018:成長と決着
「 うぉぉぉぉッッ、流鏖撃ッ!!! 」
今の俺が出来る最大限の意識を纏わせた鎖をギガスベアーへ放つ、しかしその刹那、咆哮する闘志を無視するかのように流動の力が弱まる感覚。
それは軽い手応えと殴打音により技の失敗を痛感させるものであった。
「 くそッ、また失敗かッ!! 」
頬に一撃をくらった金級のソレは僅かに顔を背けるが、これは装備している【双頭の神喰らい】の腕力強化による恩恵であって气流力が作用した要素は全くない。
すかさずバックステップにより間合いを開き、再度崩れてしまった意識を強める。
5秒。これが未熟者である自分に出来る流鏖撃の発動にかかる精一杯の時間だ。
先程メリッサさんが言っていたように、俺が無意識に流動の速度を制限していたという事はこの数分間に何度となく行った、手にする鉄の長蛇へ一切の容赦なく力を巡らせるという過程でなんとか認識する事が出来た。
結果、5秒。戦場では命取りになるであろうそんな多大な時間をリスクとし、彼女に及ばずとも近しい技の発動に成功するに至ったのだが、そこで終わってしまうのだ。
鎖に流鏖撃を纏わせる。
相手を認識し、攻撃箇所を決める。
手にする力を振るう。
この三つの動作を同時に行う事がなんとも難しく、それは至難の業と言えるものであった。
少しでも鎖に巡らせる流動から意識が逸れれば技の発動は消滅してしまい、強力な鉄蛇はただの鉄塊へと戻ってしまう。
そんな状態であるにも関わらず今俺がこうして攻勢に出れているのは、対峙するギガスベアーがメリッサさんとの戦闘を経た事でこちらの動きに対し最大限の警戒を持っているからに過ぎない。
今しかない、奴が俺の実力を見誤っている内に確実にダメージを与えられなければ勝機を見出すことはできない。
焦燥が脳裏を横切るが、集中によってその愚考を押し潰す。
「 うぉぉぉぉぉぉ!!! 」
流動の意識を高める。
今まで行ってきた气流力の扱い方を例えるなら、それは長距離走で行うペース配分のようであった。
長く闘う為に調節した一定の速度を維持し、必要な所で加速させるというものだ。対してこの流鏖撃を行う為に必要な意識は、短距離走のように一切のペースなど頭に置かず、ただひたすらに駆け巡る。
それは僅かな瞬間に死力を出し切る意思といえる。
故に力の消耗も膨大だ。もはや呼吸で取り込める酸素は普段のものよりも何故か薄く感じられ、胸が苦しい。全身も時間を置くごとに重くなってゆくのがわかる。
しかし、終わらない。まだ止まるわけにはいかない。
手にする鎖が耳障りな音と共に振動を始め、5秒を経て少しの安定を身につける。意識は固まった。
後はこの力を維持し振るうだけ……しかし、脅威はそんな思考を最も簡単に追い抜かした。
「 ーーーなッッ!!! 」
生存本能が全身に反射行動を引き起こし、無意識に手にする鎖を振るわせる。
その瞬間、これまでの鈍重な動きからは連想出来ない程の速度で間合いを詰めてきたギガスベアーの凶爪は、振るわれた振動を纏う鉄蛇により大きく弾かれた。
共に強力な力を宿したそれらの衝突は耳を劈く轟音を伴い、周囲全ての大気を激しく揺さぶる。
「 くぅッ、うわぁぁぁぁ!! 」
無意識に発動した本能によりどうにか突然の死命を回避する事は出来たものの、予想だにしていなかったその凶爪、更には鎖に纏われた振動の力の衝突は強力な衝撃波をも発生させ、それは無防備な肉体を突然に襲った。
脚に力を込めるのが間に合わず、全身が浮かぶ感覚。間をおかずして吹き飛ばされた肉体は勢いよく地面へと叩きつけられ重い衝動、その激痛が突き抜け、あるいは響き渡る。
肺の酸素が強制的に排出され、受け身が取れず背部にダメージがかかったせいか上手く呼吸をする事が出来ない。
「 ガハッ、いてぇぇ。なんでこんなにも…… 」
予想を遥かに超えた激痛に何度も咳き込む。
明らかに通常時よりもダメージが増大している、それはまるで致命的な一撃をまともに受けたかのような感覚であった。すると脳裏を横切る可能性の推測。
もしやと拳を何度も握っては開いてみる。予想通り普段よりも握力が僅かに下がっている。いや、力が込め辛いというべきか、その感触が推測に肉をつけ確かな証拠が完成する。
成る程、つまりこの状態は流鏖撃のリスクによるものだと理解する。
「 技に使用する力が大量故に、その発動後は肉体に巡る气流力が一時的に弱まり本体が脆弱な状態になってしまうのか……メリッサさん、そう言う事は先に教えといてくれよ 」
拳の開閉を続ける。幸いな事に力はすぐに戻ってきた。
恐らく脆弱状態は数秒あれば難なく回復出来るのだろう、今だ咳き込む全身に鞭を打ち、急ぎ自己治癒力を高める為に气流力を適正速度で高速循環させる。
早く体制を立て直さなければ、やられるッ!!?
