十九頁 逆重量制限
「うーん……もう少し美味しくできないかな……?」
「何やってんだ?」
朝、リスカはグロウサイの中庭に生えていたリンゴを食べていた。
「カルルトおはよう。私の異術でこのリンゴの遺伝子改良をしてたんだけど、これがなかなか上手くいかなくて。甘くしようと思って砂糖の遺伝子を追加したんだけど混ざってなくて、砂糖がジャリジャリするだけで美味しくない……」
「なるほどねぇ…………(´~`)………確かに不味い。このリンゴの品種はわかるか?」
「え?品種ってなに?」
「知らなかったか?同じ食物でも品種によって味や見た目を変えたり、本来寒さに弱いものを寒さに強くしたり出来るんだ。人工的に品種を変えることによって、人々は理想の食を追い求めてきた。」
「私の住むスラムじゃ最低品質しか出回ってなかっただろうし、植物の本なんて古いのしか無いだろうから、そりゃあ美味しいものはできないか……」
しょんぼりするリスカに、カルルトは言った。
「お前の異術は、仕組みをある程度理解してないと使いこなせないからな。俺が知ってる中で最もスタンダードで美味い『FUJI』って名前のリンゴについての資料を今取り寄せたから、読んで知識をつけた後、またやってみろ。」
怠惰の権能はとても便利である。
資料を暫く読んでいたリスカは、指に前髪を巻き始め、やがてチェーンソーを構えた。
「理解した。このリンゴは遺伝子組み換えに失敗して、酸っぱくなってたんだね。なので酸味と甘味の割合を少しいじくりまして……よし、これで甘くなったはずだよ!」
リスカとカルルトは、遺伝子組み換えされたリンゴを切り分け、頬張った。
「美味い!こんなリンゴ食べたの初めてだよ!」
「こいつはまさに『FUJI』の味だ。やるじゃん、リスカ。」
リスカの遺伝子組み換えは成功していたようだ。
「うん、ありがとう。でもなんでいきなりこんな協力的に?」
「お前の異術を強くすることも、俺らの計画の一部だからさ。」
「ふーん……乗せられてる気がするけど、まあいいや。私が寝てるベッドももっといいものにしたいから、木材の資料とかあったら頂戴。」
「今日の物語を振り返り終わったらやるよ。」
2人は、いつもの集合場所へ向かうのだった。
「随分長かったな。何してたんだ?」
集合場所では、マニラスが鉄槌の手入れをしつつ、新聞を読んでいた。
「こんな所にも新聞届くんだ……」
「ああ。家畜型エネミー『伝書鳩』は、前払いで餌をやればどこにでも物資を届けに来てくれる、便利な存在だ。餌は色々あるが、奴らの興味を一番引くのは、人肉と金属の和え物だな。あんな酸っぱい物の何処がいいんだか……」
「わかる。クソまずい。」
「食べられたもんじゃないよね。」
ここは至って正常な空間だ。
カニバリズムくらい、この世界では経験済みが多数派なのである。
「つっても、死体が少なくなって来ていてな……」
「あ、そうだ。この病院、そこら辺に工業廃棄物があるよね。それを遺伝子操作で改良すれば、伝書鳩には困らないよ!」
「おう、じゃあ頼む。」
マニラスは素っ気無く返事した。
「信じてないの?本当に出来るよ。」
「いや、出来るだろうなと思っていたから大して驚かなかっただけだ。」
「初期の頃の俺の力に驚いていたマニラスは何処へやら……」
「少しだが、前世の記憶を取り戻したんだ。キャラも変わるさ。」
「私はイデアロスされた時に記憶が戻ったけど、マニラスはいつ戻ったの?」
「戦争の元凶が俺だと確信した時だ。」
「まあ、そのタイミングが最適だからねぇ……理解も覚悟も出来てない状態で記憶戻しても、人格崩壊が関の山。異形の力もあまり万能じゃないんだ。じゃ、続きを見に行こう。」
『憤怒』の権能で穴が開く。
だらだら話す罪人達に呆れるかのような声が聞こえる気がした。
過去。
マニラスが見上げるのは、大きなブラックホールだ。
大きな音を立てながら、全てを飲み込み続けている。
