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人が壊したこの世界で  作者: 鯖丸
第三章 『 試練を乗り越えし者(前編) 』
40/71

040:食堂車両にて……

部屋を出て少し、塵一つなく清潔感と心安らぐ香りが満ちた窮屈を全く感じさせない通路を進み、目的地である食堂車両に到着した。


車窓から見える夕陽が「またね」と手を振っているかのようにゆっくりと沈み消えようとしている今はまさに夕食時であり、俺たちのように時間指定のあるコースメニューなどを選んでいない特別席を購入した客達は、この車両で各々食事を楽しみ始めている。


それぞれのテーブルで芸術的に並べられた皿や、ナイフ、フォークなどの食器類(カトラリー)


そしてそれら一式が迎える主役。

富豪たちが好み、庶民の価格とはかけ離れた値で取引されるそんな田舎者では名さえ聞いたことがないような魚や肉達は熟練の料理人(コック)により秘めた潜在能力(旨み)を最大まで引き出されては、用意された舞台で幸福ののろしを掲げている。

それを更に引き立てる刺激的なスパイスなどといった体験した事のない、高級としか表現出来ない香料たちの芳しい香りはもはや……は、犯罪的だ!!!


食堂車両に足を踏み入れた途端、そんな絶対的幸せが際限なく鼻腔を燻ってくるのだ。


チラッと見えた車窓に反射する自分の顔は、それはそれは、とっっっても気持ちの悪い惚け顔だったが、こんなにも心が感動で満たされているのだから仕方がないだろう。


食における嗜好とは、見て、香って、味わうものだ。と昔何かの本で読んだことがあったが、その意味が初めてわかった気がした。


こんな最高な経験が出来るなんて思ってもみなかった。リースを連れてこなくて良かった……俺の勝ち。


気を引き締める前に「ふふ」と微笑を漏らしては、軽く頭を振り惚けた顔を直してから、車両の奥にあるカウンターへと向かう。


「 すみません、ここで飲み物と茶菓子のサービスが受けれるって見て来たんですが 」


この車両は夜になると酒場(バー)としても活用されるらしく、辿り着いたカウンターの奥には様々なラベルの酒瓶が綺麗に並べられていた。


そして横にズラリと並べられた椅子。それに座る客一人一人に対応できるようになのか、カウンターの中には多くのスタッフが待機している。


「 ご利用ありがとうございます。こちらメニューになります。全て無料となっておりますので、遠慮なくご注文下さいませ 」


そう対応してくれたのは、一見では俺たちと同じ歳くらいであろう見た目の女性スタッフであった。


ここで働く人は男女共通でシワ一つない綺麗な執事服(タキシード)を着用しているようで、衣服の上からでも分かるスラリとしたラインに、160くらいであろう身長。団子状にまとめられた茶髪が印象的な彼女は、控えめではあるが元の良さを引き立てている化粧ののった綺麗な顔から美しい笑顔を向けてくれては、触り心地の良い素材で作られたメニュー表を渡してくれる。


受け取ると同時に「ありがとうございます」と言葉を返し、それを開く………が、なな、なんという情報量!!


すぐに目に付いたのは、専属の画家に発注したのか色の入った綺麗な絵の数々であった。

それぞれのメニューに絵付きで簡単な説明が載せられてあり、そのどれもが興味をそそられる。


それが何ページも続いているのだ。これは熟考が必須となるだろう。


思わず「うわぁ」と感嘆の声を漏らしてしまうと、目の前の彼女はそれが面白かったのか「ふふ」と微笑を漏らす。しかし、それはスタッフとしてはよくなかったのか、すぐさま「すみません」と頭を下げてきたが、それに対し俺は気さくに話を返してみる事にした。


「 凄く綺麗なメニューですね。これに載ってる絵とかは、画家さんに発注したとかなんですか? 」


「 いえ、それらは私どもスタッフの中に絵達者なものがおりまして、その者の制作になります 」


そう返答してくれている彼女の背後で、同じく団子に纏めた黒髪に眼鏡と控えめな印象をした女性スタッフの一人がこちらへと深々とお辞儀を向けてくれる。


となると、この絵は彼女は描いたものなのだろう。画家としての生計の立て方などは分からないが、素人目線だとそれなりにやってけそうに思えるような凄い腕前に感じる。


「 お二人は他のスタッフさんと比べると随分とお若いようですが、ここで働いてどれくらいなんですか? 」


列車に乗車してから目につくのは皆年上の富豪たちばかりで、スタッフとはいえ同じ年くらいの者は珍しく、未だ完全にこの環境に対しての緊張が解けてなかったことからか、二人に軽く話しかけてしまう。


