054:中央都市での二日目
中央都市滞在二日目の朝。
元々、魔冠號器資格者選出実技試験においての試験官用説明会に参加するよう呼ばれていたというのもあるが……そんなことよりも!!
雑誌に取り上げられるほどに美味しいと話題の朝食セットが食べてみたいが故に、俺はルイスを連れて、予定してた集合時間よりもかなり早く中央局本部別棟、仮試験会場の施設内にあるフードショップへとやってきていた。
リースに関しては、ウィルキーを出る前からあいつにとって待望であったアイドルライブが今日と言う事で別行動となっている。
「 ……にしても、ウィルキーにいても名前を聞くくらい人気のお店だってのに、本当に混んでないのね 」
「 まぁ、試験当日だからな。今日だけは受験生とその関係者。あと中央局の職員以外の一般人は施設内立ち入り禁止なんだよ 」
席につき頼んだメニューの到着を待つ間、起床してからまだ少ししか経ってい事もあり、微かに残る眠気から大きく伸びをしながらも悠々と辺りを見渡してみる。
平日ならショップ内はテーブルだけでなくその通路に至るまで常に満杯で歩くのでさえ一苦労。それだけに止まらず、施設の外にまで続く行列が伸びに伸びているという、遠目で観るだけでも息の詰まりそうな光景があるのだろうが、今日に限ってここは、寧ろ少し寂寞さえ感じられる程に静かとなっている。
施設内にいる受験者たちは皆取り憑かれたように参考書や教本を凝視しており、数時間後に始まる学科試験へ必死の備えを行っているのだ。
うむ、なんとも懐かしい光景だ。俺も2年前なこうだったな〜……
「 ……ん?おぉ!!カイル・ダルチじゃないか!?久しいな 」
「 ??? 」
不意にかけられた声に視線を移す。すると店の入り口であるそこには白と黒を基調とした中央局指定の制服をキッチリと着こなした銀の短髪に目元が透ける薄いサングラスと、2年前と変わらずの姿であるその人がおり、それが笑みを浮かべながら手を振って近づいて来ているという光景を目に、思わず無意識から「ゲッ」と漏らしつつ苦い顔つきをしてしまう。
「 全く、久方ぶりだと言うのにその反応はないんじゃないか? 」
「 2年前の実技試験であれだけ俺の事ボコボコにしといて、よく言いますよ……お久しぶりです、ネロさん 」
ため息をつきながらもすぐ側まで来たその人に手を向けて久しぶりの握手を交わす。この握手も実に2年ぶりだな。
相変わらずの、マメが出来ては潰れてが繰り返された末なのだろうゴツゴツと凹凸の激しい、しかしそれだけ圧倒的な努力を感じさせる手。流石は中央都市の最高戦力と称される冠使役者なだけはある。
過去の経験から推測するに、この人の戦闘力はたぶんイヴリンさんやメリッサさんよりも上。寧ろ見立てでは師匠にさえ届きうるレベルだと思う。
ホント、自分のことながらよくそんな人が担当試験官だった実技試験を突破出来たものだよ。
そんな事を考えながらも、向こうも握った手から俺の頑張りを読んでくれたのか、気がつくとお互いにニヤリと笑みを浮かべてしまっていた。
「 こちらの方は、ミーラが言ってたカイルの幼馴染さんかな? 」
「 あっはいッ。ルイス・フォーゲルンと申します、初めまして!! 」
そうして手を離した後、ネロさんは流れるように幼馴染へ声をかけるのだが、ミーの姐さんとは違う、第一印象からしてちゃんとした中央局職員という雰囲気に緊張してしまったのか、ルイスは口早に名を告げバッと勢いよく頭を下げる。
「 おっと、これは失礼した 」
未だ視線を下げたままの幼馴染へそう呟くと、その人は掛けていたサングラスを外し、キリッとしつつも何処か穏やかさを感じさせる、一言にクールといえる二枚目顔でルイスに頭を上げるよう促しては微笑み、俺の時同様に手を差し出した。
いかにもな、慣れた行動。これが大人のスマートというやつなのか……
「 中央局『本部』所属。ネロ・ウィックスです。ミーラも言っていたかもしれませんが、ルイスさんが『創造主の腕』を効果的に運用してくださっているお陰で我々としても素晴らしいデータを頂いており、非常に感謝しております。ありがとう 」
そして力強く握手を交わす。そんな2枚目顔からの突然となる厚い感謝にルイスは「えへへ」と赤面で照れ微笑んでは空いている手で頭をかいているようなのだが………何故かそれを見て、モヤモヤしている自分がいる。
家族同然の幼馴染が謂わゆるイケメンといえる人と笑い合って握手してるだけの光景なのだが……この、なんか見たくないモノを見てしまった、みたいな?……いや、違うな。なんなんだ、この気持ち??
