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sin in the world in the sin  作者: 勧悪懲善者
17/19

十七頁 罪と鉄槌(後編)

「うぅ……ぐっ、頭が……」


俺は既に燃え尽きた髪を触ろうとして、焼け爛れた頭皮を掻きむしって痛みに悶えた。

どうやらカイルが帰って1時間後くらいのようだ。外は少し暗いが、常闇ではない。


「……蹴られた時はアバラが折れたような気がしたが、別に折れてないな。」


起き上がって気付いたが、憎たらしい事にカイルは俺を治療したらしい。

頭の方を治してくれないのは、見せしめだろうか。


「はあ……散らばった机を戻さないと、また殴られるだろうな……」


カイルに抗う力が無かった俺は、教室をもとに戻し、とぼとぼと色を歩むのだった。







そして、その夜。

自宅に帰った俺は、ベッドに倒れ込んだ。

ん?親に燃えた頭のことをどう説明したかって?

説明なんかしてねぇよ。

俺含む魔人型の学生たちは、学校近くの住宅街に引っ越して一人暮らしする事を義務付けられている。

悪魔型?奴等は学生寮だ。

なんでも、衝突を避ける為なんだとか。

わかってんなら止めろって話だよな。


「疲れた……これからどうするか……」


頭の痛みにも慣れてきた頃、窓際から何やら声がする。

伝書鳩。エネミーの一種で、手紙を括り付けて飛ぶ。

便利なので魔族に飼いならされ、手紙を運ぶ仕事をしている。世渡り上手なエネミーだ。

ピィピィうるさいその声に顔を向けると、鳩は俺に手紙をよこした。

小さく折られたその紙を開くと、そこにはとんでもない内容が書かれてあった。


『カーストロイ•ジェミニ•マニラス君へ。

残念なことだ。

君の親父さんであるアントン•マニラスが亡くなった。

報告書には敵兵に撃たれて亡くなった、と書いてあった。

優秀な彼が死んでしまったのはとても悲しいよ。

そして、更に悪い知らせだ。

君のお袋さん、メルラト•マニラスも亡くなった。

心不全らしい。

本当に残念だ。

両親を同時に失うなんて、君のような子供には耐え難いだろう。

心中お察しするよ。


君の友達 カイルより』


破り捨てた。

まさかここまでするヤツだったなんて。

俺はカイルに恐怖と怒りを覚えた。

そして、復讐を決意し、机をバンと叩いた。


「ん?これ……あの時の?」


机を叩いた俺は、妙な手応えを感じた。

どれだけ力をこめても、剥がれなかった感覚。

そう、鉄槌だ。

教室にあったはずの鉄槌は、俺の机の上にあったのだ。


「何でここに……」


俺はそれを手に取ろうとした。

相変わらず動かない。


「何だよ、クソッ……動けよ……!」


これがあの時剥がれさえすれば、カイルをぶん殴れたのに。

そんな身も蓋もない怒りをこめ、俺はもう一度それを剥がそうとした。


「!」


すると、鉄槌の柄の部分が、少しだけ浮いた。

でも、それだけだ。

一気に手に持てるようになったわけではない。

手の痛みが尋常じゃなくなって来たので、俺はハッとして、鉄槌から離れた。


「はぁ……はぁ……何なんだよこれ……俺が何をしたって言うんだよ……」


俺がそんな恐怖する台詞を吐くと、驚くべき事が起きた。


【お前は今からするんだよ、ジェミニ。】


「!?」


頭の中に、謎の声が聞こえてきた。

これは今でも、本当に謎の声としか言えない。

知り合いに、俺のことをジェミニと呼ぶやつはいなかったし、カルルトもザクロも、この声ではない。

俺はとりあえず、言葉を発した。


「あんたは誰なんだ?この鉄槌は何なんだ!?」


【落ち着け、ジェミニ。私の正体はどうでもいい。

その鉄槌は、贈り物。お前のためにある。お前が終わるべきはここじゃない。お前はもっと、のぼりつめなくてはならないんだ。】


「何を言っている……?」


【お前は鉄槌を使って、この危機を乗り越えなくてはならない。だが、お前はこれを使うのには力がまだない。鍛えるんだ。憎き者への憎悪を胸に。】


それ以降、声は聞こえなかった。

気味が悪かったので、俺はその日、さっさと寝た。







次の日。

カイル達から何をされるか内心ビクビクしながら通ったが、何故かカイルは何もしてこない。

それどころか、可哀想なものを見るかのような目をしている。


「(何だ?何故何もしてこない?俺の両親を殺した事が、流石に応えたのか?)」


結局、俺は何もされず、その日の授業は終わった。


そしてその次の日も、いじめは行われなかった。


次の日も。

その次の日も。

その次の日も、だ。

俺は毎日警戒をしていたが、カイルは何もしてくる事は無かった。

