十八頁 子供と奴隷の線引きって何だ?
「ここか……奴の家とやらは。」
時系列は、過去の世界でマニラスがガルドロディアの家に着いたところ。
特に苦労もなくたどり着いたのである。
マニラスの目の前には、真っ赤なドア。
『ガルドラボ 異形を幽閉しております』と書いてあり、デフォルメされたガルドロディアの絵が描いてある。
ドアの後ろには鉄の建物。大きさは、よくある一軒家くらいか。
「リスカ、鎖で開けてみろ。」
「……」
言われるがままにドアノブを鎖で掴み、開く奴隷。
中から矢が飛んでくる訳でもなく、凶悪な魔物が出てくるわけでもなく、玄関が拡がっていた。
「ここも普通か……あの女……」
マニラスは、警戒しながら玄関に足を踏み入れた。
一般的な『家』……真っ白な壁が眩しく光り、月灯りの差し込む書斎と、広いリビング、そして洗面所などの生理的な部屋がある。
が、それだけであり、家具が一切なく、大量の紙がバラ撒かれている。
食材の匂いも、シワのある服も一切なく、生活感がまるで感じられない。
言うならば、ハリボテのようだ。
「資料は片っ端から集めとくか……リスカ、玄関で見張りをしていろ。」
マニラスはリスカに命令し、床に散らばる紙を集め、題名ごとに分けて纏めた。
「(……訳のわからない化学式と計算式だらけだな…『概念』を使う異形、表向きどころか、あの女しか知らないような技術らしい。となると、情報が眠っているのは……)」
マニラスは書斎のテーブルの上にある奇妙な箱を見る。
「(やはりあの『PC』か。確かこれは、コードの技術だったな。)」
研究者の部屋というのは、絶対にPCがあるものだ。
「(参ったな……PCはコード独自のもの。種族が違うから俺にこれは使えない……)」
説明しよう。
5つの種族にはそれぞれの「独自技術」があり、他種族がこれを持ち出す事は出来ない。
種族にはそれぞれの「範囲」があり、自分の種族範囲に戻ってくると、別範囲に行っていた時に「独自技術」に関する記憶を手に入れていた場合、抹消されてしまうのである。
ただ、この事実はある程度他種族に密接に関わる一部の者にしか知られていない。
多くの者は、そもそも独自技術に触れることが少なく、失ったことに気づかないからだ。
その「一部の者」であるマニラスはこの時点で、ある事実に気づいた。
「おいリスカ、お前は何故あの時、携帯電話を使えたんだ?話せ。」
「ご主人……フロイに、教えてもらった……」
奴隷となってからは、恐らく初めてまともに喋るリスカの声は、少し掠れていた。
「(フロイ……奴がコードという事は絶対にない。鉄槌に映った魂の形は、人間のそれだった。つまり、奴は世界の抜け穴……記憶を失わない方法を知っているのか?いや、鉄槌を誤魔化す力という線もあるな。)……後で奴のアジトに戻ることにする。わかったな?」
「わかった。」
「よし。(それはそれとして、このPCはどうするかな……面倒だが、あと少し行くとコードテリトリーだ。そこで適当なコードをイデアロスして、ロック解除させるとしよう。)」
と、マニラスが引き返す事を決めようとした矢先に、奴が現れた。
「お兄さん、僕に任せてくれればそれやってあげるよ。」
「……何者だ?」
白髪の少年だ。
背丈はリスカとそう変わらずない。
童顔だからか、幼い印象を受ける。
赤い目がこちらを見つめている。
ゆったりとした黒い服を着ており、左腕にはコード特有のプロテクターがある。
「僕?僕はエリミニスタって言うんだ。実は人間じゃないよ。魔族でも神族でもない。勿論、コードやエネミーでもない。ガルドロディア博士が作った『異形』と呼ばれる存在らしい。生まれてこのかた、この施設から出たことはないし、出るつもりも、今のところはない。」
