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タイム・次元スリップしました  作者: 毎日が日曜日
9/12

9話 夏祭り後編 (1985年7月その3 午後)

早紀のアパートから帰宅する途中の出店で、三久と静の分の焼きトウモロコシとイカの丸焼きを買って帰った。たこ焼きにするか迷ったが、炭水化物の取りすぎを避けるために止めることにした。



「ただいま。」


テレビの音は聞こえるが返事は無かったので、三久は外出しているのだろう。団らん室に行くと静は煙草を吸いながらテレビを見ていた。丁度、サスペンスドラマのクライマックスなのか、無意味に崖の近くで女の人が得意げに謎解きを披露している。お約束を見ていると安心するよね。


「母さん、良かったら食べてね。少ししたらまた祭りに行くから。みぞっちと泉美ちゃんと。夕ご飯もみんなで食べる予定だから8時前には帰ってくると思う。」


静は煙草を消して、イカの丸焼きを食べ始める。焼きトウモロコシの入った袋を冷蔵庫にしまい、代わりに麦茶入れを取り出す。二つのコップと麦茶入れを持って団らん室に戻り、麦茶を飲んだ。


『ワン』


暫く一緒にテレビを見ていたが、そろそろ約束の時間なので、青のりが歯に付いていないか確認も兼ねて、歯磨きをしてから出かけた。



いつもの集合場所に約束の5分前に到着すると、智則と泉美は既に待っていた。二人だけで会話しているのを見たのは初めてかもしれない。異性と会話をしていると小学生特有の男たらし、女たらしと周りの同級生が囃し立てることは普通にあり、普段の集合時間でお互いに話しかけることは恐らく避けていたのだろう。


「ごめん、待った?」

「やまちゃん、僕もさっき来たところ。泉美ちゃんは僕よりも前に来ていたようだけど。」

「私も智則君がくる少し前に着いた。真矢君、こんにちは。」


泉美は薄紫色の浴衣を着て黒字に紫の紐の下駄を履いている。中々似合っている。


「こんにちは。泉美ちゃん、浴衣似合っている。紫色だと何だかとっても大人っぽいね。」

『ワンワン』


泉美は赤面しつつもはにかみながら小さくありがとうと言った直後に智則がからかうように言った。


「やまちゃん、エロイ、大人、恥ずかしい。」


そうだ、今の僕は小学4年生で、普通、心の中で思っていても恥ずかしくて言えない年頃だ。でも、前世の記憶の為か泉美に対してはもちろん、肉体年齢が上の相手にもたいていの場合は保護者気分になって対応してしまう。泉美とは前世でも縁があったので余計にそのように思えるかもしれない。まあ、僕は僕だ。俺ではない僕の人生なので余り考えすぎても仕方がない。



「みぞっちもホントは似合っていると思っている癖に。大人は照れずに相手を喜ばせる言葉をサラッというものだよ。」


僕はオホンと咳払いをして智則の肩を叩く。二人はやっぱりねーと言いながら待っている間にしていた話を教えてくれた。どうやら智則から僕が頭を打ってからの行動や態度が変わったことを聞いて泉美も心当たりがあったのかそうだよねと違和感を分かち合っていたようだ。


「ともかく、みぞっちと泉美ちゃんが仲良くて嬉しいよ。そろそろ出かけよう。」


<いこっか。>


カランカランと響く泉美の履く下駄の音色が心地よい。智則は昨晩家族と公園の船の上でくつろいだようだ。泉美は家族と一緒に祭りを回ったようだが、父親の牧 馨は仕事柄写真を撮影することが多く、祭りを見て回る人を見て回り、泉美にとってはそれを写真に収める父の付き添い状態だったと少し不満を漏らしていた。アルミ缶の上にあるみかん、みたいな何だかダジャレのようだ。とにかく、泉美の父親が言うには日が暮れてからの祭りと門前町の組み合わせは鉄板なのだそうだ。



