014:戦の女神
なんとも不思議な感覚だ、町の下水道という普段立ち入らないような場所を歩いているハズなのに、周囲に咲き乱れる植物たちがこの環境をまるで依頼で訪れる魔物蔓延る森へと変換している為、慣れた足つきで進む事が出来る。
流れる汚水も浄化され、鼻につく匂いもない。もうこのまま放っておいてもいいんじゃないかとさえ思ってしまう、がそうもいかないよな……
再び展開されたメリッサさんの魔冠號器【魂を誘いし蠢き】に従い俺たちは歩みを進めていた。やはりこれの索敵能力は凄まじい。使用すると共に瞬く間にこの空間を把握し、求めていた目的地を導き出したのだ。
一人の【有資格者】が所持する事が許されている魔冠號器は三つまでと決められている。故にメリッサさんやイヴリンさんは単騎での運用を暫定として自分が手にするにおいて最も扱いやすい魔冠號を最大数選別しているハズだ。
対して俺は集団での戦闘を意識している為、中央都市より各メンバーにあった
【終焉の刻】
【双頭の神喰らい】
【創造者の腕】
の三つの絶対兵器を申請、貸与されている。
しかし、今回対峙する魔物に俺は自分専用としていた【終焉の刻】を使用する事が出来ない。厳密にいうなら使う事自体は問題なく、手にすれば勝利は確実だろう。最もそれは周りの被害を考えなければの話だ。
この絶対兵器の能力は最凶とされる神毒を生み出すもの。町のどこかに潜んだ魔物と戦う際、もしこの災厄が漏れた場合。例を挙げるなら今いる下水道の水にでも混ざってしまった場合、この美しい故郷は瞬く間に壊滅する。それほどまでに危険なものなのだ。故にここでこの力を振るう事は出来ない。
つまり、いつぞやの森と同じくこの即席パーティー内で一番非力なのは俺という事になる。
【双頭の神喰らい】を装備こそしているが、これはリースのような巨人族が手にする事で真価を発揮する魔冠號器だ。俺ではその力を存分に解放する事は叶わない。
とはいえ、お荷物になるのはごめんだ。軽く頬を叩き気合を込め直す。
「 進みながら確認しよう。カイル君に魔物の事を教えてもらい私達も独自で調べたのだが、今回相手にしようとしている個体はおそらく金•5級とされている【ソリチュード】と命名されたものだと推測している 」
「 うへぇぇ……また金•5級ですか。こんな短期間に2体目って運が悪いのかなんなのか 」
「 記録によると、最後に目撃されたのは300年も前になるらしいわ。通りでこんな症状分からない訳よ。でも、どうしてカイル君たちはこの対処法とか知ってたの? 」
メリッサさんの問いに昔の記憶を呼び起こしてみる。
「 俺たちが昔体験したのは、その【ソリチュード】が創った森、そこにあった死骸から出た最後の毒をあのリースが吸い込んでしまったことが原因なんです。生きた個体が持つ毒じゃなかったのとルイスの森心術があったからなんとかなりましたけど、あの時は本当に焦ったな〜…… 」
「 【ソリチュード】が創り出す菌性毒は最終的に宿主を苗床に森を広げる。そう考えると怖いものだね、なんとなく足を踏み入れたそこが死骸の山から創られたものである可能性があるなんて……この町をそんな姿にはさせない!! 」
耳にギリっという恐らくイヴリンさんが決意を胸に拳を固めたのであろう音が入る。やはり彼女は町を護る騎士団という組織の団長に相応しいと思う。
この町を愛し、思ってくれている。こんな素晴らしい人が上層の立場にいてくれているという事実が、俺たちのような存在にはありがたいことこのうえない。
「 ……ついたわ、ここよ 」
メリッサさんの声で足を止めるが目の前には壁。てっきり横の開けた通路に曲がるものだと思っていただけに呆気に取られてしまう。
「 え?メリッサさん。ここ行き止まりじゃあ…… 」
「 りゅうりょくを使いなさい 」
俺にゆっくり言い聞かせるよう、また艶やかに向けられた言葉に思わず赤面してしまう。これが大人の色気とかいうやつか?
