顔付きが愛おしくて、髪をゆっくりと撫でてみる。すると気持ちが良さそうに小さく呟かれる寝言、そんなカイルの可愛い姿を目に思わずこっちまで微笑みを溢してしまう。
「 お疲れ様、カイル 」
少し前まで告白する事で頭が一杯だったはずなのに、私にだけ見せてくれるこんな隙だらけの姿が、誰よりも信頼してくれているなによりの証拠のように感じられてそれが凄く嬉しかった。
でもねッッ今日はいつも以上に気合を入れてここまで来たんです!!だから……ちょっとくらい、積極的になってもいいよね?
「 よ、よ〜〜し……えぇぇいーーーッ 」
勢いで恥ずかしさを押し殺して、ゆっくりとカイルの身体を動かしベンチに寝かせては、その頭を自分の揃えた太ももに横たえてみる。そう、俗に言う膝枕というやつだ!!
「 えっと……やり方とかって、これであってるのかな?? 」
内心パニックになっているがそれよりも、眠る想い人の体温と重さがしっかりとふとももから全身に伝わってきて、さっきよりも身近に感じられるカイルの感覚に胸は大きく高鳴る。
慌てて周囲を見渡す。大丈夫、近くに他のお客さんはいない、よね?……
こんな姿を他の人に目撃されたら熱々のカップルだとか思われるのだろうか?
心臓はドクドクと激しく鼓動を繰り返し、それによって体温が急上昇してるのが体感できる。きっと今の自分は、耳まで真っ赤になっている事だろう。
けど……私の近くで小さな寝息を立てているカイルの髪をまた優しく撫でる。
あぁ、私は今のこの時間が大好きだ。この瞬間が永遠に続いてほしいと切望する程に……
「 カイル……いつか、聞いてくれるかな?私の、気持ち 」
返事は小さな寝息。けど、それでもいいんだ。
柔らかな風が私を撫でる。心地の良い今に、私はやっぱりと瞳を閉じた……ーーー