僕達は歩きながらそれぞれの予算から食い気か遊びかどちらを優先するか相談している。僕は昼の残りの二千四百円を持っているが、事前にみんなで決めた予算は千円ずつで子供同士で出かけるなら妥当な金額だ。


「まず、食べ物を優先するか、遊びを優先するか、多数決を取りたいと思います。」


僕と泉美が遊びを選んだので、遊び優先になった。


「祭りならではの物を食べてから遊びに回ろ。僕、お昼抜いてきちゃった。」


智則の提案で五銭焼きとかき氷を買うことになった。五銭焼きは地方ごとに名前が違うだけで、大体は大判焼きサイズのお好み焼きだ。ただ、サイズがお好み焼きより小さいので量は少ないが安くて美味しいので子供には人気の食べ物。かき氷についての言及は不要で、

色が違うだけで同じ味のシロップをおしゃれなネーミングにして、水分を補給するあれだ。お店で食べる高級なかき氷は別物らしいが注文したことが無いので分からない。



さて、どの露店で遊ぶのかは少し揉めた。ヨーヨー釣り、あるいはボンボン掬いに関しては満場一致で決定した。ただ、子供にとって祭りならではのギャンブルであるくじ紐は意見が真っ二つに分かれた。智則は強硬に賛成を主張し泉美は反対だ。


泉美に言わせると輪投げや射的も景品目当てではあるが、たとえ取れなくても遊び単体として楽しいのでありだが、くじ紐はあり得ないようだ。普段、紐を引っ張っても全然楽しくないから遊びですらないと主張するので確かに理解できると僕は同意した。


一方、智則も負けていない。くじ紐とはいわば知能ゲームなのだ。適当に紐を引っ張るのはあまちゃんで、僕の様にベテランになると店主の顔色を窺い、探り、ちょっとした表情に違いを見つけ出し大当たりに繋がるただ一本の蜘蛛の糸を手繰り寄せる心理戦なのだと。この辺りから智則の目は怪しく光り出し、早口になり出したの。おっ、おおと同意ともとれる曖昧な返事をしてしまい、智則はこれを都合が良いように賛成と解釈したようだ。



結局、輪投げと射的はみんなで遊ぶことになり、残りの二百円で智則はくじ紐、泉美は型抜き、僕はピンポン玉投げをすることにした。最後の百円は喉が渇いた時のためのジュース代である。


『ワンワン、真矢、僕も何だかくじ紐が無性にやりたくなってきたけど、それほどギャンブル要素のある遊びなのかい?それとも単に智則の熱量が異常に高いだけ?』


僕は左で掻いた後、すかさず右手で頭を掻いたので先ほど皆で取ったヨーヨーがボヨンボヨンと跳ねた。



輪投げは百円で射的は二百円なので、射的の景品がちょっとだけ豪華だ。輪投げの結果、3人とも駄菓子を取ることが出来た。しかし、射的は泉美が意外な才能を見せ、買えば千円程度する〇ルンですを手に入れた。泉美に流石、蛙の子は蛙だねと褒めたつもりだったが微妙な顔をされてしまった。慌てて説明する。


「今日の思い出を写真に収めることが出来るからどんな景品にも負けないよ。」


やっと納得できたのか公園で写真を撮ろうねと微笑んでいる。僕と智則は見たことのないキャラクターのキーホルダーを取れたが、特に何の感慨もない。明日には忘れられている存在だろう。



