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蒼空のコリドー  作者: 東岡儀臣
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第1章 5~


 改めて左右を確認したが、メインストリートの往来はほとんどない。市中空路もイエローとブラックのストライプ表示が浮かび封鎖を告げている。当局の機体とドローンが緊急灯とサイレンを響かせて飛行しているだけだ。

 ドナートは横断歩道の感知エリアに立つ。

 通常なら閑散とした交通状況を判断した信号機システムがグリーンランプを点灯してもいいが、レッドランプを点滅したままだ。車両用信号機もレッドランプかイエローランプの点滅しか示さない。交通制御システムはフェイルセーフに入っている。

 ”マルクス、最新の状況を”

 ”チケット売り場に8名。駅員の制服1名が窓口業務中。キオスク内に店員1名。買い物客3名。ホームに乗客4名。駅員の制服2名を確認。システム障害で顔認証データの照合に不確実性が発生。マップ出力スタンバイ”

 ”ホームにいる全ての人物の顔を表示”

 ”アップデート”

 ドナートは視界の隅に新しく浮かんだARウインドウを開いて顔画像を注視する。

 ビジネスマン、ジャンプスーツの船員風の二人組、体格のいいカジュアルスタイルの男。年齢層も服装もバラバラだ。身元の照会も出来るが、真偽の確認がシステム障害で確実ではなかった。

 市管理局へのアクセスセキュリティーは引き上げられているが、汚染が疑われるデータバンクの回答を信じるわけにはいかない。

 全てが後手。情報戦でも完全に遅れをとっている。

 コンコース全体の配置も記憶し、視界にある全てのARウインドウを収納する。

 メインストリートを渡りきり、ロータリー脇の歩道を進む。

 駅舎正面入り口まであとわずか。

 フォルリバー駅は港湾施設関係者の利用が主なためか、駅舎にテナント施設の併設はない。巻き込みを極力回避できるメリットはあったが、こちらも紛れ込むことに慎重にならなければならない。

 ゆっくりと歩みを進める。

 ”マルクス。歩行銃座の再配置は間に合うか?”

 ”中央ホームへの応援は間に合います。先行配置の歩行銃座と合流後、電磁カーテンの展開準備。再配置に伴いコンコースでの火力不足が発生。解消までおおよそ5分”

 ”わかった。歩行銃座の再配置を進めてくれ”

 ”受諾”

 右方向。駅舎ロータリーと道路を隔てる植栽の向こう側にピックアップトラックが見えた。

 25ミリ機関砲を照準している多脚戦術機NO.1のガンカメラにもまだ動きは見られない。

 ”ドナート。提言があります”

 ”聞こう”

 ”歩行銃座一基をターゲットAの間近を通ってコンコースに移動させれば、詳細な情報収集と火力強化が可能です”

 プレゼンのARウインドウが開き、歩行銃座の移動コースとカバーするエリアを表示する。

 ”北西部のカバーが手薄になるな。対策は?”

 ”NO.4の護衛をしているNO.1を機動的に運用。コンコースの対処は3基の歩行銃座で当たります”

 歩行銃座は高い抗弾性能有し、火器を携行もしくは内蔵する銃撃戦に特化した歩行ロボットとして開発された。故に特殊作戦に対応して人間に偽装しても、機械歩兵ほど完成度は高くない。一般人相手ならともかく、ターゲットにできるだけ近づけたくなかったが近接確認のメリットは大きい。

3基の火力を合わせれば市街戦での火力に不足はないが、予備戦力はなくなる。また、NO.4は8基の歩行銃座と機械歩兵の制御ターミナルを担っているため、NO.1の援護は必要だ。情報か火力か、どちらの優位を取るか。

 ”通行の整合性は”

 ”整合率83%”

 ”わかった。接近させよう。慎重に”

 ”受諾。配置の変更開始”

 ミニマムウエポンの動向を示すウインドウに目をやる。

 第二警戒線を越えるまであとわずか。2階建て駅舎の屋根を越え、改札側ホームにもうすぐ到達する。

 中央ホームの警護対象まで直線にして70メートル。

 ”大尉”

