表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/43

幼馴染と過ごす夜

「凄かったね、神楽さん」


 夕食を食べ終え、向井家自室にやってきた凛が言った。


 あの後、俺たちはまっすぐ家に帰った。凛は興奮冷めやらぬ様子だったが、気持ちを落ち着ける意味も兼ねて、各々自宅で夕飯までの時間を過ごすことにしたのだ。


「一体何だったんだろうね?」


 そう問いかける凛の声は弾んでいる。こいつは昔から超常現象とかが好きなタイプだ。たまにやるその手の特番とかは欠かさず見ているらしい。何がそこまでこいつを突き動かすんだろう。訊いたら数時間語り尽くされそうなので、絶対訊かないが。


「さあな。俺に訊かれてもわかんねえよ」


「さすがにドッキリ、とかではなさそうだけど……」


 凛は黙って考えこんでいる。考えても答えが出るようなもんじゃないとは思うが。


「というか、本について調べるんじゃなかったのか?」


「そうだった! 直ちゃん、何かわかった?」


 凛が来るまでの間に例の本について調べていたので、それについて答える。


「何もわからん。ほぼ全てのページが訳のわからん文字で埋め尽くされてるし」


 俺は若干投げやりに返答しつつ、手に持った本をもう一度観察してみる。


 大きさはB5サイズと一般的であり、厚さもそこまで分厚いものではない。手に持つと少し重いかな? と感じるくらいで、この辺りは一般的な書籍との違いを感じない。


 しかし、黒紫の装丁はどこか不気味な雰囲気を醸し出しており、高級な素材を用いているからか、滑らかでとても触り心地が良い。表紙には丸い球体の上にデカい鳥が乗っている奇妙な絵が描かれているが、自然と見つめてしまうような不思議な魔力を秘めている。


 そして本の中身についてだが、これは先ほど言った通り最初から最後まで、ほぼ全てのページが謎の文字で埋め尽くされている。大きな文字で書かれた見出しもあり、また奇妙な図形が描かれていたりするところは『ヴォイニッチ手稿』に似ているかもしれない。


「ちょっと見せて」


 手を伸ばしてきた凛に本を渡す。手持無沙汰になった俺は部屋の冷蔵庫を空け、飲みかけのリ○トンレモンティーを飲み干し、紙パックをゴミ箱に投げつける。……よし、イン。


「なんだろうねこれ、見たことない文字と変な絵ばっかり。直ちゃんは何かわかる?」


「さあな。俺に訊かれてもわかんねえよ」


「表紙の鳥と球体はどういう意味があるんだろう?」


「さあな。俺に訊かれてもわかんねえよ」


「その言葉、次言ったら叩くから——ねっ!」


「いてっ! もう叩いてんじゃねえか!」


「真面目に考えてよ。……あれ? このページはちょっと変わってるね」


「どれ?」


 凛の傍に近寄って、その変わったページとやらを覗き込んでみる。


 よくわからない図が左のページに、それを解説するような謎の文字が右のページに記されているが、左のページにある図がひときわ異彩を放っていた。


 手を取り合う人間二人の頭から一本ずつ、内側に向かって斜め上に両矢印が伸び、その二つの両矢印が向かう先には一人の女性が描かれている。人間はデフォルメされているため、特定の個人を描いたようなものではない気がするが、これは……?


「この二人の子供……ってことなのかな?」


「どうだろう、なんかそういうのではない気がするんだが……どちらかといえば『合わせる』みたいなニュアンスを感じる」


「確かにそれはあるかも。でも人間を合わせるの……? なんか気持ち悪いね」


「まあそういうニュアンスを感じただけで、実際はもっと違うかもしれんし」


「うーん、これは中々に難解だね」


 そもそも文字が読めないから、難解とかいう以前の問題だと思う。


「ねえ直ちゃん、これ最後の二ページだけ妙に新しい気がしない?」


 本をじーっと眺めていた凛が、新たな疑問を口にしてきた。

 俺は少しだけ気になったので手を伸ばし、本を受け取って確認してみる。


「……確かに。なんかサラサラしてる感じだな。あと、汚れも全然ない」


「でしょ?」


 他のページはザラついていたり薄茶色に変色していたりするのだが、後ろの二ページだけ後で追加されたかのように白く真新しい。……どういうことなんだ?