惚れてまうやろぉぉ!!!……という思いを押し留め、力の循環を開始。この童貞心を誤魔化すようにすぐさま感覚を鋭利にした。
周囲の植物によって汚水が浄化されているとはいえ、意識するとやはり少し臭う。しかし、それ以外には特に何も……いや、音か?。空気の音が何かおかしい気がする。
意識を聴覚に集中し、それを眼前の壁へと向ける。
「 これは……隙間風みたいな。もしかして、この先に開けた空間でもあるのか? 」
「 たぶんね、隠し扉ってやつかしら?なんでこんな所にあるかは分からないけど 」
俺たちの言葉を耳にイヴリンさんは壁へと手を這わす。そして少し考えるとゆっくりと思考を口にした。
「 この町は500年前の戦争ではエルフ族が陣取っていた場所だと記述されている。もしかしたら各種族に影から暗躍し勝利したという人間族が奇襲を仕掛ける為に身を潜めていた隠し部屋ようなものがまだ残っているのかもしれない……もしそうなら、これは研究所が大喜びな発見になるだろうね 」
「 500年前の遺産って本気で言ってます?……けど、絶滅しててもおかしくない300年前の魔物がこの先にいると考えると……まぁなんでもありになりますかね? 」
やれやれとため息を吐く。そしてそれぞれに解除のスイッチなどがないか手当たり次第に探るが、隠し扉というだけに中々に手強い。もしかしたら、そんなのもう壊れて残ってないのか?
「 う〜〜ん、ここでこれ以上時間を使う訳にはいかないわね。カイル君、【双頭の神喰らい】で一思いに壊してくれる? 」
「 え""!!? 」
「 もし本当に500年前のものならあまり乱暴にはしたくなかったのだが、仕方がないね 」
二人の視線が俺へと向けられる。
これは……やらないとダメなやつか?
やりたくない雰囲気を全開で解放の書を手にするが、彼女たちはそれに気付いてないのか、それとも「さっさとやれ」という思いなのかこちらへ向ける視線に変化はない。
俺は痛いのが大嫌いだ。ましてや自分で傷を作るなんてもっての外……ぜっっったいにやりたくない!!!
「 っっっ〜すぅぅ……あの〜、やっぱり!!貴重な発見物をぶち壊すなんてよくない!!良くないな〜〜!!!守ろう文化、文明!!大好き歴史ッッ 」
パチンッッ!!!
その瞬間、辺りに響く心地よいとさえ感じる音と共に頬へ鋭く心にくる痛み……え?俺ビンタされたの?
ジンジンと熱を発する頬へ弱々しく手を添え、俺を打ったであろうメリッサさんへと視線を向ける。
……笑ってる。綺麗な笑みだ。
「 ルイスちゃんから聞いてるわ、色々と。大丈夫ちょっと血を出すだけだから、ね?カイル君 」
「 ……あの、メリッサさん? 」
パチンッッッ!!!
再度くる衝動……恐ろしく早いビンタ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね……久々に泣きそうになるぜ
「 2度も打った師匠にも打たれたことないのに!!……あっ、普通にあるわ 」
しかし、俺は頑丈だ。
めちゃくちゃ痛いが血が出るほどではない。すると、それを察したのかメリッサさんは新たな構えを取る。
「 ッッッ!!!? 」
勝利のVサイン!!
え?つまりそれって目潰しじゃない?
「 メリッサさぁぁぁぁん!!!目潰しは冗談にならないです!!ご乱心、メリッサ様がご乱心じゃあぁぁぁぁ!!! 」
「 イヴちゃん、カイル君を取り押さえて? 」
そして騎士団長によるガッツリホールド。
動けない、なんという拘束力。いや、でもやっぱり目潰しは洒落にならないッッ
「 だだだ、団長殿ぉぉぉぉ!!!行き過ぎた暴挙!!これはあまりにもぉぉぉぉ!!! 」
「 観念したまえ、カイル君 」
先程の俺のようにやれやれとため息を溢す団長。
絶対絶命の危機!!
