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人が壊したこの世界で  作者: 鯖丸
第四章 『 試練を乗り換えし者(後編) 』
56/71

056:中央都市での二日目(3)

セイントパレア芸能事務所。


中央都市の一角で店を構える二階建てのその建物は普段なら職員たちの慌ただしい報告の声や仕事音で溢れ返っているはずが、今日に限ってはただひたすらに静まり返っている。


環境音だけでなく事務所内では、容易に口を開くのさえ難しい程の重々しい雰囲気までもが漂っており、そこで働くスタッフ達は皆、この元凶である来客用ソファーで声を押し殺しながらも膝を抱えて泣きじゃくる一人の少女、彼らが働くそこの看板と言っても差し支えないアイドルーーークレア・シルヴィーユへ掛ける言葉を見つけることができないでいた。


こうなった原因は一つ。彼女がアイドルとして活動を初めて2周年となる記念のライブが、突如として会場が破損してしまったことにより中止、或いは延期となってしまったことにあった。


何故そんなことになってしまったのか、護衛団そして中央局の双方は詳しく説明しようとせず、事務所はそこに不快こそ感じたが、それはまだいい。問題なのは補償金の支払いを先延ばしにされている事にある。


運の悪い事に、今は年に一度の中央局にとって最も重要とされる『魔冠號器(クラウン・アゲート)資格者選出試験』が行われている最中であり、会場の修復にかかる資金はそれが終わり次第用意すると発言してきているのだ。


となると、なんとか予定してたライブを実行する為には補償金を待たずに事務所から直接金を出し職人達に壊れた舞台などを直してもらうしかないのだが、全てが突然のこと故に一括で動かせる予算は限られている。


結果、早くてもライブは7日先に延期。或いは中止とせざるを得ず、この記念ライブに故郷の両親なども呼んでいた少女にとってそれは絶望以外になく故にただひたすらに悲しみ涙を流していた。


見ているだけで何故か元気が溢れ癒される、少しの幼さを感じながらも女性としての魅力、魅了を無意識に醸し出し、下心無しにしても一度は抱きしめてみたいと性別とはず誰しもが考えてしまうような、ふんわりとした茶髪の美しく輝いている少女。


仕事でありつつも頑張り屋でもある彼女の活動を本心から応援しているスタッフ達も皆、クレアの深い悲しみを共感しているように渋い顔つきを浮かべており、事務所が創設されてからというもののここまで雰囲気が重々しくなったのは初めての事であった。


「 み、みんな〜〜!!!吉報ッッ吉報ゥゥゥゥ!!!? 」


不意に息の詰まるその空間を断つように遠くから発せられるそこにいる一同にとって聞き覚えのある声。それに涙で顔を腫らしたクレアは不思議そうに顔を上げ「プロデューサーさん?」と呟き、窓際に席を持つスタッフは叫びの元を確認しようと2階の窓から少し身を乗り出し外を視察する。


「 なんか、プロデューサーちゃんが全力疾走で帰ってきてますね……めっちゃ笑ってます 」


スタッフはクレア同様、朝に事務所を出る前までは暗い顔つきをしていたハズの女性が満面の笑みで走り帰ってきているのを一同に連絡する。するとそれと同じくして階段を駆け上がる荒々しい音と共に室内の扉が勢いよく開かれた。


「 吉ッッッ報です!!!? 」


現れたのは、クレア達がアイドルとして活動するのを一番身近でサポートする職を担うプロデューサーであるスーツを身に纏う30歳間近の女性。


彼女は顔中に汗を流してながらも、一目散にクレアの元に駆け寄り何の躊躇いもなくその身体を力強く抱きしめる。


「 ちょッッ!!?ぷ、プロデューサーさん?? 」


「 やったよクレアちゃん!!なんとかご家族の皆さんが中央都市にいる間にライブ出来そうだよ!!!良かった、良かったよぉぉぉぉ!!! 」


歓喜一色かと思えば、突然に自分の事のように声をあげて泣き出した、そんなどうしうもない大人。しかし、その言葉にクレアだけでなくスタッフ達も一斉に席を立ち驚愕せざるを得ず、すぐさま一同は刺すような疑問を彼女へと浴びせる。


