057:中央都市での二日目(4)
「 ししし、神羅ッッ雷蔵、様ァァァァァ!!!? 」
「 ちょッカイル!!?落ち着きなさいって 」
大満足の朝食も終わりを迎えようとしていた頃、ミーラさんが連れてきては紹介して下さったその伝説の英雄を前に、俺は周りなどお構い無しとばかりに驚愕を叫んでしまう。
そのせいで皆の視線が一斉に集まってくるが、そんなの知った事か!!?
冠使役者になる決意をした昔よりずっと書物越しに憧れていたその人が今まさに目の前にいるのだ。その感動、感激を抑えることなんて出来るはずもなく、俺の心臓はずっと高鳴り続けている。
もしかしたら、リースがアイドルとやらに向けている感情や情熱もこれと似たようなものなのかもしれないなと、今になってわかった気がした。
「 結成から解散に至るまで、四つもの禁域領土を踏破しては実質的にその度に人類を救ってきたと言われている伝説のパーティー『先導の灯』の前衛にして最大火力と言われている、生ける伝説ッッ………ほほ、本物??? 」
生涯お会い出来るなどという幸運の機会はないと思っていた憧れとの突然の対面に動揺が治らず、恐る恐るミーラさんに確認を問うてみるが、彼女はそんな俺が面白いとでも感じているのか無言でニィっと意地の悪い笑みだけを浮かべている。
お嬢さん、話してくださいッッ大事なことですよ!!?
「 まぁ、なんだ……その雷蔵だよ。つっても全部昔の話で今はただの老人なんだから、そう気張らんでくれいよ、兄ちゃん 」
「 ひ、ひゃいッッ!!? 」
苦笑いと共に握手を向けてくれる雷蔵様の心遣いに驚愕と感激の鳴き声が漏れてしまうが、恐れ多いながらもどうにかその手を握り返して「お会いできて感激です」と言葉を絞り出すことに成功する。
ネロさん同様にゴツゴツとした鍛えられた手の感触。そこから感じる圧倒的な力に、尊敬の念が瞬時に心を埋め尽くしては、その感動で泣きそうになる。
「 うむ……確かに噂通り、中々に鍛えられてる。こりゃあ風坊でも敵わねぇぇな 」
雷蔵様もなにか感じ取ったのか、交わしていた手を離してはそう呟き、そしてなにやら満族気な顔付きで俺の肩を何度か叩いた。
「 いいね〜……守衛の兄ちゃんやネロ坊といい、最近の若いのも捨てたもんじゃないってな。こりゃあようやっと安心して隠居できる日も近いってもんだな。頑張れよ若いの 」
先ほどの俺と同じく周りの目など気にせず「ガハハ」と笑うそんな雷蔵様に呆れるように注意を吐こうとするミーラさんだが、それよりも先に一帯に響く時間を知らせる鐘の音。
試験開始30分前を告知するそれを耳に受験生たちは更に集中を高め始める。
おっと、もうそんな時間なのか……
「 こほんッ……とりあえず、ここじゃなんだから中に入って話し合いを始めましょうか? 」
そう仕切り直しとばかりに言葉を出すミーラさんに従いネロさんは雷蔵様を連れて施設の奥へと返ってゆく。
俺も少し名残惜しいが残った朝食を急いで口へと掻っ込み、手を合わせて食に対して感謝の念を浮かべた。
「 よし、そろそろ行ってくる 」
そうして大満足で満たされた心持ちで、ルイスへと言葉を向ける。
「 いってらっしゃい。それじゃあ私は話し合いが終わるまでここで待ってるから 」
「 悪いな、たぶん1時間ちょっとかかると思うけど、終わったら予定通り中央都市探索だな 」
今日はこれから始まる会議を終えればルイスと色々街を歩き回るつもりで、それが楽しみでもあった。
俺の言葉に良い笑顔を浮かべてくれている幼馴染もおそらく同じように感じてくれているのだろう、さっさと話し合いなんてすませたいものだ。
「 あぁ……それなんだけど、カイルちゃん? 」
不意に俺とルイスの間に気まずそうに入るミーラさんに思わず顔を揃えて疑問を浮かべる。
「 ごめんね〜〜会議の後カイルちゃんにお話ししたいことがあるの、だからお時間をもらいたいのです 」
「 話したいこと……ですか? 」
疑問と共に突然となる幼女からの予想外な提案に思わず「えぇ…」と嫌々な本心が漏れてしまうが、幼馴染はそんな俺にやれやれといった顔付きで「コラッ」と軽い拳骨を降らせてくる。
「 仕方ないでしょ、それもカイルの仕事なんだから 」
そういうルイスの笑みには少し悲しみのようなものが含まれている気がして、罪悪感が胸を締める。それはミーラさんも感じていたようで彼女も「ごめんね〜」と幼馴染に頭を下げていた。
しかし、中央局所属の幼女がそうしているからこそ大事な話なのだろうと理解してしまい、となると、その話とやらを断ることなど到底出来るはずもない。
「 ごめんな、ルイス 」
「 いいって、いいって。気にしないの!! 」
そう明るく振る舞う幼馴染にもう一度謝り、俺は施設の奥へと足を進めるのであった……ーーー
ーーーー
「 とは言ったものの……これから、どうしようかな? 」
カイルと別れてからというものの店員さん以外誰もいなくなったフードショップの椅子に座り続け早数十分。
試験も予定通り始まったのか、先程まで食い入るように教本を見ていた受験生の皆さんもいなくなっており、気がつくと静かな雰囲気が一帯をしめていた。
「 とりあえず、ずっとここにいる訳には行かないよね 」
ため息を一つこぼし、会計は既にカイルがやってくれていたので店員さんに「ご馳走様でした」と感謝を述べて店を後にする。とは言っても、ここから行くあてなんてない……
仕方がないとはいえ楽しみにしていた予定が潰れてしまったのは、やはり心にくる。
あわよくば、良い雰囲気になれたらカイルに思い切って告白出来るかも、と意気込んでいただけにダメージは倍増だよ……とほほ
「 はぁ……ここ出て街をぶらぶらしてみようかな 」
気落ちと共にそう呟きながらも施設を出ようとすると、不意に目立つ場所に設置されたパンレットの一つが目についた。「ご自由にお取り下さい」と置かれたそれは中央都市の観光名所を紹介しているものであり、そこに記載されていた【植物園】がなんだか気になったので、一つ手にとって文面を見てみる。
「 え〜っとなになに……【エンデル】にある気候や気温を安定化させる結界術式を模倣し、実験的に取り入れた最先端の植物園であり、そこでは季節に関係なく色とりどりの美しい花畑が年中咲き広がってる……か 」
【エンデル】と言えば人神歴が始まるよりも前から存在する山々に囲まれた歴史ある町で、古代の術式が一帯に未だ残っている影響で一年を通して豊作が約束されているというカイドライン大陸において重要な場所の一つとして数えられている。
そこに古くからある結界を真似て作られた施設とは、発展してゆく時代にはホントに感心してしまう。
「 うん、折角だしここに行ってみようかな!! 」
雪の季節に観られる花だなんて凄く興味があるし、なによりこのままずっと、うじうじしてたって仕方がない!!
そうして気持ちを切り替えて、私は新しい目的地であるその植物園へと歩みを進めるのであった……ーーー