「でも、なんかワクワクするね」


 凛の目はキラキラと輝いていた。……お前、ほんとこういうの好きな。

 若干呆れながら本を返す。凛は本を左手で支え、右手でページをパラパラと捲っている。


「表紙の鳥と球体はよくわからないけど、変な文字と図形がいっぱい書いてあるから『ヴォイニッチ手稿』みたいだね」


「俺も同じこと思った。そういやヴォイニッチ手稿って結局解読されてないんだったか?」


「……ふふ、仕方ない。このわたしが全てを教えてあげよう」


 凛はニヤリと笑みを浮かべ、唐突に知識ひけらかしモードに入る。まずい、スイッチを入れてしまった。こうなったら長いんだよなこいつ……。


 凛は人差し指を立てて、得意げに語りだした。


「ヴォイニッチ手稿は一九一二年にイタリアで見つかった古文書のことで、この名称は発見者の『ウィルフリッド・ヴォイニッチ』から来ているの。特殊な文字による何かの説明のような文章と未知の植物のような図が多数描かれているけど、未だに解読されていないんだよ。暗号の天才と呼ばれた『ウィリアム・フリードマン』が解読に挑戦したけど——」


 自身の蘊蓄を滔々と語って聞かせる凛だが、正直全くついていけません。

 というか、一介の女子高生のくせにヴォイニッチ手稿について詳しすぎないか? 多分例の特番とかで得た知識なんだろうな。


 放っておくと永久に語られそうなので、ここらでストップをかけることにする。


「オーケーオーケー。もう十分わかったよ」


「えーほんとに? ここから悪の組織『ビブデバビデブーン』との戦いが勃発する、熱いシーンなのに?」


「いつからそんな話してたんだよ! てかださい! そのベビー用品みたいな組織名!」


「組織のトップスリーは上から順に『バブ、ビブ、デブ』よ。この三人は派閥が別れていて、いつも裏で争っているの」


「いらねえよその補足情報! いいからこの話はこれで終わりな!」


「えー、まだ話し足りないのに。仕方ない、次回『謀反』はまたの機会に」


「裏切ってんじゃねえか!」


 クスクスと笑う凛。……この状況、絶対楽しんでるよなあこいつ。


「ねえ直ちゃん、もっと面白い話して」


「いきなり最高レベルの無茶振りかますのやめろ」


「『こんな直ちゃんはイヤだ』。どうぞ!」


「何その『身を削った大喜利』。自分を追い込む自分が何よりもイヤだわ」


「あははっ」


 凛は楽しそうに笑っている。幼馴染と過ごす賑やかなひと時は、心の隙間を埋めてくれる。……家族のように接してくれる凛とのバカ話は、とても楽しい。


 不思議な本そっちのけで、俺と凛はしばらく、他愛もない雑談に興じた。


「——あ、もうこんな時間」


 チラッと壁掛け時計を見た凛が呟く。雑談しているうちに結構時間が過ぎてしまった。


「とりあえず、今日はここまでにしとくか」


「そうだね。あ、明日さ、神楽さんにちょっと訊いてみようよ!」


「訊く? 訊くって何を?」


「もう、直ちゃん気にならないの? この不思議な本の出現と神楽さんの不思議な炎。突然現れた二つの奇妙な現象、何か繋がりがあると思わない?」


「んなこと言われてもなー。本は悪戯とかの類かもしれないし、神楽さんのアレは……目の錯覚とかだったりしてな。もしくは同じ幻覚を見た、とか」


「そっちの方がありえないでしょ。本も悪戯にしては手が込みすぎ。大体、悪戯っていうのはされた側の反応を観察して楽しむものじゃない。直ちゃんが仕掛け人じゃないとしたら、わたしたちの反応を観察してる人が他にいたっていうの?」


「もしかしたらいたのかもしれないぞ? それか本当にカメラでも付いてたりしてな」


「怖いこと言わないで。とにかく、明日は絶対神楽さんに訊いてみるんだからね!」


「うーい」


「ちゃんと聞いてるのかな……」


 テキトーに返事する俺をジト目で睨みながら、凛は玄関へと向かう。

 後ろに続いた俺は、三和土で靴を履く凛に向かって別れの言葉をかける。


「じゃあ、また明日な」


「うんまた明日。おやすみなさい」


「おやすみー」


 軽く手を振りながら、ドアを開けて向井家を去っていく凛を見送った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