七頁 卵が先が鶏が先か。そんな些細な問題さ。
「あ………」
マニラスが見つけたのは、確かに、カルルトに見せてもらった追憶で見た少女、リスカに他ならなかった。
「案外早く見つかったな。」
「ほら、早く彼奴を連れ戻そうぜ。」
「待てよ。リスカは前世の記憶を持っていないはず。なら俺達がいきなり話しかけても意味が分からないのではないか?」
催促するカルルトを一瞥し、マニラスは言う。
「ああ、それなら問題ない。俺が合図を出したらイデアロスを使え。上手く行くはずだ。おーい、そこの少女!」
「え………私?」
リスカはカルルトの声に反応してしまう。それが再び、自分を地獄に叩き落とす切掛になったと、後に彼女は語る。
「えーと……なんですか」
駆け寄ってくるリスカにカルルトは手を向け、
「怒りの捌け口は貴様だ。」
と、ボソッと言う。
と、その瞬間に。
「え?」
「ほう……これはこれは。」
マニラスはこの空間に見覚えがあった。
と言っても、昨日見た光景だからだ。
偽人が蠢き、そして少し離れた所で座っていた自分。
そう、カルルトに見せられた光景とは、かつてマニラスがリスカにイデアロスを使った場所であった。
リスカの様子がおかしくなる。
「うっ……………あ、あぁあ……」
どうやら頭は知らなくても、精神はこれを覚えているようだ。この忌々しい光景を。
「おいカルルト、これは……」
「これは『憤怒』の力。対象にとってのトラウマ……『最も屈辱的な場所や状況』を作り出す事が出来る。そしてこの状況に陥ったということは……分かるな?」
「任せろ。」
リスカの近くにボロボロで輝くもの。
そう、心である。
そして心が現れたと言う事は?
「此奴で終わりだ。」
マニラスは素早くリスカの心を壊した。
『あの時』と全く同じ展開である。
「意外と早く終わったな。それにしてもその『憤怒』の力、イデアロスと相性が良過ぎないか?まるで俺の力に合わせる為にその能力になったと思えるが。」
「いやいや、お前の能力が俺に合わせる様に出来たのかも知れないだろ?」
「……………まあ、どうでもいいか……それより、リスカの心を壊したぞ。これであの時の奴隷みたいなのになるんだな?」
「そのはずだけど……なんか変だな。」
「変?」
リスカの様子がおかしい。
イデアロスを受けた者はその場に倒れ込み、30分程経つと何事もなかったかのように起き上がり、人形の様になる。
だがリスカは、既に起き上がっていた。
「これはどういう事だカルルト……」
「知らねぇよ……ただ、色々な可能性が考えられるぜ。何せ此奴はただの人間じゃない。初期異形の技術で転生させた者だ。マニラス、心を砕いた時、何か違和感を感じなかったか?」
「そう言えば……」
マニラスは思考を集中させる。何か、この不可解を解に導く可能性を探す。
「……砕く前の心がやけにボロかったな。お前に出会う前にも何回か心を砕いて来たが、あんなボロボロの心は無かった。」
「待て。ボロボロの心?………まさか、ヒビが入っていなかったか?」
「ヒビが……………………まさか?」
マニラスはこの状況を理解したようだ。
「成程な………………………身体を再生する時、心も再生されていたという事だ。」
カルルトが結論づける。
「なんてこった……この場合、どうなるんだ?」
「前例が無ぇから分からねぇって……だが、可能性は考えられるぜ。
①2回目で耐性が付いてきたから早く起き上がった。普通に操れる。
②転生もしくは年月で新しい心が出来た。この場合パターンは2つ。
2-1新しい心のみになり、記憶を無くす。
2-2新しい心が記憶を引き継いでおり、記憶を取り戻す。
もしくは、他のパターンも……」