さて、いよいよ、決戦の時である。智則にとっては。僕と泉美は固唾を飲んで見守る訳もなく、智則のテンションに悪乗りして煽った。


「智則君、今こそ君の秘められた力を解放するときだよ。」


泉美が設定したのは地下にとらわれた親友を助ける友情物語のようだ。単に特賞の景品がマリ〇ブラザーズだったからだ。


「そう、その左手に宿る古の封印を解放し、悪の大王から髭もじゃの親友を解放する最後のチャンスだ。」


露店のおじさんが誰が悪の大王だと呟き、しかし、のってくれた。


「儂を倒すにはこの中からたった一本の聖なる、あ、えっと、とにかく二百円だ、兄ちゃん」


智則は代金を支払うとルーティンなのか無駄のない無駄な動きを始めた。何が始まるか注目していると、選ぶ紐とおじさんの顔の表情の変化を手掛かりに正解の一本を必死に探している。暫くして悪の大王から非常な宣告が告げられ智則の動きが止まった。


「紐を選びなおしていいのは3回まで、次の一回が最後だから、さっさとしてくれ。」


流石にこれ以上は付き合いきれなくなって面倒になったのかホラホラと急かす。




泉美は型抜きでも惜しい所まで行ったが、最後に少し、牛の角の部分でひびが入ってしまい残念賞の飴を貰っていた。僕はピンポン玉投げでオモチャの指輪を取って、お約束だからと泉美にあげた。泉美は何の約束なのと言いながら受け取ってくれた。



公園に着いた時、店じまいをしていた露店のお姉さんがラムネをご馳走してくれた。祭りの最終日にはこうして子供相手に色々と持て成してくれることがある。


最終日の片付けも粗方終わったのか、地元の関係者らしき一段がお疲れ会と称してテントの中でお寿司をつまみながらお酒を飲んでいる。労いの意味を込めての小規模の打ち上げ花火をそろそろ挙げるらしい。


午前中に早紀と祐樹と乗った消防車の近くにあるジャングルジムに登る。花火の打ち上げまでまだ時間がありそうなので、泉美が景品で獲得した〇ルンですで写真を撮ることにした。


泉美、智則、僕と順番を交代して、3人一緒の写真を撮影していなかったことを思い出したので、近くに来たアベック(カップル?、今でいうパートナー)のお姉さんにお願いする。


「一足す一は?」

<に!>


ありがとうございましたとお姉さんにお辞儀をしてカメラを受け取る。


「泉美ちゃん、良かったら写真を現像したら、焼き増しをお願いします。」


智則も僕も欲しいと言い、泉美はもちろんと快く引き受けてくれた。打ち上げ花火をセットしている大人の動きが忙しくなってきたので、ジャングルジムの天井に登る。



《ヒューン、ドン、パラパラパラ》


一筋の光が残像を残しながら特徴的な音と共に夏の夜空に打ち上げられ閃光による満開の花を咲かせる。時間差でまず爆発音、そして祭りの終わりの寂しさを表すかのように燃焼の終了音が続く。前世で僕が見ていたのは、いや、やめておこう。気を取り直して掛け声をかける。


「たまや。」

「かぎや。」


おっと、泉美は博学のようだ。智則は良く分からないようだが、花火を見る時の掛け声でたまやと言うことは知っているらしく、たまや~、たまや~と連呼している。ほんの数発で終わってしまったが祭りの締めにはピッタリだ。



智則が来年も一緒に来たいねと僕達に向かって微笑んでいるが泉美の顔が少し陰ったので心配になった。僕はそろそろ帰ろうかと言ってジャングルジムを降りる。



集合場所まで到着したのでバイバイと言って智則と別れる。泉美とは同じ棟で僕の部屋は4階で泉美の部屋は6階だ。エレベーターに乗り4と6のボタンを押すと泉美はRの屋上のボタンを追加で押した。


「真矢君、ちょっとだけ屋上で話さない?」

「いいけど、あんまり遅くなると、家の人が心配すると思うから5分なら大丈夫。」

「ありがと、」



屋上に到着すると団地内の複数の家族が花火をしていて、そのうちの一人のおばさんが、あら、いずみちゃん、こんばんはと挨拶している。泉美と同じ階の住人のようだ。泉美もこんばんはと小さく返すだけで、世間話もしなかったのでそれほど親しい訳でもなさそうだ。


