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人が壊したこの世界で  作者: 鯖丸
第一章 『 かみを統べる者 』
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004:草原の攻防

依頼(クエスト)に指定された場所、そこは町からある程度離れた何の変哲もない草原であったが、予想外な襲撃により一行は早くも絶体絶命の窮地に立たされていた。


これは完全にリーダーである俺の判断ミスだ。

今や全身には上手く力が入らず、リースに至っては地面に倒れ込み、激しくのたうち回っている。

このままでは俺自身立っていることさえままならなくなってしまうだろう。


そんな危機的状況の中、頼みの綱であるルイスは我関さずとばかりに、距離を離して偵察していた依頼(クエスト)対象である【ワンガルド】だけに注目している。


俺たちの命よりも依頼を優先するなんて、そんな薄情な奴だとは思わなかった!!


身体は泣き喚き、心まで弱ってゆく。

完全な失態だった…俺たちは……


【朝食】を食べ損ねたのである……


「 腹減ったぁぁぁぁぁぁ!!あぁぁぁぁぁぁ!!! 」

「 うるっっっさいわね、さっきから野郎二人して!!!お腹の音どうにかしなさいよ!!! 」


腹から轟音を発しながらのたうち回るリース。しかし、空腹の奏なら負けないぜ!!

痺れを切らしたルイスがブチ切れるが、そんなの知るか


お腹が減ったんだ!!!


「 ご飯なんて一食抜いても死にはしないんだから、我慢なさい!! 」

「 朝飯(あさめし)食べないで何処(どこ)に力がはいんだよ!!! 」

「 あぁもう!!暑っ苦しい!!! 」


俺の魂の返しにすぐさまリースも「お米、食べろ」と謎の追撃をかます。

その圧倒的な連携に「バカ共が」と頭を抱えているようだが、何度でも言おう。


俺たちは腹が減っているのだ!!


「 ……少し心配で様子を見に来たのだが、大丈夫か? 」


突然の声に振り返ると、そこにいた昨日とは違いキリッとした騎士衣装に一式の装備を身に纏った騎士団の団長ことイヴリンさんが目に入る。


「 団長さん……何か食べ物持ってないですか? 」

「 ご…ご飯 」


俺たち(野郎)二人には余裕がないのだ。そんな姿を見かねて、彼女は困ったように腰に下げた袋を差し出してくれた。


あ、ありがてぇぇ……

震える手でそれを受け取る。


「 作戦が決行された場合、緊張するだろう団員たちの為に用意していたのだが、こんなモノしかないが如何かな? 」


受け取ったその中身は、おそらくお手製であろう、甘く香ばしいバターの匂いが食欲を刺激し、所々に木の実を散りばめ、高級店に置いても恥ずかしくない程に、もはや美しいとさえ感じられるクッキーの数々であった。


瞬間、【气流力(りゅうりょく)】を最大速度で循環。高速で伸びるリースの手を躱し、袋を抱きしめるように護る。


「 カァァイルゥゥゥゥ!!! 」

「 リィィィス!!! 」


これは俺のだ。絶対にやらん。


明朝に繰り広げた手合わせなど茶番だ。目の前のリース(ソレ)のひりつくような闘気を強化された感覚が確実に捉える。少しでも油断すれば奪われる。


負けられない闘いがここにあった。

俺たちはお腹が空いているのである……


「 いぃっっっ加減にしろ!!!バカどもがァァァァ!!! 」


瞬間、頭上に降り掛かる乙女の拳骨(流星)

頭割れたぞこれ!と思うほどの衝撃とダメージ。驚く事にそれはリースも感じているようで【巨人(ギガント)族】の強度を貫通する拳に恐怖を感じながらも、とりあえずスッと何食わぬ顔でクッキーの入った袋を隠した。


「 いってぇぇ。悪い、ふざけすぎたな。で?目的の個体はいそうか? 」


ここは真面目なフリをして隠し切ろう。

目を細めれば見える程の距離で身を休めている【ワンガルド】たちへ視線を移す。

アレ?というか全部こっち向いてない?


