060:夕食は豪勢かつ華やかに
「 ハイよッッ!!ルキー豚の煮込み肋骨肉に、オススメ特製サラダお待ちどう!!! 」
店主らしきガタイの良い親父さんの活気溢れる声と共にドンッと机に置かれる、見ているだけでよだれが出そうになる魅惑的な料理たちを前に思わず「うわぁぁ」と歓喜が漏れてしまう。
仮試験会場の施設内で行われた話し合いを済ませ、気がつくと夕刻。そういえば昼食を抜いていた事もあり腹の虫が暴れ始めたので、ホテルで幼馴染二人が帰ってくるのを待ち、俺たちは少し歩いて賑わいの大きい飯屋を選び訪れていた。
土地勘や評判などを知らない不安から、人が多く出入りしている店なら美味さに外れはないだろうと踏んでの事だったのだが、これが大正解!!
頼んだ次の料理が運ばれてくるのを待ちきれず、心躍らせながらも「いただきます」と感謝の礼を示す。
そして早る心に支配されるように取り皿を手にしてはドロっとした、甘さや焼けた肉、更に複雑なスパイスたちの香ばしい風味などなどが見事に合わさった至高のタレを纏わせ、または内部まで染み渡らせているであろう肋骨肉を2本取っては、我慢出来るはずもなくその一つに勢いよくかぶり付く!!
「 ーーーーッッ!!? 」
瞬間、吠えたくなるほどの感動が全身に駆け巡り、俺は天を仰いだ……正確には店の天井だけど
「 うぅぅぅんめぇぇぇぇ!!!? 」
熱々のそれに喰いつくと「正しく肉!!」と言わんばかりの重厚感、しかしすんなりと骨から外れ口の中に放り込まれるその塊は噛み続けずには、味わい続けずにはいられない!!
歯がそれを割く毎に溢れ出る、全体に染み込んだスパイスによって昇華された旨味を宿す肉汁たちが口内で暴れ回っては表情筋を刺激し図らずも惚けた顔付きにされてしまう。
肉ッ肉ッッ肉好きにはたまらない一品!!?
あぁぁ、今の俺は犬だ。
そうして骨まで舐めんとばかりの勢いでひたすらにがっつき続けていると、速攻取り皿にあった2本のそれらを平らげてしまっている現実。
圧倒的な旨味で胃が満たされる喜びから「肉が好き」だと叫びたくなるが、そんな騒がしい心を落ち着かせる為にもここで口直し。
特製サラダの大皿から自分の取り皿へ遠慮がちに移し「自由にかけろ」と店主が持ってきてくれたドレッシングを廻し垂らす。
雪の季節、野菜というものは絶妙な立ち位置にいる。
この時期は大陸全土の気温が下がる事で栽培が出来なくなるこれらは、現状『エンデル』の町から来る商人からの購入、または遠路はるばる山を越え直接そこへ買い出しにでも行かない限り手に入らない。故に仕方ないかな、値段も普段よりは高騰してしまう。
となると、そこで頭を悩ませるのがそれらを料理して提供する飯屋の店主たちだ。
野菜は確かに美味い、だが一般的に肉や魚と並べてしまうと客が手に取るのは高確率で後者、普段よりも値が上がってしまっているのなら尚更だ。
この時期高い金を払ってわざわざサラダを頼む者は少ない、だがこの店ではそれをあえて『オススメ』として推している……その強気な姿勢、嫌いじゃない
ならば試してみようではないか、その自慢の料理たちを!!!
木製のフォークで淡いオレンジ色のドレッシングを纏ったパリパリのレタスを刺し、それを口に放り込み、噛む、噛み締める………これはッッ!!?