しかし、言い終わって少し後悔。目の前の彼女たちが顔を見合わせ始めたのを見て慌てて口を早めた。


「 あっ、すみません!なんか、ナンパみたいでしたね。いや、俺こんな体験初めてで緊張してるみたいで、お二人が同い年くらいに見えたんで思わず気さくに話しかけちゃって……えぇっと、俺カイル・ダルチって言います。よろしくお願いします 」


うん。とりあえず混乱しています。なんでここで自己紹介してんだよ俺は!!?


やってしまったと頭を悩ませるが、そんな俺に再びかけられる微笑。すると二人のスタッフはカウンター越しに並び綺麗な笑みを向けてくれた。


「 私はリサ・アルバーノと言います。そしてこちらは同期のノイ・タンジットちゃんです。私達は共に今年で18になります。この企業には四年前から所属していまして、ずっと列車スタッフとして勤務する事に憧れていたんです。そして3月(さんつき)前から念願叶ってスタッフとして推薦を賜り配属を頂きました。至らぬ点などないように精一杯勤めさせて頂きますので、何卒よろしくお願いいたします。 」


そう黒髪眼鏡の女性スタッフーーーノイさんと並んで綺麗なお辞儀をしてくれる二人に思わず拍手を送りたくなる。


ダールさんが教えてくれた話ではこの列車に配属されているスタッフは20名。

列車を運行するには整備や駅の管理など多くの役割が必要なはずだ。もちろんその中でも特別席での勤務などは特殊で競争もあるだろう。


それを若くして勝ち取り、念願の職につくなどそうそう出来る事ではない。


そんな感銘をそのまま口にしてみると、二人はそれが嬉しかったのか頬を赤らめ「ありがとうございます」と返してくれた。


そして軽く話を続けながらも視線はメニューに、彼女たちにも仕事があるのだ。早く決めて離れないといつまでも時間を貰っているわけにはいかない。


……だけどなぁぁ、選べないんだよなぁぁ!!!


どれもがどれも見てるだけで涎が出てしまいそうになる程に美味しそうで、この中から選ぶなど至難も至難。もういっそ「全部だ、全部寄越せ」と暴君のように振舞えれば楽なのだが、そんなことをすれば当然夕食という更なる至高を楽しむ余裕がなくなってしまうだろう。


もう頭から煙が出ているのではないかとさえ思うほどに思考と欲望は脳内で高速回転しているのだが、そんな俺にリサさんは助け舟を出してくれる。


「 カイル様は何か好きな果物などはありますでしょうか? 」


そんなかけられた問いに、疲れた脳を休ませるのも含めてメニューから目を離して応えてみる。


「 好きな果物っていうと……俺【ドッキリベリー】っていう珍味が大好物で目がないんですよ、アレはもう最高でめっちゃ高いけど見かけたら飛びついちゃうくらいで……って、流石にこれは参考にならないですよね、すみません 」


口にしてすぐに謝罪する。

【ドッキリベリー】は珍味と言われる果実ではあるが、他のものよりも痛みやすいうえに、滅多に市場に出回る事がないような一品だ。


これがレアである理由は様々だが、その一つに【調理出来ない】と言う点にある。

一般的な果実であるなら砂糖を加えてジャムにするなどの長期保存をする為の手段があるだろうが、この珍味は他を許さない程に圧倒的な糖度を誇っており、それが仇となりあらゆる調理を否定しているのだ。故にこれは【生の果実を食べる】以外に食する手段がなく、それが市場で広まらない原因であった。


いくら好物だからってそんな無理難題な果実を答えに出してしまうのは意地が悪い。すぐに他の果実を頭を浮かべるがそんな俺にリサさんは、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべている。それは横にいるノイさんも同様であった。


