7話 夏休み開始!(1985年7月その2)
とうとう明日から夏休み、本日は終了式のために登校する。準備を整えて三久と一緒に行ってきますと言って玄関を出た。姉弟ながら若干あった距離間が少しだけど縮まった気がする。
集合場所に到着すると三久は女子の班の仲がいい友達のところに行き、おはようと挨拶している。
この頃の小学生にとって長い休みの前の最終登校日、特に夏休み前はある意味地獄であった。大抵の子供は色々な教材を教室に置きっぱなしにするが、終了式ごとに持ち帰らなければいけない。
習字箱、お道具箱、裁縫道具と枚挙にいとまがない程の教材を、夏の日差しの中まるで夜逃げが如く大量に抱えて下校しなければいけなかった。最悪なのは植物の観察のための鉢植えである。
「泉美ちゃん、おはよう。明日からの夏休み楽しみだね。荷物は大丈夫?」
「真矢君、おはよう。私は今日のために少しづつ持ち帰っていたから後は絵具箱だけ。」
「流石に6年生になると計画的だね。じゃ、また帰りに。」
「あ、ちょっと待って。この間のハヤシライス美味しくてビックリした。特にお父さんが気に入ったみたい。それでね、夏休みのどこかで一緒にプールに行こうって話をして、お父さんと、大丈夫そう?」
「うん、みぞっちも誘っていいなら誘いたいな。泉美ちゃんのお母さんもいつも気を使ってもらってありがとう、家族を代表して僕からお礼があったことを伝えてほしいです。」
バイバイと言って男子の班に合流して智則とも挨拶する。
終了式で誰かが倒れる音がしてようやく校長先生の話が終わった。体育館から教室に戻る途中で智則と慎太郎と午後からゲームセンターに行く約束をする。何だか慎太郎がノリノリである。
沢山の荷物を抱えながら下校する間、泉美からプールに誘われたので、良かったら智則も一緒に行くかと尋ねると行きたいと答えた。明日から始まるラジオ体操の時間に返事を伝えればいいか、どうせなら夏祭りもみんなで行きたい。
智則と集合場所で別れると泉美を見かけたので、僕も智則もプールに行きたい事を伝えた。
昼食後に小銭をかき集めてを持って家を出てうどん屋で集合し、3人でゲームセンター「U.F.O」に行った。慎太郎はバックパックに何やらノートを入れているようで店内に入ると披露してくれる。
方眼ノートには前回遊んだグ〇ディウスがドット絵で描かれていて、どうやら出現パターンなど自分なりにまとめたようだ。ドハマりしたみたい。
「ここから先はまだ知らないからどうしようもないけど、まとめた面に関しては結構自身がある」
自作の攻略ノートを捲りながら、早口に捲し立てている。楽しそうで何よりだ。
「店員さんに聞きてみたらお店の攻略ノートを見せてくれるかもしれないから、あとで確認しようよ。」
夏休み初日でかなり混雑しているので、3人で駄菓子を食べながらお目当てのゲームが空くのを待つ。今日は前回遊べなかったス〇ルタンXから遊ぼうと待っていると、ヨッと言って青年が近づいてきた。智則と慎太郎に先に遊んでてと伝えて、アルバイトらしき青年についていく。
スタッフルームに入ると以前の面子が以前の再現の様に同じ場所で将棋を打っていた。こちらに気が付いたやけに迫力のあるおじさんは、僕を見て世話になったなと言いながら牛乳を進めてくれた。
以前から稼働率と電気代から換算すると売上の辻褄が合わなくて困っていた。あの騒動以降はクレジット数の上限をハウスルールで5と設定して、それ以上のクレジットの投入を確認したら身体検査をする旨を貼りだした。それ以降はイカサマをする客が居なくなって店内の雰囲気も改善したのか以前にもまして好調のようだ。
「この前は碌にお礼も出来なかったから、ほれ、ありがとな。」
『ワンワンワン』
将棋を打っていた二人とアルバイトの青年にも一緒に頭を下げられたので、恐縮してしまった。
「子供相手に大の大人が頭なんか下げないでください。」
「そうはいかねえよ。感謝をキチンと相手に伝えることは礼儀だ。年は関係ねえ。あとは、、何か欲しいものはあるか?」
何だか任侠の二文字が吹き出しの様に空中にに見えた気がするが気のせいか?気を取り直して僕は言う。
「中学と高校の教科書を譲ってほしいです。」
ポカーンとしている4人に続ける。
「将棋のルールは知っていますが同じ学年同士でも勝ったり負けたりで才能は無いようです。だけど、勉強は得意なのか学年が上の教科書も楽しく読めるので、勉強を頑張りたいから先の学年の教科書が有ればとても助かります。」