「 プロデューサーさん、それってどう言うことですか!!? 」


当然その問いの嵐にはクレアも加わっており、しかし四方八方から言葉を投げられたプロデューサーであるそれは変わらず「おんおん」と喚き泣くだけで、結果他のスタッフ達が彼女を無理やり引き剥がし、数分宥めることでようやっとな対話が可能な状態になったのだが、その頃には皆げんなりとした顔つきになってしまっていた。


しかし疲れこそあったものの、先程まで失っていたそんないつものやり取り、雰囲気に一同の顔つきは少し穏やかなものになっている。


未だ「えぐえぐ」と泣きじゃくりながらもプロデューサーはどうにか言葉を絞り出した。


「 あのね、さっき会場の修復をお願いしてる親方さんの所に改めて日程聞く為に行ってたの。そしたらクレアちゃんのファンを名乗る冒険者の方がボランティアって作業に参加してくれてることを教えてくれて……でね!!その人がどうやら信じられないくらい働いてくれてるらしいの!!? 」


ここまで言ってヒートアップしたのか、彼女はクレアの手を握りしめ「でねでね!!」と言いながらグイッと近づき続ける。


「 その人のお蔭で作業が尋常じゃない速度で捗ってて、この調子なら明日の夜には修復完了。もしそれが出来たら二日後の朝にはもう一度会場のセッティングやリハーサル。それで昼にはライブが始められるんじゃないかって親方さんが言ってくれたの!! 」


プロデューサーの口から発せられたのは到底信じられない事実。しかし、彼女の涙と喜びでぐちゃぐちゃになった残念な顔付きがそれが作り話などではないというなによりの証拠なのだと皆は感じた。


クレアの両親は観光も兼ねて中央都市に五日ほど滞在する予定であった。なら親方の言葉通りに日程が組めれば自らの晴れ姿を大切な人達に見てもらえる。その事実に少女は先ほどのものとは違う、歓喜一色の涙を溢れさせる。それを目にそこにいる皆が女性だったこともあってか「良かったね!!」と彼女に抱きつき喜びを分かち合った。


重々しかったはずの事務所は一転し、歓声に溢れる明るい場となる。そして皆に抱きしめられ、頭を乱暴に撫でられながらもクレアはまたしても涙で腫れる顔つきでプロデューサーへ顔を上げる。


「 あ、あのッッ……お、お礼。言いたい、です!!その……冒険、者さんに……ッッ 」


「 そうね、じゃあお礼言いに行きましょう!!お土産とかもって、すぐにッッ 」


そういうプロデューサーにクレアはいつもの明るく美しい笑顔で「はい!!」と元気よく反応する。そして素早く身支度を始めるのであった………ーーーー



ーーーー



「 トゥゥッッ!!!ヘァァッッ!!タァァッッ!!? 」


「 もう止めるんだ!!!? 」


手にしていた伐採用の斧で無双し続けて早数十分。辺りに散らばる加工しやすいサイズへ解体した木々に囲まれるそんな俺を見かねて親方が焦り叫ぶ。


「 リース君、流石に休みなしで動きすぎだッッ!!?怪我するよ 」


その声を耳にようやっと動きを止めて軽く汗を拭う。そして余裕のある笑みをおやっさんに向けては自慢の上腕二頭筋を見せびらかしてみた。


「 全ッッッ然、余裕ですよ親方!!!見ろこの筋肉ッッカッチカチやぞ!!!? 」


しかし、カイル達とやるような何気ないこんなテンションは一般的には若干引かれるようで、親方は苦笑いをこぼしている……すべった、恥ずかしい


「こほんッ」と咳払いを一つ、会話をやり直す。


「 えっと……心配してくださって、ありがとうございます。けど、俺めっちゃ鍛えてるんで大丈夫です!!それより…… 」


そこまで言って斧を肩に担ぎ、辺りを見渡しつつも、解体した木の一つを手に取り親方に向ける。


「 ここらに散らばってた倒木の処理は終わりましたよ。これくらいのサイズなら廃棄せずに再利用できると思います、それじゃあ次は俺も会場の修理作業入りますね 」


「 おぉぉ、ありがとうなリース君。というか、力仕事以外も出来るのか!!? 」


そう感心するおやっさんに「当たり前(あたぼう)よぉぉ」と明るく返してみせる。

まさかウィルキーで大工のバイトを何度となくやってきた事が今に活きるだなんて予想外だった。


我が故郷は今まさに発展途上と言う事で、建築の人手はよく足りてない、故にその手伝いとして働く機会は多く、特に幼馴染たちの中では最も力自慢である俺は積極的に参加していたのだ。


力仕事だけじゃなく、釘打ちから寸法の測りまでなんでも出来ますよ!!?ドヤァァッッ!!!?


