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人が壊したこの世界で  作者: 鯖丸
第四章 『 試練を乗り換えし者(後編) 』
50/71

050:夜の影

その日、中央都市を護る護衛団の中でも『ルーキー』と言うあだ名で呼ばれているその若き一人の団員はただひたすらに()()()()()()()()


そんな彼は目が慣れてなければ手を伸ばした先さえも見えないであろう暗闇に包まれた夜を、何十分もの間息を切らせ懸命に走り続けている。


時折り恐怖に駆られ背後を見るが、そこにあるのはやはり闇一色。しかし迫る音が、気配が、確実に自分を追ってきているのを感じる。故に刃によって抉られた肩に走る激痛に顔を歪ませながらも、刺され傷付けられた喉から溢れる血を吐いては上手く呼吸の出来ない息苦しさに絶望と焦燥しながらも、それはひたすらに足を速め続けた。


立ち止まった先にあるのが死命だけだと本能的に理解出来ているからこそ、がむしゃらにルーキーは()()()()()


本来彼の仕事は夜間の中央都市巡回(パトロール)という、これまでに何度もこなしてきた難しくもない業務であった。

この街は田舎とは違い、活気こそ陽が昇っている時ほどではないが夜の遅い時間でも一定数の仕事が続けられている。


誰もいない時間を見越しての通路等を整備する職人たちや、そんな彼らを支える宿屋や食事・呑み処。


翌日に取り扱う商品の搬送、搬入を行う商会などもあり、街の中心に近付くほど明かりは大きくなっていくのだ。となると、喧騒や揉め事が起こることもあり、それを取り締まり或いは注意するのも護衛団の役割。


騒ぎがあれば駆けつけ、治める。必要があれば本部に戻り応援を頼むというごく簡単な一人でも問題なくこなせる仕事。


いつもの賑やかとは違う、静かで落ち着いた街並みを見れるのもあり、彼は任されたその業務を心底気に入っていた。


しかし、月星を覆う厚い雲によってより闇を深めたその夜、ルーキーは普段とは違う異変と遭遇してしまったのだ。


それは旅行客などが利用する宿が多く密集した区域へ続く、遅い時間では市民が歩いている姿など滅多にみないような道で起きた。


彼はたまたま、そこを進む黒の衣服に身を包んだ数人の集団を目撃してしまったのだ。


それらはまるで夜に溶け込むような姿をし、加えて本当に実体を持ち存在しているのか疑問に思えてしまう程に音を消して歩いていた。


そんな明らかに怪しい雰囲気を表している集団に、まだ護衛団に入団して僅かであり、剣の扱いも素人そのものであるが、街を護りたいという強い正義感だけは確かに持っていた彼は静止をかけずにはいられなかったのだ。


……しかし、それこそが不幸の始まりであった。


全ては一瞬の出来事。


集団を呼び止めたルーキーの肩に深く刺さる投擲小剣(スローイングナイフ)。予想すらしていなかった衝撃と共に体験した事のない痛みで悲鳴を上げるよりも早く、黒の一つが瞬く間に彼の喉へ手刀を伸ばし、その声を奪いとる。


幸いだったのは、夜の街を楽しむ為に敢えてランプなどの明かりを使っていなかったルーキーの性分により、その夜眼が十分に効いていたことだろう。


肩に走る痛みに目を細めながらも僅かに見えた迫る影、彼は本能的にかろうじて後ろ足を引き、軸をずらす事により、喉を貫こうとしていたその凶撃を僅かに凌ぐ事に成功したのだ。結果、声が奪われる代償こそ払わされたが、なんとか死命を躱し今の逃走に繋がっている。


続く痛みに涙が止まらない。しかし、死にたくはないが故に、彼はがむしゃらに足を動かしながらもこれからどうすればいいのか必死に考える。


黒の集団。その(なり)や身のこなしからそれらが『暗殺集団』である可能性は極めて高い。ならその姿を目撃してしまった彼を闇は逃しはしないだろう。


見られたのなら始末する。それが殺しを生業にしている者たちの常なのだ。


声を潰されているため助けを叫ぶ事も叶わず、どうにか同時刻で中央都市巡回(パトロール)を行っているであろう団員の道順(ルート)に走ろうと試みるが、その度影の一つが眼前に現れては急襲を仕掛けてくる。

それを命懸けで躱しては急いで別の道に逃げる。そんなことが何度も繰り返されており、その体力も最早限界に近付きつつあった。


黒の集団にとってルーキーの命など簡単に刈り取れるものなのであろう。突然の急襲を何度も凌げているのが何よりの証拠だ。本来素人の身のこなしである彼にそんな芸当出来るはずがなく、それは当人自身が最も自覚している。

