恋は無敵(3)
クラウディア父母の物語、4話完結まとめて投稿します。
掴み合いながら店の表へと駆け出して行く2人の背中を見送りながら、ベアトリスはゆっくりと注文した。
「オバチャン、ビールお代わり。あとホタテのグラタンと、酢漬け鰊、それからセロリの浅漬け」
「あいよっ、でも、彼氏とお友達を止めなくていいのかい」
オバサンが心配そうに窓の外をみやる。2人の大柄な男が殴り合いの喧嘩をしていた。
「無理でしょ」
「あの子達、騎士団首になんないかね」
「アハハ。大丈夫でしょ。団長も似たようなもんだから」
「そうかい?何だか街を騎士団に任せていいのか心配になってきたよ」
オバサンは、冗談抜きで不安そうだ。騎士団自ら治安を悪くしているのだ。当然の帰結である。
通りに向かって開け放たれた窓から、2人の喧嘩が見えている。騎士団若手の有望株2人が、口汚く罵り合いながら血を流しているのだ。
「てめえの気持ちはどうなんだよっ!」
「うるせえ!ベアトリスは伯爵令嬢だもんなっ!良かったな!」
「はあ?今関係ねえだろ」
さすがに剣は抜かないが、手も足も出るし、掴み合い頭突き合う。
「身分差なんか、上の奴には解んねえよ!降りてくるのは簡単だろ!」
「何だと?」
「だいたいお前、アイツの気持ちを知ってたんなら、何であの日俺を連れてったんだよ?」
エドワードが王子に豪快な跳び蹴りを食らわせると、すぐに立ち上がったリチャードが叫ぶ。
「何言ってんだ?アンバーがお前に2年も逢えなくて荒れてたからだろ!」
「知らねーよっ!会ってどうなるってんだよ。田舎騎士家のしかも次男坊だぜ」
「いや、お前んとこ、親父さんが王国騎士団長に抜擢されたから兄貴が生前相続したんだろ。護国の要の秘術も持ってるくせに。なにが田舎騎士家だよ」
「そんなの!ただの軍人だろ」
「拗ねてんじゃねーよ!気持ち悪い」
あわや双方抜刀か、と言うその時。可愛らしいソプラノが、殺伐とした空気を割った。
「エドワード!エド兄様!!家出したわよっ!文句無いでしょっ!!」
赤い巻き毛を靡かせて、小さな獅子が琥珀の瞳を燃やしている。突き出す左手には、何やら玉璽の押された正式書類がぶら下げられていた。
血だらけの男2人が、大きな体を曲げて覗き込む。
「はっ?」
王子が目を丸くする。
「いや、家出じゃねえだろ」
魔法拳宗家の跡取り騎士が冷静に言う。
それから、魔法で高めた気の力で傷を全部治しながら陽気な笑い声を立てた。
「何だよ!そんで俺に断られたらどうすんだよ?」
その声は、明らかに受け入れていた。2人に突き付けられた書類の内容を。
そこには、
一、アンバー・マリンパークをスカイハート女公爵に任ずる。ただし、エドワード・スカイハートを伴侶とする場合に限る。
一、アンバー・マリンパークは、スカイハート女公爵に叙任されなかった場合、平民アンバーとなる。その際、王家との関わりは一切断つこととする。
と書かれていた。
「また見合いでやらかしたな」
リチャード王子がニヤニヤすれば、ビール片手に表まで出てきたベアトリスは、
「王様ったら、姫様のごり押しでエドワード若師匠が犠牲にならないように、布石を打ったのね」
と、エドワードに同情的だ。
「いや、そんなんじゃねえだろ」
リチャードがしたり顔で意見を言う。
「アンバーは、見合い相手に悪戯仕掛けて怒られるたんびに、エド兄様が迎えに来るとか妄想ぶちかますんだよ」
「ガキだな」
「そんで、とうとうブチキレたんだろ。親父。妄想を実現出来るなら、エドの継ぐ道場に嫁ぐついでに女公爵にしてやる、ってわけだ。どうせ無理だって思ってるから、殆んど勘当宣言だぜ」
「げっ、何だそれ。押し掛けどころか押し付け女房じゃねえか」
「エド兄様酷い!気持ちが通じたと思ったのに」
眉を吊り上げるアンバーに、エドワードが笑いかける。
「騎士爵は兄貴が継ぐし、俺は単なる道場の親爺になる予定だぜ?嫁が女公爵とか、ねーよ!」