「 奴らこの距離で俺たちの存在に気付いてるなんて、流石って事か 」

「 あんたらが騒ぎまくるからよ!!めっちゃ警戒されてるじゃない!! 」


いや、それはお前が叫ぶからだろ。と返そうとした瞬間、ポケットに伸びる手を察知「止めろ!!」とその手を振り払った。


そして再びの乙女の拳骨(流星)を甘んじて受ける。


「 ほんとこんなのがリーダーってのが悲しくなるわよ 」

「 いや、それをお前が言うか 」


拳骨(流星)3度(みたび)降る。

ルイスは話を続けた。


「 手前に他のよりも大きくて片目が潰れた個体がいるわ。たぶんアレが頭首格だと思う、群れの数的にも話が出来そうね 」

「 よし、それじゃあ予定通り行こう。団長さんはここで待ってて下さい。あとは俺たちでやります 」


もう、お腹が限界だからいいや。袋からクッキーを取り出し口にする。すると口内を満たす甘い幸せ。

サクサクのクッキーの中にコリコリとした木の実の心地よい食感が最高のアクセントとなり、実のほろ苦さをバターの優しい甘さが包み込み堪らなく美味い。


完璧(パーフェクト)だ、イヴリン!!


幸福を顔面にする俺に限界を感じたのだろう、口からダラダラと涎を垂らすリースに、もう一つとクッキーを頬張りながらも落ち着いた口調でリーダーとしての言葉を向ける。


「 リース。飯なんて一食抜いても死なないんだから、我慢しろ 」

「 朝飯(あさめし)食べないで何処(どこ)に力がはいんだよ!!! 」


そこで流石にイヴリンさんからの「分けてあげなさい」と忠告を受けた為、渋々袋のクッキーを分ける。


一枚を半分個な!!


そこで降り掛かった団長の拳骨(流星)は信じられないくらい痛かった。


「 ごめん、もう拳骨しないから真面目にやろ?ね? 」


そんなやりとりを見てルイスがとうとう妥協した。つまり我々の勝利である。

と、流石にふざけるのもここまでにしなければ。甘いクッキーで空腹を満たした事で思考を切り替える。

とりあえず「全部食べるなよ」とリースに袋を渡した。


「 よし、それじゃあ切り替えて頑張るか! 」


その指示を耳にリースも喝を入れたのか自らの頬を軽く両手で叩く。まぁ、すぐさまボリボリとクッキーを食べ始めたが…

そして作戦の第一段階として装備していた武装をそれぞれに解除し、その場に並べた。


「 お、おい。武器無しで近づくつもりかい?それはあまりにも危険では!? 」


慌ててイヴリンさんは静止を口にするが、それに力強い笑みを返す。


「 まぁ、任せといて下さい。もとよりこの手段を望んで俺たちに依頼くれたんでしょ 」


そう言葉を残し、先頭をルイス。その次にリース。殿(しんがり)におれといった陣形でゆっくり【ワンガルド】の群れに近づいて行く。そしてある程度接近した所でルイスは足を止め、片手を草が生い茂る地面へと這わせ準備を開始した。


先程までなかったはずの風が優しく肌を撫でて通過してゆき、大地に芽吹く草花はそれに歓喜するように靡き始める。


『 ーーーー 』


ゆっくりとしかし確実にルイスが口にしたその言霊は俺たちには聞こえない、もしそれを耳が捉えても理解する事は出来ないだろう。何故ならコレは【エルフ族】が生み出した言語であり、隠されたものだからだ。

彼女の髪が僅かに逆立ち、ほんのりと光を放ち始める。


森心術(グランド・ローグ)』それが今まさに発動されようとしている【エルフ族】だけが扱う事の出来る術であった。

書物で得た知識が確かなら、古くから森や動植物との繋がりが強いこの種族は、それらから人類が持つ生命力とは違う『マナ』と呼ばれる力を"借り"独自の力を発揮する。

その力とは、動植物の掌握、そしてこの作戦の要である【対話】の能力だ。


発光が(おさま)り、それと同時に肌を撫でていた風もゆっくりとその存在を消す。

すると準備が完了したであろうルイスは、しかしその存在感をまるで自然に溶け込ませたかのように消失させており、眼前に映っているからよいものの、姿を隠されたら見つけるのは困難であろう程に未知の雰囲気を纏っていた。


よく見れば翠眼だった目は黄金色に変わっており、直接説明を受けた事は無いが、長い付き合いからこれが『森心術(グランド・ローグ)』を使用している合図なのだと俺は推測している。


