1話 2週目(2006年6月から1985年6月へ)
この物語はフィクションです。登場する人物や団体等はすべて架空の物で、実在する人物や団体とは一切関係がありません。
時代背景により当時は問題のなかった行為でも現在では法律により禁止されている行為の描写もありますが、決して不法行為を推奨しておらず物語を展開するためのギミックだと理解いただきたいと思います。
2006年6月某日某所
《パンパカパーン、大当たり、16Rです》
パチンコ店内BGMと遊技機などの様々な機械の作動音、人々の小さくはない怒声など色々な音のなかで真矢は小さな幸運に軽く頷いた。初回の当たりが3Rと16Rでは出玉に大きな違いがあるからだ。
パチンコとは簡単に言えば玉を増やす遊戯で、現金で借りた玉を使って店内にある遊技機でいかに増やすことが出来るかの運試しだ。増やすことに成功すれば食品から電化製品など様々な景品に交換できる、中でも特殊景品に交換すると偶々パチンコ屋の近所にある古物屋が現金で買い取ってくれる。
真矢が好んで打つパチンコは羽ものと呼ばれる機械で、いかに大当たりの割合が16Rに偏るかが肝ではあるが他の機械と比べると比較的少額から遊べるので休みの日には良くパチンコ屋に通っている。
俺の名は山田真矢31歳。
物心つく前には両親は離婚し年子の姉山田三久と共に母親山田静に引き取られた。俺を出産した際の無理が原因らしいが母親は精神病を患っていた。今でいう統合失調症(当時の精神分裂病)で生活保護と精神障害年金で生活していた。
母親からの肉体的な虐待は記憶にないが育児放棄気味であったため2度児童養護施設に入った。2度目の施設では11歳から18歳の高校卒業まで過ごし、大学の授業料を無償に出来る程の学力が無かったので働くことになった。児童養護施設には児童しかいられないので最大18歳の高校卒業と同時に退所しなければいけないからだ。
アルバイトや期間工など職と転々としながらも警察の世話になることなく一人暮らしの現在に至る。姉の三久も同時に施設に入ったが一年先に商業高校を卒業し退所後に百貨店に就職し数年で退職。以降は職場を転々と変えながら何度目かの転職先で知り合った割烹料理の板前さんと数年前に結婚した。
三久は実の姉だが施設に入ると血縁者と他人との関係性や境界が曖昧になり、姉自身もギリギリの生活だったために施設を退所後に一緒に暮らすことはなかった。
母親の山田静は俺たち姉弟が2度目の養護施設に入るタイミングで精神病院に入院して現在も入院中である。年に1,2度姉とお見舞いに行って顔を合わせる程度だ。
《パンパカパーン、大当たり、16Rです》
「お、今日は付いてるな。早いタイミングで2回続けて」
隣に座る常連のおじさんから声を掛けられて、真矢も軽口で返した。
「たまにはこんなことがことが無いと打ってられないっすよー」
「たしかにな」
お互いの顔を知っていても挨拶するわけでもなく勿論お互いの名前など知らないし知ろうとも思わなかった。パチンコ屋での人間関係はその程度でいいのだ。
2度目の大当たりを消化し終えたので早速精算だ。差し引き8千円の勝ちを古物屋で確認し時計を見ると夜の8時だった。時間がもう少し早ければ回転寿司に行くところだかピークタイムに一人で行けるほど真矢は根性が無かったのでスーパーのパック寿司でいいかと考えながら自転車に跨った。
スーパーで買ったパック寿司と刺身盛り合わせの入ったレジ袋を片手に自宅の門扉を開いて自転車を玄関に引き入れる。
人生には妙な所がある。
数年前に祖母の死亡の知らせと母親静にその遺産を相続する権利がある旨を知らせる手紙が弁護士名で真矢の当時住んでいたアパートに届いた。母親には判断能力がないので後見人に選出された弁護士からの手紙には家賃相当を支払えば祖母の住んでいた一軒家に引っ越しても問題ないと記載されていた。迷うことなく引っ越しをして生まれてから初めての実家?一軒家で過ごすことになった。
現実世界にもある種の乱数調整があるようだ。
自宅に入るとレジ袋ごと冷凍庫にしまってパチンコ屋で染みついた匂いを消すためにさっとシャワーを浴びる。シャワーを終え書斎兼食事机に置いてあるPCとモニターの電源を入れ夕食用にパックの濃い緑茶を用意する。中学以来の日課である腕立て伏せ50回をサクっとこなして食事にする。
某掲示板で見かけた鉢巻きを巻いたAAのアイツが知らせる月曜日は明日なので12時間後には工業製品を作るマシンの一部になる一週間が始まるが考えても仕方がない。
冷凍庫からレジ袋を取り出す。適度に凍った刺身盛り合わせとパック寿司を別皿に盛り付け直しお盆に乗せて食事机に運ぶ。
お気に入りの海外連続ドラマを見ながら食事をすることが真矢にとってのささやかな贅沢なのだ。
「いただきます。」
