十五頁 居眠りはとんでもないものを作ってしまった。
「リスカについては、ひとまず一件落着だ。次の奴隷の話を始めよう。」
リスカが「遺伝子」の力を初めて使ってから一日。
十分に休んで疲れを取った一行は、いよいよ次の段階へ。
「二人目の奴隷……エリミニスタは、リスカとは比べ物にならない程強力な異形だ。奴が再び暴走したら、マニラスと言えども命はないかもな?」
「大丈夫だ。いざとなったらリスカを通じてザクロにどうにかしてもらえばいい。」
マニラスはいつの間にか仲間面して近くに座っているザクロを見る。
「何言ってんの?俺はリスカの為なら力を貸すけど、いくらリスカに言わせても、君のお願いは聞かないよ!」
「マニラス、兄さんはああ言ってるけど、どうするの?」
「その時はその時だ。エリミニスタの話を始めてくれ。」
「了解。」
カルルトは権能『憤怒』を発動。
世界の怒りが、罪人たちを包み込む。
「さて……流石にリスカを酷使し過ぎたか。休ませなければな。」
随分お久しぶりに登場、過去のマニラス。
リスカの旧友達を殺し、養獣場を燃やし尽くした直後である。
主にマニラスの瞬針のせいで大怪我を負っているリスカを休ませるため、マニラスは適当な土地を探して野宿をしようと考えていた。
辺境の更地にテントを張り、中でリスカを寝かせておく。
そしてそこにやって来たのは、新たなる異形の者。
新たなる罪を呼び込んでしまったのだ。
「御免下さい……少し、食べ物を分けてくれませんか?」
「は?」
テントの外で荷物の整理をしていたマニラスを訪ねてきたのは、細身の女。
長いが全く汚れていない美しい金髪を流し、貴族と言わんばかりの派手な服を着ている。
真っ赤な眼と、それを覆う金色のモノクル。
見た目は若者の筈だが、何千年も生きているかのような不気味さを奥底から感じさせる声に、マニラスは警戒を強めた。
「(この女、何者だ?雰囲気は只者ではない……俺の動きを何処かの国が察知して暗殺者を寄越したか?だが、暗殺者なら隠れられるような格好で来るはず。凶器を収納するために厚着をするとしても、少なくともこんな目立つ格好でいる必要は無いだろう。俺が食べ物を探している間に刺す気か?それとも食べ物を手渡した瞬間、手に触れて毒でも塗り込むつもりか?…………まあいい、その罠にかかってやろう。俺を殺すつもりならば、その実力を見せてみろ!)それでは、このパンをどうぞ。」
マニラスは長くて少し硬いパン、要するにバゲットを女性に渡した。
「わぁ〜、ありがとうございます。これで明日も生きられますね。」
女性は何もせず、ただパンを受け取った。
「(何もしないだと……!?まさか、俺の思考が全て読まれているのか?それとも、本当に何もしない気か?くっ……わからん。こんな状況に実際に陥るとはな……)」
経験を積みすぎると深読みする癖が出てきてしまうのは、どの生物も共通なのであろうか。
そんなマニラスの事など意に介さず、女性は名乗った。
「申し遅れました〜。わたくしはガルドロディア。ここからちょっと先にある家で一人暮らしているのです。そこで、とあるものを作っていました。ですが、ちょっと疲れちゃいましてねぇ……暫く別の場所で休もうと思うのですよ〜。」
「ほう……何を作っていたんだ?」
一先ず、マニラスはガルドロディアの話を聞く事にした。
只者ではない雰囲気こそあるが、敵意が無い事は理解できたからだ。
「それはですね〜……この世界なら誰もが欲しがる……言わば兵器の一種ですよ。」
「!」
マニラスの表情が微妙に変わり、それを見たガルドロディアは、興奮しているかのような恍惚とした、そして妖艶な笑みを浮かべた。
「食いつきましたね?だからと言って、私はさらなる施しを求めたりなどしません。このパンで十分です。気になると言うのならば、私の家に行ってみなさい?素晴らしいものが貴方を待っておりますよ〜?」
楽しそうに揺れたり跳ねたり。
世間では可愛らしいのかもしれないが、生憎マニラスはそういう感情が欠如しているようだし、そう思っていられる状況でもない。
マニラスはおもむろに自身の武器である鉄鎚を取り出し、ガルドロディアを透かしてみる。
それを確認し、意を決して会話を始める。
「あんた、異形の者か……モチーフはなんだ?」
「素直に言うとお思いで?でも、素直に聞いてきたその心意気には感動しましたから、答えてあげましょ〜う。わたくしのモチーフは『妄想』です。忘れてもいいけど、いつか必ず思い出して下さいね〜。」
あっさりと、ガルドロディアは正体をバラした。
「あっさりとバラしたな……それにしても、『妄想』……?それは概念か?概念をモチーフにした異形など、聞いたこともない……」
「それも仕方ありませんね。何故なら、概念の異形を作る術は、遠く昔に置き去られた異物なのですから〜。」
「遠く昔……あんた何歳だ?」
「女性に年齢を聞くなんて、マナーがなっていないのではなくて?その質問には、答えたくありませんよ〜。知りたければ、私の家に行って日記を読むことです〜。そろそろ行っていいですかね〜?」
去ろうとするガルドロディアを、マニラスは止めた。
「駄目だ。もう少し付き合ってもらうぞ。」
「そういう誘い方は、女性の好感度によっては最悪なので、気をつけたほうがいいですよ〜。」
「……話が噛み合ってーーーーー」
そう言いかけた瞬間、