泉美に手を引っ張られあまり人のいない場所にやってきた。


「私ね、小学校を卒業と同時に引っ越しして来年から私立の学校に通うことになると思う。勿論、受験に合格してからだけど、もしだめでも、お父さんの仕事の都合で転勤することは決定しているからどっちみち引っ越すけどね。」


「そうなんだ。寂しくなるね。」

「私の方が寂しいよ。」


泉美は大きくため息をしている。


「前から聞きたかったけど、どうして泉美ちゃんは僕達に親切にしてくれるの?」


「私は小さい頃からよく引っ越しをしているの。お父さんの仕事柄仕方がないけれど。それで何回も引っ越しをするたびに新しく友達をつくるのが段々と苦手になってきたの。いや、違うな、臆病になってきたのかな。せっかく仲良くなっても直ぐ引っ越しになることもあったからそのたびにとても悲しくなって。だから、それなら最初から友達を作らなければいいと思うようになって。」


「泉美ちゃんはとても優しいけど、少しだけ冷たいかもしれないね。」


「どうして?」


「泉美ちゃんが分かれを悲しく思うと同じように他の友達も悲しいと感じているかもしれないし、もしかしたら今まで泉美ちゃんと仲良ししたいと思っている子の気持ちも知らず知らずのうちに拒絶していたのかもしれないよ。そうだ、良くしてくれる理由を聞きてなかったね。」


「2年ちょっと前に真矢君は転校してきて、すぐ他の男の子と馴染んでいて、段々興味が湧いてきた。真矢君のお母さんのことも噂には聞いていたから。あ、ごめん。」


「別に謝る事じゃないよ。あの、すぐに馴染んだことなら理由は簡単だよ。だって、もともとここで暮らしていて、小学校1年生の間だけ施設に入っていたから。みぞっちとは保育園でも知っていたし、まあ、ほとんど行っていないけどね。さぼることに関してはエキスパートだから。」


泉美はなんのエキスパートよと言って微笑んで話を再開しようとしたのでエレベーターへ向けて歩き出す。


「今日はこの辺にしよう、玄関前まで送るよ。それまでもう少し話せるしね。」


エレベーターに乗り6階と4階のボタンを押す。二人きりの空間はちょっと気まずい。



6階の泉美の部屋の前まで送りバイバイと手を振ると口をはっきり動かし、いくじなしと声に出さずに言われた。仕方がないでしょ。恋愛感情がないなら。これが見ず知らずの他人なら違うのか?




「ただいま。」

「お帰り。」


三久はダイニング的なスペースで金魚の入ったプラスチックケースを覗きながら続けて聞く。


「あんたさ、今日の朝、綺麗なお姉さんと一緒に歩いていたけど、知り合い?」

「だいぶ前にスーパーでお菓子をくれて、それからの知り合い、恩人。とっても優しい。」

「えっと、大人の人だけど好きなの?」

「初恋の人で、好きだけど良く分からない、理想の母親の姿を重ねているだけかも」

「チョット、母さんに聞こえたら可哀そうだよ。」

「うん、でも自分で言っておいてなんだけど、理想の母親って何だろう。もし、お母さんの病気が治ったら、そもそも病気じゃなかったら理想の母親なのかな。理想の母親って理想の恋人とか理想のお父さんとかと同じで自分にとって都合が良い存在を求めているだけなのかもしれないし、、」

「難しい事を聞いても分からないけど、そういえば、焼きトウモロコシありがと。祭りは楽しかった?」

「うん、姉ちゃんは?」

「うん、楽しかったな。」



会話が途切れたので、じゃあ、と言って子供部屋に入った。ちなみに智則がくじ紐で引き当てたのはオモチャのトランシーバーセットで景品としては2等だったので大当たりの部類だ。しかし、流れ的に〇リオブラザーズ以外は外れの空気だったので意気消沈の風を装っていたが喜んでいたのは間違いない。


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