まずは刺身の白身からやっつけることにした。
グルメではないので魚の名前もわからなかったが、チューブのねりわさびをすこし白身にのせて醤油をつける。ぱく
今度はサーモンだ。これは俺でもわかる。ぱく、うん、うまい
本命のまぐろ。すこし多めのわさびを赤身にのせ口に運ぶ。赤身特有のまったり、もってりの食感ではなく少し凍っている食感が安い刺身盛りと真矢の味覚にはあっている。ぱく、うん、いいね
味覚をリセットにするために先ほど用意した濃い緑茶をひと啜りする。
パック寿司に取り掛かるとするか。モニター上ではCIAエージェントがお決まりのセリフを大声で叫んでいた。
今度は青魚の寿司から食べよう。小さなレモンが乗っているサンマかイワシか
ぱく、鯵か悪くない
ぱく、ぱく、ぱく、あっという間にパック寿司を食べ終えてささやかな宴は終了した。
「ごちそうさま。」
誰に聞かせるわけでもないが習慣なので無意識にでる。
時間は午後9時半を少し過ぎているが寝るまでに3時間ほどあるのでゲームをやることにした。お盆を台所に片づけて部屋に戻りゲーム機を立ち上げた。
真矢の好きなゲームはアクションRPGだ。現実世界ではほとんど味わえない達成感が時間を掛ければ真矢にも感じることが出来るからだ。一切役立たない乱数調整のためのコマンド入力であっても、トライ&エラーを繰り返しながらパターンを把握し苦労の果てに魔王を倒し国を救うことでその瞬間だけは救国の英雄になれるから。
2時間ほど中ボスとの戦闘の後、就寝時間を逆算してゲームを終える。直前までゲームをしていると寝つきがわるいと体感しているからだ。
洗面所でよく手を洗い部屋に戻ってゴソゴソすること数分後
賢者タイムに至る
「ふ~、寝るか」
1985年6月某日某所
「・・・やまちゃん」
「大丈夫?」
『・・・・』
気が付くと真っ青な青空を見ていた。後頭部に微かな痛みを感じながらのぞき込んでくる二人の少年が心配そうな顔で声を掛けてくる。どうやら体勢や状況から高い所から落ちたらしい。うん?
上半身を起こすと不思議なほど体が軽い。うん?うん?
右側から声を掛けて心配そう顔をしている少年の名は解らないがもう一人の少年には見覚えがある。溝田智則だ。たしか同じ公団の別棟に住んでいる所謂悪友だ。11歳の秋頃に真矢が施設に入ってからは一切会っていないはずだ。
「俺はどうした?」
<おれ?>
二人の少年は共に訝し気な顔をしたが、智則が説明してくれた。どうやら竹馬の練習をしている最中に校庭に埋まっているタイヤを跨ぐのに失敗して派手に転んで頭から落ちたらしい。
状況を確認するために真矢は聞く。
「今西暦何年でここはどこ?」と智則に聞いた。
「1985年6月**日、市立北小学校の校庭で、今は給食後の休み時間」
竹馬を片付けながら答えてくれた。
10歳の俺にタイムスリップしたようだ。予鈴の鐘が聞こえたのでもうすぐ午後の授業が始まるなと思うと同時に智則の受け答えに感心した。すごくしっかりしているな。もう少し状況を整理したいのでとりあえず保健室に行くことを智則に伝えることにした。
「智則君」
「いつもはみぞっちて呼ぶけど」
「頭を打ったから少しおかしいかもしれない。保健室に行くから担任の先生に俺が落ちて頭を打ったことを連絡してくれる?それと下校時に俺の鞄を保健室にもってきてくれる?」
智則ともう一人の少年はわかったと答えて教室の方へ向かった。
俺は校舎の一階にあるはずの保険室を探すために上履きに履き替えた。頭を冷やしたかったがこの頃の俺はハンカチを持つ習慣が無かったようだ。とりあえず一度トイレにいって本当に10歳の俺なのかを確認しよう。
トイレは靴棚のある脇にあったのですぐに見つかった。
鏡の中の少年は小太り気味で不健康そうな白い顔をしている髪の毛の長い少年だ。鼻が少し上向いたブサイクで頬はすこし赤い。全体的に薄汚れている
(間違いなく俺だな)
『・・・』
「・・・」
なんだか体が痒いし薄汚れているので服を着替えたいが仕方がない。Tシャツを脱いで顔と上半身を軽く水道水で洗った。うがいも10回ほどすると口臭も少しはましになった。トイレットペーパーで粗方の水分をぬぐったのでTシャツを着て保健室に向かった。
《トントントン》3回ノックして保健室の扉を開ける。
「失礼します。休み時間に竹馬から落ちて頭を打ったので休ませ欲しいのですが」
保健室の先生に真矢は聞いた。真矢を一瞥した女の先生は嫌そうな顔を隠さずに乱暴に丸椅子を進めてくれた。先生の顔には面倒くさいと露骨に顔に書いてある
う~ん、しょうがないかな?小汚いブサイクな少年だからな。
「吐き気は無いので大丈夫だと思いますが念のためにベットで休ませていただきます。」
先生は口調に少し驚いたようだが止められなかったのでベットを勝手に使うことにした。
さて、状況を整理するか
