064:実技試験会場(2)
「 ……ったくよぉぉ、ジジイ相手にそんなに怒鳴るこたぁぁないだろう 」
俺たちから少し離れた所で腕を組み不貞腐れている雷蔵様が目に入るが、それよりも「ぜぇぜぇ」と過激な説教で体力を使ったのだろう肩で呼吸を繰り返しているネロさんとミーラさんに「お疲れ様です」と伝えたい。それから、なんとか威厳を取り戻そうと特に乱れてもいないフードを何度も整え直しては咳払いを溢す仮面の人には同情の笑み浮かべておこう。
「 あの〜……大丈夫ですか?? 」
そんな波乱だった光景が治りつつあるのを気に、受験生の一人である、癒し系というのだろうか小動物のようなふんわりとした柔らかく綺麗な顔つきとそれに見合った緩いシャツとシアージャケット。そして動きやすそうなホットパンツを身につけた、服と同じく運動、というより今回は実技試験においての戦闘の為だろう行動の邪魔にならないよう、透き通った青髪を下ろし一つに束ねて三つ編みにしているのが特徴的なその女性は、頭に出来たてほやほやで湯気が立ち上がってそうな5段のたんこぶタワーを生やした俺に心配を向けてくれた。
この頭にあるやつはミーの姐さんからのプレゼントなのさ……似合うかい?
年上の風貌があるその人がかけてくれた優しさが嬉しくて、微笑みを返す。
( ありがとうございます )
「 超イテェェェェです、軽く気を失えますよコレ 」
思いと口から出た言葉が逆だったかもしれねぇ……
そんな俺に女性が向けてくれるのは、まるで聖女様を思わせる美しく優しさが感じられる、微笑まれているこちらの心まで自然と浄化されるかのような暖かな笑み……
「 自業自得ですッッ 」
う〜〜ん、でも柔らかな顔つきに反して辛辣なお言葉!!あれ、もしかして思ったよりも厳しい人ですかね!!?
けど、なんか仲良くなれる気がするぜ、この人!!
と、こんなやり取りをしていると、ようやっと平静を取り戻したらしい仮面さんは「場を乱してしまい、失礼しました」と初めのような淡々とした口調と雰囲気で本来の業務を再開し始めた。
「 えぇ〜……こほんッ改めまして、皆様ようこそおいで下さいました。ご存知のように、ここは明日より開始される魔冠號器資格者選出試験•実技試験の会場である、『神選地下闘技場』にございます 」
その言葉に促されて皆の視線は眼前にある巨大な施設へと向けられる。
限界まで首を動かし見上げなければ高さを確実に認識出来ないほどに巨大な石造りであるその建造物は、創られたのが500年以上も前だなんて連想するのが難しい程に神秘的かつ美しい状態が保たれており、風化やそれによるヒビ割れなどの状態劣化が全くないのはおそらく広大な地下空間同様の特殊な魔導術式が満遍なく組み込まれているからなのだろう。
そして俺たちの前にあるのはそんな施設の要でもある、かつて己が身技を誇示する多くの勇士たちがその力を示し、左右を決する為に使われていた闘技場へと繋がる、到底人の力ではビクともしないであろう重厚感を放っている、全体と同じく見上げる程の巨大な石扉であり、仮面ことチー坊さんはそこへとゆっくりと近付きそっと片手を添える。
「 ーーーー 」
そうして仮面により隠された口から発せられるのは耳を澄ましても聴き取るのが難しい一つの呟き。それは石扉から眩い光を発現させ、直視出来ないほどの閃光を数秒に渡り拡散しては、輝きを沈めながらそこに浮かぶ魔力で造られた表を顕にする。
そんな圧巻の出来事に、今年筆記試験に受かったばかりと思える数人の受験生たちは感嘆の声を漏らしていた。
「 こちらはこの闘技場に残された魔導術式によって選定された、対戦試練表になります。どうぞ、ご自由にご確認下さい 」
仮面さんが促すそれは各々の決戦が記された対戦試練表と名付けられた今回の実技試験においての組み合わせが描かれた巨大な表であり、疑惑の一人を除く新星なり得る受験生たちは緊張から額や手に汗を滲ませながらもそこに浮かび上がる文字たちを慌てて確認し始める。