幸い骨が折れたりなどの損傷はなかったようで、痛みは段々と引き呼吸は安定してゆく。しかし、回復の時間などないとばかりに气流力の循環により共に強化された聴覚がギガスベアーの接近を告げる警告を掲げた。
「 くぅッ!!マズイ!!! 」
思っていたよりもダメージが大きい。
どうにか片膝を付けるまで回復するが、まだ立ち上がるには数秒かかる。
これは誤算であった。
ギガスベアーはこちらの実力を見誤っていると思い込んでいた、しかしそれは自分自身にまで言える事であったのだ。
俺は対峙していた魔物の特性をわかっていながら、完全に見誤っていた。
眼前まで迫ろうとしている金級は、傷を負えばその損傷を即座に強化再生させる能力を持っていた。それはつまり受けたダメージを理解し対策しているという事、それだけの知恵があるということなのだ。
ただ暴れるだけの暴君ではない、それを完全に見誤っていた。
自分の事で精一杯で気付いていなかったが、气流力により強化された視力に映る脅威の脚部は、メリッサさんとの戦闘により高速で動く彼女を捕えるために対策を施したのだろう全身の中でも一際盛り上がり、一目で高い膂力を有している事が分かるものであった。
何故少し見れば理解できたであろうそんな事を見落としていたのか、自分が情けなくなるが今は後悔している寸分すらない。
焦燥と恐怖が全身を支配する。
回復を終える、しかし立ち上がる頃にはギガスベアーは俺を間合いに捕える。
接触まで5秒とない。
脳裏では思考が時間に反逆するかのように高速で駆け巡り続けている。
バックステップにより回避するか!?いや間に合わない!!
气流力の感覚強化を最大にして寸前で猛攻を避け続けるか!?……ダメだ、少しの間凌ぐ事が出来ても今の状態では直ぐに俺の体力が尽きてしまうッッ!?
どうすればいい!!このままじゃあ俺は……
( ……死ぬ、死んじまうじゃねぇか )
脳裏に浮かぶ可能性に全身が震え出す。
闘う為の思考は止まり……接触まで4秒。
間近となったギガスベアーの凶爪が放つ狂気の煌めきが俺を照らしだす。
ダメだ!震えてる時間なんてないだろ!!
止まれ、頼むから震え、止まってくれッッ!?
呼吸が荒れる。
苦しい、ダメだ、殺される!!?
目の前の光景がゆっくりと流れ始める。それはまるでこの生を振り返り後悔する時間が与えられたかのようであった。
俺は、死ぬのか?こいつに、この魔物に殺されるのか?……
瞬間、視界の全てが頭に残り続けるあの思い出に塗り潰される。
『 カイル、愛しい我が子。どうか貴方だけは、幸せに……生きて 』
雨の夜の記憶
冷たく、悲しい思い出
『 お前にしか出来ないんだよ!!これ以上奪われたくないならッ失くしたくないなら!!お前が殺すしかないんだ!! 』
雨の夜の記憶
冷たく、悲しい思い出
殺す覚悟を押し付けられた……あの日
これは闘志ではない。覚悟だ。
覚悟が全身に力を巡らせる。思考が視界が……還ってくる。
( こんな所で……お前なんかにッ、殺される訳にはいかねぇぇんだよ!!! )
接触まで3秒。
本能と意思が繋がり、肉体の全てが抗う為に結束する。そうして身体が僅かな思考を伴い勝手に動き出す感覚に身を委ねる。
【双頭の神喰らい】を装備した両腕を眼前で交差させクロスガードを構える。
ダメだッ、まだ足りない!!