「やはり奴が造った異形か……今日は新情報ばかりだ。」
ガルドロディアが開発した異形エリミニスタは、特に警戒心など示さずに、マニラスに歩み寄った。
「で、何故コードでないお前がPCを解除出来るんだ?コードを元にした異形なのか?」
「お兄さんバカァ?コードじゃないって言ったじゃないか。僕は生まれついての異形なんだよ。生まれついての異形は独自技術の壁を突き破って、全てを行使できるんだよ!」
「それは初耳だな……お前は何の異形なんだ?」
「ふふふ……今から僕の能力を見せるから、当ててみてよ。チャンスは3回!当てられたらそのPCを使えるようにしてあげる!」
どうやら、エリミニスタは子供っぽい性格をしている様だ。
突然始まったクイズを、マニラスは受ける事にした。
「いいだろう。モチーフを当てたらこのPCのロックを解除しろよ。これは約束だ。」
「ノリがいいんだね、お兄さん。約束しよう。じゃあ、始めるよ。」
そういうとエリミニスタは、楽しそうに笑みを浮かべ、そのまま指を鳴らした。
できる人とできない人の違いがはっきりわからない、指パッチンという奴だ。
そして指が鳴った瞬間、
……一見特に何も起こらなかった気がする。
だが、マニラスは見抜いたようだ。
「家具の配置が変わった。そして、それに連動してそれぞれの立ち位置も変わったな。念の為、リスカに結ばせておいた鎖の長さが変わっている。」
「おお、お兄さん鋭い。確かに、僕はその2つを変えたよ。これで能力がわかったかな?」
マニラスは冷静に、答えた。
「『不安定』。お前は、不安定の異形だ。」
「………なんでわかったの?」
明るかったエリミニスタの声のトーンが変わり、殺意を隠さなくなっている。
その殺意に臆することなく、マニラスは続ける。
「さっき見た資料に載ってたんだよ。この『不安定の異形製造計画表』にな。」
マニラスは懐から一枚の紙を取り出し、見せびらかす。
「そんな!元々知ってたの!?ずるいよ!」
「(おかしい、適当な嘘で乗り切ろうとしたのに本当の事を……なんかボーッとするな。こいつの力で俺の脳まで不安定になったか?)相手の調査をろくにしなかったお前の負けだ。約束通り、PCを動かしてもらうぞ。」
こういうのは普通、ヒントとか貰って頑張って推理して、3回目で正解する物なのだが……空気を読まないマニラスは、ハッタリで解決したのだった。
「くそっ……覚えとけよ……あー手が滑ってPCがー!」
「させるか!」
怒った子供は、せめて相手も怒らせてやろうとPCに手を伸ばす。
マニラスはそれを見て、エリミニスタを止めようとするも、エリミニスタはマニラスの身体をすり抜けた。
「自分の座標も不安定なのか!」
マニラスがそう言った時には、PCはエリミニスタの手に触れられ、妙なノイズ音を出して消滅した。
同時に部屋が揺れ、床に散らばっていた紙が空に舞った。
「おーっと、やってしまったー。これじゃあこのPCは動かせないやー。どーしよー。」
「はぁ……仕方ない、情報がバックアップされていないか探すか……(まさか近くにいる奴の思考等も不安定にしてしまうとは……凄い力だが、これによって世界の真実をあと一歩の所で………ああイライラしてきた。)」
重要な情報なときに限ってトラブルにより覗けない。
マニラスは、
「面倒だ。これを見ろ。」
と、拳銃を取り出した。
「……何?」
バン。
リスカが撃たれた。
鎖の異形であるが、人間だ。
マニラスはエリミニスタに拳銃を向けたまま、リスカに応急処置を施す。
「弾丸の軌道も不安定……さて、どうやって怯えさせるか……」
マニラスが考え込んでいる内に、拳銃がドロドロに溶け、ボトリと床に落ちてしまった。
