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残した謎

「そんな急に無理だって!」

「お願い!もうあんたしか頼める人が居ないの!」

困惑する伊月の前で、恭子が深々と後頭部を見せながら、両手を合わせていた。それでも首を縦に触れない伊月。

「そんなの、『一人風邪で来れなくなりました』で充分だろ?こっちだって気持ちの準備ってのが要るし……どっちにしろ行かないけど!」

「お願い!どうしても断れない相手なの!私の顔を立てると思って、ココはひとつ!」

泣きそうになりながら懇願する恭子。伊月は、困り果てて何度もため息をつく。こんなやりとりが、もう三十分ほど続いていた。もうこうなると、恭子も後にひかない。そう観念した伊月は、最後に大きくため息を吐いて、肩を落とした。

「……もう二度とやらないからな!」



人数合わせで頼み込まれた伊月が恭子と共に訪れたのは、少し高級な居酒屋だった。それと言うのも、恭子がお世話になっている上司から一緒に食事をと話が来たのだが、どうしても二人だけでは場が持たないと判断した恭子は、同僚と四人で呑みませんかと打診したのだ。

「そんなに好きなわけ?その人のことが?」

伊月の言葉に、恭子は頬を赤らめて頷いた。

「ま、まさか一緒に食事をって言われると思ってなかったから……思わず……」

すっかり女の顔をしている恭子の隣で、伊月もしっかりと女へと変身させられていた。

ショートヘアは編み込みされているし、体のラインの分かる膝丈のワンピースに、ネックレス、足元にはアンクレットとハイヒール。それにしっかりとメイクも施されている。それもこれも、恭子が今日を勝負に次へ繋げるため、頭の先から足の先までコーディネートしたものである。

伊月は歩きにくそうにハイヒールのかかとを鳴らしながら、恭子について行く。

やがて、相手の男性たちの姿が見え、恭子の緊張が伊月にも伝わってきた。

あとは、彼女が上手くやってくれるのを信じて、伊月は半ば無になりながら、時間を過ごすことにした。



「ありがとう!」

満面の笑顔で帰って行く恭子。伊月にとっては地獄のような二時間だったが、恭子の幸せそうな様子を見られて、やっとホッとした。

「ホント、世話の焼ける……」

少し頬を緩ませて、きびすを返した。だが、高さ五センチとは言えかかとの高い靴は慣れていない伊月にとっては歩きにくくて仕方がない。酔い覚ましに歩いて帰ろうかと思ったが、帰り着く前に足がつるんじゃないかとため息をついた。その時ーー

「い、伊月?」

小さく聴き慣れた声がした。顔を上げると、咲良が立っていた。

「おぅ、さく……」

いつもの調子で返事をしかけたが、自分の姿がいつもと全く違うことに気付いて、言葉を詰まらせた。咲良もまた、目をまん丸くして、伊月を凝視している。

「や、やっぱり、か?え?なんで?」

目ばかり大きく、声が消え入りそうな咲良に、伊月は少し照れ臭そうに頭をかきながら視線を外した。

「えっ……と、コレはちょっとしたアクシデントというか……合コンのっーー」

言葉を遮るように腕をつかまれ、咲良に引っ張られていった。無言で速足で歩く咲良に、伊月は必死について行く。しっかりと握られた腕は、血が止まりそうになっている。

「ちょ、痛いって!そんなに速く歩いたらっ!」

言いながら、とうとう伊月は足をもつれさせて転んでしまった。

「いっ……た……」

両膝を見事にアスファルトに擦り付けてしまった。慌てて起こす咲良は、そのままお姫様抱っこをすると、近くの公園に駆け込んだ。

「……すまん……」

小さくそう言って、咲良は首から下げていた自分のタオルを水で浸して、伊月のひざの傷を押さえた。ラフなTシャツと短パン。ジョギングでもしていたのだろう。少し汗ばんでいる頬は、さっきまでの速足で歩いていたせいではないことくらい、伊月にも気付いた。

