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人が壊したこの世界で  作者: 鯖丸
第三章 『 試練を乗り越えし者(前編) 』
37/70

037:刻印術式《スキル》の欠点

「 刻印術式(スキル)とは人体に直接魔導術式を彫り込む事で、物体を介さずして魔法に近い力を発揮する(すべ)の事を指します 」


咳払いを一つ、ルイスは解説を始める。別に俺の口から説明しても良かったのだが、彼女は進学を視野に入れている幼馴染なのだ、これくらいはスラスラと語れないとダメだろう。という事でここは任せてみる事にした。


腕を組み、口を閉ざしてはルイスの続きを耳にする。そんな俺達を前にしている問題の馬鹿であるリースは理解しているのかどうか分からないような面で「ほぇぇ」と間の抜けた息を吐いていた。


「 しかし【()()()()()()()()()】という特性上、軽い気持ちでこれを肉体に刻んでしまうと、それはもう二度と消す事は出来ず、例え死後であっても術式さえ残っていればその能力は顕在し続けるするとされています……これで、良かった、よね? 」


解説を言い切ると共に不安を向けてくるルイスに軽い拍手を返す。

そんな俺の対応に彼女は「良かったぁ」と胸を撫で下ろしているが、当のリースはそれらを耳に難しそうな顔つきを浮かべているようであった。


そもそもこの内容は学園で耳にタコが出来る程教えられているはずなのだが、どうやらこいつはその間常に夢の中にいたらしい。


赤点の常習犯はやる事が大胆な事で……


今の時代、昔のような【冒険者】と呼ばれるもの達はその数を年々減らし続けている。もはや傭兵が人を守るのではなく、町が人を守る時代だ。


しかし、それらが完全にいなくなったのかと言われると、そうではない。故に未来を進む若者が()()()()()()をしないよう教員たちはこの【刻印術式(スキル)】について高弁するのだ。


まぁ、それを聞かずに爆睡をかます者がまさに今目の前にいる訳だが


「 でもさぁ……リスクがそれだけなら、別に使っても良くないか? 」


ようやっと口を開いたリースは純粋な質問をルイスへと向けるが、それに対し彼女はまるで痛い所を突かれたかのように「うっ」と顔を渋らせると、すぐさま俺へと救援の眼を向けてきた。


正直な話、これは既に冒険者として魔物との戦闘経験のある者なら誰しもが思ってしまうであろう疑問。


しかし、この問いにスラスラと解答してくれる教員は意外と少なかったりもする。ならルイスが反応できなくても仕方ないのかもしれない。


「 ……まぁ、こっから先は専門書の知識でもあるからな。けど、もし高難関の大学に挑むならこれは覚えといた方が良い内容だぞ、ルイス 」


「 うぅ……精進します 」


バツが悪そうな、そんな幼馴染の反応が面白くて軽く笑ってしまう。そして全身を沈めていたソファーから少し身体を起こしは、解説の続きを二人に話す事にした。


「 確かに、学園で教えられるこの刻印術式(スキル)の情報だけだとそんなに悪いモノに感じないよな。言ってみれば魔冠號器(アゲート)無しで、その能力だけを使えるようなもんだし、その代償が肉体に消えない彫り込みを入れるってだけなら、安く感じるだろうよ 」


そんな俺の言葉にリースは「そうそう」と首を縦に振っている。案外学園の生徒の中にはこいつのように疑問を抱いてる者も多いのかもな。


そんな幼馴染に俺は手の平を向けては、そこから三つの指を立てる。


「 けど、この刻印術式(スキル)には三つの決定的欠点があるんだ。それが使われない要因であり、使わないように進める理由だ 」


横目でチラッと見てみると、おそらく初めて聞くからなのだろう、隣にいるルイスも真剣な眼差しをしては、前屈みで話の続きを待っているようであった。


頭の中で内容を整理して、ゆっくりを口を開くと共に、立てていた指のカウントを1にする。


「 まず一つ目なんだが、その前に……二人とも魔冠號器(クラウンアゲート)の動力源がなんなのかは、知ってるよな? 」


そんな当たり前の問いに幼馴染二人はキョトンと、顔を見合わせる。何を今更って感じだろうな?


そんな知っていないはずがない知識の答えをリースが代表して口にする。


「 そりゃあ……魔石だろう? 」


「 そうだ、魔冠號器(クラウンアゲート)はそれに取り付けられる、それぞれの特性を持つ魔石から得られる魔力を、全身に走る魔導術式へ巡らせる事でその力を発揮する。つまり、能力を行使する為には魔導術式と魔力が必要な訳だが、それは刻印術先(スキル)にも言える事なんだ 」


そこまで言ってルイスは「そっか!」と閃き喜ぶが、リースの方は未だ頭上に疑問が浮かんでいるようであった。

ここは敢えて口を閉ざし、幼馴染の気付きを聞いてみる事にする。


「 つまり、刻印術式(スキル)を肉体に彫り込むだけではダメで、その能力を発揮させるには結局魔石のような()()()()()()()()()()が必要って事ね!! 」