何やら考察に入ったカルルトを後目に、マニラスは足下に落ちていた小石をリスカに投げる。リスカは何の反応も示さない。
それを見てマニラスはリスカに近付く。
「まあいい。とりあえず色々して反応を確かめよう。」
「え何お前、そういう趣味……?」
「馬鹿言え。検証に感情を持ち込むわけ無いだろ。」
あらぬ疑惑を掛けてくるカルルトを受け流し、マニラスはリスカの頭に触れようとする。その瞬間、
「触るなっ!!」
「だよな。」
リスカはマニラスに鎖を伸ばす。それに対しマニラスは「(前世のより洗練されているな……)」等と思いながら難無く回避。
「カルルト、リスカが鎖を使えているって事は、転生させられたのは鎖の異形になってからだよな?」
「そのはずだ。」
「鎖の動きがコンパクトだ。なるべく無駄な動きを減らしてこちらにダメージを与えるような鎖になっている。生まれた時から鎖を使えるように転生させたのか?」
「ああ……そりゃあ、合成異形を転生させたんだから、生まれた時から異形の筈だよな。」
「ふむ……それなら、いい戦力になりそうだ。後は記憶がどうかだが………触るなと言っていたし、カルルトが先程言った可能性2-2が正解か?」
「思い出したよ……何で此処まで追ってきた……!」
「ふむ、2-2だったな。イデアロスの影響かは知らんが記憶が蘇っているな。その反発は俺にとっては不都合だ。カルルト。」
「躊躇いが無さすぎる、いいね。じゃ、やってやるか。」
カルルトは「憤怒」を発動させる。
そして、世界があの時……そう、リスカにとって最も屈辱的なあの場所へ。
「…………?」
「……お………だ、お前な………よ………」
「………黙………れ………」
「おいどういうことだ……………………………心が出ないぞ!?しかも、先程に比べてあまりにも薄い!!まるで、怖く無くなったかのように…………」
そこで、マニラスは一つの答えに辿り着いた。
「成程……既に心を失っているんだ、同じ屈辱でもう一度失うなんて無理な話だよな?」
「ア゛ー………そういう事……」
面倒そうにカルルトが言う。
「イデアロスを発動するのに必要な心の揺らぎは『この生でこれ以上は無いだろう』と言ったレベルのもの。人生一の絶望は既に味わったんだ、同じ絶望じゃ慣れてしまって『この生で一番』の絶望ではない。だから先程出て来たボロボロの心と違い、綺麗な心は出てこないんだ。」
「ならどうする?これ以上の絶望でも突きつけるか?」
「いや、無理だろう。俺の経験上、絶望ってのはどうしても特大で最初のものが最大になってしまう。一度絶望の底に落ちたら絶望を知ってしまうからな。どんなことになっても、慣れが出て来てしまうだろう。」
「つまり……これ以上は心を壊す手段が無いってことか?」
「だな……」
「………じゃあ、どうする?」
「……まあとりあえず、此奴を抑えるのが先だな。」
マニラスが目を向ける先には、目の前の「恐怖そのもの」を始末せんとする勇敢な少女の姿。
「殺さなきゃ……殺さなきゃ……」
「来るぞ!……おいカルルト、ハンドガン一丁寄越せ。」
「いきなりだな、銃に心得あるのか?」
「俺は元軍人だぞ?そこらの虫けらと一緒にしてもらっちゃ困る。」
リスカの鎖が二人に向かって伸びてくる。が、幾ら多少使えるようになっていると言っても所詮はただの少女の使う鎖。マニラスとカルルトは完璧に見切り、鎖を弾丸で弾く。
真っ直ぐ来るものは左右に避け、鞭のようにしなるものは弾丸で弾く。
リスカも単純ではなく、鎖を構成する一粒一粒を分離して弾丸のように打ってくる……が、何故かリスカはその場から動かないので、避けるのは容易いようだ。
「来るなっ!」
一本一本では対処される事が分かった。ならば次、有効になるであろう打点はなにか?