 ”中央ホームは任せろ。コンコースのカバーリングに集中するんだ”

 ”了解”

 全面ガラス張りでコンコース内の様子がよく見える。

 待合エリアのベンチに座る歩行銃座の頭上にIFFのマーカー。視線の通らない位置にいる歩行銃座は輪郭線とIFFマーカーで見ることが出来る。

 キオスクへの出入りもいつもより多いのか、店員が慌ただしく虚空に手を振って商品表示を整理をしている様子も見て取れた。

 ”大尉。まだピックアップトラックに動きはありません。バックアップでしょうか”

 ”さてな。動き出すなら制圧射撃だ。臨機応変に対処しろ。緊急時は迷う前に撃て”

 ”了解。コンコースに進入します”

 チケット売り場、改札ゲート、待合エリアが一体化した小規模コンコースはざわついていたが、どこか間延びした雰囲気だった。休日出勤のトラブルでは出来ることは限られているという開き直りだろうか。

 ドナートは入り口のすぐ左にあるキオスクに立ち寄り、4台並ぶ購買端末に手をかざしてマガジンをダウンロード。ボディーバックから携帯タンブラーを取り出し、ドリンクサーバーにアイスコーヒーをオーダー。

 注ぎ終わるまでの待ち時間を利用してカウンター越しに店員へ声を掛ける。

「こんにちは」

「いらっしゃい。マシンに不具合でも?」

「いや、なんだか慌ただしいと思って」

「あぁ!そうなんですよお客さん。いつもより客が多くて。まぁおかげさまってヤツですけどね」

「ネットも障害が起きてメッセージくらいしか使えないみたいだな」

「ええ、うちも在庫調整のデータは何とか本部とやりとり出来るんですけど、肝心の物流が・・・お客さんも貨物の確認に?」

「ああ。日曜日にせっかく仕事に出たんだがコンテナが動かせなくて困ってるんだ」

「同じようなお客さんばかりですよ。直接駅事務所に確認に来て、ここで状況待ちのお客さんばかりって感じです。じきに満杯になりそうです」

「ほとんどが港湾関係者ってことだな」

「そうですよ。路線調整で途中下車もしてるので、それなりに見ない顔もいらっしゃいますけどね。お客さんも外から来られた方なんですね」

「・・・なぜだい?」

「その帽子です。バイキングズのホーム用チームキャップ。ツバの裏側にGO!F●CK!ってあるでしょ。オフェンスの時、ツバを上に向けて応援するんです。だから上げやすいようにツバは真っ直ぐのままが普通なんです。お客さんはにわかファンだって事がバレバレです」

「それはまずったな。こちらに転勤してきたばかりなんだ。周りに溶け込もうとして選んだんだが、そんなしきたりがあるとはね」

「分かります。お客さんのしゃべりは東部っぽいですからね。ここいらの連中は荒くれだが気のいいヤツばかりですよ」

「ああ、そうだな。ありがとう、また寄らせてもらうよ」

「お待ちしてます」

 店員の笑顔にドナートは愛想笑いで答え、携帯タンブラーを片手にコーンコースを振り返る。

 ”大尉。偽装に失敗しました”

 ”判断を鈍らせるな。大丈夫だ、俺がバックアップしてる。もうすぐターゲットAの近接走査も入ってくる。分析は任せろ”

 ”了解”

 ドナートは近くの空いたベンチに腰を下ろすと、雑誌のARウインドウを読むフリをして警戒を始める。

 いま中央ホームではキャリングケースに偽装した放電装置を携えた歩行銃座がミニマムウエポンを待ち構えている。

 全長10ミリにも満たないミニマムウエポンへの有効な対処は落雷。イオンで駆動するナノリアクターへ過負荷を入力すれば簡単に破壊できる。

 機体容量の関係で耐電磁防御手段を持たないミニマムウエポンは発見されない事が最大の防御力だが、歩行銃座のイオンセンサー、さらに要所に設置したイオンセンサーに捉えてしまえば追尾も可能だ。