「 カイル様、もし良ければお試しいただきたい一品があるのですが、お作りしてもよろしいでしょうか? 」


「 へ?……じゃあ、よろしくお願いします 」


食い気味にくるリサさんに気押されるように、とりあえず了承してみると二人は手早く作業を始めた。


そうして眼前のカウンター上に置かれるガラスコップ。

その中に入れられるのは何かを砕いたようなパラパラの赤く小さな塊の数々。


そこにノイさんが取り出したジャムのようなものを入れようとしているのだが、それを目に思わず警戒してしまう。間違いなく、目の前にいるのがこの人達ではなくルイスだったら「馬鹿!なんてもの入れてんだ!!」と怒って止めているだろう一品。


匂いだけで分かるアレはおそらく【世界で一番苦い果実】と呼ばれている【ラグナスの実】で作られたジャムだろう。昔イタズラでリースに食わせた事があるのだ、流石にあの時はやりすぎたと謝った記憶がある。


【ドッキリベリー】と同じく珍しいとされているが、それとは別に【ラグナスの実】は【調理しないと食べれない】果物とされていて、砂糖をふんだんに使ったジャムにしてようやく食べれるレベル。しかし、それでも苦すぎて大人でさえ泣くと言われているこの果実が料理などで有効利用されているなど聞いたことがない。故にどうしても警戒してしまう。


もはや、それ以降の調理行程を見るのが怖くて目を逸らすがすぐさま「出来ました」という声がかけられ、完成したその飲み物が俺の前に置かれる。


トマトジュースに似た、しかしそれよりは薄い果実水(ジュース)のようなそれをゆっくり手に取ってみる。よく見ると最初に入れていた塊達がまだ完全に溶けきっていないのか、それらの影が薄らと見える気がする。


これを……飲むのか?


今の印象だと、よくわからない赤い塊と世界で一番苦いと言われているジャムを混ぜた飲み物……これを体内に入れるのは勇気がいるな。


視線を上げて二人をみてみると、リサさんもノイさんも目を輝かせて「飲んでくれ」と無言の圧を放っているような気がする。


これは……行くしかないでしょう。


「 い、いただきます……いざ!! 」


意を決してコップに口をつけその中身を一気に……一気に流し込む!!!


にっっっが……くない?というか、え???


「 う……美味いッ美味すぎる!!!なな、なんだこれ!!最高だァァァ!!!うまぁぁぁぁい!!!! 」


思わずこの感動に、周りの目など構わず騒いでしまう。そんな俺に二人は「か、カイル様!?」と狼狽しているが、すまんが今は自分でさえこの衝撃を抑えることが出来ない。


美味い!!!


口に入った瞬間、苦味のようなものが脳裏を過ぎるのだがそれを追い越すように出現する圧倒的な甘味。それらは喉を通る頃には混ざりあり完璧な調和を生み出しては辿り着いた胃で幸せな爆発を起こし、感動を、衝撃を与えてくれる。


こんなにも美味い果実水(ジュース)は初めてだ。あまりの感動に涙が流れそうになる。


しかもこの甘味を俺は知っている。これはまさに!!?


「 これって!!?【ドッキリベリー】を使った果実水(ジュース)ですよね!!?か、感動しました!! 」


そんな俺に「喜んで頂けて幸いです」というリサさんは天使に見えた。その言葉に続けてノイさんは果実水(ジュース)の解説を入れてくれる。


「 先に入れたモノは【ドッキリベリー】を干して砕いたモノになります。この果実は干す事により保存が可能となる反面、糖度がかなり高くなってしまい、もはや食べられなくなるレベルになってしまうのですが、それが【ラグナスジャム】の苦さを打ち消す効果を作りだし、更に二つの珍味とされる実の本当の甘味を引き出す鍵となるのです 」


ノアさんの言葉を耳にしながらも果実水(ジュース)を飲むのがやめられない。そして「くぅぅ!!最高!!」という歓声と共にコップの中身を飲み尽くした。


「 実は私たち二人でこの果実水(ジュース)を作って本部にプレゼンした事が評価されて、ここに勤める事が出来るようになったんです 」


そう自信満々に言うリサさんに恥ずかしそうに顔を隠すノイさんに今度こそ最大限の拍手を送る。


天才だ、と言いたいが違う。

これこそが二人の努力の結果なのだろう。まさか世界で一番苦いモノと食べれない程甘いモノの組み合わせがこんなにも最高の品になるなんて!!感動した!!


「 あの……おかわり貰っても良いですか? 」


「 もちろんです。すぐにお作り致しますね 」


空になったコップをリサさんに渡す。そしておかわりが来るまでの間、俺はこの感動の余韻を楽しむのであった………ーーーー



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