「兄様?本当にお嫌なの?」
屈託の無いエドワードにアンバーは、涙目だ。
ベアトリスは、「ちょっとあんた、何泣かしてんのよ」とか乱入するタイプではない。ビール片手に肉を齧って高見の見物だ。
朗らかに笑うエドワードが、突然大きく腕を開く。
「あっ!」
小さく声を溢して、アンバー姫がその想い人の逞しい胸に迷い無く飛び込む。
「何だよ、お前!本当にガキだよなっ!」
エドワードは、もう可愛くて堪らないと言うように甘い声を出す。
「結局まとまんのね」
ビールジョッキを傾けたベアトリスが、グビッと最後の一口を飲み干しながら感想を述べる。
「執念の勝利だな。幼年騎士学校の武芸祭で初めて会ったときから、ずっと妄想してたからな」
「そんなこと言って、後押ししてたくせに。いいお兄ちゃんよね」
「まあ、見合いで暴れられると、政治問題になるからな」
「ああ……若師匠、やっぱり犠牲に……」
「しかしまあ、俺も押しきられたんじゃ格好がつかねえな」
エドワードは、往来のど真ん中で幼馴染みの王女を抱き締めたまま、中空に目をさ迷わせた。
「取りあえず、店の中に戻ろうか」
ベアトリスの提案で、4人はぞろぞろ『虹色鹿角亭』に入っていった。
「終わったかい。あんまり暴れるんじゃないよ。本当に」
『虹色鹿角亭』のオバサンが、腰に手を当てて首を振っている。大人しく席についた4人は、改めて注文をした。
この世界の人間は、体質的に酔うものはいない。味や香りを楽しむ為に、子供でも酒を飲む。それで、アンバーの分もドーンとビールがやって来た。
「アンバー、お前、女公爵なんて務まんのかよ」
黄金に弾ける冷たいビールを、一息に半分ほど飲み干したリチャード王子が、疑わしそうに妹姫を見る。
「これから勉強すんのよ!すんごいレディになってやるんだから!」
お転婆アンバー姫が、お摘みのゴボウフライをカリカリやりながら胸を張る。しかし、先程婚約が決まったエドワードは、複雑そうな口ぶりだ。
「でも、俺は家の道場継ぐから、地元離れらんないぜ?領地は人任せってのも嫌だろ?」
すると、ベアトリスがアンバーの味方をした。
「そんなん、普通よ。飛び地を賜ったり、王宮勤めだったり、そういう事情のある人は、だいたいが代官任せでしょ。」
「スカイハート騎士領の近くに国有の荒れ地ないの?」
アンバーが期待を込めて聞く。
「お父様、空いてる土地なら好きなとこ領地にくれるっておっしゃったわ」
それを聞いたエドワードは、さも良いことを思い付いたという顔つきで、淡々と提案する。
「ああ、道場の裏山に魔王が棲んでんだわ。メンドクセエから放置してたんだけど、アイツ追い出して裏山から向こうの広大な魔境を頂くか」
「広すぎない?」
アンバー姫の心配に、リチャード王子が怒る。
「追い出した魔王、どうすんだよ!街をうろついてる手下の魔族だけでも手に余るのに!」
「そうよ。あいつら、人間を食べるのよ?」
ベアトリスが掩護射撃をする。
「それもそうか。じゃあ、いっそ討伐するわ。男として、嫁の実家には誠意を見せねえとな」
「は?何を言い出した、てめえ」
「何の関係があんのよ」
理解出来ないリチャード王子とベアトリスを置いてけぼりにして、アンバー姫と騎士エドワードが幸せそうに微笑み合っている。
「リッキー、親父さんに取りあえず魔王討伐の許可貰っといて。ちょっくら行ってくるわ」
「は?てめ、あ、おいっ」
魔法の気配を残しつつ、エドワードは移動魔法で立ち去ってしまった。
「エド兄様、天才っ!凄い魔法よっ」
「確かに若師匠は、世紀の大天才だけどねえ」
「何よ?ベアトリス先生、エド兄様にケチ付ける気っ?」
「はあ。どうすんの、リッキー?」
「仕方ねえなあ。親父ん所行くか。取りあえず、これ食っちまおうぜ」
「そうね」
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