 ミニマムウエポンは無力化したに等しい。

 だが敵の動きが読めない。簡単に対処出来すぎた。大尉も中央ホームの歩行銃座さえも囮にして状況を見ているはずだ。

 敵はどこだ。ざわめきの中に息を潜め、何を考えているのか。

  ”注意喚起。ドナート、集中力の低下を検知。コンコース警戒に注力を推奨”

”すまない”

 しかし本能が危険を感じきれず、あやふやな非現実感がどうしても忍び込んでくる。奇襲を受け、ベイルアウトする前に筐体が破壊されればたとえ安全装置があっても神経が深刻なダメージを受ける。死を免れたとしても植物状態になるだろう。頭では理解していても、機械歩兵が高度であればあるほど、使えば使うほど自分と現実が離れていく。

 人形使いが陥ってしまう致命的な錯覚だ。

 コネクトしたときの緊張感を取り戻せ。いまここにいる。ここで生きている。

 確かな危機の中にいる現実を噛みしめろ。

 偽装に失敗し、コンコースに敵が紛れ込んでいるならすでにマークされているだろう。ならばいっそ囮になって敵をあぶり出すか。

 囮・・・・!

 意識を向けた統合戦術野に斥候していた歩行銃座のデータが流れ込んでくる。ピックアップトラックの運転手と視線が合う。走査感知アラート。強力なセンシング。欺瞞シールドが突破されていく。

 ”大尉!”

 ”ターゲットAはダミーロボットだ!”

 間に合うか。

 ドナートは叫ぶ。

 ”耐爆姿勢!NO.1撃て!”

 床に身を投げ出す。

 ピックアップトラックをビルの屋上から照準していたNO.1が射撃開始。

 25ミリ徹甲弾が毎分180発で打ち出され、鉄の雨を浴びせかけられたピックアップトラックは沈み、跳ね上り、回転し、搭乗していたダミーごと引き裂かれる。

 着弾で沸き起こる粉塵の上で刹那のダンスを踊っていた鉄塊が爆発。

 爆発で生じた衝撃波が路面を陥没させ、3階建て鉄筋コンクリートの外壁を2階部分まで粉砕した。1階部分は水平方向に20メートルに渡ってえぐられ、駅舎だけでなく、近隣の窓ガラスという窓ガラスがはじけ飛んだ。

 リアクターの誘爆で起こる規模の爆発ではなかった。

 コンコースにも十分な威力の衝撃波が駆け抜け、天井や内装壁を吹き飛ばして市民をなぎ倒した。

 凄まじい轟音が余韻を引く中、ドナートはボディーバックのホルスターからハンドガンを抜いて片膝を付く。

 粉塵が漂うコンコースを油断なく見渡す。追撃はない。

 助けを求めるうめき声がそこかしこから上がる。

 やられた。キャリアーごとトラップだったということだ。

 歩行銃座達も警戒を続けながらゆっくりと上体を起こす。それぞれ大きなダメージはない。

 ”ドナート、無事だな。襲撃チームが急行中。トロフィーの安全を最優先で確保。ミニマムウエポンのスイープを開始させた”

 ”了解。マルクス!コンコースに2基残す。全機、携行武装して警戒。残りは俺の援護。大尉に待機中の歩行銃座も全て出すようにリクエスト”

 ”受諾。全歩行銃座はすでに稼働中。ナウ、サーチ&デストロイ”

 低い姿勢で改札ゲートに行き、ホームを伺う。

 倒れた3人を、いや伏せた3人をポーターが円陣を組んで守っている。

 中央ホームの歩行銃座2基がキャリングケースから高電圧を放電させながら移動する様子が見える。

 駅舎の南側はコンテナヤードが広がり、ホームにはほぼ遮蔽物がない。

 監視はしているが狙撃に警戒しなければならない。

 ボストンバッグからPDWを取り出した歩行銃座が後方を警戒しながら隣に来る。

 ”カバー”

 IFFを点け、改札ゲートを乗り越える。そのままホームを横断。線路に飛び降りて中央ホームの積み壁に背中をぶつける。

 視線と銃口を連動させて上下左右を索敵。

 ”クリアー”

