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街灯の下の告白

そんなに頭の良い方ではないし、相談できる友人も、地元から遠く離れている咲良にはほとんどいない。だが、例え、好きな相手が女じゃないらしいんだがどう思うか、と聞いたところで、色んな憶測と共に咲良の性癖まで疑われかねない。ちなみに咲良はナチュラルである。純粋に異性が好きだし、伊月のことも、少し男前ではあるが、どこにでもいる女性だとばかり思っていた。実際に、彼女は更衣室は女の方へ入るし、誰からも咎められたことはない。


いろんなことを一人悶々と考えあぐねていた咲良は、ハッと顔を上げた。

「まさか……下には付いてるんじゃ……?」

【性転換】そんな言葉が頭をよぎった。

それなら、納得できなくもない。男を相手に普通にスパーリング出来るし、力は無いが、技術でこなすそんな男などザラにいる。

咲良は頭をガリガリとかきむしりながら、ムシャクシャする気持ちを持て余していた。



数日後にはジムの予約が入っていた。咲良は半ば緊張気味に中へ入った。受付に恭子の姿は無い。たまの休みが今日に当たるとはついていない。

「聞こうと思ったのにな……」

ポツリと呟いて、規則的に聞こえてくるマシンの方へ視線をやった。そこには、伊月がいた。いつものように真っ直ぐな瞳でマシンと、そして自分と向かい合っている。時折歪む頬を伝う汗。それはまるで、自分をいじめているようにも見える。それは、咲良自身に対しても同じなのだが。

「永井さんも、知ってんのかな?」

咲良と出会う前から、コーチとして伊月と付き合っていたという永井なら、真相を知っているかもしれない。眼下で汗を流す伊月を叱咤激励している永井コーチを見ながら、咲良は更衣室へと入っていった。


「咲良!今日は遅かったな!」

いつも通りの明るい声。汗もかいてすっかり出来上がっている伊月に、咲良はまともに顔を向けられなかった。

「ちょっと、用があってな」

それだけ言って、咲良は柔軟を始めた。伊月は首にかけたタオルで汗を拭きながらその様子を見ていたが、やがて永井に呼ばれると、サンドバッグへと向かっていった。


その日は咲良と伊月の間に会話は無かった。ジム終わり、伊月が声をかけた時も

「気をつけや」

の一言だけだった。


その足で、伊月は恭子に会いに、彼女が住むアパートへ行った。合コン以来だった。

部屋のドアを開けた恭子の表情が、全てを物語っていた。

「伊月のおかげよ!今度は二人で会いたいって!」

「そりゃ良かった」

恭子のご機嫌な様子に、伊月も悪い気はしない。長年のツレだ。どちらかと言えば、幸せであって欲しい。

恭子は、伊月のひざに貼られた絆創膏に気付いた。

「それ、ジムでやったの?」

「あぁ、コレ……あの日恭子と別れた後にさーー」

伊月は、合コンの後に偶然咲良と出会い、一悶着あった事を話した。その話を聞きながら、恭子は次第に眉をひそめてきた。

「はああぁ?」

顎が外れそうなほどに反りだしながら、恭子は伊月を問い詰めた。

「なんてこと言ったのよ?オンナじゃないって、どういうことよ?」

「うん、まぁ、そう言っとけばもう言い寄られないかなって、思って……」

言い過ぎたかな、と苦笑いをする伊月。恭子は空を仰いで、呆れた、と肩をすくめた。

「あんた、好きじゃなかったの?咲良くんのこと!偶然とはいえ、せっかく大変身した姿を見てもらったんじゃないの?彼がヤキモチ焼いてたって、分かったはずでしょ?いつまで逃げまわってるつもりよ?私、分かるのよ。咲良くんなら、伊月のこと受け止めてくれるって。ねぇ、せめて私には本当のこと言って。彼のことどう思ってる?」

