065:実技試験会場(3)
対戦試練表が提示されて暫くが経ち、初めこそざわついていた受験生達も落ち着きを見せてきた頃、この場に全ての実技試験担当官が集まっているということもあり、彼らはそれぞれの相手への挨拶を混ぜた勝利への宣誓を始めた。
倒れ込んだまま放置するのは可哀想だったので近くの壁に背を預けさせているリュミアさんは今だ白目を剥いているが、それ以外の挑戦者達は……良い顔つきをしている。
皆、必ず勝つという強い意志をその目に宿している。いや……皆ではなかったか
視界の奥からコツコツと革靴で地面を打ちながら近づいて来る、魔導列車で見た以来の嫌な顔付きをしたそれを目に思わずため息が溢れる。
そうして、まるで自分以外は全て下の存在で無下に扱って当然という本心を隠すつもりすらないとばかりの歪で気味の悪い半笑いを浮かべているその男ーーカウロ•ウィンカウンは手を伸ばせば届く目前で足を止めては「ふんっ」とこちらへ鼻を鳴らしてきた。
「 また逢ったな、最年少使役者どの、元気そうでなによりだ 」
「 これはこれは、奇遇だな。こんな形で再開するとは 」
嫌味な顔付きはそのままに手を出して来るそれに応え、こちらも愛想笑いを浮かべて握手を返す。
「 まさか、受かっているとは思ってなかったよ、おめでとう。カウロ受験生 」
それを耳に目前の受験生の額には一つの青筋が浮かび上がる。良かったどうやら、嫌味くらいは理解してくれているようだ。
そんな俺へ対抗するように交わした握手からはギリッという音が発せられ、力が僅かに込められ始めるが……弱い、弱すぎる。
雷蔵様の時のように、气流力を使いこなせれる者や十分な実力を持つ猛者なら手を合わせただけである程度相手の力量を測ることもできるものだが、それ故に分かる。カウロ•ウィンカウン、コレの戦闘力は冒険者基準でも圧倒的に低く、とても魔物と対峙できるようなものではないだろう。
実技試験を受けようとする挑戦者としては考えられない程に非力……そう理解しつつ無言の愛想笑いを続けると、カウロはすぐに舌打ちと共に握られていたそれを勢いよく振い離してきた。
「 もういい、お互い腹の探り合いは十分だろう。カイル•ダルチ、俺は貴様が気に入らない。殺したいほどになッッ 」
煽り耐性のない奴だ、けどそうあってもらわないと困る。
もはや隣にいるネロさんやミーラさんの存在など気にも止めてないように、ソレは鼻息を荒立てて続ける。
「【魔剛竜の心臓】は元々ウィンカウン家の秘宝。幼き頃より期待されてきた私がお祖父様から授かるはずだったッッ手にするハズだった聖剣なのだッッ!!それを貴様のようなガキが使いこなしただと!!?ふざけるなッッ!!下劣かつ汚れた手で我が秘宝に触れおって、その罪、命をもって償わせてやるッッ貴様を斬り潰して私こそが真の使い手だと記録にッッ歴史に刻み込んでやるのだ!! 」
暴論も暴論。もはや発狂してるとばかりに喚くそれから顔を僅かに晒す。正直あもり思い出したくない記憶なのだが2年前の今頃、確かに俺がネロさんと試験で戦った際に使用した絶対兵器の一つがまさにカウロの熱望している【魔剛竜の心臓】だったのだが、当然それを知っているのは過去運営に関わった関係者或いは当時同じく試験に挑んでいた受験生たちだけであり、今回同様見知った試練の内容を口外する事は固く禁じられている。
という事は目の前のコレの発言は中央局の記録を盗み見ただとか、そういう違法を働いたのであろう証拠でしかないのだが、隠し事するのはもう無しですか、そうですか……
本当ならこんな話が通じない相手など無視するのが一番なのだが、コレも作戦なのだから仕方ない。
「 身内の恥を棚上げするのはやめるべきだな。そもそも【魔剛竜の心臓】は禁足領土で消息が絶たれていたモノであり、ウィンカウン家が所持していた事自体、裏で何があったなど調べれば簡単にボロが出る。それも踏まえ隠しきれなくなった悪事の数々による罪の放免を条件に剣を積極的に差し出してきたのは紛れもないそちらの今は亡きお祖父様だったんだろう? 」