「 正解 」


「 えぇ!!なんだよ、それ!!? 」


ルイスの発言でようやく刻印術式(スキル)の欠点の一つを理解したリースは途端に悪態を付き始めるが、それに対し「世の中そんなに甘くないんだよ」と軽口を返す。


そして頭の良い幼馴染に続くように、指のカウントを2つに増やし更に整理した内容を口にしてみる。


「 ちなみに、その欠点は二つ目の問題に繋がるんだが……二人ならもしかしたら分かるかもな、ちょっと考えてみてくれ 」


思いつきで、意地の悪い笑みを浮かべ問題を提示してみたのだが、二人は「えぇ」と不満を溢しながらも、すぐさま共に沈黙しては思考を開始してくれた。


刻印術式(スキル)を身に付けるにおいての二つ目の欠点。

これは魔冠號器(クラウンアゲート)を駆使して闘った経験のあるものなら一度は体験した事があるであろう問題。故に二人を試してみる事にしたのだが……分かるかな?


長めの沈黙。先に降参の悲鳴を上げたのは先程正解の閃きを喜んでいたルイスであった。


「 うわぁぁぁん、分かんないよぉぉ 」


情けなく鳴き声のような声を上げる彼女に対してリースは静かだ。柄にもなく顎に手を当てては思考を凝らしているようであった。


「 どうだ?分かりそうか、リース? 」


「 ……うぅぅん。なんか、分かりそうで、分からんのよ。引っかかるのはあるんだけど、それがなんなのか……モヤモヤする 」


いいね、だいぶ正解に近付いてるようだ。

思ってたよりも頑張っているのが嬉しくて笑みが溢れてしまう。


「 なら、ヒント。その問題を一番体験してるのは他でもないリース、お前だよ 」


「 俺?……あぁぁ!!! 」


どうやら辿り着けたようだ。しかし、閃きの叫びがあまりにも煩いので、とりあえずリースの頭を軽く(はた)いて「うるさい」と注意する。


他のお客さんの迷惑になるでしょうが!!


「 アレだな、【魔力酔い】だ!! 」


「 あぁぁ!!成る程!!! 」


「 正解は正解なんだけど、二人ともそんなに叫ぶなよな、他の客が驚くだろう? 」


少し二人のテンションを下げつつも、とりあえずやれやれと、解説に入る。


「 刻印術式(スキル)を発動するには一般的に魔石を用いるんだが、それを使う為には手で握りしめるか、彫り込んだ術式にそれを密着させて魔力を放出する必要がある。けど、魔力は人体にとって有毒だ、だからそんな事をすれば、そう時間を掛けずして肉体が拒絶反応。【魔力酔い】を発症してしまうんだ 」


書物で確認された500年前の種族戦争。その時代で生きる人間族(ヒューマン)以外の者たちにとって魔力とは力であり、全てであった。

しかし、人が勝利し神となった事でこの地に生きる全ては【人間】の器に詰められ、結果それまで依存し遥かなる神秘に近づく最もな手段とされていた魔力は、触れてはいけない毒となってしまったのだ。


人の身体は過ぎた力を拒む。


この世界を生きる全ての【人間】の人体は一定量の魔力が込められる事で、激しい嘔吐や眩暈、頭痛を始めとした拒絶反応を発症してしまう。程度が酷いものなら全身の筋肉が痙攣し暫く動けなくなったり、それが呼吸器系に現れてしまうと最悪生命の危機すらありえる。


リースが【双頭の神喰らい(オルトロス)】を用いて周囲の魔力を吸収。そこから繰り出される必殺の一撃を放った後、暫く動けなくなるのはまさにこの症状が全身を蝕んでいるからなのだ。


魔冠號器(クラウンアゲート)刻印術式(スキル)とは違い、物質に刻まれた術式を駆使しその絶対的な能力を発揮する。故に人体に魔力を流すより、使役者(ホルダー)に掛かる負担は遥かに軽減されるのだが、それが完全に無くなったというわけではない。


この絶対兵器の長時間使用は必然、この症状を引き起こしてしまう恐れがあり、【冠使役者(クラウン・ホルダー)】は常にその可能性を考慮して闘わなければならないのだ。


「 えぇっと……つまり、ここまでの話をまとめると。刻印術式(スキル)の欠点は魔石を直接手にする必要がある都合上、直ぐに動けなくなる。というより【魔力酔い】を引き起こしてしまう事にあるって事よね? 」