かと言って別の奴をいじめている様子もない。

まるで人が変わったようだった。

だが両親を奪った罪は消えない。奴を一発ぶん殴るため、俺は自分を鍛え始めた。

常に周囲に警戒していたからか、感覚が鋭敏になり、戦闘訓練、学科試験ともに学年トップに迫るようになった。

最初は少し持ち上がるだけだった鉄槌も、いつしか手に持てるようになっていた。

いつの間にか、何もない所から鉄槌を出して持つこともできるようになった。

この間、カイルは一回も俺に突っかかるような事は無かった。

あの謎の声は、俺が鉄槌を少し持ち上げたりすると、【もう少しだ】【手に持つことはできたね。振れるかい?】などと言ってくるが、基本的に黙っている。

だが、妙に静かな1年間だった。

そして、20年生もあと少しという頃。

俺は教室でカイルに話しかけた。


「なあ、カイル。」


「ひっ………なんだよ、マニラス。あの日のことは、悪かったよ。許してくれ。」


今のように、カイルは何故か俺を怖がるのだ。


「今日はその話じゃない。お前、さっきから()()()()()()()()()()()()?」


俺には、カイルの頭の上に、何かが乗っかっているのを見た。

白く三角のものが。


「頭の上?俺は何も乗せてないぞ。今日は髪にアクセサリーも着けていない。気のせいじゃないか?」


「それは絶対にない。俺にははっきり見えている。」


「そんな事言われても、俺は知らないんだよ……」


察しの良いリスカなら……というか、誰でもわかるな。

そう、イデアロスができる合図だ。

イデアロスをする時は、対象の周りか体の何処かに「魂」が現れる。

それを砕き、心のない人形を操ることこそが、イデアロス。

今思うと、カイルは何故俺を怖がっていたのか。


「ま、いいや。それよりカイル。」


「……な、なんだい?」


「あの日のお返しだッ!!」


俺は鉄槌を出現させ、カイルの頭の塊を砕く勢いで、奴を殴りつけた。


パキン。

と、ガラス玉が割れるような音が響き、


「すまなかった……どうかしてたよ……俺……」


と、カイルはそう呟いて、糸が切れたかのように倒れた。


「……死んだのか?」


【死んでない。これから面白いものが見られるよ。それよりジェミニ、あの3人にもやってやれ。】


「あの3人?」


声のままに俺は辺りを見渡す。

すると、開けっ放しの教室のドアの近くに3人の生徒がいた。全員女子だ。


【今日だけはサポートしてやろう。お前は初めてこのイデアロスを成功させたから、私はもうすぐ消える。これからはお前自身の力で、恐怖のどん底に落としてやれ。】


その声は後ろから聞こえた。

ここで初めて、これはイデアロスという行為なのだとわかった。

後ろを見てみると、大きな目玉のような化け物がいた。

俺はこういうの平気だから別になんともなかったが、他3人は怖かったようで、さっきカイルの頭の上にあったものと同じ塊が出てきた。


【心を砕くんだ。】


「え?ああ、わかった!」


カイルの時と同じように砕き、3人は倒れた。


【あと30分もすれば何が起きているかわかるだろう。では私は消える。いきなりですまない。たのしい1年だったよ。】


「は!?おい、待てよ!いなくなっちまうのか!?まだ俺はアンタについて何もわかっていないというのに!」


【知る必要はない。いずれわかるから。】


それっきり、声は聞こえなくなってしまった。

そして入れ違いに、カイルが起き上がった。


「しまっ……『カイル、止まれ』!」


カイルは止まった。

歩みを含む、一切の動きを止めたのだ。


「……?」


それどころか、カイルは俺に跪いた。

悪魔型が魔人型に跪くなど、かなりの屈辱であるはずだ。

それをこの此奴が、やってみせたのだ。


そこで、


「財布の中の金を寄越せ。」


「髪を全て剃れ。」


「そこに倒れている女子の腕の骨を折ってこい。」


など嫌な事を言った。

カイルはそれを嫌な顔一つせずやった。

その後色々な質問をして、俺は「イデアロスしたら絶対服従」というルールを知った。


「……頭おかしい。」


その言葉が思い浮かび、俺は全員に「家に帰って普通に過ごせ」と命令した。


その日から、俺の人生は天国になった。

気に入らない奴、長い付き合いになる奴、目についた奴、片っ端から心を砕いて、奴隷にしていった。

心がない連中なので裏切る心配もない。

俺一人では高くて手が届かないような高級品を皆に払わせて買ったり、

先生にイデアロスしてテストの答えを教えてもらったり。

見た目がまあまあ好みの女子生徒は…………これはお前には言えないな。

は?興味なさそうだったから意外?

