ワンチャンの女神(下)
夕食後、バカップルは応接室でお酒を飲み始めましたよ。現世の民族的体質で、お酒は子供でも大丈夫なんです。みんなザルです。味や香りを楽しむもので、酔っぱらう人はおりませんよ。
父母は父母で、仲好く書斎に行きました。婚約関係の法律やら常識やらを確認するらしいです。はあ、お騒がせなバカップルめ。
私は、夕方から夜にかけて花開く我が家自慢のサンセットブライトと言う花を見に、庭へと出ました。
サンセットブライトは、白にも見える薄いオレンジ色をした花です。花弁がフリルのような八重咲きで、拳ほどの豪華な花を咲かせます。茎の長さは大人の女性の肘先程ですよ。園芸品種ではないのに何故か我が家の庭だけに咲くんです。不思議ですね。
「へえー、それがサンセットブライトか」
私はバッと音がしそうな勢いで振り向くのでした。昼とは違う甘い声で囁かれて、びっくりしましたよ。
「思ってたより大きいな」
音もなく私に並んだド・モーガン公爵は、穏やかに花を観ています。本当に、つい最近悪夢を経験したようにはまるで見えないですねえ。強いお人なんですね。
「クラウディア」
ひいっ。
「警戒しないで。でも、お互いフリーだってダグラスから聞いたから」
から、から何ですか。
「ねえ」
手を握られました。流石脳筋、仕事が速いです。
「俺さ、ずっと魔術鍛練ばかりで女の子の扱いとか解んないけど」
婚約者も魔物に殺られたかと思ったら、真正魔術バカで婚活拒否していたのですか。夕飯のとき、ダグラス兄ィと同い年って言ってましたね。17歳ですか。
「俺の事、真剣に考えてくれない?」
「何でですか」
「えっ?何でって?好きだから」
「速すぎません?」
「いや、俺魔術師だから」
そうでした。魔術師は騎士より厄介な生き物なのです。たとえ魔術を使えなくても、世の生き物には須く魔気が備わっています。魔術師はそれを感じとり、その生き物の本質を瞬時に知るのです。つまり、恋は常に一瞬で落ちるのでした。
ロックオン済みでしたのね。
ハハッ。
「ね、クラウディア?」
ね、とは。
それより気になる事があるんですが。
「ド・モーガン公爵様」
「マディって呼んで」
いきなり疑問が解消されましたよ。
てか、本名かよっ!しかも名前か!!てっきりド・モーガンが領地名で本名ならマッドドッグが家名、渾名なら領地名=家名かと思ったら。普通にミドルネームですか。
「あの」
「なに?」
「キアーラ・シャインハートさんとはお会いになりましたか?」
「キ……?誰?」
いや、だってさ。私の知らない隠し攻略対象だったら困りますでしょ?こんだけ設定てんこ盛りだから。薄いけどイケメンだし。キアーラに会った途端にそっちのがいい!と言い出すかも知れないですよ。脳筋は単細胞ですからね。
「最近王太子の婚約者になった方です」
「あっ、例の功労者」
「功労者?」
「怖い顔しないでよ。お姉さんにとっては敵かもだけどさ」
ん?
なんか言い方に含みがありますよ。誉めた訳じゃ無さそうな?
「ダグラスにとっては、すげぇ功労者なんだよ。もうMVP」
ああ、そう言うことでしたか。
「ワンチャンの女神」
「女神ねえ」
「いやもう、本当に女神だよなって2人で言ってたんだよ、その、なんだっけ、キラー?」
ある意味あっておりますよ。
「いやあ、そいつ、俺にとっても女神だったな!」
優しい声を甘く弾ませて、魔術バカが身を寄せてくるのですが。音声だけ聞いたら、キアーラの虜みたいですよね。
「そいつのお陰でダグラスとロゼリアの話が決まって、俺はクラウディアに逢えた」
睫毛長いですね。睫毛も髪も、近くで見ると柔らかそう。ちょっと触ってみたいです。
「ねえ、キスしていい?」
いいわけねえだろーがよッ!
私は得意魔術のスペシャルトルネードアタックをお見舞い致しました。でも、魔術バカ師は微塵も動かないのです。流石ですね。ちょっと素敵ね。
「あー、やっぱ、風得意なんだね。飛ぶの好きでしょ」
「すぐそういう所に注目する方は、お断りですわ」
つんと澄ましていい放ちます。
公爵様は離れないですよ。握られた手からマディ様の魔気がじわじわと感じられて、満たされた気持ちになってしまいます。
早く離れてくれないかな。
「ねえ、クラウディア、俺の愛しい風、機嫌直してこっち見て?ね?」
この人、魔術師だからなあ。そして私も魔術師だからなあ。
「抵抗しても無駄だよ?クラウディアも魔術師なら解るよね」
クスッと色っぽく笑うと、顔を近づけてきました。
「いいえ!解りませんわ。魔術師だって、節度は必要ですもの」
「強情だなあ。クラウディア可愛いな」
まあ、いまのところは、手を握るくらいまでなら許してやりましょうか。
えっ?
「ちょっとおー」
油断した瞬間にチュッとやられました。これだから脳筋は!!
「もっかいしよー」
「しません!メッ!!」
「ええー、ケチー」
サンセットブライトの花が夕方の風に揺れて、匂やかな香りを漂わせ始めます。もうすぐ日没です。
「戻ろうか」
「そうね」
マディ様は宝物のように大切そうに私の手を引いて行きます。家の脳筋どもと同じくらいに見上げる程の大男なんですけれども、やっぱり穏やかで落ち着くお人。
魔物にやられたド・モーガン公爵領を建て直すのは、並大抵の事ではないでしょう。身も心も強いお方だけれど、独りで出来ることには限りがあります。
私にも何か力になれるでしょうか。この人を支えて行けるでしょうか。手始めに、そうですね。
「魔術教えて下さる?」
「おう、一緒に飛ぼうぜ!」
「はあ、もう解った」
「なんだよ、飛ぶの好きでしょ」
「はいはい、認めますよ」
「だろーっ!もう、可愛いなあ」
結局、あんた、私のそこが気に入ったのですかね。
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