これまでの十数年で初めて感じる謎の感情、これがなんなのか分からないが、原因はまぁ……この旅始まって続くルイスの不可解な行動によるものだろう。
流石に心理学等の本を重点的に読んでなどいないから、この感情が意味するものなんてのは分からず、腕を組んでは頭を悩ませてみるが空回り気味だ。
……
………あっ
…………いや、多分わかったぞ。俺は……腹が、減ってるんだ。
「 飯をよこせ、話はそれからだ 」
「 突然どうしたんだ?カイル・ダルチ 」
「 あ、お気になさらず。このバカ、割と高頻度でホントのバカになるんです 」
そうしてやってきた評判のモーニングに俺はひたすらがっつくのであった………ーーー
ーーーーー
朝日が昇り切る少し前から、中央都市にある多目的広場の一つであるそこは多くの者達によって騒がれ続けていた。
それは陽光が差し出した現在も続いており、現場を調査する為に展開している護衛団の団員たちに、壊れてしまった会場の復帰作業を検討している大工の面々。更には広場を囲う立ち入り禁止と設置された紐の前には、ライブを楽しみにしていたファンや何が起きたのかと叫び騒いでいる記者たちが群を作っているなど、とても朝一とは思えない程にそこには多くの者たちが押し詰めている。
そんな大群から離れた所に一人の少女はいた。
何処かにあるお嬢様たちが通うような由緒正しい学院のものを思わせる、黒とワインレッドの長袖であるストライプワンピースを着こなし、更に腰まで伸びる艶やかな白髪と透き通る肌。
幼女特有の小さな体格も相まって、まるで可愛く綺麗なお嬢様人形そのもののように見えてしまう、丸く愛らしい、しかし何故か少しの不気味ささえも感じてしまう赤眼の少女は、スカートやその綺麗な長髪が舞うことなどお構い無しにぴょんぴょんと小さく跳ねては、どうにか広場を見ようとするが何度かの挑戦の末それが叶わない事を実感しガックリと肩を下ろす。
「 ん〜〜〜!!……ちょぉぉっとだけ、匂いがしてたのだけども……あの感じだと、おこりんぼさんか?それともえらいこちゃん、かしら?? 」
そう鼻を効かせながらも呟く少女は、仕方なしとばかりに腕を後ろで組み、ゆっくりとその場を後にする。
「 まぁどちらにしても、この感じでは直接何かしたという訳でなく、少し関わってる程度でしょうか……はぁ、無駄足をしてしまいましたわ 」
小さな歩幅で進むその子の横を、野次として来る者たちは次々と通り過ぎてゆき、その様はまるで少女の存在に誰一人として気付いていないかのようであった。
「 にしても、久しぶりのお出かけなのに私を置いていってしまうなんて、あんまりですわ!!……それに、もうちょっと私に構ってくれても良いと思うのです!!? 」
周りの大人など気にせず、小さな歩みを進めながらもぷんぷんと頬を膨らませる幼女はそこで愚痴と動かしていた足をピタッと止めると「そうですわ」と小さな呟きを漏らす。すると、少女が表していた美しくも可愛らしい小さなお嬢様といった雰囲気は一変し、それは人が纏うには禍々しすぎる重く深い闇の奥底のようなものを錯覚させるナニカへと変わってしまう。
そうしてこれまでの無邪気さを感じさせる幼女のものとは全く違う、歪な顔でその子は笑った。
「 少しお仕置きしてみるのもいいかもしれません……私も楽しいし、きっと良い刺激に違いありません。くひひ、くひひひひひひッッ!! 」