「近くに薬局があったな。ちょい走ってくるわ」

咲良はタオルを伊月に持たせて、返事を待たずに走り去っていった。

シンと静まり返った小さな公園は、二つだけの灯りにすべり台や鉄棒、そして伊月が座っているベンチをほんわりと照らしている。

伊月は皮のむけたひざの様子を見ながら、タオルで血を拭った。

「思い切りいったな……」

しばらく傷が残るだろうな、と顔をしかめる伊月に、影が落とされた。咲良ではなかった。

「あららお姉ちゃん、どうしたの?こんなところに一人で。あー、転んだ?送って行こうか?家、どこ?」

たどたどしい日本語のような口調で、スーツを着た男が伊月に話しかけてきた。伊月の鼻先を、酒臭い息がツンと突いた。

「大丈夫です」

凛と答えた伊月に、男は構わずにやけながらその腕を取った。

「ちょっと!」

その腕を取り返して絞めてやろうかと思ったその時、男のもう一つの腕が背後へとねじ上げられた。

「何してん?」

低い声が、男の悲鳴を煽る。慌てて振り解いた男は、そのまま一目散に走り去っていった。

フン、と鼻を鳴らしたのは、薬局から帰ってきた咲良だった。手には、絆創膏の入った袋を下げている。

「ありがと」

伊月の礼には答えず、咲良は黙々と封を開けると傷に貼っていった。手際良く終えると、伊月の横にどっかりと座った。そして大きくため息を吐いた。

「言わんこっちゃない」

「は?」

「は?やないわ!そんな格好してたら、オトコが寄ってくるに決まっとるやろが!何してんねん!」

伊月には視線もくれず、咲良はまくしたてた。

「そうやって合コンでオトコたちと楽しくやってきたんやな?そら、楽しかったやろなぁ!彼氏の一人でも作ってきたんか?」

「ちょ、ちょっと待て!落ち着け咲良!」

「落ち着いとるわ!なんや!俺だけのけもんか!いい気なもんやで!」

「咲良!聞けって!ただ人数合わせで頼み込まれただけ!恭子に聞いてくれたら分かる!」

「恭子?」

やっと伊月を見た咲良の眉がピクリと動いた。

「そう!それに、二時間の間、全然喋ってもない」

「なんでや?」

「……ボロが出るから、喋るなって。風邪こじらせて声が出にくいことにしてた」

咲良は少し頬を動かした。笑いを堪えている様子だった。

「でも、あれやろ?笑顔とか振りまいたんやろ?」

「そりゃ……多少は……」

すると咲良はまたそっぽを向いた。

「俺には無いもんな……」

「は?」

「俺には、そんな格好も笑顔も見せてくれたことないやろ!」

「見せるわけないだろ」

「なんでや!ホンマ腹立つ!もう帰るわ!」

咲良は勢いよく立ち上がると、歩いていく。それを見送る伊月に振り返ると、

「はよ来いや!」

と手招きをした。だが伊月は立ち上がろうとしない。咲良は戻ってくると、

「なんや?行かへんのか?」

とまだ怒り口調で言った。伊月は、咲良の絆創膏を指差した。

「もう余ってない?」



「ったく!慣れん靴なんか履くからや!靴ずれとか笑わせる!」

結局、伊月の足には四ヶ所に絆創膏が貼られ、それでも歩きづらそうにするのでお姫様抱っこされ、無理やりタクシーに押し込まれていた。

「しょうがないだろ!もう笑うな!」

車内に響く咲良の笑い声。その横顔を睨みながら、伊月は膨れっ面で窓の外を見た。やがて、ヒーヒーと息を整える咲良。

「ま、慣れんことはすんなっちゅうことや!分かったか!」

「もうしねーよ!うるさいな!」

「やけど、練習台になったってもええで?」

「は?」

「デートしようや、せっかく揃えたんやろ?」

「違うよ。コレ、恭子に全部返す」

「はぁっ?もったいな!似合うのに!」

「要らないよこんなの」

「なんでや?よう似合ってるって!ちゃんとオンナやって分かるし、さっきかてナンパされかけたやん?」

「必要ないって!」

伊月は面倒そうに声を荒げた。そしてため息を吐くと言い捨てるように言った。

「オンナじゃないんだからこんなことしなくていいんだよ!」

その途端、運転手も含めて車内の空気が凍った。

そんな空気も気にしない素振りで、

「あ、運転手さん、ココらへんでいいです!」

伊月はヒョコッと車を降りると、去っていくタクシーを見送った。

「あの……さっきのって、どういう意味でしょうかね?」

言葉を絞り出す咲良に、運転手は小さく苦笑いした。

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