窓辺の彼女は何を思う
新入生の勧誘に必死な各部員たちの間を抜け、校門を潜って校舎に入る。昇降口を抜けて階段を昇り、教室のドアを開けて真ん中後方の自分の席に着く。
「直ちゃん。あの子が神楽椋さんだよ」
俺の右隣に立つ凛の視線を追ってみる。——窓際左端の後方に件の少女はいた。
誰とも話すことなく、開いた文庫本に目を落としている。
横顔しか見えないのが残念だが、かなり整った顔立ちをしている。
髪は黒髪ロングを真っ直ぐ下したストレート。目つきが鋭いためにやや攻撃的なイメージが先行するも、線の細さと姿勢の良さからくる落ち着いた佇まいは、大和撫子のようでもある。
身長は凛と同じくらいに見えるが、肝心の胸は凛よりもやや大きい——多分D——ような気がする。
「すげえ可愛いな、神楽さん」
「だよね。身体細いし、肌もキレイだから憧れちゃう」
女子の目から見ても神楽さんは上位のルックスを誇るようだ。……まあ、かくいうこいつもかなり可愛い部類ではあるんだがな。
再び神楽さんを目の端で眺めるも——ふと、その唇に目がいった。
プルっと艶やかな唇は口紅のコマーシャルに出てくる女の子のように潤っていて、とても瑞々しい。薄ピンクのキレイな色合いは桜の花びらのようで、桜の木の近くを通り抜ける度に、神楽さんのそれが目に浮かぶようになりそうだ。
「……直ちゃん、なんか凄く気持ち悪いこと考えてない?」
「おそらく気のせいだろう」
「テキトーなモノローグ調のセリフで誤魔化さないで」
「そういや、今はお花見シーズンだったな」
「直ちゃん、あなたは何を言っているの?」
言葉の覚束ない子供をあやす母親のような調子で言ってくる。……俺は二歳児か。
もう少し観察したかったが、幼馴染の視線が険しいのでこれぐらいにしておく。
神楽さんは静かに本を読み続けている。そこで俺は、一つ違和感を抱く。
「(なんで誰も声を掛けないんだ……?)」
これだけ容姿端麗であればかなりの人気を誇るはずなのだが、彼女の周りには誰もいない。むしろ、周りの生徒はどことなく彼女を避けているようにも思える。
「凛、なんで神楽さんは誰とも喋ってないんだ?」
「あー……そう言えば、直ちゃんはアレ知らないんだっけ?」
「……アレ? アレって何だ?」
「うーん……ここではちょっと」
凛は困った顔をして、指で頬をかいている。なんだか話し辛そうな雰囲気だ。
「神楽さんって、もしかして何かあるのか?」
俺は気になって問いかけるも、凛は俯きながらなにやらブツブツと呟いている。
「あのとき直ちゃん……だから、知らなくても……」
「……凛? どうした?」
目の前で手を左右に振ってみると、それに気付いた凛がハッとしたように目を見開く。
「あ、ごめん! ちょっと考え事しちゃってた」
「……まあ、別にいいが。というか神楽さんに話し掛けないと」
そこで俺が席を立とうと、机に両手をついたところ——
「はいお前ら、席に着けー」
教師が教壇に歩みつつ着席を促してくる。……ったく、絶妙なタイミングで来やがって。
数学教師の「教科書四ページを開いて―」という声を聞き流しつつ、神楽さんを視界の端に捉えて観察する。
——窓の外をぼんやりと見つめている。
片肘をついて外の景色を眺める神楽さんの横顔は、どこか物憂げに見えた。