次の瞬間、メリッサさんの「えいっ!!」という元気いっぱい可愛らしいボイスの殺人拳が俺へと伸びる……
「 いぃぃぃやぁぁぁぁ!!! 」
そして来る衝撃、激痛。伴った音は「ズボッ」というもの。勝利のVサイン。それは俺の鼻孔へとすっぽりと収まっていた。
「 い"や"鼻"かぁ"ぁぁ"ぁい!!! 」
しかし、大出血である。
その後、俺は初である中央から発行され選ばれた者にしか扱えない書の封を鼻血で解放するのであった……ーーー
ーーーーーー
解放を果たした【双頭の神喰らい】の一撃で壊した壁の先には遥か下へと通じる長い石造りの螺旋階段が広がっており、俺たちはそれをひたすらに降っていた。相変わらず月光草が至る所に咲き茂っている為、光源が事足りるのはありがたい。
「 本当にこんなものが残ってるなんて…… 」
「 状態もかなりいいわね。これは研究所から発見報酬貰えるかもよ? 」
「 本"当"で"す"か"!!? 」
鼻に布を突っ込んで止血している為、声が変な事になってる。
女性から鼻に指を突っ込まれるなんて、滅多な事がなければ体験する事が出来ないだろう。ほんと、何か変なものに目覚めなくてよかったと心底思う。
うっすらと明るい環境でひたすらに進む為、もはやどれくらいの時が経ったのか分からなくなってくる。しかしそれも無限ではない。
いよいよ階段が終わりを迎える。そして目の前に広かったのは、更に予想外の光景であった……
「 これは!!……遺跡、なのか!!?まさかこんなものがあるなんてッッ 」
「 凄いわね、大発見じゃない…… 」
「 幾ら"く"ら"い"報酬"貰え"ま"す"か"ね"!!!? 」
眼前に現れたのは広大な空間。上の世界にある【ウィルキー総合病院】をそのまま持ってきてもまだ天井には辿り着かず、周囲の幅もまだまた余裕がある程に開けた場所。その中心には石造りの建造物。
その分野において知識の少ない者でも一見で理解出来るであろう古代のものであると思わせる創り、それは簡単に言うなら巨大すぎる台形であった。中に続く通路などは遠目では見あたらず、見えるのは下底から上底へと続く長い階段のみ。
何かの儀式にでも使うものなのだろうか?
しかし、俺たちの目的はそこをガッツリと掴み取るように蔦を伸ばしその上底で怪しく花弁を閉じた巨大な花であった。
鼻に突っ込まれた布を抜き取り、それを睨みつける。
「 イヴリンさん、あれが【ソリチュード】ってやつですか? 」
「 みたいだね、書物に載っていた姿と同じだ。最も本で見るよりやはり迫力は段違いだね。ここまで巨大だとは 」
そんな俺たちの言葉に気付いたのか、建造物に巻き付いていた数100はあるであろう大小様々な蔦が触手の如く蠢き始め、合わせて開かれる何枚もの巨大な花弁。そして雌蕊の代わりに現れたその中央には禍々しい牙を覗かせる顔のない口だけの化け物。
これが【ソリチュード】の正体。
おそらくあの蔦に捕縛されれば締め殺されるか、その牙に喰われるか……または容易に吐く事が出来るであろう菌性毒に蝕まれる可能性もある。どちらにせよ接近には特に気を使わないとダメだ。
「 予想してた10倍くらいはデカいですね、まぁこれ一体なら3人でなんとか 」
「 そうはいかないみたいよ? 」
間に入ったメリッサさんの言葉に「え?」と返すよりも先に空間へ響く複数の咆哮。
記憶に新しい脅威に急ぎそれを目視すると、そのあまりにもな光景に驚愕を抑えきれず、思わず後ずさってしまう。
「 ギガスベアー……後から研究所が付けた名だが、アレはカイル君たちが倒した個体だね 」
「 じょ…冗談じゃないですよ!!こんな数!!? 」
眼前に現れたのはかつて森で戦った金•5級の魔物。魔冠號器を装備した3人で挑み、どうにか撃退できたそれが……4体も立ち並んでいる!!
流石にこれは絶望的と言わざるを得ない。
現れた複数のギガスベアーはソリチュードを護るようにその遺跡前で威嚇をしている事から、おそらくアレらは既に菌性毒の苗床とされ主人たる巨大花へ絶対の服従を課せられているのであろう、かつて闘った個体の凶暴さを考えると眼前のそれらはあたりにも大人しすぎるのが何よりの証拠だ。
しかし、何故このような魔物がこんな場所にいるのか?
