049:ミーの姐さん
「 いや〜〜……にしても、カイルちゃんには一本取られましたッホント抜け道探すの上手なんだから〜〜お姉さんビックリです 」
ふんふん、と満足気な笑みを浮かべながら歩み寄ってくるミーの姐さんから視線を逸らし、嫌な汗を流しながらも周りを見てみる。
晴天かつお昼が近いという事もあり、この『安らぎの庭』には中央都市に住んでいるのだろう多くの人たちが訪れては、雪の季節特有な白一色を纏った木や植物たちを満喫しているようであった。
園内には穏やかで平和な、心温かな空間が広がっている、が……あと一つ、あと1ピースだけが足りない!!
頭はそのままに視線をキョロキョロと巡らせひたすらに探す、求めている職を担うお方。
何処だ、何処にいるんだッ!!?
「 カイルちゃん??どうしたのですか〜? 」
「 い、いえ。なんでもねぇんです、姐さん 」
無意識に昔読んだ陽の国で人気らしい、任侠?とかいうその国特有のマフィアを主題にした小説で使われていたような口調が出てしまう……なんでた?
そんな、自分でも分かってしまう程に挙動不審となっている俺にミーの姐さんは怪訝を浮かべ、それがまた焦燥を駆り立てるがその顔付きは有り難いことにすぐさま、ぱぁ、という効果音が聞こえそうな満面の笑みに変わってくれた。
「 分かりました!!いやだな〜〜カイルちゃんッッお姉さん別に怒ってたりはしていないのですよ〜??実際請求書は通しましたし、カイルちゃんの進言も最もだと思ったの〜〜まぁ、次回からは禁止にしちゃいますけどね、テヘッ 」
おぉぉ、可愛い可愛い
舌を軽く見せ、あざと可愛い仕草をする姐さんに軽く相槌ちをうちつつも、相変わらず視界を彷徨わせ続ける。
そんな俺たちを交互に見ては疑問をその顔にしている幼馴染たちも目につくが、こいつらに説明するよりも先に!!今はッッ!!?
「 !!!? 」
瞬間、焦燥で狭まってしまっている視界、その奥に小さく現れる黒を基調とした特徴的な制服を纏った二人組の探し人。
( いたぞッッいたぞォォォォ!!!? )
その人々を目に、安堵と歓喜で天を仰ぎたい衝動をどうにか抑え、これでようやっと姐さんと対峙出来ることに自然と口角が上がってしまう。
そしてニヤけた顔付きをそのままに今だ疑問を浮かべているリースと目を合わせては、とびっきりのウィンクを送ってやった。
頼むぜ、相棒…さぁ、ここからが勝負だ!!?
「 なぁ、ルイス。俺なんか凄く嫌な予感がするんだが…… 」
「 そうね。あのカイルの仕草は、まさに今から悪知恵振おうとしてる合図そのものだものね 」
あーあーー聞こえなーーーい
渋い顔でこちらに身構える幼馴染たちを無視してミーラさんにようやっとの笑顔を返す。
そんな短いやり取りに姐さんも少し疑問を示していたが、「まっいいか」と元気よく言い放つと再び目を輝かせてはぐいっと距離を詰めてきた。
おぉぉ、可愛い可愛い
「 でッッでぇぇぇ!!!カイルちゃんッッ!!カイルちゃんのペットちゃんはどこにいるのですか!!? 」
まるで幼子そのもののようにぴょんぴょんと跳ねては、季節外れの向日葵を思わせる見ているこっちが元気になってしまいそうな満開な笑顔のミーラさんに変わらず無言の笑みを浮かべながらも脳裏に蘇るのは、ウィルキーで改めて中央局から送られてきた封を確認したその瞬間の、今や懐かしい記憶。
イヴリンさんの前でチラッと見た時には気付かなかったが、渡された便りに入っていたのは試験管に任命されたという文だけではなく、もう一つ手書きの紙があったのだ。
それはおそらくミーラさんが直接書いたのだろう、綺麗な書体が並べられた注意書きが載った一枚。
『 なお、今年度よりの規定変更により中央都市への移動費の立て替えは同行者お一人様限定となり、人数無制限ではなくなりましたので、それ以上の人数による請求は通すことが出来ないのであしからず 』
…
……
………
今だ目の前で「何処ですか!!?何処ですかぁぁ!!?」と可愛らしく跳ねている幼女に笑顔を続けたまま、頭だけを幼馴染達に向ける。
「「 ………ペット? 」」
幼馴染たちの呆然とした呟きに聖人の如き優しい顔つきのまま無言で頷く。すると、二人の顔色は段々と青白くなっていくが……安心しろ、もうお前達も共犯だ。俺たち仲間だもんな!!!
俺の悪知恵はお前たちの知恵!!みんな仲良し、やったね友達!!!
「 か、カイル。お前まさか……!!? 」
「 ………もうやだ、この馬鹿 」
血の気の引いた顔色をそのままに驚愕、そして尋常ではない汗を流し始めるリースと、顔を両手で覆い現実から目を逸らそうとするルイス。
ところが残念、コレ現実!!?