恐らく一本一本を何重にも纏めた大質量であろう。
傍から見たら鎖とはもはや呼べず、黒い岩である。
リスカはマニラスに向かってこの黒い岩を真っ直ぐぶん投げた。
リスカの鎖術はマニラスの知る粋を出ている。よってこの鎖の記憶がないマニラスには初見殺しは有効かと思われる。が……
「重さは大したもんだが、真っ直ぐ来るなら半身反らしながら軌道をずらしちまえば当たらん。俺に勝ちたいなら直前でその塊をバラして捕縛するくらいやらないと無理だ。」
「前々から思ってたが、鉄槌なんて珍しい物よく使いこなせるよな、お前。」
マニラスが右手に持っているのは鉄槌、つまりハンマー。
心を叩き壊す鉄槌と同じ物であり、威力は一級品である。
「やっぱ反らす目的じゃ砕きは出来ねぇわな。」
「砕こうと思えば砕けたのかよ、恐ろしい。」
「お前本心じゃ恐ろしいって思ってないだろ。」
「当たらなければどうってことないからな。」
そんな雑談を交わす二人だが、果たして目の前の少女が一度も足を挙げていないことに気づいているのだろうか。雑談など交わすような油断している状況なら。
「ここだ!」
「甘い。」
否、気づいていた。
「地面に鎖を潜行させて足を奪う。いい方法だが、殺意があり過ぎたな。視線が地面にばかり行ってるし潜行位置が浅いからバレバレだぞ。」
マニラスは冷静にリスカの技を見ながら、
「(だが、この鎖はブラフ。もっと下にもう一本の鎖があるな……さあ、いつ出す!)もう止めろ。これ以上やっても意味無いだろ?」
すると、マニラスにとって予想外の事態が起きる。
足元の感触が、予想外をマニラスに確実に伝えて来た。
「(潜行中の鎖を戻した……?効かないと分かって引っ込めたのか?だが可怪しい、鎖はリスカと直接繋がっていなくてもある程度操れるはずだ。まさか素直に負けを認めたか?)」
リスカの顔を見ると、驚いたような顔をしている。
「(なんだあの表情……何に驚いている?)」
マニラスが勘繰っていると、リスカは手を降ろし、体から出ている鎖も引っ込めた。相変わらず驚いた表情である。
これを元にマニラスはとある仮定を打ち立てた。
「リスカ、その場でジャンプしろ。」
「どうしたんだよいきなりカツアゲか?みっともない。」
カルルトがにやけながら言う。
「分かってるくせに……足から鎖を出してねぇか確認するんだよ。」
リスカはその場でジャンプをした。
「え?え?」
リスカは心底驚いているような声で言う。
跳ねたリスカの足には鎖が生えていなかった。
「ふむ……俺の予想が正しければ……リスカ、自分で自分を縛れ。」
リスカは言われるがまま、自分を鎖で縛りあげた。
「どうなってるの……?」
「あ〜……そういう事か。」
カルルトも理解したようだ。
「イデアロスは発動していたんだ。此奴は俺の命令を断れない。自我はありつつもイデアロスの『俺の命令を忠実に実行する』という効果が効いたようだな。」
「もしこれが演技だったら?」
「それだったら天才だろ。俺の負けだ。」
「それもそうか。じゃ、今の所は信じていいな。」
「さて……じゃあリスカを連れてグロウサイに戻るか。鎖を解くなよ。」
マニラスは動けないリスカを担ぎ上げる。
「ちょ、何処へ連れてくつもり……?」
「お前が本来居るべき場所だ。カルルト!」
マニラスが言う頃には、既に3人はグロウサイに居た。
「今度は何企んでるの……?あの力で新しい奴隷作れば良いじゃん、なんで私なの?」
「それは今から此奴が説明してくれる。だよな?」
「おう、今から説明してやるよ。戦争を終わらせる為にお前等が必要な理由。」
相変わらずのにやけ顔を崩さず、罪の異形は口を開いた。