そう楽しそうに、そして不気味そのものに笑う少女。それを耳にした鳥達は一斉に逃げ去り、周りを覆う空気は激しく震え始める。
しかしそう歓喜を続ける少女は、自らの纏うそれを一変させた所から、遠くより自分を睨む目線が現れた事に気付けなかった。
結果、幼女の高笑いを裂くように、そこにいる誰もに響く声が一つ……
『 抜刀 降雷斬裁刀 』
「 ふぇ?? 」
その声に少女は呆然と振り返り広場の遠く奥、そこから発せられている強き力を感じとる。しかし、そんな寸前すらも遅く……
『 雷光ニ幕 駆鏃ノ逸 』
発せられる必殺の一つ。その名と共に何十という人の群れを寸分すらも触れず縫うようにして少女の目前まで奔る、鋭き雷撃の一線。
突如として伸びた現象であるハズの稲妻はしかし、瞬きさえも許されないその瞬間を持って一人の、刀を握り鬼人の如き顔つきをした強き猛者へと姿を変える。
「 せぇぇぇやぁぁッッ!! 」
そうして現れた武人は少女が驚く暇さえ与えず、刹那をもって、雄叫びと共に下段斜に構えたそこから奔らせる振り上げる一閃の斬撃により容赦なくその幼い肉体を真っ二つに斬り裂いた。
迷いも抵抗もなく軌跡を描く刃は幼女が身につけていたストライプワンピースさえも無情に破っては、後に噴き荒れるのであろう赤の液よりも早く天に舞わせようとするが、しかしそれらは空を舞い散らばるよりも先にまるで幻であったかのように霧散にしては消え去ってみせる。
「 ………逃したか? 」
「 ちょぉぉぉぉッッ!!!なにやってるんですか、おじいちゃんッッ!!? 」
武人は目を閉じ刀を握る手の感触を深く感じる。確かにその刀身は脅威を斬ったはずだ、しかし得られた手応えは無し。
鬱屈を感じながらも「ふぅ」と短い息を一つ吐く。叫びを上げながら広場から走り寄るミーラなど気にせず、空を斬った武人ーー神羅雷蔵は刃をもう一度注視した後渋い顔のまま腰の鞘へと納刀した。
同時に遅れて追いつく轟音が一帯に降り注ぎそこにいた誰もが驚き耳を塞ぐ。
「 みーちゃんよぉぉ……一体全体、どうなってんだいこの街は?? 」
慣れない雷鳴に他と同様に驚愕から耳を手で覆っている幼女へと向き直る雷蔵の顔には冷や汗が浮かんでおり、それを目にミーラは「おじいちゃん?」と心配な声を向ける。しかし、武人はそれを無視しては震える程に拳を握り締め、何もない空へ視線を移すのであった……
「 あの気配……間違いねぇぇな…… 」
………そんな人間たちを空から見下ろしながらも漂う意識が一つ。
『 あ〜〜あ、調子に乗りすぎちゃいました。というか、あのおじい様はなんなのですッッ!!?強すぎなのです、強すぎるのですぅぅぅぅ!!ズルですッッインチキですッッ!!? 』
霧散したそれは肉体があるのなら駄々をこねているであろう勢いで愚痴を溢しながらも空を舞い続ける。その視線の先には白く円状に展開された薄い魔力結界、そしてその中で美しく咲く花々があった。
『 まっ、いいでしょう。時間もある事ですし、今日はもうちょっとだけ散歩でもしましょうか。折角のお出かけですから、色々今の世界を見てみたいのです 』
そう響く声を耳に出来るの者は誰一人としていない。そうしてそれはゆっくりと漂い、目的地へと移ろうのであった………ーーー