そんな彼らにつられるように、こちらも軽く視線を巡らせてみるが、視界にその光景が映ると共にすぐさま喉元まで上がってきた「やっぱりか」という嘆息をなんとか押し留めてはゆっくりと顔を伏す。
この発表、および選定方は古くからの伝統的なものであり、俺が受験した時も全く同じ事が行われた記憶が確かにある。
遥か過去に創り上げられた精巧かつ厳格な魔導術式を取り入れた実技試験の組み合わせを決める方法。
そこに細工を加えるなど並の人間に出来るはずもなく、そんな事をすれば細部まで精密に仕掛けられた術式、そして施設自体の防衛機能により、下手をすれば重傷すら負いかねないしっぺ返しを食らうことは必須だ。
しかし、再確認の為ともう一度顔を上げ視界に対戦試練表を映してみると、そこにはやはり、今より三日後の第4戦目。その日に定められた俺こと『カイル•ダルチ』と受験生『カウロ•ウィンカウン』による決闘が執り行われる事が確かに描かれていた。
「 ……はぁ、つまり黒幕には古き魔導術式に手を加えれるだけの技術•知識がある、またはその伝があるって事か? 」
「 俄には信じられないが……実際に起きてしまうとなると、確信するしかないな 」
いつの間にか隣に来ていたネロさんが真っ直ぐに目の前の表を睨んでは小さくこちらに向けてくる言葉に、軽く相槌とため息を返す。
「 信頼できる職員に代表代理の行動は監視して貰っています。報告では代表代理はここ数日この場に訪れてもいなければ、間接的に関わってすらありません。つまり今日に至るまで地下空間に留まらず地上をも含めた施設全体には厳格とまではいかなくても、ちゃんとした監視態勢が敷かれたままだったはずです。そんな状態でみんなの目を掻い潜り、その上魔導術式の改変に調整?……それってどんな化け物の実績ですか??……信じられないですよぉぉ 」
絶望と疲労が混ざった声色でミーの姐さんもネロさんに続くが、俺はやはりそれにも軽い相槌とため息で返すしかなかった。
あわよくば、手に入る状況判断や状態で少しでも黒幕の背後にいる謎の組織とやらの輪郭が見えないかなと希望的に捉えていたのに、現実ではその全容など見えるはずもなく、ただただ奥に深く広がり続けている闇を知っただけだなど、もはや嘆息しかない。
そうして目の前にいる受験生達が纏っているのとは違った重い沈黙が何秒も続く。けど、このまま思考停止してたらダメだよな……
なんでもいいと、とりあえず口を動かすよう試みた。
「 ……あの、ネロさ 」
「 いぃぃぃやッッたァァァァァァ!!! 」
瞬間、突然に発せられる耳に響く歓声に思わず「どぅわ!!」と驚愕してしまい、「なんだ、なんだ???」と慌てて視線を彷徨わせてみると、先程声をかけてくれた青髪の女性が涙を頬に伝わせながらも、ぴょんぴょんと喜び跳ね続けているのが目につく。
当然ながら俺同様に他の受験生達もそれにはかなり驚いているようで目を丸くして唖然としているようだ。
いや、テンションおかしくないか??この場でそんなに喜ぶことってある??
「 あれは、リュミアちゃんッッ今年も無事にここまでこれたんですね!!あの様子だと、もしかして念願叶って…… 」
「 やった、やったァァァ!!!もうネロさん、嫌い、大嫌い!!やった、やった、やったァァァァァ!!! 」
「 あの女……ちょっと絞めてやろうか?? 」
クールで同性から見てもカッコいい顔にピキりと青筋を浮かべ引き攣った苦笑を浮かべているそんなご本人がいるのも気にせず大胆「大嫌い」宣言とは凄い人だ、ちょっと見習いたい。けど、その大声も本心からという風には見えず、ただただ青髪の女性はわいわいと喜びを全身で体現し続けているのだが、反応からして二人はこの人と顔見知りなのか?