全ては我らがアイドル(女神)様の為、楽しみにしていたライブがこんな事で無くなってたまるか!!?


俺に出来る事があるのなら、全力で働きます。


そうして意気込みハンマーを振り回し、釘を打ちまくっては寸法を測り木を削る。

「ぬぉぉぉ!!!」と叫びながらもそれを続けていると、いつの間にか昼になっていたようで、休憩のベルが一帯に響き渡った。


「 よぉぉぉし、きゅぅぅぅけぇぇぇぇい!!! 」


そんな親方の叫びを耳に周りの大工さん達も息を吐き手を止めてゆく。そしてみんな俺に向かって「お疲れ」と声をかけてくれ、それにこちらも「お疲れ様です」と頭を下げて返していると、親方がこっちに満面の笑みで近づいて来ているのに気付いた。


「 リース君、お疲れぇぇぇぇ。いやぁぁ大活躍だなぁぁ本当に助かってるよ、ありがとうな。いっそウチで働かないか?大歓迎だよ 」


そうガハハと豪快に笑う親方の言葉が嬉しくて軽く頭を掻く。


「 ありがとうございます、考えときます 」


そういいお互いに笑う。周りの大工さん達もなんだか歓迎の雰囲気を出してくれていて、心地よい空間がここにはあった。


「 良かったら、飯食いに行こう。奢るよ、リースくん 」


「 あ〜……すみません。実は昼飯もう買ってて。お気持ちだけ、頂きますね。ありがとうございます 」


ホントは予め買ってたパンなど置いて興味津々な都会の飯屋に連れてって欲しい所だが、今は休む時間すらも惜しい。さっさと食って作業に戻りたかったので、ここは遠慮する事にした。


「 そうか?それじゃあ、俺たちはちょっと外出てくるから、あんまり無茶するなよぉぉ 」


そう豪快に笑いながらも、他の大工さんたちを連れて広場を後にするみんなを見送ってからパンをせっせと食べ始める。


うむ、やっぱり都会のパンは田舎のとは違うのか、時間が経っているのに柔らかく食べやすい。なによりほんのり甘い気もして美味しいものだ。


道中に食べたカッチカチのやつなど比べ物にならないな……

そうして数分食事を楽しみ、作業に戻ろうとすると不意に背後から「すみません」と小さく声がかけられた。


「はい?」と何気なく振り返り声の主を見てみると、そこには綺麗なスーツを着込んだ大人な女性ともう一人、お子さんなのだろうか、今が雪の季節という事でルイス同様にモコモコの可愛らしいフリルのついたセーターにスカート。そして深く帽子を被り顔を隠している女の子がいた。


誰だろう?もしかして大工さんのご家族の方かな?


「 会場の修復作業をしてくださっている皆様は今何処にいらっしゃるのでしょうか? 」


「 あぁ、今は昼休憩なのでみんな外に食べに行きましたよ 」


そう何気なく笑顔で返す……うん?にしてもこの帽子の女の子何処かで見たことあるような……


「 そうですか……あの、ボランティアで参加してくださってるっていう冒険者さんも皆さんの一緒にお食事に行かれたのでしょうか? 」


「 あぁぁ、それは俺の……こと……って、ぶぇぇッッ!!? 」


ちょぉぉぉッッッと待って!!待ってぇぇぇぇ!!!?


俺の言葉を耳に帽子を被っていた女の子が顔を上げ、その表情が顕になる。


それは輝きそのものの笑顔、それはまさに太陽!!!

ま、眩しい!!!もしかしてこのお方はッッ!!?ままま、間違いないィィィ!!!?


「 ああっ女神さまっ 」


俺は土下座の姿勢で目の前の、おそらく、いやほぼ確実。いや絶対確実な!!!アイドル(女神)様を仰ぐのであった……ーーー



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