「儂らには勉強のどこが面白いのか分からんが、楽しんで取り組めることがあるのは良いことだ。」
おじさんはおいと言ってアルバイトの青年の家に残っている不要な教科書があれば譲ってやれと言っている。漏れ聞こえてくる会話から迫力のあるおじさんはこの店のオーナーで、アルバイトの青年は甥のようだ。
僕は青年によろしくお願いいたしますと頭を下げる。他の大人は興味を失ったように将棋を再開し始めたので、失礼しますと言って飲み終えた瓶を片付けて退室した。
僕はスタッフルームで1時間程話していたようで、智則と慎太郎は端に置いてある不人気ゲームの筐体の上で攻略ノートに何ならまとめている。
「お待たせ。」
「やまちゃん、さっきの慎ちゃん、凄かったのに見逃したこと後悔するかもよ。」
どうやら、慎太郎は持ち前の観察力を発揮したのか、初見のワンコインでス〇ルタンXの1週目をクリアしてしまったようだ。正確にいうと前任者もクリアしていて、それを横から見ながら自作ノートにメモって参考にした。勿論、トラブル回避のために前任者に承諾を取って横でプレーを見させてもらったようだ。
「すごいな、慎ちゃん、きっとゲームの才能があるよ。」
「遊ぶのも楽しいけど、仕組みが気になるな。どうして動くのかとか、どうやったら楽しんで遊んでもらえるか。実はファ〇コンを買ってもらえるように父さんと交渉中。」
<いいな、買ってもらえたら遊びに呼んで>
グ〇ディウスの順番を待って1ゲームづつ遊び、慎太郎が攻略ノートを纏めているのを待っている間に売店に行ってお店の攻略ノートがあるかを確認した。ノートはあるが今は貸出中のようだ。
「慎ちゃん、お店に攻略ノートはあるみたいだけど残念ながら今は貸出中だった。」
「また、今度でいいよ。自分である程度出来上がってから見た方が為になりそうだし。」
慎太郎もようやくまとまったのかまたせてごめんねと言いながら立ち上がろうとすると、立ち眩みの為か危うく転びそうになった。慎太郎は体が強くないことを思い出し、今日は解散することにした。
店を出ようと扉を開けるとこの前コテンパンにやられた柔道ボーイに出会い、話したいから空き地に来てくれと言われた。直ぐに済むというので智則と慎太郎には店内で待ってもらうことにする。
今日は舎弟1と舎弟2は居ないし、相手からも剣呑な雰囲気も無かったので怪我の心配は無さそうだ。
「この前は悪かったな。怪我してないか?」
「手加減してくれたお陰か、数日は打ち身と擦り傷で痛かっただけで、転んでも同じ程度の怪我はするから誰も気にしないよ。」
「俺は柔道をやっているけど、同じ道場にどうしても勝てない相手が居て、体格で負けてるし負けても仕方がないと諦めるようになってきた。少なくとも同学年でそれまで勝てない相手は居なかったから次第に柔道が楽しくなくなった。段々と道場に通わなくなり、この間の二人ともつるむようになり、そこでお前と会った。」
どこから出したのか瓶コーラをこちらへ投げてきた。柔道ボーイはフンと言って自分のビンの蓋を開けてゴクゴクと一気に飲み干す。ゲフとげっぷをすると話を続ける。
「お前は弱いけど何度も向かってくる根性があった。俺は勝つことが当たり前になってきて、柔道を始めた頃の負けても何度も相手に向かっていく気持ちを忘れていた。まあ、そんなところだ。」
「それを思い出させてくれてありがとうってことね。」
「お、おお、」
「良く分からないけど、なにかの切っ掛けになれたなら投げられ損にはならないかな。ところで、ゲーセンには謝りに行ったの?」
「あの後、3人で謝り行った。」
あの親父やたらとつええし、怖えし、とブツブツ呟き始めた。
ゴホンと咳払いをして続けた。
「で、もう一つ、良かったら俺の通っている道場に習いに来ないか?」
「誘ってくれてありがとう。でも、ごめん。家は母子家庭で母親は心の病を患っているから、急な状況の対処がとっても苦手だ。怪我があっても連絡が直ぐにとれるとも限らないし。」
「色々あるんだな。」
「みんなそうだと思うよ。えっと、コーラご馳走さま。後で飲むよ。友達が待っているしそろそろ行くね。」
その後柔道ボーイと会うことは無かったが、10数年後に日本中を沸かせて一躍時の人になるけどそれはまた別の話。