「 あの……あの女性、お二人の知り合いですか?流石にあんなに騒いでたら気になっちゃいます 」
気分転換も出来るし、なにより純粋に何がそんなにも嬉しいのか好奇心に駆られ疑問を投げてみるが、それに返ってきたのは予想外な事に「覚えてないのか?」というネロさんからの質問……
「 質問を質問で返すなァァァァァ!!!疑問文には疑問文で返せと中央都市では教えているのかーーァァ!? 」
「 お、おう。えっと……なんか、すまない 」
あっヤバい、いつものテンションで爆発してしまった……う〜〜ん、ミーの姐さん笑ってる〜
「 もう……ダーリン。カイルちゃんも当時は受験生で自分の事だけで精一杯だったのですから、仕方ない仕方ないのですよ 」
と、優しく可愛い声色のみーちゃんは僕の頭に恐ろしく早い拳骨で6段目のたんこぶタワーを建ててくれました……俺じゃなけりゃ見逃してたね
超•痛いです!!!
そうしてミーラさんの「こほんッ」と一つの咳で、暴走していた混沌を急速に沈め、とりあえず背筋ピンで気をつけの態勢をしておく。口にしてこそいないがそれを目に「よろしい」という言葉が姐さんから発せられた気がした。
その間も、勿論青髪の女性はぴょんぴょん跳び続けて……あ、転んだ、と思ったらまた跳び始めた。げ、元気だねぇぇ……
「 彼女はリュミア•フローズンちゃんって言って、この資格者選出試験の常連さんなのです 」
「 今回のを入れると6年連続で筆記試験に合格している。カイルが合格した年にも勿論受験していたぞ 」
なるほどそれでと思わす「へぇぇ」と感嘆を漏らす。中央局勤務のネロさんとミーラさんは毎年この試験の担当官としてなにかしらの形で参加している。故にそんなにも毎年やってくる、そしていい線まで登り詰めた受験生となると顔を覚えるのも納得だ。
けど、それだけで「ネロさん嫌い」になるのか?……ん?待てよ毎年って……まさかッ!?
不意に横切った思考に思わず同情から冷や汗が浮かぶ。
「 あの……連続で受験ってことは、もしかして 」
「 うん……多分想像通りなのです。リュミアちゃん、実は自他共に認める天性の不運持ちでして…… 」
そこで言葉を濁すミーラさんを他所にネロさんはパーの手を出してくる……うん、違うよね、その手はパーって意味じゃないよね、分かってる。本当にリュミアさん……可哀想な娘
「 5回挑まれて、その度倒して脱落させてきた。実力は十分だったんだが、俺も手を抜く訳にはいかないのでな 」
「 やった、やったやったァァァ!!!?ネロさん、だぁぁいっっ嫌ァァァい!!!? 」
そう……目の前にいる中央都市最強と言われている使役者は毎年実技試験の担当官として参加しているのだが、噂が本当ならこの人と当たって合格出来たのは、これまでに俺しかいないらしい。加えて俺自身、実力でこの最強を打ち負かせたという訳でもなく、いつかは再戦すると心に誓っている。
つまり最強との対峙は、全ての能力を測られ試される選出試験において唯一の運要素であり、当たれば合格はほぼ不可能。そんな不運を今なお歓声を上げているリュミアさんは五回も体験したのだ。俺だって彼女の立場なら同じように喜んでいたことだろう。しかし……あぁ、運命とはなんと残酷なのか……
受験6回目となる今年、彼女はようやっと連続していた不運から解き放たれた。ようやっと、中央都市最強との対峙を避けられたのだ。
しかし……あぁ、彼女には見えていないのだろう。
今年実技試験の担当となっている人のその名が……その独特で達筆な名前が……
「 やったァァァやったァァァァァ!!今年こそは、今年こそは頑張るぞォォォォ絶対合格するぞォォォォ!!! 」
「 お、なんだい。儂の相手は嬢ちゃんか、こんな老いぼれで悪いが、よろしくなぁぁ 」
そうしてニッコリと笑いながらいつの間にか間近に来ていた推定世界最強はリュミアさんに手を差し伸べる。
「 あ、今回担当してくれる方ですか。よ、よろしくお願いします、私ッッ頑張ります!!えっと……神羅……雷、、蔵……様???……ふぇッ??? 」
そうして青髪のその人は泡を吹いて倒れた。意識を闇に沈めた彼女に黙祷を捧げよう、どうか今だけは、安らかな眠りを……リュミア•フローズン、なんと可哀想な女性なのだろう、どうか彼女の運命に幸在らんことを……腹減ったな〜




