僕たちは将棋のやり方が分からない
恋愛ものを書こうとしたら、コメディーものになってしまった。
一応、登場人物は全員高校生だと思ってください。
「これで勝った方が蜜柑に告白するってことでいいか、健也?」
「オーケーだ、和斗」
「「それじゃあ、勝負だ!」」
そうして、僕たちは向かい合う。僕は正座で、和斗は胡坐をかいて。将棋盤と駒を挟んで……。
☆☆☆
「将棋ができる人ってかっこいいと思わなぁい?」
すべては僕の幼馴染である有田蜜柑の一言から始まった。とある休日、僕__健也と幼馴染の有田蜜柑、そして、親友の和斗の三人は家で何もすることがなく各々が適当にゴロゴロしていた。
そんな中、テレビを見ていた蜜柑が将棋のルールを知っているのかよくわからないが、僕たちにそういってきた。
そこで食いついたのが僕と和斗だった。僕たちは蜜柑のことが好きだった。僕たちはいつも、蜜柑を好きなのは俺だ、いや僕だと張り合ってきた。
そして、今回は将棋バトルということになった。しかし、大きな問題があった。
それはこの場に将棋のルールを知っている人がいないということだった。少なくとも僕は知っていなかった。精々知っているとしてもオセロぐらいしかボードゲームのルールはわからなかった。
そして、同時に和斗も知っているとは思えない、だけどもし、和斗がルールを知っていたら無条件でこの恋愛勝負は僕の負けとなってしまう。
であるからして、僕は将棋のルールを知っているふりをしなければいけない。というわけで僕がまずしなければならないことは……。
「先行はあげるよ、和斗」
「なっ!」
そう、まずは相手の出方をうかがうことだ。ここで和斗が万が一変なことをしたら、彼はルールの分からない敗北者となり下がるわけだ。ふふふ、どう出る、和斗。
苦しげな顔を浮かべながらも和斗は駒を動かす。
「じゃあとりあえず」
そう言い。
「この『歩』くっていう駒で『王』に攻撃」
「えっ!」
この『歩』くという駒がなぜか『王』に攻撃している。これってそういう動きするの? と僕は思う。
「すごーい」
知っているのか、知っていないのよくわからない気の抜けた声で蜜柑が喜んでいる。つまり、セーフ……ということだ。
なら僕は……。
「じゃあ、この『金』ってやつでガード!」
そうして、『歩』く駒の攻撃を防ぐ。
「健也君はそう来たかー」
蜜柑がオーケーサインを出している。よって……セーフだ。
「やるな、健也。だが、これならどうだ!」
そうして、和斗は『歩』く駒を四つ同時に動かし……。
「『王』に一斉攻撃だああああああああ!」
「なんだとおおおおおお!」
なんと、『歩』く駒での一斉攻撃。なんという作戦! っく、先行を譲ったのは間違いだったか。
「なんて、迫力なの。和斗君」
将棋って迫力とかあるゲームだっけと思った。でも、蜜柑が言うなら。将棋には迫力があるのだろう。
おい、和斗。蜜柑に褒められて鼻の下を伸ばすんじゃない。くそっ、迫力というならこっちだって。
「なら、僕は『王』に『金』と『銀』を装備する!」
「装備だと!?」
「これで『王』は簡単にはやられない!」
そう、僕は今の今まで隠していた切り札を使った。これで『歩』く駒では『王』を倒すことはできない。まさか、成金がやたらと金や銀などの高価なものを身につけたがるという知識がここで役に立つとは思ってもみなかった。
「行け、『王』! 『歩』く駒どもを薙ぎ払え!」
「くっ! 俺の『歩』く駒たちが全員やられただと?」
「そして、僕の『王』は、『金』と『銀』を装備したことにより二回行動が可能だああああ!」
「なんだとおおおお!」
そして、僕は和斗の陣営にいる『王』に直接僕の『王』で攻撃する。
「させねえ、俺の『飛』ぶ車と『角』でそれをガードする!」
なんだと、まさか仲間を犠牲にしてまで生きたいというのか! なんて下衆野郎なんだ! だが僕はそれも読んでいる。
「じゃあ、僕も『飛』ぶ車と『角』でそいつらのガードをガードする」
「ガードをガードだと!?」
これで和斗の『王』を守る手段はなくなった。
「これで詰みだあああ!」
「ぐわあああああああ!!!!」
やったぞ、これで僕の勝ちだ。よし、これから蜜柑に告白しよう。おもむろに和斗の方を見る。和斗は負けてしまってか肩を震わせ泣いている。顔はあまりのショックのため、手で覆ってしまっている。
しかし、これは勝負なのだ。どちらか一方は勝ち、どちらか一方は負ける。仕方のないことなのだ。自然の摂理っている奴だ。だが、今まで争ってきたライバルなのだ。僕は和斗をねぎらおうとした。その時……!