伊月は、途端にうつむいてしまった。

「なんだよ……このままじゃダメなのかよ?」

涙声の伊月を、恭子は抱きしめた。

「ごめんね。私、伊月が大好き。いつもいつも無理して、望んでない自分と向き合って、隠して笑ってる。それを見てきたから、幸せになって欲しい、それだけなの。ねぇ……」

恭子は体を離して、伊月の顔を覗き込んだ。

「咲良くんに、本当のこと言おう。で、ダメならそれで諦めよう。一人で無理なら、私もそばにいるから……いつまでも友達のままが良いなんて、自分勝手だよ」

説得するようにゆっくりと話す恭子に、すっかり落ち込んでしまった伊月は、涙目で小さく頷いた。



それからしばらくして、事件は起こった。

伊月のスパーリングの相手をしていた男が、ルールとして禁止されていた関節技を繰り出し、彼女の肘を伸ばしてしまった。左腕をかばってうずくまる伊月に駆け寄った永井は、

「肩も外れてるかもしれない。ちょっと我慢しろよ!」

と言うと、彼女の腕をグッと掴んでまわし入れた。言葉にならない声で唸る伊月。リング下に駆け寄った恭子は、救急車を呼ぶように言われてスマホを手に取ったが、伊月はそれを止めた。

「待って。行けるから。自分で」

大きく息を吐いて、立ち上がった。その額には、脂汗がじんわりと浮かんでいた。


「おい!大丈夫か?」

病室に駆け込んだ咲良は、看護士にたしなめられて、慌てて頭を下げた。そしてすぐに伊月の前に駆け寄ると、その左腕を固める包帯にめまいを起こしそうになった。

「なんでこんなことになったんや!」

付き添っていた恭子が、代わりに答えた。

「相手がちょっと我を忘れたみたいで、伊月の腕を取って腕十字をーー」

「禁止されとったはずやろ?ましてや男がこんなほっそい腕を……くそっ!俺が居ないときに、ホンマ腹立つ!どいつや!しばいたる!」

息巻く咲良に、静かにするようにいなした伊月は、苦笑いをしながら腕をさすった。

「仕方ないよ。リングなんて、何が起こるか分からない所だし」

「お前はどこまで甘ちゃんやねん!そんなこと言うてたら、今に殺されるで!」

「大袈裟だなぁ」

伊月は笑ったが、そこに元気は無かった。恭子はそっと立ち上がると

「じゃ、彼が待ってるから私は帰るね。伊月、咲良くんに送ってもらって」

と、伊月の頭をポンと撫でた。

「おぅ、悪かったな、あとは任せとき」

咲良は恭子に礼を言うと、今度は恭子が座っていた椅子に座り直した。そして、フウッと息を吐いて伊月を見つめた。

「ホンマに心配したんや。運ばれたって聞いて、いても経っても居られんくて、仕事放ってきた。明日絞られるかもしれん」

「ごめん」

「いや、謝るのはコッチや。守ってやれんかった。すまん……」

「それは求めてないから、気にしないで」

「なんやねん!黙って守られとけ!……って言うても、しばらく避けとったからな……どうしたらいいか分からんかってん。ずっと考えててんけど」

伊月は黙って聞いていたが、やがてベッドから降りると、自分の鞄を背負った。

「行くんか?」

「うん。家には帰れるけど、しばらくは安静だって」



病院を出ると、二人は並んで歩いた。

「靭帯損傷か?」

「切れてはないみたい。でも、しばらくは動かさないようにってさ」

つまらなさそうに話す伊月。

「ジムには来れるんやろ?他は元気なんやから」

「……行かない。絶対動きたくなるだろうし」

「そうか……そうやな、伊月はそうや」

それきり、二人の会話は途切れた。夜道を、二人の靴音が響く。不意に咲良は立ち止まった。それに気づいて振り返る伊月。

「どうした?」

咲良はじっと伊月を見つめていた。

「なんだよ?言いたいことがあるなら言えよ」

咲良は、一瞬視線を空に移して何か考えたあと、

「言いたいことならただひとつだけーー」

また伊月を見つめた。

「俺の気持ちを伝えとく」

伊月はゆっくりと向かい合った。静かな時間が、二人の間を過ぎていった。



咲良は自分の部屋に帰ってくると、ベッドに倒れ込むように突っ伏した。言いたいことは言った。だがそれ以上に、伊月の言葉は彼にとってどうにもならない現状を突き付けた。

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