プロローグ
「キスをしなさい」
夜も更けた玄関先、月明かりに照らされた銀髪の少女は開口一番に告げてきた。
「……え?」
「だから、キスよキス」
キス。男女で行う口づけのことだろう。接吻やベーゼとも言うらしい。
ちなみに目の前の少女は初対面であり、幼馴染で十年来の付き合いがあるわけでもなければ、ロマンチックな出会いから運命を共にして敵対組織に命を狙われる危機から逃げ切った先の告白、なんてわけでもない。
「…………えっ、キス?」
「何を呆けているの?」
「いや、初対面の女子にいきなりキスを迫られるなんて誰が予想できる……?」
「何を言っているの……?」
銀髪の少女は見せつけるように大きく溜息を吐いた後、俺にスタスタと歩み寄って右手で俺の左襟を、左手で右の二の腕辺りを掴んでくる。
「え、ちょっと待って、まだ心の準備が——」
いきなり迫られた女子みたいなセリフを吐く俺を無視し、少女は振り子のように大きく右脚を振りかぶり、その反動で俺の右脚を後ろから刈る。
「っぐえ!」
勢いよく床に倒されて一本取られる。自分より体格の小さい女子に、見事な大外刈りを決められた瞬間だった。
「——って、いきなり何すんだお前!」
受け身を取ってなかったら怪我してたぞ。……親父に仕込んでおいてもらって良かった。
「誰がワタシとしろと言った?」
俺の抗議を無視した少女は冷たい目で見下ろしてくる。あ……これは良い、かも。
「……とはいえ、これは中々に気持ち悪いわね……って、そんなことよりも——」
何やらブツブツとぼやいた少女は傍に座り込み、俺の顔を覗き込んでくる。
「(めちゃくちゃキレイだな……)」
少女の顔立ちは実に端整であった。だが、特筆すべきはその特異な容姿だろう。
思わず目を奪われる艶やかな銀髪、ジッと見つめていると吸い込まれてしまいそうな、宝石のような輝きを持った瞳。その色彩は左右で異なり、左はエメラルドブルー、右はガーネットのような黒みを帯びた赤。身に纏うドレスも漆黒で異質なオーラを放っていた。
「いなくなったご両親を、取り戻したいと思わない?」
「——!?」
俺の顔を覗き込みながら、少女は唐突に問いかけてきた。
「……どういう意味だ?」
「ワタシに協力すれば、アナタのご両親がどこにいるか教えてあげると言っているの」
「……なんだと? お前が攫ったのか!?」
「攫っただなんて人聞きの悪い。ワタシは居場所を知っているだけよ」
「一体何が目的だ!? ふざけるな!」
「ふざけてない。ご両親を取り戻すためにも速やかに協力しなさい」
突然現れてそんなこと言われても、全く理解できない。
何がどうしてこんなことになったのか。気持ちを落ち着ける意味も兼ねて、俺はここに至るまでの経緯を思い起こすことにした。