脚元に垂れていた【魂を誘いし蠢き】から発現された鎖を、前方の腕に巻き付け少しでも防御力が上がるよう試みる。
接触まで2秒。
流鏖撃の発動には5秒は必要、間に合わないなんて分かっている。けど、全てを出し切りたいッ
今できる、全てをッッ!!!
「 流鏖撃ッッ!!!! 」
腕に巻き付けた鉄の長蛇に力を流動させる。
接触まで1秒……来やがれ!!!
視界を閉じ、全身に力を込めながらも气流力への集中を最後まで強め続ける。
0秒、接触。そして衝撃。
瞬間に襲いくる全身にのしかかる重い衝動。
内臓を直接殴られかのような謎の感覚に反射し血の混ざる吐瀉物は意思を無視して吐き出され、発生した圧倒的な風圧は脳に響く不快な耳鳴りと共に聴覚の全てを支配する。
骨が軋む、筋肉が押し潰される。
全身には体験したの事ない激痛が駆け巡っており、これが何秒続いているのか分からない。もしかしたら全ては一瞬の出来事であったのかもしれない。
どちらにせよ、言える事。それは激痛の後、俺の意識は確かに残っていたという事実だ。
俺は、まだ生きている!!
蓄積されたダメージにより両膝は激しく笑っており、衝撃をまともに受けた腕も上手く力が入らない程に痺れている。
けど、生きているんだ。
气流力を高める為に閉じていた両目を開き、現状を視察。
今だ残る耳鳴りにより音は何も聞き取れない、だが俺に対し凶爪を放ったその魔物は後方へと盛大に吹き飛ばされており、呻く咆哮をあげているのであろう抉れ失った片方の手先を空へと暴れさせていた。
そしてどうやら俺は脚を地に刺したまま後方へと押し出されていたようで、先程まで立っていた場所から今の地点まで伸びる線が地面を抉りながら出来ている。
何が起こったのか分からないが、どうやら俺は無意識にギガスベアーの手先を抉り飛ばすナニカを行ったようだ。
おそらくそれを発揮したであろう、痺れが引いてきた片腕を凝視する。
「 はぁ、はぁ……流鏖撃が、成功したのか? 」
荒れる呼吸をそのままに、理解への思考を開始。
視界に映るギガスベアーは今だ失った手先の再生を終えていないようで、僅かだが時間の猶予はあるハズだ。
この瞬間に理解するしかない。
本来なら5秒の時を消費するハズの技が僅かな寸分で発動出来たその無意識の理屈をッ!!
ただの【双頭の神喰らい】による防御であるなら金級相手にこれ程までのダメージを与える事は無かっただろう。なら衝撃の瞬間に气流力が発動したのは確実だ。
それもより強力な流動の力を宿した一撃へと昇華して……
凝視する腕には絶対兵器であるガントレット。それに同じく最強の武器から発現した魔力を宿す鎖が巻かれている。
「 まさか…… 」
先程と同じように両目を閉じ意識を高める。すると強力なダメージを与えるよりも前、流鏖撃の発動に何度となく失敗していた際に地へと垂らしていた時とは違い、腕に巻かれたそれらは更に高速で气流力の循環を始める。
高速の循環が振動に変わり技へと昇華する。その間僅か1秒。
不快な音もなく、安定している!!
それを目に頭に浮かぶのは師が樽を使って教えを解いてくれた記憶。そして理解する。これもまた气流力の特性であるのだと……
「 そうか、だからマスターは气流力を樽の中にある液体として例えたんだ。おそらくこれは水を排水する時に行う知識と同じ、螺旋を描き渦を作りながら体外へ放つことでより循環の速度を高める事が出来るんだッ!! 」
普段から水筒などの洗いを行うものなら知識があるだろう。濯ぎに使った溜めた水を排水する際、渦を作りながら放水するとその効率が大幅に向上する現象。
これが气流力の操作にも応用できたのだ。
最もこれは腕に絶対兵器であるガントレットを装備していたからこそ出来た事で、おそらくこれがなければただの自爆。作り出した气流力の渦は腕を抉り散らかしていた事だろう。
しかし結果として、今の俺にこの知識は天啓だ。この力を使えば現状を打破する事が出来るかもしれないッ!!