 援護の歩行銃座が駆け寄ってくる。傍らに到着し、位置に付いた事を確認してドナートは声を上げた。

「Ms.オルネラス!怪我はありませんか!」

「私達は問題はない!だが同行者がイエロータグ!」

「彼を連れて這ったままこちらに来れますか!」

 ホームの上に拳を出す。

「大丈夫だ!」

 オルネラス嬢が励まし、指示する声が聞こえる。

 ほどなく粉塵にまみれながらも凜々しい顔がホームの淵からのぞいた。

「Ms.オルネラス!こちらです」

 腰ベルトにハンドガンを差し、線路へ降りる手助けをする。

「すまない・・・マシンソルジャー!?人形使い?」

「オズへようこそ」

「このブリキの兵隊め」

「私は兵隊じゃありません。士官です」

 ソラナは合い言葉を交わし終わると上半身を乗り出して機械歩兵に抱きついた。

「来てくれたのか!」

「役目ですから」

 会話につられてロラが顔を出す。

「ご無事で。ミス・エモベンテ」

「ドナートさんなんですね!」

「さあ、こちらに」

 ドナートはソラナを抱き下ろすと手を差し出す。しかしロラは頭を振る。

「先に彼を」

 促されてふらふらと少年が顔を出す。目の焦点が定まっていない。脇に手を入れ、線路へ担ぎ下ろす。続いてロラ。

 ソラナは自分の膝に仰向けに寝かされた少年の頭を乗せると、粉塵まみれの顔をハンカチで優しく撫でた。

 ロラが少年の上着を開いて楽にする。

「ケガは見えないが様子がおかしいんだ」

「お二人は何か異常はありますか」

 二人の少女は大丈夫と頷く。

「彼を診ましょう」

 ドナートはロラと入れ替わり、人差し指と親指を喉元へ当てる。血圧と心拍数、呼吸数をモニター。

 血圧が低く呼吸が浅く早い。顔色も蒼白だ。ショック症状になりかけている。

 ボディーバックのライフセービングキットからフィンガークリップを取り出し、少年の人差し指に取り付ける。血中酸素を含めてバイタルチェックが始まり、ニードルが指先から採血を行う。

 酸素飽和度が低調だが、まだ酸素吸入が必要なほど下がっていない。

 血液検査を待つ間、眼球の毛細血管、瞳孔反応、頭部の変形がないかを確認。

「アラートを受けて頭を守るように押し倒したんだが・・・」

「精密検査が必要ですが、外傷性脳損傷の可能性は低い。訓練を受けていない人間があれだけの衝撃波と轟音を浴びれば酩酊状態になりえます。あなたが彼をかばわなければ、衝撃波と場合によっては破片をまともに受けていたでしょう。勇気ある行動でした」

 ドナートはソラナの目をのぞき込み、肩を叩いた。

 ソラナがはにかむ笑顔を見せ、少年を気遣う視線を落とす。

 ”ドナート、簡易検査の結果が出ました。アナフィラキシーの反応が見られます”

 ”ミニマムウエポンか?”

 ”可能性大”

 ”ナノマシン抗体の投与に耐えられるか? ”

 ”リスクは大。しかし投与しなければ死亡と予想”

 ”わかった。周辺のスイープをバッテリーが切れるまで続行。その後はポーターの警備に当たらせろ”

 ”受諾”

 ドナートは保温シートを出し、アツトの身体を覆うと、自動注射器を肩に押し当てる。

 ロックが外れ、筋肉へ針が刺さって薬剤をゆっくりと注入する。自動注射器を保持したまま、インジケーターが青に変わるまで待ってから引き抜く。

「軽いショック状態です。薬を投与しましたが、時より彼に声を掛けてあげてください。呼吸がおかしいと感じたら酸素を」

 酸素スプレーを手渡すと、ソラナは力強くうなずいた。

「任せてくれ」

 ”大尉、トロフィーを確保。トロフィー3にナノマシン抗体を一単位投与。メディックに受け入れ準備を”

