九頁 大いなる罪 リスカ(1)
「では、お前らが犯した1つ目の罪を話そうか。これを見な。」
そういうと、カルルトはいつものように穴を開く。
その穴に飛び込むことで、マニラスは歴史を見てきたのだが……
「待って。それはどういう仕組み?」
どうやら、リスカはカルルトが出す謎の穴が気になるようだ。
「そう言えば、よく知らなかったな……」
「えぇ……必要か?」
「必要。これを理解しないと気持ち悪くて自分の罪を理解出来なくなる。」
強欲で貪欲な好奇心。これがリスカを形作る。
「はぁ……わかったよ。これは憤怒の罪の応用だ。」
「憤怒……私の心を砕いた時のアレだよね?」
「そうだ。憤怒の罪は対象にとって最も恐ろしい場面を構築する能力。リスカに使った場合、初めてマニラスに心を壊された場面を構築した。そして俺は今、この『世界』そのものに憤怒を使っている。」
「この世界そのもの……ああ、なるほど。」
「理解できた。もういいよ。」
「お前ら、説明させておいてその態度かよ……」
「私達が犯した罪が世界において『最も恐ろしい場面』なんでしょ。だから憤怒の罪で映像化して見せることが出来る。よっぽどえげつない事したんだね、私達。」
「言いたい事全部言ってくれるな……まあ、原理はそれで合ってるよ。お前達の犯した事は『大いなる罪』として世界に強く刻みつけられている。大いなる罪を全て贖罪する事で、世界は完全なる姿を取り戻すんだ。」
リスカの理解欲が満たされたので、カルルトは改めて穴に二人を誘う。
「理解出来たなら早く入れ。お前らの罪は多過ぎるんだよ。」
「わかったわかった。じゃ、世界でも救うか。」
穴に飛び込む二人。
世界の怒りが、罪人達を迎え入れる。
時系列はマニラスがリスカの心を壊して次の日に遡る。
マニラスは簡易テントの一室でこれからの予定を纏めていた。
「さて……人間の駒は手に入ったし、小火を起こしてから次に行くか。まずは人間の街……王都アスターはまだだ。彼処で暗躍するにはまだ駒が必要。だがスラム街のキラサリでやってもな……そこそこ影響力のある街でかつ警備はそこまで厳しくない所か……よし、第三王都リードの隣にある工場街クルスケルにするか。」
人間の領域は
•政治方針を決める第一王都アスター
•軍事力に優れる第二王都グレー
•商業、経済の中心地の第三王都リード
を中心に従属都市が広がって構成されている。
工場街クルスケルは第三王都リードの従属都市であり、兵士達の使う武器の部品を製造している。
ここを襲撃すれば多大な被害を与えられるだろう。
「そうと決まれば……まずはリスカを育成するか。この任務に期限は無いし、万全の準備を整えておくべきだ。」
マニラスは立ち上がり、別室に赴く。
別室には、人形のように生気を失ったリスカがいた。
「リスカ。お前の持つ鎖の能力は強いが、お前はまだ戦いを知らな過ぎる。今からお前の力を最大限発揮する為の特訓を行うから、外に行くぞ。」
「……わかった。」
力無く虚ろな目をしているリスカは、同じく虚ろな声で返事をした。
マニラスはリスカの腹部を縄で縛り、二又に分かれている木の股にその縄をかけ、分かれた先の縄を持ち上げる事でリスカを持ち上げる。
所謂、定滑車の形である。
「まず性能をテストする。一度、限界まで鎖を伸ばしてみろ。」
言われたとおりにリスカは鎖を伸ばす。
その時、マニラスは縄にかかる重さが少しだけ重くなることを確認した。
「10mって所か?そして感覚的に身体を鎖に変えるタイプでもない……自分の身体を鎖にして、もっと伸ばせるか?」
身体を全て鎖にした結果、更に20m。合計30mが、今のリスカの限界である。
「ふむ……臓器を鎖に出来ないという条件も無しか。大当たりな能力だな。30mあれば、様々な事が出来る。ま、後衛はやらせんが。」
マニラスという男は基本的に他人を信用していない。