「なあに、勘違いしてんだ?」
最初はだれが言っているのかわからなかった。まるでこの世の悪を底に詰め込んだかのような、地を這い、響き渡る、おどろおどろしい声。
だがその答えはすぐに分かった。目の前の男だ。和斗は顔を覆っていた手を開く。
和斗は悪魔のように笑っていた。
「ど、どうして、笑っている! 何が面白いというんだ、答えろ和斗!」
「よく見ろ!」
そうして、和斗はやられたはずの自分の『王』に指をさす。何の変哲もない『王』にしか見えない。
「これは『王』ではない」
「ど、どういう意味だ!?」
「まぁだわからないのか?」
僕はじっくり和斗の『王』を見る。そして気づく!
「……こ、これは」
「そう、これは『王』ではない、これは『玉』。影武者さ」
僕が『王』と思っていたのは王ではなく、王の影武者『玉』だったのだ。じゃあ、本物の『王』は?
「本物の『王』はここさ」
そして、和斗は自分の陣地にいた『香』り車を裏返す。するとそこには王と書かれ、将棋の駒の形に器用に切られている紙が貼り付けられていた。
「保険を張っていたのさ、健也なら間違いなく俺の『王』を取ってくると思ってね」
「くそ! 『王』を取ったと思ったのに……」
何て作戦を取ってくるんだ。これで僕は実質、『王』を二度も取らなけらばならないというわけか。流石ライバル。
「でも、和斗のフィールドにはもう戦力は残っていない。そして、僕には『金』と『銀』を装備した『王』が残っている。つまり、和斗、君に勝つ手段はない」
「あまいなア!」
すると僕が倒したはずの『飛』ぶ車と『角』野郎を取り出し……。
「変形合体! 出でよ、超絶合体魔人フライホーン!!!!」
「変形合体だとおおおお!!!!」
そうか、和斗は戦隊ものが好きだったのを忘れていた!! なんていうことだ、僕としたことが失念していた。あんなに小さいはずの駒が、まるで高層ビルよりも大きな合体メカのように見える。
「……これで盤面はそろったというわけだ、健也」
「……そうだな、和斗」
僕と和斗は唾をゴクリと飲み込む。まるで周りの空気が止まったかのような、今、僕と健也しかこの世界にいないような感覚に陥る。
一瞬も相手の動きを見逃さないように目をカっと開いている。確か、和斗はドライアイだったはずなので痛そうだと思ったが、これを考えていること自体が油断につながる。忘れよう。
一体何をしてくるのか全く両者、わからない。文字通りの最終決戦。決着は一瞬で着くだろう。まるで、子供のころにお父さんに見せてもらった荒野でガンマンが一騎打ちする映画のワンシーン。
今ならこの映画の中の人物がどんな緊張感を持っていたのかが分かるような気がする。
勝負は一瞬だ……。
「ねえー、パンケーキつくったよー」
その気の抜けた声に僕たちの意識が覚醒する。えっ、なに? と。そこにいたのは僕たちが取り合っていた幼馴染__有田蜜柑だった。
さっきまで僕たちの試合を見ていたはずなのに、いつの間にかその手にはパンケーキの積まれた皿を両手に持っている。
「だから、パンケーキつくったからはやくたべよ」
「「いやでも……」」
「私のつくったやつ、結構上手にできたから早く来ないとなくなっちゃうよ」
「行きます!」
「えっ、和斗!?」
そんな! と僕は和斗を見る。まるで裏切られた気持ちだ。そして僕は、名残惜しそうに将棋盤を見る。あと少しで決着がつくというのに。そんな僕に和斗が僕の肩をたたきながら。
「将棋よりも蜜柑のつくってくれたパンケーキのほうが何倍も大事だろうがア!」
「はっ! た、たしかに……」
確かにこんなばかばかしいルールのゲームよりも蜜柑が作ってくれたパンケーキのほうが大切に決まっている。そんな簡単なことに気づかないなんて……。そして、それに気づいた和斗は僕よりも先を行っているということ。
「……次は絶対負けない」
「なんか言ったか、健也?」
「いや、なんでもないよ、和斗」
そうして僕たちは蜜柑のパンケーキを求めてこの場から去るのであった。
将棋盤と駒は無残に残されたまま……。
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