『・・・』
「・・・」
ベットで横になる前に勝手に白いカーテンを引いた。なんちゃって個室の出来上がりだ。
俺は確か2006年6月**日に自宅のベットで就寝したはずだ。目覚めると10歳の俺にタイムスリップしていた。約21年のズレだ。
どうせならラノベみたいに貴族の子弟として容姿端麗な姿の赤ちゃんに転生して前世の知識を生かし剣と魔法のファンタジー世界で無双したかったな。そしてあわよくば鈍感系といわれながらハーレムを築きつつケモミミモフモフを堪能したかったな。
それがクリアもしていないのに2週目とはいえ俺自身をやり直すとはハードモードのクソゲーかっての
「やまちゃん、帰ろう」
智則の声がカーテン越しに聞こえてきて我に返った。気が付くと下校の時間になっていたようだ。忘れずに鞄を手にもつ智則がカーテンを開けると同時に先生が言う。
「念のために病院に行った方がいいかもね」
(それって先生の役目ですよね)まあいっか
「ベットを使わせてくれてありがとうございました。失礼します。」
真矢は智則から鞄を受け取ると先生に向かって一度お辞儀をして保健室を後にした。
公団までの下校時間は20分ほどだが特に会話することなく、朝の集団登校のための集合場所に使っている公園に着いたので智則と分かれてそれぞれの棟に帰った。俺の棟は5号棟で6棟ある公団のなかで一番大きな建物で唯一エレベーターがある。しかし、世帯収入が高い家族が住んでいるのは智則の住んでいる6号棟だ。
4階でエレベーターを降りて内廊下を歩き部屋に着くと首にかけている鍵を使って鉄製のドアを開けた。
(臭い)
当時はたしか無許可でインコなどの動物を飼っていたなと思いだしながら部屋の間取りを思い出した。2DKでお風呂とトイレがあるよくある間取りだ。強いて言えばベランダが無くて外側の窓を開けると子供でも容易に乗り越えられる怖さがあるくらいか。
玄関には2種類の靴が無造作にあった。母親の静と姉の三久はどうやら部屋にいるらしい。
「ただいま」
期待せずに言ってみたが誰からの返事もない。
2部屋の片方は姉と子供部屋として使っていて、もう片方は寝室兼団らん用の部屋で窓際にはセキセイインコのゲージが2つ並んでいる。
寝起きが悪い母親を起こしてまで病院に行こうとも思えなかったので、三久に空腹かどうか確認して食事をするとするか。
「ねーちゃん、ラーメン作るけど食べる?」
「うん?うん食べる。」
冷蔵庫の上にある袋ラーメン塩味3袋分の乾麺を沸騰した鍋に入れて最後に2つの卵を溶き卵にして入れて2分ほどでガスを止める。添付されているスープの素をそれぞれの丼にいれて追加で麵つゆを少し加えてゆで汁と麺を3等分して貧乏ラーメンの完成だ。
年中出しっぱなしのこたつテーブルにラーメン丼を1つ運ぶと三久がゲームをやめて食べ始めた。何も言わず勝手に食べ始めたことにドン引きしたがこのような環境で育ったなら仕方がないかと思い出す。
残りの丼をテーブルに運んで煎餅布団で寝ている母親を起こし、水道水の入ったコップを3つ用意して真矢も食べ始める。
「いただきます。」
「あんた、なんか変」
三久が怪訝な顔をしながら真矢の顔をみる。俺は気にせず塩ラーメンを食べる。
夕食を終え丼を片付け、時計を確認すると6時30分を少し過ぎていた。部屋の掃除をしたいがそれよりも体や頭が痒いことを思い出し、浴槽を軽く掃除した。
風呂に入るために浴槽に水を貯め、15分ほどしたら操作方法を覚えていることに軽く感動しながらガス釜のスイッチを入れて30分ほどでようやく準備完了だ。
三久は黙々とゲームをしているので先に入ることにした。
公団のお風呂場は内廊下側に位置しているためにうっかり湯気逃しの窓を開けると外から丸見えなのだがしょうがない。体をナイロンタオルを使って洗うと泡が黒い。
(どんだけ汚いねん俺の体)
2度目もなるべく丁寧に洗うとやっとましになったようだ。髪の毛の長さもあってか頭は3度洗ってようやく痒みも収まった。浴槽に入る。
「ふ~」
成人してからはシャワーだけで済ませることが多かったので、久しぶりの入浴は気持ちよかった。
パジャマがなかったので比較的きれいな下着、Tシャツと素材が柔らかそうな半ズボンを穿く。母親と三久のことは気にせず煎餅布団一式を子供部屋に敷き今日は早め寝ることにした。歯磨きも忘れず2回した。幸い虫歯や銀歯はまだないようなので安心して眠りについた。
眠りで意識を失うまでに考えていたのは一度目の児童養護施設に入る6歳時点にタイムスリップしなくて本当によかったということだった。あの施設は呪われていて呪いが代々受け継がれている。31歳の記憶があってあの呪いを受けるのは死んでも嫌なのだ。
初投稿作品です。
少しでも気に入った、先が気になるなどあれば星1つでもいいので是非評価をお願い致します。