十四頁 大いなる罪 リスカ(6)
「え?何で潰した?」
リスカは新しい生命を作り出し、そして潰した。
何故か?
「あまりにも不完全だから。下手に情が湧くと動きが制限されるでしょ?」
「合理的だね。お兄ちゃんもそういう考え好きだよ。」
「命令無しでその思考なら、大したもんだ。俺にその力を使うなよ。」
奇跡的に、この4人は同じ思考回路だった。
「で?カルルト、力には適合したけど、ここからどうするの?」
「正直もう帰ってもいいんだけど……確実性を高めるためだ。このなり損ない達を、もとの姿に戻してやれ。」
「何の確実性だ?」
「こっちの話だ。君は気にしなくていい。」
マニラスの質問を、ザクロは軽くあしらった。
「教えてくれないだろうし、深く聞かないでおく。一人ずつ呼び出して。」
「了解。」
カルルトの持つ小石と、なり損ないの一人が入れ替わった。
先程の光景を見ていたからか、興奮気味だ。
もしかしたら、自分がもうすぐ戻れることを期待しているのかもしれない。
その期待に応えるため、リスカはなり損ないにチェーンソーを向けた。
「オルィェをモドしてくれ……!」
「変われ………理解が追いつかない感覚で!」
「何言ってんだ?」
「多感な時期だからな。俺も昔はカッコつけて言ってた時期があった。」
「お兄ちゃんはいいと思うよ?」
「後でまとめて殺すね。」
上から、
流行りの病に感染したリスカ
自分も同じ病に感染しているくせに察せないカルルト
それを見て懐かしむマニラス
リスカを擁護するザクロ
である。脱線もここまでにしておこう。
リスカはチェーンソーを構える。
なり損ないはやはりさっきの光景を見ていたのだろう、目を瞑って身体を固めた。
それを見て、リスカはチェーンソーを上から振り下ろし、持ち直して、横に切り裂いた。
遺伝子の線は、二本あったのだ。
「ぐあぁっ……!」
うめき声を上げるなり損ない。
どうやら、切り跡は無くとも、切られた感触と痛みはあるらしい。
「これで人間に戻れるはず……でもこの場合、異術を使える状態で出るのかな?使えないのかな?」
「解釈によるな。『人間』と『もの』に分けて戻すのか、『適合する形の人間』にするのか。そのチェーンソー次第だ。」
「へえ……だったら、後者だね。何故なら、『適合』は『理解』だから。」
リスカが切り裂いたなり損ないは、やがて人間の形に固まっていく。
赤黒かった表面は、健康的な肌色に。
触れるもの全てを傷つけそうな手は、丸みを帯びた手に。
おぞましく歪んだ顔は………組み変わってもおぞましかった、おっと失礼。
スラッとしたシルエット。
紛れもなく、人間の男性がそこに立っていた。
「おお………ありがとう………!」
「妹の教育に悪いから服を着てくれ。」
「え……?ああ、すまない!」
今まで化け物の身体だったので、当然何も纏っていない。
男性は、ザクロから渡された服に袖を通し、改めてリスカに礼を言った。
「ありがとう。本当にありがとう。これでやっと、開放されるんだ……!………そうだ、他のなり損ないももとに戻してくれないか?悪い奴らじゃないんだ。」
「言われなくても戻すよ。君はいい人だね。自己紹介より仲間の紹介を優先するなんて。」
「あ、自己紹介したほうがいいか?俺はエスメーヅ。何年か前に異形化させられ、失敗してミゲルに閉じ込められたんだ。モチーフは『石炭』。彼奴等の事も話そうか?」
「大丈夫だよ、直接聞くから。そこでじっとしてなよ。」
「ありがとう。そうさせて貰うよ。」
エスメーヅは座り込み、久しぶりの人間の身体の感覚を楽しむかのように、腕に触れていた。
「これで全員だね。」
リスカが助けたなり損ないは、6人。