「……どう考えても奴の力だな。即刻イデアロスしないとな。まだ準備が始まってないのに戦争なんかまっぴらだ。」
危険を承知で、街に入るマニラス。
流石は機械の街と言ったところか、飾り気のない鉄で出来た建物が並んでいる。
普段なら、ここのドアは触れれば開くはず……なのだが、ブラックホールの影響で回線が切れてしまったのか、コード達が無理矢理こじあけて、建物内に入っていく様子があった。
彼の視線の先にいるコードたちは、マニラスを見つけ驚くも、『それどころじゃない』と言いたいかのように、屋内に入る、マニラスと逆方向に逃げるなど、どうにかしてブラックホールから逃れようとしていた。
途中にあったコードの死体から銃を拾ったところで、
「おい!貴様!魔族だろう?何故ここにいる!」
銃を持ち、プロテクターを体に着けた二人組のコードが話しかけてきた。格好と発言からして衛兵のようだ。
まあコードなので『衛兵の格好』と言っても推測でしかないのだが。
「ちょっと用事があってな………邪魔だから死んでくれ。」
これを好都合と考えたマニラスは左のコードのプロテクターの隙間を素早く銃で撃ち抜いた。
「何を……ぐはっ!?」
「l25!貴様、よくもぐが!?」
もう一人は鉄槌で殴り付け、死の恐怖で出てきた二人の心を砕く。
「しばらく俺の役に立てよ。」
イデアロスが完了し、マニラスの奴隷となった二人組は、倒れ伏したまま、頷いた。
「これか。『エリミニスタの力が発動される時、十分な量の存在(ここでの量は質量を意味する)を不安定にしていない時、残った力は水のように流れ、やがて磁場の強い場所で一つに集まる。集まった力はやがてブラックホールとなり、全てを不安定にしようとする。』なるほど……これは厄介な力だ。この弱点さえ無ければ、鍵開けで重宝できるんだがな。」
マニラスは衛兵達に見張りを命じるとそこらの建物に入り、ガルドラボから持ち帰った資料を読み、エリミニスタの力を調べていた。
「要は、不安定にできるものには質量の基準がある。だが、それがわからない……」
「さ、さっきから1秒毎に少しずつ大きくなっているブラックホールの質量だけど……1秒につき、30kgずつ大きくなっているよ……」
「サンキュー。………誰だ?」
「ヒッ!銃を向けないでおくれよ!」
隣に、見慣れないコードが居た。
そのコードは丸い身体を……微妙に丸ではない。
いや、身体の下半分が溶けているのだろうか?
機械生命体のはずなのに、流動体だ。
自由に身体の形を変えるエネミー『スライム』に似ている。
「わ、わたしはコード:J-6741。語呂合わせで『ムナシイ』と呼ばれることもあります……話を勝手に聞いてごめんなさい。観測と計算は得意分野だから、答えを教えたくて……」
マニラスは銃を下ろし、6741に向き直った。
「助かった、6741。これであのブラックホールを止められるかもしれない。」
「ほ、ほんとかい!?ならば、わたしが計算を手伝おう!」
マニラスは、心の中で葛藤した。
「(どうする……?6741の計算能力は頼りになるが、協力となると、知っていることや素性を少しバラす必要がある……コアが嘘発見器型のコードだから、騙せない。が、素性はバレたくない。そして、銃を突きつけても心が出なかったから、こいつはビビってるように見えてメンタルが強い。さて、どうするか。)ありがとう、6741。俺の知っていることを話そう。実はな、あのブラックホールは、とある恐ろしい兵器のエネルギー漏れが原因でできているんだ。」
マニラスは、絶妙に嘘にならない範囲で喋ることにした。
「ほうほう!」
「その兵器は、様々な方法で力を加えるものなんだが……ある程度の質量以上のものでないと、エネルギーが漏れて、今あるようなブラックホールになるんだ。その質量がどれくらいなのかはわからない。」
「なかなか使いづらい兵器だね……えっと、なんでそうなっちゃうのかはわかる?」
何故エネルギーが漏れるか?
