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人が壊したこの世界で  作者: 鯖丸
第四章 『 試練を乗り換えし者(後編) 』
66/71

066:思惑

そこは中央都市の端に位置する、ウィンカウン家が何代にも渡り住み続ける豪邸。


権力を象徴するかのように美しく、手入れの行き届いた庭園を周囲にするその壮大な館の書斎で、その主人であるダリット•ウィンカウンは庶民では一生かけても腰掛けることが出来ないであろう、権力者が座すに相応しい上等な椅子に腰掛け、眼前で同じく最高品質のソファーに座しては苛立ちを爆発させている愛息子であるカウロ•ウィンカウンに微笑みつつ高級酒の入ったグラスを傾けていた。


「 あのクソガキがぁぁ、殺してやる。殺してやるッッーーーおいッッ!!  」


「 はい、いかがなさいましたでしょうか?カウロ様。 」


ソレは整っていたはずの髪を乱雑にかき乱しながらソファーの脇で静かに佇む、自らの秘書であるスーツの男へ怒声をあげるが、間を置かずして返ってきたプロとしての冷静な反応が理不尽にもその苛立ちを更に掻き立てる。


結果、怒り狂う悪魔の如き顔付きをしたその御曹司はソファーの前に設置されたテーブル。そこに用意させていた自分用の酒が入ったグラスを手にしては煮えたぎる憎悪のままに佇む秘書へと無造作に投げ放った。


勢いよく胸にぶつかったグラスから溢れた酒にスーツを汚されながら、突然の衝撃を受けた男は「ぐっ」と僅かに呻きを漏らす。


「 いかがなさいましたか?だと??私自ら口にしなければ分からぬか、この無能がッッ!!……チッ、殺し屋の手配だ、それはどうなっているッッ!! 」


「 大変申し訳ございません。手当たり次第に依頼を出しているのですが、標的であるカイル•ダルチは小僧とはいえ冠使役者(クラウン•ホルダー)。三日以内と前準備の期間が少ない状態では殺しの依頼を引き受ける者が中々おらず……難航しており……ぐぅっ!!?  」


瞬間、床に転がったばかりのグラスを素早く拾い上げ凶器としたソレは、苛立ちのままに、頭を垂れ報告を行っていた秘書の後頭部目掛け、なんの躊躇いもなく全力で振り下ろし叩き付けた。


それにより室内には「パリンッ」というガラスの割れる高音が響き、殴打と四散したガラスの破片による損傷を受けたそこからは激しい出血が引き起こされる。


当然の如く、そんな予想だにしていなかった気を失いそうなほどの衝撃、苦痛に秘書の男は片膝を突くがしかし、そのような人として当たり前の防衛反応でさえも許すことなどなく悪魔の如き顔付きのソレは更に鼻を荒立てた。


「 貴様、私がいつ膝をついていいと口にしたッッ!!さっさと立てぇぇ!!?  」


「 は、はい……申し訳、ありません 」


圧倒的な理不尽。しかし、従うしかない。秘書の男にはそうするしかない事情があり、それこそがウィンカウン家のやり口。


数秒前までスンとしていたはずの顔付きは苦痛に歪み、更には全身に響くからその身体を震わせているそんな秘書の姿を見てもなお、ソレに渦巻く悪魔の憎悪は止まらず、流れる血が未だ止まらないその髪を乱暴に掴み引き寄せては、憎しみのままに睨みつける。


「 これだから無能は嫌なんだ、使えない奴め!!貴様なぞーーーッッ 」


「 もう良い、愛息子よ。そこら辺にしときなさい  」


健常な者であるなら理不尽な暴力を振るわれている男への同情、なにより困惑に駆られるであろうそんな光景を前に、それまで口を閉ざしていた館の主人であるダリットは「ハハハ」と場違いな高笑いを上げながらもナニカに憑依されたかのような愛息子に静止をかける。すると、寸前まで悪魔そのものであった御曹司は「はい、お父様」と人が変わったかのような穏やかな声色で言葉を放ち、引きちぎらんとばかりに掴んでいたモノをそのまま乱暴に放り投げては、遊びにより服を乱してしまった幼児がそうするように、無邪気な表情で身なりを整え始めた。


その横で解放された男はふらふらになりながらも、先ほどの狂気から膝をつくわけにはいかないと、なんとか堪える懸命さを見せるがそんな姿など一瞥もせず、ダリットはシッシッと鬱陶しいとばかりに片手を振り「下がれ」と主としての命を吐いては従者であるそれを部屋から追い出す。


そうして少し、静かになった室内ではダリットが傾けるグラスに入った氷が奏でる「コロンッ」という心地よい音が響く。


「 ふぅ……にしても、カイル•ダルチ。困った小僧だ、あやつが無駄に抵抗したせいで必要のない出費がかさんだ。アレは仕事は確実にこなすが……ふんっ  」


静まり返った書斎に酒を煽るダリットの愚痴が溢れた。その前にある机には一つの書類が置かれておりそれには【中央局施設潜入報酬•術式改竄報酬】などなど様々な悪事による高額と言わざるを得ない程の成功報酬を請求する旨が書かれている。


「 お父様、どうしよう。このままじゃあ僕の【魔剛竜の心臓(ギラスディバインド)】が…… 」


「 案ずるな、カウロよ。こうなる事を見越して私の方で既に手は回してあるさ……心配する事はない 」


ダリットの言葉にカウロはやはり年甲斐もなく子供のように目を光らせては「流石はお父様」と歓喜を口にする。そんな愛息子の反応に父親であるソレは微笑み、グラスに残った高級酒をグイッと一気に呑み干した。