多分若気の至りだろう。今の俺も理解できない。


その間は正直どうでもいい。ずっと、「能力を鍛える」という名目で遊んでただけだ。

学生の大半は、世の中を知らない子供だ。

銃を突きつければ恐怖で心が出てくる。

だから俺はよく街に繰り出して、大人をどうすれば絶望、恐怖させられるかを試し、鍛えていた。

約80年間ずっとな。

そしてトップの成績を保ったまま卒業した俺は軍へ行き、周りをイデアロスしまくって評価を上げさせ、昇級。王直属となり、命を受け……それからはお前の知ってる通りだ。


まあまあ時間を潰せたみたいだな。



















「へえ……結局、その鉄槌の正体はわかってないんだ……」


「俺も早く解明したいが、何処から来たのかもまだわかってないからな。カルルトに聞いても毎回はぐらかされる。恐らく奴等に関連するものだろうが……」


「そうだ。そういえば、何でカイルはマニラスをいじめるのをやめたの?両親を殺すような奴が躊躇う?」


「ああ、それか。実はな……」

















「そうだ、カイル。聞きたかったことがある。」


「なんでも聞いてくれ。」


本来イデアロスを喰らった奴は自我がないのでこんな喋り方はしないが、命令によって自分の意思で喋らせる事で、生前のような喋り方をする。

恐らく、心がなくとも身体が覚えているのだろう。

俺はずっと気になっていた事を聞いた。


「俺の両親が死んでから、お前は俺に突っかかって来なくなったよな。何故だ?」


「えっ?そりゃ、両親を失った奴に追い討ちなんてしたら壊れるからだよ。というかそもそも、あの日はお前から殴りかかって来たんじゃないか。まあ、俺はそれを迎撃するのに本気出して、お前の頭を燃やしてしまった、それは謝るが……」


「何……!?」


どういうことだ。

あの日はカイルではなく、俺が殴りかかっていたのか?

嘘かと思ったが、人形は本当の事しか言わない。

「嘘をついたら身体の一部が爆発する」という「命令」を課したからだ。

つまりカイルの言っている事は本当。


「なら……俺はずっと、勘違いからお前を?」


「それは知らないが、俺はお前がその日から怖くなって、近づかなかっただけだ。皆もそうだよ。」


「そんな……」


その時、喋らなかったあの鉄槌から、


『カイルが偏見を持ってると思ってた?偏見を持ってるのはお前だよ、マニラス!』


と声がした。

その声は、俺が今まで聞いてきた声とは違い、高い声で、恐らく女。


「どういうことだ!」


『わかんないの?お前は悪魔型への過度な偏見から、幻覚を見たんだよ。ま、偏見を増幅させたのは私だけどな!ハハハ!じゃ、それだけ伝えたかったから、じゃーねー。』


「おい、待て!オイ!」


それっきり、鉄槌は再び喋らなくなった。


俺は、目の前が真っ白になった。


後から聞いた話だが、両親は本当に同じ日に死んだそうだ。

なんと、母親が浮気をしていて、それに怒った父親が浮気相手の家に行き、そこで修羅場になった末、相打ちで3人とも死んだんだとか。

実家が母の浮気相手とご近所さんだったカイルは、実家に寄ろうとしていたときにそれを偶然見かけていて、「両親がこんな下らない死に方なんて知ったらジェミニ•マニラスが可哀想だ」と、いらん配慮をしてくださったのが、勘違いの原因だったそうだ。

軍も精鋭軍人のそんな下らない死に方を隠蔽していたから、長らく知り得なかったと言うわけだ。















「いや、なんか……誰も幸せにならない話だったね……」


話を興味深く聞いていたリスカは、溜め息をついた。


「ああ。全員が不幸になった話だ。少しは暇つぶしになったか?」


「うん、結構面白かった。それでなんだけど、カルルトのフィルターが解かれる前……人間の頃のマニラスは、どんな事してたの?」


「人間の頃、か……実は、その時の記憶が綺麗さっぱり、無くなっているんだよな。」


「あ、そっちもなんだ。実は私も。」


「大方、異形共の力で記憶を消されたんだろう。……もしかしたら、俺たちの持つ記憶すら、作り物かもしれないな。」


「うわ、その線もあるのか……もう何も信じられない。」


「それでいいだろう。面白いと思ったことだけ信じればいい。生きるだけなら適当にやってていい。爪痕を残すには、才能がいるけどな。」


「そこ『才能』って言う辺り、わかってるなお前。」


「カルルト!?」


神出鬼没な男が帰ってきた。


「ただいま戻りました〜。あ、ザクロはちょっとした用事でしばらく帰ってこないぞ。」


「そうなんだ。このチェーンソーをもっと頑丈にしてもらおうかと思ってたんだけど……」


「それくらいなら俺がやってやるよ。お前ら俺がいない間何してたの?」


「ちょっとした過去話をな。……折角だからカルルトの過去も聞かせてくれないか?」


「あ、私も気になる。」


この異形の過去を知りたい。

知的好奇心を持つ生き物なら当然であろう。


「ハハッ、そいつはまだ早い。俺の過去話をするには、残された時間は短すぎる。平和を再び手に入れたとき、話してやるよ。」


「そうか、忘れるなよ。」


笑顔でその言葉を聞いたカルルトは、いつものように穴を開いた。


「さて、次の奴隷の話をしようか。」

はい、マニラス過去編でした。

少しは私もこいつのキャラ造形が掴めてきたかも。

あ、ザクロはいるとすぐギャグパートになって話が進まないので一旦旅に出します。

いつか戻って来るでしょう。

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