「それもさっぱりだ。開発者の遺した資料を見る限り、まだ見つかっていない未知のエネルギーらしいけどな。」
「未知か。どうにかして、データに加えたいものですね。」
「すぐに既知になるさ。こんな大事件、他国が見逃すわけがねえ。」
「コードが滅ぶのも、時間の問題かもね……ま、いいけど。」
6741は随分ウェットそうな体の割にドライな性格だ。
「一応同族だろう?悲しいとは思わないのか?」
「同じ種ってだけで他人の目を気にする必要はないから。」
「お前、向いてるよ。」
「え?」
「なんでもない。」
「……そうですか……」
ちょっと気になることを言ってすぐ訂正すれば、大抵は気になってついてくる。人心掌握の基本テクニックだ。
「しかし、1秒毎に30kgか……(資料によると、エリミニスタの体重は見た目通りの50kg程らしい。プロテクターも併せて55kgと仮定し、これを信じるのなら、エリミニスタの力の適性は本来85kg以上ということか。)6741、90kg以上の物体はあるか?出来れば、小さいといい。掌に収まるくらいの……」
「いいえ、そんなもんがあったとしても、こんな部屋の床突き抜けちゃうんじゃないかな。」
密度がとんでもない。
そんなもの持ったら腕が千切れる。
「そうか…………あ、思いついた。」
「お、なんだい?聞かせてくださいよ!」
マニラスは外へ出ると、衛兵を殴り殺した。
流石の6741も唖然とする。
「え……何やってんの?」
「こいつらの死体を固めるんだよ。2人分あれば95kg以上になるだろ。」
「うへぇ……やばいじゃん、貴方。」
「よく言われる。」
「つっても、どうやって固めるのですか?しかも、固めたとて2つと判定されるかもしれないぜ?」
「判定の方は大丈夫だ。『インクで文字が書かれた紙』にまとめて力が作用する所を見ているからな。そして、固める方法についてはこれを使う。」
マニラスが取り出したるは、ドラム缶、簡易的な柵と天井。
死体をドラム缶に詰め、水……正確には、そこらの死体からとれる体液を注いでいく。
そして、柵と天井でドラム缶を覆った。
「そして氷の界術で凍らせていくと……柵ごと凍らせて固めれば、氷のオブジェの完成だ。」
10000年後くらいには、芸術扱いされているかもそれない。
「外道な方法……」
「なんとでも言え。これで必要なものは揃った。行ってくる。」
「え?ちょっと待てよ!」
「なんだ?お前を連れて行く気はない。役に立ってくれたが、部外者を入れるわけにはいかないからな。」
「さっきの計算を聞いているだろう!私は役に立てます!正式に仲間にしてはくれまいか!」
「……(コードはほぼ壊滅状態だし、使えそうなのは6741のみ。ちょっと渋る感じにして、こいつの更なる実力を見るか)……なら来い。お前の力も見せてもらうからな。」
「おおッ!やったぁ!ありがとうございます!」
マニラスの言葉に、子供のようにはしゃぐ6741。
かくして、一人と一機の狡猾な作戦が始まった。
「はいここまでー。」
「死体を使った芸術作品ってたまにあるけど、正直理解できない。なんで切り裂かれたり潰れたりした汚い死体ばかりなんだろう?」
「単純にそういう死体ばかりだからだろ。毒殺なんて面倒でしかない上に普通に足はつく。狙撃の方がやりやすい。」
…………人が死にすぎると、感覚麻痺どころか芸術に進歩するのだな。