( ふふふ、今はいくら金を積もうと構わんさ、どれだけの損失があろうと、この策さえ成功すれば()()()()は我等をお膝元に迎えてくれるはず……そうなれば、地位も名誉も金も、全てが得られる!!!  )


そうしてウィンカウン達は笑う。己が欲望が叶う、それだけを確信し、2体の悪魔の如きそれらはひたすらに笑い続けた……ーーー



ーーーー



整備された道を走る馬車に揺られながらも談笑を続けている幼馴染たちの声に耳を傾ける。しかし、施設を出る前雷蔵様からかけられた言葉が一抹の不安となり、心ここに在らずとばかりに先程から無意識に視線は窓の外へと向けられ、吸い寄せられるように流れる街並みをボーッと眺めてしまっている。


『 カイル君や、分かってるとは思うがこっからは気ぃ引き締めるんだぞ。普通の相手なら心配ないだろうが、今回は訳が違う。権力とドス黒い腹を持った奴ってのは、懐にとんでもねぇぇモン隠してる場合があるってもんさ。だからよ、戦局の見極めだけは見誤らないようにな  』


通常、殺し屋というのは依頼を受けると、標的の情報収集を始めると共にその行動パターンを研究し、最高の襲撃日程を定めて仕事に入る。


それは裏の連中にとって失敗とは死を意味するが故の工程であり、もし対象を確実に抹消出来ないとなればそれらは仕事を受けることすら拒否するのが一般的だ。


つまり、俺を仕留めるという依頼があるとするのなら


『 三日以内に中央局の猛者や十分な力を持つ友に護られた、冠使役者(クラウン•ホルダー)の称号を持つ実力者を確実に始末する 』


と言う内容になり、そんな無理難題を受ける仕事人などいるはずもないと心に余裕を持っていた。それ故に雷蔵様から警告をかけられるなど予想外であり、本人は年長者の勘だと笑っていたが、それこそが俺の心に今なお不安を漂わせ続けている。


「 なぁ、カイル。あの……本当に俺無しでも大丈夫か?  」


不意にかけられた思いもしなかった心配を耳に、視線を向けると遠慮がちな顔つきのリースが目につくが、言葉の意味が分からず目を丸くしてしまう。それを理解してか幼馴染は続けた。


「 いや、話を聞く限り試験までの間は今まで以上に狙われる可能性があるんだろう?それなら俺も一緒に行動してたほうが安全じゃないのかなって  」


本当は大好きなアイドル様のライブが楽しみでしょうがないだろうに、それよりも俺の仕草から不安を感じ取って心配を優先してくれたのだろう。


全く……昔から何故か身内に対してだけは鋭すぎる観察眼を持ってるリースを欺くのはやっぱり難しいものだ。いつも友の不安にいち早く気付き、力になろうとする。そんな優しさに何度救われた事か……


けど、だからこそ俺もルイスも今回のライブってやつをこの幼馴染には目一杯楽しんで欲しいと心から思っている。


人の事は言えないかもしれないが趣味もなく、身内を思い身体を鍛えるだけの毎日を送っていたリースがようやっと見つけた熱中できること、俺の都合でこれを奪うなんて絶対に嫌だ。


だからこそ、俺はいつも通りのニカッとした笑みでリースにサムズアップを向けた。


「 心配してくれて、ありがとうな。けどきっと大丈夫だよ、備えは万端だしルイスも一緒にいてくれる。万が一があっても、マスターお墨付きの逃げ足で一目散にトンズラするさ。だからリースはなんの気兼ねもなくライブを目一杯楽しんできてくれ 」


そんな俺の返しに隣で腰掛けているルイスも「任せときなさい」と胸を張っては、既に腕へと装着している【創造者のアゾットメイク】を見せつけるように掲げて見せた。


一見、魔冠號器を持ち出すなど過剰防衛にも思えるが、雷蔵様が直面したように相手が謎の技術によって制御下においた金級(ゴールドクラス)の魔物を放ってくるという可能性を考慮するなら、これくらいの準備で十分な対策と言えるだろう。


「 確かライブが終わるのは夕方って言ってたよな?なら次に会うのはホテルか、あんまり遅くなるなよリース 」


「 私たちは予定通り、会場からそう遠くない場所の植物園にいるからライブが早く終わったら来てもいいわよ 」


俺の後にルイスが何気なく言葉を続けるが、何故かその言葉にリースはニヤニヤと維持の悪い笑みのようなものを浮かべ始める……なんだ、こいつ??


「 う〜〜ん??本当に俺も行っていいのかな〜ルイスちゃん??? 」


何を当たり前の事を??

しかし、そんな俺の思いとは対照的にルイスは「ぐぅっ」と顔を引き継がせているが……なんだ、なんだ??俺に隠れて罠でも仕掛けるつもりだったのか??


何がなんだか分からずとりあえず二人へ交互に視線を巡らせると、少しして苦虫を噛み締めたような顔付きを続けるルイスを目に「ぷっ」と笑いを我慢できなくなったリースが笑顔で口を開いた。


「 冗談だよ、冗談!!俺はお言葉に甘えてギリギリまで会場で楽しまさせてもらうから、次会う時はカイルの言う通りホテルでな 」


それに続けてウィンクと共に小声で「頑張れよ」とか言っているが、なにがなんだか……


やっぱり二人して俺に罠でも仕掛けるつもりなのか??負けへんでッッ!!?


そうしてリースの声援に覚悟でも決めたのか真っ赤になった顔つきで「うん」と首を縦に振るルイスの襲撃に危機感を強めつつ、俺達はもうしばしの間目的地までの道のみを馬車に揺られて過ごすのであった……ーーー


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