「石炭」の異形エスメーヅ。長身細身の男性。
「鋏」の異形アマク。長身細身の女性。
「塗料」の異形ミース。小柄な女性。
「押印」の異形キフ。小柄な男性。
「林檎」の異形サテラ。長身細身の女性。
「鎌」の異形ルード。大柄な男性。
「もうすぐミゲルが見回りに来るはずだ。」
「ふ〜ん……聞きたい事もあるし、殺さないでね。」
「彼の事は殺したいほど憎んでいるけど……リスカさんの頼みなら、従います。」
「ありがとう。で、2人とも。どうする?」
「「こうする。」」
カルルトは大罪の権能『憤怒』を発動。
すると、周りの光景は、『異形化実験』に。
「楽しいなぁ!!」
「あ……あ……」
歪んだ笑顔の医師に、脳味噌を弄られている自分を見た彼等彼女等は、吐き気を催した。
そして、恐怖した。
そして、激しい恐怖という事は………
「出てきたか!」
心。
絶望すると、出てくるものである。
そしてこの話の主人公は、心を砕く力を持つこの男である。
パキン。
と音を立てて、6人の心は砕け散った。
「ははは。知ってた。」
「イかれてるよ……」
『一仕事終えた』感を出すリスカと、ドン引きするザクロ。
憤怒とイデアロスのコンボで、6人はマニラスの奴隷と化した。
恐ろしく速い上に恐ろしく人の心がない。
「こうやって油断している奴等程、奴隷にし易いものだ。」
マニラスは、倒れた哀れな6人を見下しながらそう言った。
「で、奴隷にしてどうするの?」
リスカの質問の答えは、少し前に遡る。
あれは……確か、リスカがその罪と戦っていた時の事。
カルルトは『色欲』で、マニラスと話していた。
『そうだ、マニラス。別にやらなくてもあまり問題は無いかもしれないが……」』
「しれないが、何だ?」
『異形化実験に関する全てを、この世界から消した方がいいかもしれない。』
種の叡智の結晶、異形。
それを消せと、この異形は言っているのである。
「………何故、異形化実験に関する全てを消す必要がある?」
『………異形は、この世界のバグだ。バグってのは、本来無いものの事を言う。バグのない完璧な世界で無ければ、いずれまた綻びが生じる。そうすれば、お前の罪を贖罪して世界を救ったとしても、いずれ滅亡への道を辿るだろう。何故滅亡するのかは……お前の奴隷が全て揃ったら、教えてやろう。』
マニラスの『奴隷』。
まだ見ぬ奴等の罪が、この世界の滅亡の片棒を担ぐ。
「そうか、分かった。で、全て、とは具体的に何だ?異形化に従事する者を皆殺しにするのか?」
『それもあるし、資料も焼き払って、施設もぶっ壊すべきだ。それに……異形も全て殺す。』
「……リスカもか?」
『リスカについては俺に策があるから、お前は心配しなくていい。殺すのはリスカ以外の合成異形だ。』
「でも、お前も俺も手を下せない。だろ?」
『ああ、そうだ。お前は異形でもないし異形化を担当する医師でもない。俺は異形化実験ができる前に生まれた初期型の異形……似てるようで奴等とは違う。俺達は、無関係。故に、異形化について手を出せない。』
「だから異形化に組する奴をイデアロスして、潰させる……だろ?」
『そういうこと。』
理解力のある奴等だけだと話が早い。
この時から既に、エスメーヅ等なり損ない達の運命は決まっていたのである。
時は戻り、6人の奴隷が倒れている所。
マニラスはリスカの質問に答える。
「此奴等を使い……世界中の異形製造に関する施設を潰していく。」
「何で?」
「異形はこの世界のバグなんだと。バグってのは本来無いものの事だ。それがあると、贖罪が成功しても世界が真に救われる事は無いらしい。」
「なるほど?」
「異形に関する施設、資料を全て焼き尽くす。そして、全ての合成異形を殺す。」