「 まぁ、そういう事だな 」


頭の中で聞いた情報を整理しているのだろう、宙を眺め意味もなく指を彷徨わせながらルイスはそう言うが、未だリースは納得がいっていないとばかりの顔付き。

ほんと、こいつは戦闘に関しては良い勘をしている……なら、授業もちゃんと聞いとけよな。


「 でも、ここまでの話なら……まだ、活用は全然出来るよな?という事は、最後の欠点ってのが余程のものなのか?カイル? 」


「 えぇぇ!!?こんな条件の能力使い道ある!!? 」


その発言に驚愕を返すルイスだが、これに関してはリースが正しいな。試しに「活用できる理由は?」と質問を投げてみる。


「 確かに使えば直ぐに【魔力酔い】になっちまうのはかなりデカい欠点だけど、その分……そうだな、例えば潜入みたいな武器を持ち込めない状況だとか、敵の不意を突くにおいてこの刻印術式(スキル)ってのはかなり優秀なんじゃないかな?彫りは衣服で簡単に隠せるし、魔石のサイズだって手のひらで覆えるくらいだろう?なら、丸腰を装って敵が油断した所で強力な一撃をお見舞いするのに適してるっていうか……そう!切り札とか奥の手、みたいな感じ!! 」


どうにか言葉を並べているリースの発言を耳にルイスは納得せざるを得ないとばかりに「はぇぇ」とまた鳴き声のようなものを発している。


ここまで導き出せてたら上出来。満点だ。思わず「ふふふ」と笑いが溢れてしまう。優秀な教え子を抱えた教師ってのはこんな感じなのかな?


「 リースの考えは正しい。そう、ここまでならまだ活用方法もあるんだ。問題は最後のどデカい欠点、どうしようもないとはいえ、これが決定的すぎるんだよなぁぁ…… 」


ため息を溢しながらも解説のためにソファーから立ち上がっては準備を始める。


おそらく食事の時や客が菓子、飲み物を並べて談笑しやすいように設置されているのであろう、向かい合わせのソファーの間、その下に収納されている折り畳み式の長机を展開。そしてそこに先程ダールさんに向けた約10ページ程であろう写真やその設備の説明が書かれているこの列車のパンフレットを乗せた。


「 な、なにしてるんだカイル? 」


「 まぁまぁ、待てって 」


俺の行動に対し頭上に疑問を浮かべ続けている二人を他所に更に準備を続ける。

今度は私物の荷物から暇つぶし用にと乗車前に買っておいた100数ページ程の推理小説を机に、パンフレットの横へと並べる。


後は最後の準備なのだが……これはちょっと用意がしんどいから先に話を始めよう。


再びソファーへ腰を下ろし、とりあえずパンフレットを手に二人へと向けた。

当然の如く幼馴染たちはそんな行動に疑問を浮かべ続けている。


「 二人とも、ダールさんの両腕に彫られた刻印術式(スキル)見たよな?とりあえず、このパンフレットのページ数をあそこに書かれた魔導術式の量だと考えてくれ 」


未だ理解が追いついていないとばかりの顔つきで、リースは差し出したパンフレットを手に、それを開く。ルイスも身を乗り出してそれを覗き込んでいるようであった。


「 で、次。例えば髪の毛を含め全身の無駄毛を全部処理して足のつま先から頭のてっぺん。耳の裏にまでびっしり刻印術式(スキル)を彫り込んだとして、その際人体に刻める術式の量が、これだ 」


今度は並べて置いていた100数ページの小説を二人に向ける。そこまで言って少し理解してきたのだろう、幼馴染達はゴクリと喉を鳴らし俺への視線を重ねる。


「 そして、最後なんだが…… 」


ここまで口にし、再びソファーから立ち上階の寝室へと向かう。そしておそらく実用ではなくインテリアとして設置されているのであろうそれをなんとか移動させては、長机にドスンと置いた。


それは非力な者なら例え大人であろうと腰を痛める可能性があるほどの、両手を使わなければ持てない重量の厚本。現代の法辞書であった。


そのページ数は……1000ページ以上にも及ぶ。


「 ……これが魔冠號器(クラウンアゲート)に刻まれている魔導術式の量だ 」


「 ………うわぁ 」


「 そりゃあ……使われないわな 」


二人ともドン引きとばかりの呟きを漏らす。

これが刻印術式(スキル)と呼ばれる術が好まれない。使われない決定的な原因。

目を細めながらリースが分かったことをまとめ始める。


「 つまり……【魔力酔い】の欠点すらも覚悟で身に付けたとしても、出力できる能力は魔冠號器(クラウンアゲート)の10分の1にも満たないって事か……確かに、その為にわざわざ貴重な魔石を用意するなら普通に魔冠號器(アゲート)を装備した方が圧倒的に良いよな。しかも一度彫り込んだら2度と消せないってなら尚更 」


幼馴染たちはまさに絶句状態であるが、とりあえず続きを少し話してみる。


「 発見され、今なお解読が続けられてるような古代の魔法の中には、術式の量が少ない割に強力なものもあるにはあるらしいけど……基本的には、魔導術式においては量がモノをいうからな 」


それを最後になんとも言えない沈黙が室内に流れる。

そんな中、口を開いたのは、やはりリースであるのだが……


「 ……ってことはさ。車掌(ダール)さんって 」


付き合いから次の言葉を先読みし、すっとソファーから立ち上がり少し歩いてはリースを間合い捕える。


「 すっげぇぇ、馬鹿じゃん 」


そして俺は「落第!!」と叫ぶと共に全力の頭突きをこの馬鹿にぶつけたのであった……ーーー



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