恋は無敵(1)
クラウディア父母の物語、4話完結まとめて投稿します。
エドワード・スカイハートは、騎士団若手の有望株である。今年16歳になる田舎騎士爵家の次男坊で、気ままで気さくな人柄だった。上背があり少し厳ついものの、人好きのする笑顔を浮かべている。茶色の直毛をさっぱりと短く刈り込んで、生き生きとした緑の眼が魅力的な少年騎士である。
エドワードは、若い騎士らしい張りのあるバリトンで、陽気な声をあげた。
「おい、リッキー、メシいこーぜ」
「エド、お前またリチャード殿下に何と言う口を」
「いいって、気にすんな」
ごろつきみたいなダミ声で答えるのは、騎士団同期で親友のリチャード・マリンパークだ。彼は、この国の王子である。この国の王族は、国名が名字である。ふたりは幼年騎士学校からの幼馴染みだった。
リチャードの王位継承権は第二位。しかし、兄王子ジョージが先日「老衰以外では死なない呪い」をかけられた為、即位は無いと決まっている。
リチャードは、波打つ赤毛と毎朝格闘している事など微塵も気取らせない、自信に満ちた群青の瞳をした少年騎士だ。
「それより、どこ行くよ?」
「んー、そうだなあ」
「虹色鹿角亭はどうだ?」
「いいぜ。みんなも行くだろ?」
「おーっ」
リチャードは、大変に優秀な騎士であり、次期騎士団長と目されている。お飾りの騎士団担当王族ではない。体格も体力も技術も、どれをとっても一流の騎士だ。
物事にこだわらない爽やかな人柄で、上からの信頼、下からの尊敬、そして同期の敬愛を総て手中に納めている。
今日も騎士王子リチャードは、早上がりのお仲間をぞろぞろ引き連れて、下町の人気食堂『虹色鹿角亭』に入っていった。
「いらっしゃい!今日も賑やかだねえ」
ふくよかなオバサンが、カウンターの向こうから朗らかに声をかけてくる。
「オバチャン、こんちはー」
「とりあえずビールね!」
「おれも」
「おれもー」
「はいよ、みんなビールね!」
エドワード達が席に着いた所へ、また1人入ってきた。
「いらっしゃい!ひとり?」
「はい」
「カウンター、は埋まってるか」
オバサンは見回すと、騎士団の大テーブルに隣りあった隅っこの1人掛けを勧めた。
「ごめんよ、狭い席しかないけど、いい?」
「はい」
「うるさいけど、我慢してね」
「ガハハ、オバチャンそりゃないぜ」
入って来た若い女性は、騎士団に軽く挨拶して隅の小机に納まった。スッと伸びた背筋も凛々しく、長い手足を無駄なく動かす長身の女性であった。
頭を包んだ青と白の細かいチェックの柔らかな布から、美しい金の巻き毛が溢れている。瞳は5月の空の色。その眼には意思の強さが伺える。
「あんた、なんかやってんだろ?その筋肉は、剣でも槍でもねえな。かといって弓も違う。何?」
騎士王子リチャードが、王子にあるまじき不躾さで初対面の女性に問えば、親友のエドワードも、
「ほお、ねーちゃん、鍛えてんな」
と、これまた無神経に若い女性の二の腕をじろじろ見る。そこへ、オバサンがビールを運んできた。
「ちょっと!ニーサン達、やめなよ」
「オバサン、いいのよ。こっちにもビール。あとビーフシチューにトマトパン、ガーリックチキン、それとマッシュポテト大盛ね!」
「あいよっ」
女性がハスキーな声で威勢良く注文すると、騎士連中は沸き立った。
「ねーちゃん、よく食うねえ」
「鍛練の後は大盛だよな!」
「ビールにガーリックチキン!解ってんねえ」
「オバチャン、こっちも注文!」
「俺、ステーキ」
「手羽先50本!」
「そんで、何やってんの?」
騎士王子リチャードはしつこい。エドワードは、防音ではなく注意力散漫の魔法を使う。この魔法はエドワードのオリジナルで、何を話しているのか、音は聞こえるが誰も把握出来ないのだ。
「あんたの足運び、魔法拳だろ」
王子の親友騎士エドワードが、魔法で対策している割には何でもなさそうな口調で言う。