それは心を失った奴隷も例外にあらず、重要な事柄は全て自分自身がこなすべきと考えている。
それ故、自分はフィールドを見渡せる後衛を好み、奴隷に前線を張らせる。このスタイルで動く。
………要するに、彼は実は周りを気にする必要のないタイマンもしくは一対多数戦闘の方が得意である。
今回の任務はチームで動く事前提なのでそんな事は関係ないがな。
「偽人との戦いぶりを見る限り、自分の鎖を遠くから腕力で締めつける事が出来るようだし、締めつける攻撃と鞭のように叩きつける攻撃の2種類を基本として立ち回ってもらう、もしくは鎖の先に武器をつけてもいいな………よし、試しに適当な養獣場でも襲ってみるか。」
養獣場……家畜タイプのエネミーを育て、食糧に加工する場所である。
家畜タイプとは、強大な力を持たず、他者に怯えることしか出来ない低級のエネミーの事。獣の中でも位が低い。
魔族に近い怪異タイプからは同じエネミーとは扱われておらず、飼われ増やされ食われる一族である。
「確か、キラサリにはチキンを飼っている所があったな。彼処にしよう。天使の軍服を着るか……」
マニラスの作戦……いや、作戦と呼べる程のものでもない。予定はこうだ。
単純明快、チキンを飼っている養獣場を襲撃し、チキンを殺しつくす。
この時、マニラスは天使の軍服を着て、わざと目立つように暴れる。
何故か?それはマニラスがこの先遣隊を作る元々の目的、神陣営に圧力をかける事である。
天使の軍服を着た者が率いるチームが暴れれば、『神族が暗躍している』という偏見を人間達に植え付けられる。
加えて、今回のターゲットはキラサリ。
リスカが生まれ育った街。
キラサリはそこまで広い街でも無いので、当然リスカの事を知る者もいるだろう。
今の変わり果てたリスカを見たら、「あのリスカが感情のない化け物みたいになっている!神族には洗脳のような技術があるのでは!?」と、このような偏見になる筈だ。
更に、この前の偽人を使う。
この偽人のゲルの腕を切り落とし、マニラスと同じ服を着せて、森の奥に置いておく。
これが見つかれば、『天使がリスカを買った魔族からリスカを奪い、洗脳した』という偏見も植え付けられる。
キラサリはスラム街であるが故に事件が起きても大した衝撃ではないだろうが、この不気味な天使の噂は風に乗って広まるだろう……というのが今回の概要である。
殿下の依頼内容と違う?知ったことか、あんな老いぼれより俺の方がずっと上手くできる。と、マニラスは高をくくっている。
「行くぞ。実戦こそが最大の経験だ。」
「………うん。」
その頃のキラサリ。
フロイが死んだという噂を聞きつけ、各地に居るフロイの子供、もとい商品達が集っていた。
「まさか、俺達のご主人が本当に死んでいるとは……」
「なんでなんだ……なんでご主人が死ななきゃならなかったんだ?おい!なんでなんだよ!」
「落ち着けサザリカ!ご主人は奴隷商人だ。確かに優しいひとだったけど、誰かから恨みを買っていてもおかしくない……」
フロイは奴隷同士が会うのを好まなかった。
奴隷同士が会ってしまうと、仲間意識が芽生えるから。
いつか来る別れが辛すぎるものになるからだ。
だが、奴隷達は隠れてこそこそ会っていた。
フロイの命令に背いてでも、同じ境遇の仲間は欲しかったからだ。
そして今、ここにはフロイの奴隷の中でまだ売れていない4人が集まっていた。
「私……知ってますよ。」
「セノス……何を知ってるの?」
「ご主人を殺した犯人ですよ。」
「詳しく。」
セノス。リスカが売られることが決定した時、裏でこっそり見ていた一人である。
彼女は憎しみのこもった声で言った。
「リスカを買いに来ていた魔族の男……絶対に奴です!」
作者の頭が足りないせいで殿下にマニラス、はては魔族全体の頭の良さが下がった気がするが……まあ気にしない。