 ”了解。準備させる。LZはそこから東へ300メートル。コンテナヤードの空きスペースだ。到着まで5分”

 ”了解”「ミス・オルネラス。すぐにヘリが来ます。着陸地点へ案内します」

「サカキは!?・・・彼は?」

 緊張した面持ちのソラナへ、ドナートは頷いて見せる。

「無論、連れて行きます」

 ホッとした表情を確認し、ドナートは歩行銃座のボストンバッグから負傷者搬送用の装具を取り出す。

「彼の身体を起こして下さい。私が運びます」

「いや私が。ドナートは警戒に専念してくれ」

「わかりました。お願いします」

 オルネラス嬢の身体能力の高さは知っている。彼女なら少年を背負ったまま、ランディングゾーンまで全力で走る事もたやすいだろう。

 少年に手早く装具を装着させ、オルネラス嬢に低い姿勢のままで背負わせる。

「スリングの調整は、ここと、ここで」

 調整が終わるまで後ろで支える。

「ありがとう。いける」

「お嬢様。酸素スプレーは私が」

「ああ、頼む」

「荷物は私が責任を持って回収しておきます。ミス・エモベンテもよろしいですね」

「はい!」

 ”マルクス、サイドトラッカーの配置は終わったな?”

 ”肯定”

「では私が先頭、次がミス・オルネラス。その後ろにミス・エモベンテ。一列で進みます。間隔は2メートル。では行きましょう!」

 ドナートはハンドガンを構え、先導を始める。

 最後尾の歩行銃座は後方を警戒しながら後ろ向きで続き、両サイドに展開した2基一組のバディーも動き出す。

 静かだった。不気味なくらい動きがない。

 慎重に、しかし速やかに。

 周囲にこだまするけたたましいサイレンの中に、力強いローターの爆音が混ざり始める。

 ヘリが来る。

 ”大尉。敵の動きが見えません”

 ”こちらもだ。今のところ警戒エリア内には反応なし。非常線は張り終えた。これから警察の検索も始まるんだが、まぁ付近に潜伏はしてないな。すでに撤収しているならやっかいな相手だぞ”

 今回は手薄だったとは言え、大尉は敵が逃走した場合の準備も怠っていなかった。その網をかいくぐって離脱したのだとしたら、実力は情報軍に引けを取らないということだった。

 中央ホームが途切れる。

 ドナートは停止の合図を出し、港湾方向の空を見上げる。

 2機の高速ヘリが見えた。こちらに向かってまさに突っ込んでくる。

 前方100メートル地点。多くの貨物コンテナで覆い尽くされた保管スペースと、貨物列車への積み込みホームまでの開けた場所がランディングゾーンだ。

 スモークグレネードを投げる。

 ”ファルコン1。スチールラットのスモークはグリーン。トロフィーはそこから北西に15メートル。両サイドにサイドトラッカー。IFF5秒発信”

 ”スチールラット確認した。進入する。待機しろ”

 ”了解、ファルコン1”

 左旋回しながら編隊を解き、1機が同じ旋回率のまま高度を落とし始める。

 「着陸地点の安全確認が終わるまでここに待機です。ヘリが着陸態勢に入ったら、50メートル前進します」

 「わかった」

 ドナートはふと、アツトの顔色を見てフィンガークリップから受信するバイタルを確認する。

 アナフィラキシーショックが進行している。危険な状態だ。このままでは多臓器不全を起こしてしまう。

 ハンドガンをホルスターに納める。

 ”ナノマシン抗体をもう一単位投与。ファルコン1急いでくれ。トロフィーのコンディションが低下中”

 ”もう60秒待て”

 取り出した自動注射器をもう一本打つと、ロラに酸素スプレーを頼む。

「ドナート。状態が悪いのか?」

「助けます。ヘリにはメディックもいます」

 オルネラス嬢のこれほど動揺した表情を初めて見たかもしれない。これが大尉が示唆していた、関係性の化学反応なのだろうか。

 ドナートは視線をヘリに戻す。

 機体の左右に大きく伸びた安定翼が小刻みにフラッペロンを動かしながら風を捉え、積み上げられたコンテナをかすめるように着陸コースに乗る。両方のサイドドアにはキャビンから足を投げ出して並ぶ襲撃チームが見える。