「えっ?」
それまで無視していた若い女性が、はっと振り向く。
「あー、心配すんな。騎士団でも鍛練に取り入れてる」
女性は、不審そうにエドワードを見る。
「良く解ったなあ」
「俺気づかなかった」
騎士団員が、口々にエドワードの慧眼を称賛する。
「秘伝だからな。お前らに教えてんのとは違う、本格的な足運びだぜ」
「おう、流石だな。エド」
リチャード王子が、エドワードの盛り上がった肩をドンと叩く。その言葉を聞いて、小机の女性がガタンと腰を浮かせる。
「騎士団、エド、って、まさかっ!大師匠の息子さん?エドワード・スカイハート若師匠!?」
エドワードの実家は、魔法拳という秘伝拳法の宗家なのだ。その上で、騎士らしく剣術もきちんと修めている。魔法拳は、あまり表には出さない秘拳である。表向きの武芸の腕を磨き、田舎に住まい、さりげなく国を守っているのだ。
「おう、あんたんとこ、多分俺、知ってんぜ」
「はは」
女性が困ったように笑う。騎士王子がその笑顔を凝視した。
「癖かも知れねえが、もうちょい普通に歩かねえと、素性がバレちまうぜ」
「すみません、若師匠」
「いや、俺じゃなくてさ。あんたが困んだろ」
「いやまあ、そうですね。ありがとうございます」
女性は、ほっとしたような穏やかな表情を見せた。王子が身を乗り出す。リチャード王子は紹介して欲しそうに、エドワードの脇腹を小突く。
「ああ、こいつ、リチャード。一応王子」
「えっ第二王子殿下!」
「リチャード・マリンパークです。騎士団長目指してます」
「魔法拳は学んで無いけど、すんげえ魔法剣法の使い手だぜ」
エドワードは親友を売り込む。
「私は、街の拳法道場で雇われ師範やってます。ベアトリスと言います」
「ん?ミラー道場?」
「はいっ、流石若師匠。よくご存知で」
「いや、あんたが働いて大丈夫そうな道場なんてあそこ位しかねえだろ」
「んー、そうなんですかね。はあー、自由なつもりだったんだけどなあ。所詮は籠の鳥かあ」
ベアトリス師範が暗い顔になると、リチャードがすかさず励ます。
「ああっ、解る!でもなあ、籠に入ったまま、籠ごと飛び上がりゃいいんぜ!」
王子も同じ思いを経験したようだ。恐らくは、ほんの1秒くらいは。それでも、心からの同意を感じて、ベアトリスもリチャードへの警戒を解く。
「成る程!そうですね」
「おう。何も籠を出てく必要ねえよ。壊すこともねえ。便利な防壁は上手く使いな。寄りかかんなきゃいいのさ」
2人はあっと言う間に意気投合してしまった。何やら、手合わせの約束までしている。お互いの魔法理論を披露しているのだが、ほとんど擬音だけで意見を闘わせている。
そのうち、話は道場に来る女性門下生や体験入門者の話になった。2人の会話をそっとしておいたエドワードだったが、街の話題に反応して、再び会話に加わる。
「ふーん、女性の魔法護身術かあ」
「ええ。近頃は物騒ですからね」
「魔王の手下が紛れ込んでやがるしなあ」
「騎士団のみなさんが頑張ってらっしゃるのは存じてますけど、やっぱり自分でも少しは予防できないと、不安です」
「だよな。なあ、今度妹に指南してくれねえ?」
リチャード王子からの気軽な願いに、ベアトリスは身を堅くする。
「王子殿下のお妹君とは、姫殿下ですよね」
「姫殿下なんてタマじゃねえけどな。あのお転婆」
「アンバー君、もう14か?」
「だな」
「へーえ、あの元気なチビスケがなあ」
アンバー姫は、リチャード王子とエドワードと3人、幼馴染みだった。お転婆なお姫様は、同世代のお嬢様方どころかお坊っちゃま方にまで危険視されていた。結果、当時から活動的だった幼年騎士学校友達のリチャードとエドワードに、くっついて回っていたのである。
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