『 ーーーー 』


ルイスは両手を広げ、ゆっくりと群れへと近付いて行く。

おそらく無抵抗を表しているのであろう、俺たちは黙ってそれを見守ることに徹した。

そして彼女の言葉に応え、群れの前方に姿を表す個体。それは熟練のエルフこと彼女が推測した隻眼の魔物……とは全く別のモノであった。


「 なんだよルイス!間違え 」

「 チェェストォォォォ!!! 」


読み通りの失言。だが最後までは絶対に吐かせない。

リース貴様はこの陣形。俺がお前の後ろにいる意味を理解していなかったようだな。

寸分の迷いもなく渾身のゴールデンシュートを奴の開いた股へ解き放つ。


生々しい音は表現したくない。故に敢えて言うなら「チンッ」という音と共にバカはその場で股を抑えて蹲り「はぁうぁぁぁ」という獣の如き音を発し出した。


それを横目でチラッとみたルイスは満族気な笑みを一つ浮かべ対話を続ける。


「 馬鹿野郎、今あいつの集中力が切れて対話失敗したら終わりなんだから、下手に刺激するような事は止めろ。そりゃ俺だって違ってたのにはズッコケたけどさ 」


ルイスに届かないよう、膝をつき小声で話しかける。しかし、リースは中々現実には帰って来ず数分の間ひたすら悶えていた。


「 あの……本当にすみませんでした。どうか、どうか息子(?)には危害を加えないで下さい 」


ようやっと絞り出した言葉がこれである。それに対して歪な笑みを浮かべ……


「 それはお前次第だな。お前が下手な事さえしなければ、危害は加えないさ 」


と言葉を返したが、我ながらサスペンス小説を読みすぎたと思う。何言ってんだ、俺……


そうこうしているうちに、ルイスは対話を一度切り上げたようで、イヴリンさんを含め情報を共有する。


「 どうやらワンガルド(あの子達)、ここからちょっとの森で静かに暮らしてたらしいんだけど、少し前巨大で凶暴な魔物の襲撃を受けて、命からがらここまで逃げてきたらしいわ。争いはしたくないけど、生きる為なら仕方がないって言ってる。 」


それを耳に騎士団の団長は鋭い目つきで遠方のワンガルド達を睨みつける。


対して俺は「やっぱりか」と予想通りの展開に、呟きと共にため息がもれた。

生きる為なら仕方ないって事は、襲われたらやり返す。腹が減ったら奪うって事だ。

ほっとく訳にはいかない。そうなると問題は明確だ。


「 ルイス、ワンガルド達に『その凶暴な魔物ってのを俺たちが討伐したら大人しく森に帰ってくれるか?』って聞いてくれ 」


その指示に「わかった」と一言吐き、再び向き直るルイスであるが、イヴリンさんは納得いかないという意思を言葉にする。


「 危険すぎる!銀4(シルバー・テッセラ)級のワンガルドが逃走するような魔物だぞ!!たった3人では無理だ!! 」


予想外に凶悪な魔物の存在が示唆されたからであろう。普段あまり見られない焦りを浮かべている彼女に「まぁまぁ」と落ち着かせるよう試みる。

俺の見立てでは、ルイスの対話を持って双方に被害なくこの問題を解決したかったのであろうが、現実はそう上手くいかないモノだ。


世界中で今なお繁殖している魔物たち。

既に確認されているそれらの個体にはそれぞれ危険度(ランク)が振られており、(ブロンズ)(シルバー)(ゴールド)。それぞれに1(エナ)から5(ペンデ)までの枠が作られ、その数字が高い程に凶悪な個体として登録されている。更にその上に白金(プラチナ)原石(オリジン)と呼ばれる危険度(ランク)もあるが、それはもう伝説みたいなものだから気にしないでも大丈夫だろう。


と言う事でイヴリンさんが危惧している事をまとめると、銀4(シルバー・テッセラ)級とは一般人よりも強力で、ある程度の経験も詰んだ冒険者3(トゥリア)級であるなら10人以上の編成パーティ。それ以上の等級冒険者でも5人編成が推奨されているという難易度なのだが、それよりも更に危険な魔物に俺たちは3人で挑もうとしているのだ。それはまぁ心配されても仕方ないだろう。


しかし、無策という訳でない。


「 大丈夫ですよ、ちゃんと備えてきてますから 」


言葉と共に内ポケットから巻物状の書類を取り出す。それを目に彼女は驚愕を浮かべるが、少し思考の後深いため息を漏らした。


「 君ってやつは……本当に任せても大丈夫なんだね? 」


その不安の籠った言葉にリース共々満面の笑み返す。


「 カイル。ワンガルド(あの子達)約束してくれるって言ってるわ。森に帰れるならそれでいいって 」

「 よしっ!なら一丁気合い入れていくか!! 」


空は雲一つない晴天。

心に確かな自信を持ち、俺たちの歩みは続くーーー




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