それなのに、敢えて生かされているかのようなこの状況に、発狂しそうなほどの恐怖を感じる。


しかし、止まることはできない。殺されるかもしれない事実が、怖くて、恐ろしくて、死にたくないと彼は必死に逃げ続けた。


そしてその生きたいという思いこそが閃きを生み出す。それを後押しするかのように空の雲が晴れ道を照らし始める月明かり。


広まった視界、そこに映る見慣れた街並みを目に、ルーキーは一途の願いを込め最後の力を振り絞り、走る。

彼の進む先、そこは中央都市に幾つかある多目的広場の一つであり、翌日に控えた()()()()()()()()()()()()の会場準備のため多くの作業者、そして護衛として派遣される数名の団員たちが確かにいるはずであった。


それはその日の朝に護衛団の兵舎で行われた全体報告(ミーティング)で話題に上がった内容であり、会場の準備を終えるのに夜までかかると報告されていたのをルーキーはしっかりと覚えていたのだ。


黒の集団は護衛団が行う中央都市巡回(パトロール)道順(ルート)を把握している。しかし、アイドルライブの会場だなどと、到底闇の仕事とは関わりなどないであろう事情であるならば知られていないかもしれない。


なら逃げ込める可能性は十分にある!!

そう最後の綱に縋る……それが黒の集団の狙いであるなどとこの時の彼には気付くことすら出来なかっただろう……


「 ーーーーッッ 」


到着した広場。そこには予定よりも早く作業が進んだ事により()()()()()()()()会場があり、明かりや人の声など一つもありはしない。寧ろ周囲には住宅地から離れた多目的場故に建物などはなく、例え喉が壊れる思いで咆哮のような悲鳴を挙げられたとしてもそれが誰かの耳に届くのは難しいだろう。


そんな光景を目に、自らが知らず知らずのうち特に人気の無い場へと誘導されていたという事実に気付いてしまった若き心は、溢れせめぐ絶望にとうとう耐え切れなり、その膝をがっくりと崩れ落とさせた。そして生気を失ったような白い顔に諦めの涙を伝わせ始める。


「 ……残念だったな。追いかけっこはここで終わりだ 」


彼の背に向けられる声、そして現れる影の一つ。目から下を同じく黒の布によって隠している為人相の読めないそれは同情のような目を向けながらも、腰に寝かせるように付けた鞘から短剣をゆっくりと抜き取る。


「 なんの慰めにもならないが……本命が控えてるんでな、今は死体を処理する時間すら惜しい。本来雑な仕事はしたくないんだが、お前の亡き骸はそのままここに放置しといてやろう、朝になれば発見されるだろうし、そうなればお仲間が葬儀でもしてくれるんじゃないか?俺たちが屠ってきた標的みたいに《消息不明》にならないだけ、幸せだと思うぞ 」


そんな感情のない言葉に、絶望一色に支配され死を目前と宣告される彼は必死に、何度も、何度も冷たい外気温により白く凍った息を吐き出す。


おそらくそれは命乞い、死にたくないという訴え。だが、その言葉は既に奪われている……届くことは、ない。


「 運が無かったと諦めな 」


短剣が振り上げられ、月明かりはその刀身を照らす。


( ……死にたくない、死にたく、ない )


そう最後まで願いながらも、彼はこれが悪夢であると祈るように目一杯瞼を閉じた。


冷たく全てを凍えさせる空気を割く、鉄の刃。それは音もなく真っ直ぐに、護衛団に入隊したばかりの強い正義感をその心に宿していたソレへと放たれる。


( 死にたくない、死にたくない )


彼はひたすらに願い、祈る。しかし、月明かりは命を刈り取る刃を囃し立てるようにその刀身をギラリと照らし続け、刃が空を裂き……そして


「 おっと、そこまでにしときな 」


「 !!!? 」


瞬間、影に傷付けられた空気が怒り狂ったかのように突如として吹き荒れる不自然な突風。そしてそれに混じり響く老いた渋みの効いた声が一つ。


それは先程まで感情が全くなかったはずの影に驚愕を上げさせたかと思うと、続くように「くぅぅ」という唸りをこぼさせた。


「 ……ーーー?? 」


( 僕はまだ、生きてる……のか? )


閉ざした視界で未だ恐怖に包まれながらも、この状況で何が起こったのか、何故自分はまだここにいられているのか、それを確認しようと恐る恐る世界を開き、そうして彼の目に映し出されるモノ。


そこには寸前までいなかったはずの、おそらく昔は隆々だったのだろうが、歳により張りを失い皺々となっている胸板を堂々と露出させ、今の季節では見ているだけで寒さを感じてしまう陽の国で生きる者の多くが好んで着ているという『着物』と呼ばれている伝統的な衣服をだらしなく着付けた御老人が一人。その人が、黒の暗殺者が振り下ろそうとしていた短剣の刀身を2本の指で悠々と受け止めているという、到底理解の及ばない異様な光景が広がっていた。


影が手にするそれは、今なお振り下ろされようとしているのだろう、フルフルと全身が震え力が込められているのが見て取れるが、それが少したりとも動くことは決してない。


そんな予想外の横槍に、黒の暗殺者の額には焦燥の汗が浮かび始める。


「 貴様、何者だ 」


「 いや、なに。ただの迷子の老人(ジジイ)だよ 」


そう、御老人は笑うのであった……ーーー


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