何故、ここまでの脅威が揃っていながら頭上のウィルキーは今の今まで無事であったのか?
謎は謎を生み、果てしなく広がってしまう。
動揺は汗となり全身を滝の如く流れ、呼吸は恐怖からか無意識に荒れている。しかし、そんな状況を前に傍で立つ二人は笑っていた。それはまるでこのような闘いの場を待ち望んでいたかのように……
「 まさか……やるつもりですか? 」
「 当然だよカイル君 」
「 まっ、私達にお任せあれってね 」
力強い顔を向けてくれる二人だがその刹那、ギガスベアーの一つが高らかな咆哮をこちらに、人の命など容易く奪い取る事が出来るであろう脅威を持つ、恐ろしい突進を始める。
气流力を循環。各感覚を強化。
後方にステップし、構えるが仁王立ちの如くその場に止まる騎士団の団長。彼女はゆっくりした動作で解放の書を手にすると、迷いなき決意の籠った言霊を口にする。
「 【資格者】イヴリン•アンジュリーナの名を持って、ここに力を行使する 」
眩い閃光を放ち始める書。そして流れるような動作で彼女はそこに封じられた二つの輝きを手中にする。
「 イヴリン•アンジュリーナの名を持って、ここに魔冠號器【炎龍の心臓】および【風を誘いし乙女】を行使する 」
彼女の手から溢れた力はその腰に下げられた美しい剣が持つ蒼き魔石、そして足甲に宿る黄橙の魔石へと還り、封じられていた本来の姿を顕現させる。
鞘から抜き取られ構えられるその両刃の宝剣。
幾何学的な文様が刀身を奔り、還ってきた輝きは赤き閃光へと変わりそれを辿っている。
高められる魔力、それは熱き力へと変換され、周囲を焦がしてゆく。
しかし、その間にも団長と脅威にある間合いは完全に埋まろうとしていた。
そして魔物が持つ絶対的な破壊力を宿した牙が彼女へと伸びるが、それがその柔らかい肉を貫く事はなかった。
風に舞う羽根の如き飛翔によってあっという間に回避、そして後方へと回り込んだイヴリンさんは魔物が纏う厚い体毛を、手にした宝剣を用いて貫きその刀身を硬い肉へと力強く潜らせる。
「 我が剣【炎龍の心臓】よ、その咆哮を掲げよッーーーー『火葬のその後』!!! 」
瞬間、彼女の口から放たれる滅びの言霊。それを鍵としたのか、魔石に宿る魔力が爆発的に展開される。
それは俺の知らない魔冠號器に秘められし力。言葉を通じ、魔力を瞬間的に増大させたのだ。そんな事出来るものなのか!!?
驚愕を浮かべるも、眼前から目が離せない。
イヴリンさんの全身、肉に沈めた剣が、柄に収まった蒼き宝玉から湧き出る猛る炎を纏う。そしてそれは彼女の強き闘気が籠った雄叫びによって魔物の体内へ流動。
すると、その意思に応えるように魔物からは全てを塵芥へと返す原初の炎が巻き起こり、瞬きをする暇もなくその巨大は天をつく炎の柱に包まれた。
爆発的な炎風が一帯に巻き起こり、俺とメリッサさんを除く周囲全てが焼け焦げてゆく。これはイヴリンさんの意思による制御なのか?……こんな事まで出来るのか!!?
荒ぶる炎柱から漏れ出る悲痛の叫びはない。なぜならそれを上げる前に全ては焼け焦げ、声を出す姿さえを失っているからだ。
俺はただ、目の前で起こった圧倒的な闘いに呆けるしかできなかった。
「 ……俺たちが苦労して倒したヤツを一撃で、それにあの技みたいなの、あれって……一体なんなんだ!!? 」
「 カイル君。そう気に病む事はないよ、私の力と今回の魔物たちは非常に相性がいい、ただそれだけさ 」
「 後は、カイル君もまだまだ強くならないとねってこと 」
先程まで脅威であったその一つはもはや存在すらない塵へと変わり果てている。
炎の宝剣【炎龍の心臓】
それを手にする彼女。イヴリン•アンジュリーナの背は、まるで天からこの地に舞い降りた戦を司る女神のようであった……ーーー