「 黙れッッ!!!なにを言われようがアレは俺の剣なのだッ!!俺だけの、力だ!!! 」
ネロさんから事前に教えてもらっていた情報を淡々と並べただけなのだが、真実を言われただけで激おこである。いよいよ、本性曝け出してきたな、一人称まで変わってるよ、この御坊ちゃま。
数秒前よりも更に耳うるさく鼻息を荒立てている目前のそれからやはり顔を晒し、面倒とばかりに何度目かのため息を吐く。帰りてぇぇ……
そんな、商会のバイトで体験した迷惑客に詰められた時のように面倒そのものの時間が流れる中、それを救うように鳴り響く「パンッ」という大きく手を叩いたのであろう乾いた高音。
それにより皆の視線が集まったそこでは、石扉から手を離した事で対戦試練表の展開を閉じた仮面さんがいた。
「 それでは、最後の行程に入ろうと思います。皆様扉に手を添えて下さい 」
言葉に促されて、自分も含めた試験担当官そして受験生の全てが石扉に手を添えそれにより発生した輝きを片手に宿す。今年が初めての体験であるものは一様に驚きを口にしているが、そんな彼らに仮面さんは言葉を続けた。
「 これは決闘術式でございます。刻印術式のように肉体に掘り込んでいる訳ではないので健康被害等の問題は一切ありません、ご安心を 」
俺の手の甲でも光るその術式を軽く翳して観察してみるが、いつみても綺麗なものだ。
「 手にして頂いた術式は、この施設を造った『天上騎士族』たちが一度約定された神聖なる決闘を反故にされぬよう組み込んだものであり、宿した決闘者が逃走せぬように常に位置を特定できるという機能を持っております。それ以外の能力はありません……それでは、これより最後のご説明をさせて頂きますので、どうかご静聴をお願い致します 」
そうして未だ白目を剥いているリュミアさんには後で説明すると前置きをして、仮面さんはゆっくりと皆に聴き取りやすい口調で言葉を口にし始める。
「 今回作成された対戦試練表の決闘は必ず実行されます。試験に至るまでに心身の異常、不慮の事故などにより戦闘不能の自体にあったとしても……例え死亡していたとしても、術式を宿している限りその約定が覆ることはありません。決闘を拒否した者は敗者となり、失格となります。異例はありません 」
仮面さんが口にしたことを自分の場合に当てはまるのなら、実技試験が行われる三日後までに不慮の事故により命を散らせる自体になったとしても、既に決められている試験そのものが無くなる事はなく、その結果挑戦者であるカウロ•ウィンカウンは自動的に合格ということになる。
もし決闘術式を手にする前にそのような事が起きれば対戦試練表は作り直されていただけだろうが、今は違う。
考えるに、今までの襲撃の目的が俺の【捕縛】だった理由は、この瞬間までに拷問なり調教なりを施して都合の良い操り人形を造りたかったという所だろう。けど、それは不可能となった。
ならここからの黒幕の目的は純粋に【殺害】になるだろう、試験までの三日以内に俺の命を刈り取る……けど、多分大丈夫だろうと楽観している自分がいる。勿論その理由もあってだ。
「 決闘術式は試験後に問題なく消去されます、またこの試練を辞退する際も申請頂いた場合、同じ処理を行います 」
そして仮面さんは一歩後ろに下がっては、深い一礼を俺たちへと向けてくれる。
「 説明は以上となります。ご質問等は地上に戻った後それぞれの職員にお聞き下さい。明日よりの試練、皆様のご健闘をお祈りしております 」
こうして実技試験における説明は終わり、ネロさんたちの先導の元、皆は地上へと足を進める。
ちらりと横目でみたカウロ•ウィンカウンの顔付きは更に歪な笑みとなっており、そんな悪を目に溜め息を吐くとともに俺は覚悟の強度を高めていくのであった……ーーーー