 引き起こしで4枚のローターブレードがパワーブレーキング。

「進みます」

 ドナートは3人の小さな肩を両腕で抱きしめるようにして、フレアタッチダウンで巻き起こるダウンウオッシュから守るようにゆっくりと歩き始める。

 前進ベクトルを消し終えたヘリが2メートル程の高度で安定した瞬間、襲撃チーム6名が一斉に飛び降りて散開。ヘリを中心に円陣を組む。

 ヘリは3輪の着陸ホイールが機体から出されていたが着地はせず、そのまま地上すれすれでホバリングに入った。

ニーリングポジションでの全周警戒。

 ”スチールラット来い!”

 近くにいる隊員が小刻みに手を振る。

 合図に応じてセーフエリアで止めていた歩みを再開。

「このままヘリまで進みます!」

 ダウンウオッシュの中では頭を下げ、緊急事態でも決して走らない。彼女達はトレーニングを受けたピックアップの鉄則を忘れていない。

 機体脇に着くと、ガンナーがドアガンから離れて待ち構える。

「彼からどうぞ!」

 カンナーの指示に、オルネラス嬢は大きく頷くとバックルを外して少年を右肩に担ぐと、腹部に差し入れた右腕だけで持ち上げる。

 手際よく少年の装具を掴んでガンナーが引き込み、後ろに控えていたメディックに引き渡す。

 ガンナーが振り返る間に、両腕をキャビンに掛けて跳躍したオルネラス嬢は、キャビンからロラに手を伸ばした。

 それを見たガンナーは一瞬ニヤリと笑うと、スイングアームに吊られたドアガンを無表情に構える。

「ではMs.エモベンテ!」

 ドナートが片膝を付く。ロラは右肩に座ると、左足のかかとで、鳩尾の前で組まれた両手を踏む。

 ホバリングの挙動に息を合わせる。相変わらずいい腕だ。

「カウント3で行きます!・・・1・・2・・3!」

 立ち上がる勢いに任せ、ロラが足を蹴って頭からキャビンに滑り込む。

 補助を終えたオルネラス嬢と目が合う。

「ありがとう!ドナート!」

「お気を付けて!」

 2人が椅子に腰掛け、ベルトを締めたことを見届けてヘリから離れる。

 一定に保たれていたモーター出力が背後で唸りを上げ始めた。

 機首進路上へ歩行銃座が移動して左右の警戒に当たっている。片膝をついてヘリを見送る。

 ヘリは上空援護の僚機が背後に回ったタイミングで出力を全開。強烈なダウンウオッシュと轟音を上げて離脱を始める。

 着陸ホイールが機体に格納されると、全長25メートル、12トンの機体はあっという間に前進揚力を稼いで急上昇。

 オフィスビルを飛び越え、2機の機影が見えなくなったところでドナートは立ち上がった。

”ゴブリンと合流。検索に入ります”

 ”いや、そこはゴブリンに任せて戻ってこい。装備のクリーニングだ”

 ”情報汚染対策ですか?”

 ”どうも背中がムズ痒い。急げよ”

 ”了解”