店の前に設置されているチェ〇オの販売機の栓抜きを使い蓋を取った瓶コーラを流し込み、ゲームセンターに戻りお待たせと二人に声をかける。慎太郎がすこしぐったりしていたので、智則とはその場で別れて家まで送ることにした。玄関チャイムを押すとお母さんらしき女性があらあらと言いながら慎太郎を受け止め額や首筋に手を当てて体温を看ている。
「わざわざありがとう。慎太郎は今日の事を楽しみにしていたからちょっとはしゃぎ過ぎたようね。あの、これからも仲良くしてあげてね。」
「はい、お大事にしてください。」
高架下を通り抜けてスーパーに行こうと思ったが時間にまだ余裕がある。僕と三久が生まれる前に静が勤めていた美容院の隣に床屋があり、お店同士に何らかの繋がりがあるらしい。随分久しぶりだなと言う床屋の店主に坊主にしてほしいと頼むと、マル〇メマ〇コメとCMソングを口ずさみながらバリカンでサッと散髪してくれた。
帰宅して僕の坊主姿を見ると三久も静も気持ちいいのか暫く頭を撫でまわした。
スーパーでは最近食卓から忘れられがちな納豆を買えるだけ買って夕食に加えた。筋トレ、夕食、お風呂、勉強と自分に課してノルマをこなしていると突然三久が子供部屋にやってきた。
「たまにはゲームの相手をしてよ、一人でやっても面白くない。」
「ゲームを一人で独占できるからその方がいいと思っていたけど。最近、勉強の方が面白いからできれば邪魔してほしくない。」
「あんた、ほんとに真矢?ご飯作ったり、部屋の掃除をしたり、その癖、学校はさぼるのに部屋では自習して、勉強は面白いっキリって。前と全然違う、てか、違いすぎる。」
地団太を踏むとまではいかなくても私が納得できないから納得させろと謎理論を発揮して詰め寄ってくる。
「1ヶ月くらい前に竹馬から落ちて頭をうったんだ。それで、、」
『ぴー、禁則事項、禁則事項、真矢、自分が2週目の人生を送っていることを他人に話してはいけません。』
右手で頭を掻き三久との話の続きを適当に切り上げることにした。
「何かの本で読んだけど、頭を打ったり強いショックを受けると、突然性格や食べ物の好き嫌いとか変わることがあるみたいだね。あっ、ちょっとトイレ、夕食に納豆を食べすぎたみたい。漏れそう」
「ちょ、早くトイレ行って」
トイレに駆け込んで、用を足した振りのために暫くしてから水を流す。腹痛の大根芝居で三久を騙せたのか分からないが、電子音が聞こえているので何とかなったかな。それよりもハッピーとの話の続きが気になる。
「夏休みの宿題の朝顔の鉢植えを屋上に置いてくるからちょっと出かける。」
必要以上に説明口調になってしまったが気にせず、鉢を持って屋上に行く。
「ハッピー、さっきの続きだけど、禁則事項?を破ると具体的にどうなるの?死ぬの?」
『予防措置でしている。』
「良く分かるように説明してほしい。」
『今の真矢は前世の記憶を持っているただの小学4年生で、いまは身体的にも知能的にも平均ぐらいだ。大人との関わり合いの中で多少突飛に見える言動があってもそれだけだ。
しかし、2週目だと公言してしまったら、信じる信じないにかかわらず真矢が取る行動に対する他人からの見方が変わる。
何らかの方法で真矢から前世の記憶を抜き出したり出来れば、政治的にも、経済的にも本来取らないはずの選択肢を選ぶ人間の数が増える。それが蓄積するとやがて分岐前の地球との情報と状態の乖離が激しくなり次元Aと次元Bとの関係が切断される。
分岐やパラレルワールドとしての前提の4次元情報つまり、位置情報と時間情報の同期がなくなると次元Bの地球は地球ではない別の星になる。』
「何それ、滅茶苦茶怖いやん。叶わんで、しかし(エアー眼鏡)」
『てか、なんで大阪弁やねん。』
ふと、感情値を集める行動も他人に行動変容を促している可能性を思い至り質問する。
「感情値を集めることは、、」
『言いたいことは分かるけど、実際は取りえる選択肢の数と実際に取る選択肢ではかなり偏りがある。真矢が2週目だと公言しなければ、行為を受けた人が取る選択肢はそれほど変わらないはず。
他の5人についている僕のような思念体もそれぞれ伝えている。過去、いや、別次元か?色々な事が起こったから禁止事項として定められた。』
鉢植えに水を少し上げて帰宅して眠ることにした。
出番が少ないと恐ろしい情報を不意に暴露されるので、もっとハッピーとコミュニケーションを取ろうと思う真矢であった。