「それって……私も死ぬの?」
死ぬかもしれないというのに、絶望などせず冷静なリスカ。
成長が垣間見える。
それに対して、カルルトは答える。
「お前のモチーフは『鎖』から『遺伝子』になった。俺達と同じ、概念の異形だ。つまり例外。殺す対象にはならない。」
「そうなんだ。………うん、理解した。」
「簡単に人を信じすぎじゃない?」
「いやいや、違うよ。この力があれば、貴方達に対抗できる。それを理解した。」
「………初期異形同士で、殺し合う事は出来ない。だよな?」
「ああ。」
「……………リスカは初期異形には入らないから、俺達だろうが遺伝子操作されたら終わりだね?」
「………そうだな。」
「………まあ、大丈夫か……」
初期異形は数億年とバカ長い時間を生きている。
戦闘技術はとんでもない。
リスカでは斬るどころか、かすり傷すらつけられないだろう。
……と、ここまで長々と無駄話をしている内に、お目当ての客人が来たという事だ。
「ド〜は奴隷のド〜♪レ〜は奴隷のレ〜♪ミ〜は皆奴隷のミ〜♪ファ〜は……ファからどうやって奴隷に繋げんだよ!ふざけんなクソがァ!!なり損ない共ォ、食事の時間だぞォ!!」
勝手に歌って勝手にキレたこの男こそが、なり損ない達が殺したいほど憎んでいる男ミゲルである
「大分精神がアレな奴だね……」
「まああれくらいでなければ、とてもなり損ないの管理は無理、というものなのだろう。さて、リスカ。捕らえろ。」
「了解。」
「ファッ!?誰だよオマエ!俺をどうしようってんだ!?」
油断していたミゲルは、あっさりリスカに捕らえられる。
「カルルト!」
「あいあいさー。」
カルルトの『憤怒』で景色が変わる。その景色とは……
『ミゲル!起きなさい!遅刻するよ!』
『んん………あと5分……』
『あんた今日大事な会議あるんでしょ!遅刻してもお母さん知らないよ!?』
『今何時……って、ええ!?母ちゃん、なんで起こしてくれなかったの!?』
『何度も起こしたわよ!早く準備しなさい!朝ご飯ここに置いとくからね!』
『うわー、ヤバイヤバイ!』
「……え……なに、これは。」
「……なあ、カルルト。憤怒って、『その人物の人生の中で最もその人物が絶望、屈辱を味わった場所に景色が変わる』って力だよな?」
「そうだけど?」
「つまり奴の人生の中での最大の絶望は会議に遅刻したことらしいな。随分とお気楽平和な人生なようで……」
「思い出した……これは、初めての遅刻だ!」
ミゲルが口を開く。
「遅刻常習犯の俺だが、流石に一回目は焦ったもんだ!このあと結局はギリギリで間に合ったけどめっちゃ恐い顔の上司に叱られたんだよな!あー、怖かった!」
「懐かしんでない?」
「どうやら、過去の経験から此奴をイデアロスさせるのは無理なようだ。ならば……」
マニラスはミゲルに銃を向け、威嚇射撃代わりに頬をかすめる。
「ヒィィィ!命だけはァァァ!」
「あ、出た。」
「さよなら。」
あっけなく、ミゲルはイデアロスされたのであった。
「しかしこの五月蝿さだと、職場や家ですぐバレるかもしれないな。よし、カルルト。此奴の母親を殺して家の中に置いとけ。そしてミゲル。お前は家に直帰しろ。」
「いいよ。」
「………」
「そんで他の奴隷共……リスカ以外は、ここ以外のなり損ない隔離施設を探せ。以上。」
「凄い速さで進むね……お母さんを殺したとしても、職場でバレない?」
「母親が死んだ悲しみで無口になった奴はごまんといる。バレやしないさ。」
「そっか。キラサリにも多かったよ、そういう子。」
「お母さんを殺すか………まぁ、回想で見たときの顔あんまりタイプじゃなかったしいいや。」
最早誰も可哀想等とは言わない。
ここは冷血な空間だった。