 周囲を見回す。

 当局の飛行車両やドローンで周辺は騒然となっている。

 ドナートは襲撃チームの背中を見送りながら、撤収の指示を始めた。


*             *


 貸しオフィスの奧、ドナートはフロアとガラス張りの壁で仕切られたセブロン少佐のオフィスの前に重い足取り立った。

 ノックするより前に、デスク上の虚空を見つめていた少佐が視線をドナートに移すと人差し指を動かして入ってこいと合図する。

「失礼します」

 ドアを閉めると、先にオフィスのソファーに座っていたジャッドが手を上げる。

「大尉」

 神妙な面持ちの大尉に会釈を返して、少佐のスチールデスクの前で直立不動。

 少佐はデスクチェアに深く身体を預けると、いつものポーカーフェイスで口を開いた。

「報告書は読んだ」

「はい」

「射撃を開始する前に爆発物の可能性を考慮したか?」

「はい。ダミーロボットを確認したときにカミカゼトラックだと判断しました」

「捜索と解体を選択しなかった理由はなんだ」

「敵の装備を鑑みて、容易に解体できる起爆装置ではないと確信。また複数の起爆方法が組み込まれているとも確信しました。近接走査の解析データの閲覧をしませんでしたが、大尉の反応から熱核、放射性廃棄物を利用したものなどでなく、炸薬も非鋭敏性もしくは化学反応炸薬と判断。以上を踏まえ、敵の企図で起爆されるより、こちらの任意で爆破する事を優先しました」

「BC兵器の可能性は考慮したか?」

「はい。警護対象を保護する手段を整えていましたので、射撃に躊躇しませんでした」

「フォルリバー駅の被害報告書は読んだな?」

「はい」

「分かった。報告書は受領した。では本題に入ろう」

 少佐が背もたれから身体を離し、デスクに肘をついて手を組む。

 口元を隠し、両手の上からのぞく大きく切れ長の目が放つ眼光はいつにもまして迫力がある。どうも機嫌が悪そうだ。

「両人の警護主体は情報軍に戻った。現在は通常通りシークレットサービスが身辺警護を行っている。教育団のクソ共の始末は上に任せるとして、ラグナシティーのシステム管理局員全てと、事件に居合わせた人物調査を捜査当局が開始している。後手を簡単には挽回できんだろうが、エージェントの尻尾くらいは掴んでくれるだろう。本来なら事態の進展があるまで我々は待機という流れなのだが」

 少佐からファイルが送られてくる。

 ドナートは手早く目を通す。

「この4名のデータは?」

「当日、周辺に居合わせた人物の中で、現時点で行方が分からない者達だ」

「個人IDと登録内容の不一致。不正クレジット決済。顔画像の記録なし。行動記録の途絶。車両IDの偽造・・・認証システムのハッキングですか」

「システムはオースティンとケイスが調査中だ。今のところ外部からの干渉を受けた形跡は発見できない。埋め込みがあったか、何らかの方法で痕跡を消去したか。量子コンピュータ自体に干渉があった可能性もある」

 まさかと言いかけた言葉を飲み込む。予断こそが情報軍の敵だ。

「では、ジョーカーを使ってまで今回の事件を起こしたことになりますが」

「そうだ。だが、彼女達にそれに見合う価値があるようには見えない。4名の身元不明者の捜索も引き続き現地当局が行っているが、成果は期待薄だ。そこで、そこのポンコツとお前にはこの空騒ぎの裏に何があるか探ってもらう。以上だ」

「了解」

 ドナートの答礼が終わり、肩をすくめたジャッドが苦笑いを浮かべて立ち上がる。

「さて、ワトソン君。いこうか」

「はい大尉」

 ドナートはドアを開け、一目で、絞りに絞り尽くされた残りかすのような体のジャッドを待って閉める。

 いつもの傍若無人ぶりはどこへやら。

 引きずるような重い足取りの後に続いてジャッドのワークスペースに入る。

 3メートル四方をパーティションで仕切られたスペースには、スチールデスクとソファーベッドとサイドテーブル。

サイドテーブルに置いてあるコーヒーメーカーを作動させ、ジャッドが振り返った。

「コーヒー飲むか」

「頂きます」

「おう、そこの椅子を使ってくれ」

 ドナートはブラックを満たされたマグカップを受け取ると、ワークチェアに腰掛けてソファーに落ち着いたジャッドに向き合った。

「さて、まずは各々現場に戻るか」

「了解」

 コムスティックを握る。

 ”マルクス、事件当時のフォルリバー駅中央ホームにVRコネクト。ポイント132500”

 ”受諾”

 視界が暗転しSTANDBYの文字。データセンターとの接続が終わると視界が復帰。首と腕を振り、追従を確認する。

 ”当日の132500にコネクト。”