「な゛っ゙っ゙!?」
マニラスは背後から何者かに殴られ、倒れた。
「申し訳ありません……貴方の知りたい答えは、わたくしの家に全てありますから、是非訪れて下さいね〜!」
腑抜けた声を受けながら、マニラスは意識を落としていった。
「ぐっ……もう夜が明けそうだ……この俺があんなにも簡単に背後を取られるとは……」
マニラスが起きたときには、既にガルドロディアの姿は無く、『殴られて気絶した』という事実だけが、そこに突っ立っていた。
「奴から話が聞けないのは残念だが、有益な情報は聞けたな……『遥か昔に作られた異形の者達がいる。その者達は、概念を身体に宿している』……面白くなって来た。この情報は……殿下達に知らせるのは少し後にするか。ガルドロディアの家に行ってからでも遅くはないだろう。リスカ、起きろ!出かけるぞ!」
眠ってダメージがすっかり回復したらしいリスカが、のそのそとテントから出てきた。
マニラスはあっという間にテントを畳むと、ガルドロディアが落としていったらしい地図を頼りに、歩きだすのだった。
「はい今日はここまでー。」
「何故こんな事を俺は忘れていたのか……」
「どうでもいい事も大事な事も区別なく、綺麗さっぱり頭から抜いてしまう。それが生まれ変わるって事じゃない?」
『憤怒』から一度抜け出して来た一同。話したいことは山々だ。
「まず、だ……ガルドロディアについて知ってることを話せ。」
「俺はカルルトの計画を聞いたのが割と最近だから、ガルちゃんが参加してるとは知らなかったよ。」
「ガルちゃんって……お前より年上だろうが。」
「年上?何が問題なんだ?寧ろ興奮するだろ。」
「リスカが引いてるぞ。」
「兄さん……」
「待って!?」
「さて、変態はほっといて説明するか。妄想の異形ガルドロディア……長いからガルちゃんでいいや。」
「お前もガルちゃん呼びか……」
「あいつの名前が長いのが悪い。奴は『妄想』の異形。能力は、『妄想が邪魔されない』。それだけ。」
「……は?他になにか……」
「いや、無い。これだけ。」
「……カルルトや兄さんに比べて弱くない?」
「いや、一概にそうとは言えない。要は『妄想している間は存在が消える』とか、そんな感じだろう?」
「正解だ。まあ正確には、『妄想している間は誰も奴を認識できず、傷つけても起きない』という能力だがな。俺等初期異形には聞かないが。」
「なるほど……つまり、初期異形じゃない人からしたら厄介極まりない訳だね。」
そう言うと、リスカは前髪を指に巻き付けた。
ちなみに、遺伝子操作能力を手に入れる過程で何かがあったのか、『リスカの前髪が鎖になって指に巻き付く』という動きに変更となっている。
「ま、雑魚能力に変わりはない。それよりもマニラスを殴った『孤独の異形』についてだ。」
ここでカルルトがカミングアウト。
「俺を殴ったのは別の異形だったのか……ガルドロディアがとんでもない速さで俺を殴ったのかと思っていた。」
「ははは。ガルちゃんにそんな身体能力はねぇよ。」
「孤独の異形……クルーチカちゃんもいるのか!」
「うわ、食いついて来た……孤独の異形クルーチカは、『認識されない』能力を持つ。」
「あれ?ガルちゃんとほぼ同じ?」
とうとうリスカまでガルちゃん呼びになってしまった。
「いや、ガルちゃんはオンオフが出来るけどクルーチカは出来ない。彼奴は人を信頼出来ないが故に、無意識に人を遠ざける。よって誰も認識できず、孤独になってしまっているのさ。」
「こっちからは認識もできないし実態も消えるから触れられないけど、何故かあっちからの攻撃は届くんだよね。ほんと理不尽。そのキツさがまたいいけどね!」
「………」
「せめて何か言って!?」
「話は変わるが、クルーチカは偶然あそこに居たのか?大方、ガルドロディアと同じくお前らの『計画』とやらに噛んでるんだろうが。」
「その通り。あの時お前を気絶させるのも計画の内だ。だが計画の内容については、まだ待て。お前らに話すのは、全員揃ってからにしたいからな。」
「そうか……ならいい。」
物わかりの良いマニラスを見て、少し口角を上げるカルルト。
「続きは明日だ。今日は解散。行くぞザクロ。」
「わかった。」
話は終了。彼らは自分のテリトリーに戻っていく。
カルルトとザクロは、リスカ、マニラスが去ったことを確認して話を始めた。
彼等がいる部屋には、山のように積み重なった本。
初期異形しか知らない、所謂、秘密の部屋というものだ。
「『色欲』って本当に便利だね。人の記憶操れるとかさぁ。それ使って、マニラス君に俺の力使った記憶も消すなんてさ。」
「お前も同じこと出来るんだからいいだろ。それより、『聖書』は集まってるのか?」
「順調。でもこんな過去の遺物集めて何すんの?」
「これも計画の最終段階で使う。やるなら徹底的にやりたいからな。」
「聖書で最終……あー……お前外道だなぁ……容赦なさすぎじゃない?」
「徹底的くらいが歴史的に丁度いいんだよ。『時代遅れな救世主様』には、そろそろご退場願わないとな。」
「敬虔なあの子が聞いたらブチギレるでしょそれ。ここまでして駄目だったら俺もう協力しないよ?ま、協力するも何も、世界ごと俺等死ぬだろうけどさ。」
「そん時はそん時。いいからお前は世界中の聖書を残らず集めろ。」
「へいへい。」
この会話を聞くものは、カルルトとザクロ以外にはいなかった。