二人の反応を目にもう一度頭に蘇る記憶。
請求書を作成する為に同梱されていた、開発されて間もない、純度の低い魔石を用いて作られた特注品である【ダブルス】と名付けられた筆。
二本一対となっているコレはかなりの距離が離れていようと、それぞれが常に連動しており、片方が使用されると遠隔にあるもう一対も同じ動きをし、結果離れた距離からも請求書等、重要書類が作れるという画期的な道具であった。
それを用いて書類を作り、同じく同梱されていた中央局指定の特製印を押すことで移動費などの金を立て替える事が可能であるのだ。
そんな特注の筆で俺は訴える。書いた文字が中央局に遅延なく届くことが分かっていたが故に、感情の赴くままにッッ!!俺は書いたッッ!!?
『 大切な家族であるペットを置いて中央都市になど行けない!!同行者が一人とするならペットはその縛りに課せられないはずだ!! 』
………と。ふっ、我ながら策士。
寝台魔導列車の特別席に飼っている動物専用の料金などはない。つまり、共に乗車するためにはペットであろうと大人一人分の料金を別途支払わなければならないのだ。
聖人を騙った悪魔の笑みをそのままに、ゆっくり後退りするリースに指を伸ばす、そして……
「 リース 」
呪いにも近い宣告。その一言で幼馴染も全てを察したようで、奴は震えた口調で
「 お、俺が……ペット 」
と呟いた……そんな俺たちを前にルイスはただひたすらに両手で顔を隠し、他人のふりを続けるのであった……ーーーー
♢
「 いらっしゃい。いや〜〜まさか、こんなすぐにまた会えるなんて思わなかったよ〜 」
「 ホントですね。でも一回来てみたかったので、来れて良かったです!!それに前言ってた金貨800枚の銃ってのがずっと気になってて仕方なかったんです!! 」
中央都市での初日、夕陽も傾いてきていた頃、俺はこの都市でずっと行ってみたかった店である【ガルグイユ火砲工房】へとやってきていた。
店先で早々顔見知りである火砲鍛治士さんに会えてよかった。これなら目が見え難くても話をスムーズに進めれるだろう。
「 あ〜…それなんだけど……って、その……カイル君、大丈夫かい? 」
店主さんは心配そうに声をかけてくれるが、それに乾いた笑いを返す。店の窓に反射している俺の顔面、そのボコボコの顔付きには激動の物語があったのだ……
ーーーー
夕陽が出るよりも少し前、平和なはずであった『安らぎの庭』には周囲をドン引きさせる程の絶叫が木霊していた。
「 誰かぁぁ!!!男の人、男の人呼んでぇぇぇぇ!!? 」
そう涙を流しながらも必死に叫ぶペット(仮)
ルイスはやはり顔を隠し続け、そして俺は……真実を知った事で化け物の如き形相を浮かべたミーの姐さんに瞬時にマウントポジションを取られたかと思うと、そこからひたすら顔面ボコボコにされて続け、結果、数分間猛攻に耐え続ける事となったが、なんとか狙い通り慌て集結してくれた護衛団の団員さんたちにより救助されたのであった。
け、計画通り……だと思っておこう
目は腫れ上がり、痛い痛いのだが、その甲斐はあり助けてくれた護衛団の皆さんは俺の味方だ!!
中央都市では暴力は御法度。喧嘩であろうと、許されない攻撃は罪なのだ。
それを知っているからこそ護衛団の人たちに両脇を支えられながらも、息を切らせながらも、再び任侠モノ小説の登場人物になりきって姐さんに啖呵を切ってみせる。
「 はぁ、はぁ……はぁ。ね、姐さん。いけませんなぁぁ、天下の中央局に所属する方ともあろうお人が感情に任せて暴力だなんて……この落とし前、どうするつもりです?? 」
これには流石の護衛団の皆様もドン引きだが、対してミーの姐さんは「ぐぬぬ」と顔を渋めている。
そうして俺たちはなんとか計画通り『一旦保留』という権利を勝ち取ったのであった。
ホテルの部屋も手に入れた!!!……ボロボロだけど
ーーー
勝ち取った思い出に涙が滲む。
それを目に店主さんは更に心配そうに顔を覗き込んでくるが目元を拭って笑顔を浮かべてみせた。
「 大丈夫です!!おれ、勝ったんで 」
「 お、おう。そうかい 」
瞼が腫れて前がよく見えないから店主さんも笑っているだと妄想しておこう。すると咳払いを一つおそらく気持ちを切り替えてくれたのだろう、改めて本題とばかりに遠慮がちな声色が聞こえ始める。
「 カイル君、その〜……申し訳ない!! 」
突然の謝罪に「へ?」と驚愕するが店主さんは口早い言葉を続ける。
「 実は昨日、その最高傑作の銃売れちゃったんだよ 」
「 え……えぇぇぇぇ!!! 」
予想外の言葉に驚愕しかない!!
金貨800枚だぞ!!?それが、売れたァァァ!!?
一体どんな金持ちなのか、驚きすぎて痛む口が開きっぱなしになってしまう……そんな事あるのか??
「 驚くよね〜こっちとしても売れるとは思ってなかったからビックリだったよ〜〜 」
そう「ハハハ」と笑う店主さんを目になんとか口を閉じる。まぁ、売れてしまったのなら仕方ないか……
「 代わりと言ってはなんだけど、設定図とか他の銃でも見てくかい?? 」
「 良いんですか!!? 」
腫れた目、開眼!!
予想外に嬉しい提案に飛び上がっては、店主さんに続いて店の奥へと足を踏み入れるのであった………ーーー