 ”現ポイントをマーク1”

 ”受諾。ポイント132500をマーク1と登録”

 ドナートはすぐ目の前で3人が談笑している様子を確かめた後、コーヒーに口を付けながらゆっくりと周囲を見回す。ホームには4人の乗客。歩行銃座が1基。

 時間が進んでいく。増援の歩行銃座の到着。そして爆発。

 衝撃波、爆風。辺りを煙らせる粉塵。ホームゲートで大半は防げているが、訓練通りに耐爆姿勢に移ったことの効果は大きい。

 ”ストップ。現ポイントをマーク2。プレイバック、マーク1”

 ”受諾。ポイント141856をマーク2と登録。マーク1より、リスタート”

 コムスティックを操作して視点操作。乗客の動き、爆発後の中央ホームの様子を、ポイントを変え、再生速度を変え、様々な角度から何度も何度も観察する。

 ドナートは空になったマグカップを、VR深度を下げて浮かび上がらせたデスクの上に置いた。

 炸薬は駅舎を半壊させるには十分な威力だったが、ターゲットを確実に殺傷するには不足していた。それとも、駅構内に突入して爆破する予定だったのか。それにしては能動的な動きも見受けられない。

 検証する場合、視点を相手側に置き換えると見える物がある。しかし、準備の周到さに比べて詰めが全く見えてこない。こちらの動きを察知して計画を中止したのか。手段と目的が結びつかず不可解だ。

 射撃処理が早かったのか。ミニマムウエポンが警護対象に到達するまで待つべきだったのか。

 いや、出方を見定めていたらさらに後手を踏んだだろう。

 ”現時点でのトロフィー3の検査結果を報告してくれ”

 ”マイクロマシン陽性。除去完了。RNA浸食も見られたため遺伝子洗浄も開始されています。使用されたRNAの解析は進んでいますが、神経系攻撃因子と見られます。ショック状態は脱し容態は安定”

 ”後遺症の恐れは”

 ”可能性大”

 ”わかった”

 少年の経歴を見るに巻き込まれての負傷とみて間違い。列車到着が遅れ、オルネラス嬢と偶然にも移動することになった。たったそれだけの事が、今後の人生を十分に狂わす大きな出来事になるとは思ってもみなかったろう。

 VR深度をそのままにジャッドに焦点を合わせた。

 ジャッドはおどけた顔で大げさに両手を開いてみせる。

「予言者どの。神の啓示はいかに」

「謎です」

「だな。普通はここで部下を叱咤するのが上司の役目なんだろうがな。俺にもさっぱりだ」

 頭の後ろで手を組んでうなり声をあげる。

「アプローチを変える」

「はい」

「なぜ公共交通に誘導した」

「警護の混乱と分散」

「身辺警護の派遣で別途専用車による移動もありえた筈だ。工作が必ず成功する保証もないからな。都市システムの大規模障害を引き起こすカードまで切ってギャンブルするとは思えん。程度の低いインフルエンサーの陰謀論の方が説得力がある。目的はなんだ」

「警護対象の拉致もしくは殺害」

「コストに見合う成果があるとは思えん。メッセージ?誰に向けて何のために」

「警護対象者の身近な者への工作が進行中の可能性ですか。お二人の肉親は共に重要人物。軍高官。軍用AI高位開発者」

「狙いはDr.エモベンテか。連合軍軍用AIの父、天才デシデリオ・エモベンテ=アセベド」

「ありえます」

「なぜフォルリバーだった」

「ミッションに有利。逃走ルート、事前準備、土地勘。潜伏場所の近くだった。さらにダイヤ調整のために引き込み線が多い貨客駅のため使用されるのが容易に予想できたといった所でしょうか」

「綱渡りだが可能性は一応ある。それを含めて捜査の指示を出そう。Dr.エモベンテの身辺を調査する必要があるな」

「マサチューセッツ州に?」

「少佐と話しをする。現地エージェントで間に合うなら出張る必要もないだろうからな」

 ジャッドがグローブのような手を打合わせる

「さて。狐狩りだ」


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