紙吹雪が舞った。
「ハハッ……何でもありか?」
「何でもありだよ、僕はそう作られた。」
ゲームで言うなら、これは負けイベント。
主人公補正があるのなら、ガルドロディアが助けに来るとか、マニラスが新能力に目覚めるとか、逆転の兆しはあったのだろう。
だがこれはゲームではないので、そんなものはない。
幸いエリミニスタは子供なので、マニラスを殺すような事はしないだろう。彼は人を殺したことはないのだから。
「俺を殺すか?」
「えっ、なんで?殺す必要がないじゃん、この前、施設にいた虫たちを殺したんだけど、すごく嫌だったんだ。ヒトガタを殺したら、もっと嫌になるに決まってる。」
「そうか、今からここを離れるつもりだが、逃がしてくれるのか?」
「どうだろうね?僕はお兄さんにとても興味がある。お兄さんを追って外に出るかもね。」
要は、逃がすつもりはないという事である。
一部の人間にはご褒美のような発言だが、マニラスにそんな趣味はない。
「そうか、なら賭けだな。リスカ、好きにしろ。」
マニラスはそう言って、リスカの頭を鉄槌で叩いた。
リスカの目から瞳孔がなくなり、身体から無尽蔵に鎖が生えて暴れまわる。
「お前、指定して不安定にできるのは一つまでだろ?そして命のない存在しか不安定にできない!」
「あの紙吹雪から気付いたの!?」
そう。エリミニスタは一度に一つ、それも生きてない存在しか不安定にできない。
「異形に命はない。真似事をしているだけだ。まともに戦った事がないなら、自分の座標を不安定にして避けるしかない。自爆覚悟で俺を捕まえるか?」
「くっ……」
「必ずここに戻って来る!その時まで覚えていろ!」
「ッ………!!」
マニラスは施設の外へなんとか抜け出し、ドアを閉めた。
「はぁ……なんとか逃げ遂せたか。奴の力は危険すぎる。」
荒野に一人の男の吐息だけが流れる。
「(不安定に出来る対象は一つ。命を持つものは不安定に出来ない。さて、これをどう突破するか。)」
歩きながら、マニラスは考える。
目的地はどうやら、コード唯一の国、マザーセキュリティらしい。
「(片っ端から奴隷を用意して物量で押すか?エリミニスタが自分の座標を不安定にしたら、暴れるリスカと大量の兵で押しつぶせるかもしれない。そうして魂をを出した後、イデアロス……だが、元々異形である奴に魂があるのか?しかも、生半可な攻撃では効かないかもしれない。奴が多少の損害は覚悟で俺を殺りに来たら、それこそ一巻の終わりだ。ならば……)」
と考えていると、強い突風がマニラスの頬を殴りつけてきた。
「うおっと……」
よろけたマニラスは、少し上を見上げる。
すると、
「…………!?」
絶句。
マニラスが見たのは…………
ズオオオと音を立て、全てを吸い込まんとする、ブラックホールだった。
「はい今日はここまでー。」
「私の扱いが雑すぎる……」
「この頃の俺はお前をまだ使い捨ての道具としか思っていないだろうから、妥当だな。」
現代。
奴隷一号は自分の扱いについて不満な様子。
「なんか失礼なこと言われた気がする……」
「気のせいだろ。」
「いじめられた過去……いやあれ勘違いか。まあそれを抜きにしても邪悪だよ、マニラスは。」
「それはそう。何から何まで最低なのが俺だ。そして最低な俺なら……多分、エリミニスタを突破した方法がわかった。」
「え、そうなの?何?」
「実際に見て理解しろ。以上。」
「もう遅いんだから寝ろ。」
「今更子供扱いとかキモ……」
罵倒を吐きつつ、命令には逆らえないリスカは、お気に入りのスペースに布団を敷くのだった。
遅くなってすんません。
リスカと違ってエリミニスタはそんなに設定練ってないのがアレでしたな。