「 何という事だ……美味い、美味すぎる 」
味わいを感じると共に脳裏を埋め尽くす感動に思わず目を閉じて浸ってしまう。今心を満たしているのは先ほどのよう全身をガツンと揺さぶるパンチのあるものとは違う、染み響き渡る上品な幸福。
これはおそらく柑橘類の果物、その果汁とクドさのない爽やかな植物由来の油。そして数種のスパイスによって生み出されたアッサリとしつつもしっかりとした感動を宿すドレッシング。これがもう堪らない。
噛むごとに鼻を突き抜けるスッキリとした風味、いつまでの舌に残ることはなくスッと消えることで次に迎え入れる楽しみを引き立てる後味の良い旨味。
呑み込む寸前までシャキシャキとした心地よい食感を忘れない野菜へ、油分がある事で最後まで優しく纒わり続け、両者が柔らかく手を取り合っているその様はまるで、社交パーティーで共に優雅に踊っている貴族たちのようであり、一緒に入っているしっとり濃厚なチーズに、砕かれてなおサクサクのクラッカーも素晴らしいオーケストラたちを連想させるように加わって……あぁ、今俺の口内では華やかな舞踏会が開かれている。
こんなにも絶品のサラダに巡り会えるなんて、なんと幸運なのだろうか。肉や魚以上に野菜に感動する日が来るなんて思っても見なかった。
「 はぅぅわぁぁ……最高だ。ほらっ二人も食えよ!!凄い美味いぞッッ!! 」
そういい、二人の取り皿を引き寄せては手早く盛り付けて渡す……では、行き渡りましたね?という事で、残りの分は僕が頂きます。
そうして顔に「計画通り」という思惑が乗らないように笑顔で残ったサラダの大皿に直接フォークを伸ばしては食べまくる。
うんッッ何度食べても美味い、最高!!
このサラダを嫌いな者なんて、そうそういないだろう、特にルイスは大感動なんじゃないか?
「 ……ありがとな、リーダー 」
「 うん……ありがと、カイル 」
しかし、予想に反して二人から出てきたのは呟きのような静かで深みのある声たちであり、それを耳に思わず忙しくしていた手を止めてしまう。
……やっぱりサラダの残りを独り占めはダメだった??
その思いで苦笑いを浮かべつつも顔を上げると、まるで心ここに在らずといった顔付きの幼馴染たちが目に入り、そういえば、さっきまでは空腹で余裕がなかったから気付かなかったが、ホテルで合流してからというもののあまり話をしていなかった事を思い出した。
「 ハイよッッ焼き串セットに雪魚の煮込み、それから具沢山クラムチャウダーお待ちィィ!! 」
「 うわぁぁぁぁ、すげぇぇぇぇ!!! 」
そんな俺たちの間など知らんとやってきた店主さんたちが、相変わらず活きの良い声と共に次々と魅惑的な料理たち机へと並べてくれ、それに目を輝かせて感動するが、幼馴染たちはやはり静かでそれが心に不安感を宿らせる。
流石にこれでは美味しい料理たちも、なんだか味気ない………
「 あの……二人とも、どうしたんだ?何かあったのか? 」
少なくとも、朝ホテルで別れるまではいつもの通りだった。ルイスに至っては朝食後施設で別れるまでだ。となると、俺が知らないその時間で何かがあったと考えるのが妥当だろう。
そんな問いに幼馴染たちは更に落ち込むように、顔を下に向けた。
「 私は、別に……ちょっと昼寝したら嫌な夢見ちゃっただけよ。悪夢ってやつ?久しぶりにそんなの見ちゃったから、動揺してるだけ 」
先に口を開いたのはルイスで、その内容は珍しいものだったが「成る程」と遠慮がちな反応をしてしまう。
自分も含めだが、俺たちは孤児であり、それぞれに抱えているものがある。勿論そこはプライベートな領域だし話したくない事もあるだろうからズカズカと入り込むなんてことはしない。
それを悪夢で見たというのなら、その内容を考えなしに聞き出すなんてしちゃいけないと思う。故に反応に困ってしまったのだが、困惑する俺など気にせずリースが続く……
「 俺の方は……語るも涙、聴くも涙の出来事があってな 」
あっ、たぶんこいつの内容は大したもんじゃないっぽい。良かった。
そうして、わざとらしく鼻を啜り一人でに語り出した幼馴染にいつもらしさを感じ、少しの安堵を溢しながらも、俺はそれを耳にサラダを食べ続けるのであった……ーーー