「 へへ、どのみちこの身体じゃあ長くは闘えないんだ。なら、一撃で全部を使い切るッッ!!! 」
この闘いでは全身に蓄積されたダメージ以上に、膨大な量の气流力を消費してしまった。
この力は人間族の生命力にも直結している為、過度な使用はその生命活動にも支障が出てしまうものなのだ。現に俺の全身は至る所で悲鳴をあげ続けており、少しでも気を抜けば意識は闇へと沈んでしまう事だろう。
こんな状態では長期戦などもってのほかだ。なら動けるうちに俺が出しうる最強を試してみたい。
ギガスベアーの再生にはまだ少しある。
視界を閉じ、集中力を高める。そして二つの魔冠號器を装備する利き腕に力を込め、構える。
その様は図らずもリースがこの【双頭の神喰らい】を用いて発揮する最強の一撃を放つ構えと一致する。
しかし、俺が意識するのはあくまで气流力で得られる力だけだ。
触覚だけを残しそれ以外の感覚、そこに流していた力の全てを必殺の力を集結させる片腕をへと巡らせる。
見えるものはなく闇だけがある。音も切り捨てた今の俺には外界を認識する術は肌の触覚が捉える風の流れしかない。しかし、それだけで十分だ。
先程まで流鏖撃の発動に失敗していた理由は、三つの動作を同時に行う事が出来なかった事にある。
技を維持する意識を残したまま、的確な攻撃を放つ事は恐らく今の俺には出来ない。それは气流力の持つ特性への理解が深まった現状でも変わらない。
なら、行動を制限すれば良い。狙って打つのが難しいなら、腕を伸ばせば当たるまで接近させ強引に命中させる。
これなら意識するのは技の維持と強化。そして適切なタイミングで腕を伸ばす、これだけだ。
問題なのはこの策を成功させる為には、唯一残した触覚を用いて周辺環境を把握し、肌で迫る脅威を完全に察知する必要があると言う所にある。
もちろんだが、こんな事を試すのは初めてだ。
1発限りの大勝負。だが不思議とやれる気がする。
今の俺に不安はなかった。
静かな呼吸により取り込んだ酸素を深く全身に浸透させる。
闇の中にあるのは俺の腕、その上を螺旋状に廻り続ける、巡り続ける流動する力のみ。
嵐の中、山々で起る大自然の脅威。古くからある大木の数々や大岩を抉り砕く鉄砲水が生み出す濁流の如く、荒々しく全てを呑み込み穿つ流動を自らの气流力へ反映させ意識する。
闇の世界。しかし、そこに輪郭が現れる。
力を高める腕から伸びる俺の全身、そして周囲の全てが色も肉もない、ただの輪郭として視えるようになる。
これなら……やれるッ!!
絶対兵器に依存した方法ではあるが、鎖を巡る螺旋の气流力は確実に強まっている。けど、もっとだ!!
もっと早くッもっと強く!!
意識するのはリースの最強さえも軽く凌駕する俺だけが出せる更なる最強。
ギガスベアーの輪郭を捉える。
ソレは空へと激昂の咆哮を掲げると共に、強化再生により、巨大かつ更に禍々しくなった手先を大地に刺し、野生の獣としての本来の姿である四足歩行形態を取る。
最高速度を纏う突進。そしてその勢いを宿した牙を俺に突き立て噛み殺すつもりなのであろう。
つまり互いに次の一撃で決着をつけようとしているのだ。
俺が殺すか、ヤツが殺すか……殺されるつもりは、ないッ!!
金級の輪郭が高速で向かってくる。
ギリギリまで力を高める。
タイミングを少しでも誤ればヤツの牙が先に俺を刺す、読み間違えるわけにはいかない。
まだだ……まだ引きつけるッ!!
必要なのは意識。
全てを巻き込み、抉り砕く流動ッッ!!
「 今だッッ!!! 」
瞬間、全ての感覚が戻ってくる。
見開いた眼に映るギガスベアーの口内。そこから漂う悪臭。
「 いッッけぇぇぇぇぇぇ!!! 」
最強を宿したままの腕を伸ばすッッ
そしてその拳が俺に迫る死命よりも先にギガスベアーの顔面に辿り着いた刹那、視界の全ては眩い光に包まれる。
無音なる光。全てを呑み込む爆発する力の象徴。
何が起こったのか分からない。しかし、決着を目にするよりも先に、その光は俺の意識をも呑み込み闘いは終わりを告げるのであった………ーーーー




