十二頁 大いなる罪 リスカ(4)
「リスカ、早く早く!」
「ちょ、待って……はや……」
「はしゃぎ過ぎだろお前ら。ご主人に見つかったら怒られるのは最年長の俺なんだからな?」
「だ、大丈夫だって。危なくなっても静寂があるでしょ?」
「ミラ、怪術は公衆の面前で使うと後々面倒なことになるからなるべく使わないっつったろ?」
寂しくなるからという理由で、ご主人……フロイは奴隷同士が合うのを禁じた。
でも私達は、ご主人に隠れて会ってた。
まとめ役のドグマ、目つきの悪いサザリカと何故かそれより怖いセノス、絵が上手いミラ、そして私。
キラサリでのご主人の奴隷は5人。他の街にも奴隷がいるみたいで、ご主人は1週間毎にキラサリとその街でそこの奴隷達と過ごす。
ご主人が外出している隙に私達は会う訳だ。
ご主人は私達に『いつか別れる時に寂しくなるから他の奴隷には会うな』って言うけど、口で言うだけ。
多分会っても怒らない。
「怪術使える奴は貴重なんだ。こんな辺境の奴隷が使えるとなったら、人さらいにあう。ご主人に迷惑がかかっちまうよ。」
「うーん、そっか……」
ドグマの使う静寂は重力系怪術の一種で、人ひとりが入れるくらいの隙間を作り出す。どんなに重くても無視して隙間を開けられるものだから、人助けに適していて、王都の救助隊には静寂を使える者を集めてどんなに大きな岩でも持ち上げて人を救助するエリート軍団もいるそう。
「で、今日は何するの?」
「本日はキラサリに王都の術師達が来るそうなので、皆で見学しようという会です。」
「ふーん、俺の瞬針とどっちが強いか勝負してみてえな。」
「やめてくださいよ?最悪ご主人が捕まるので。」
一人で盗みをして暮らしていたらご主人に拾われたサザリカは、瞬針が使える。一定の範囲内に足を踏み入れた相手に針を突き刺す怪術だ。
術範囲に一番多く含まれる材質によって針の素材も変わるんだとか。
「ま、まあいざとなったら僕の⬛⬛で……」
「やめとけ、お前のは危険過ぎる。加減できない内にやると何人か殺っちまうだろうからな。」
ミラは、⬛⬛という⬛⬛⬛⬛で⬛⬛⬛⬛⬛な怪術を使う。これは危険すぎて⬛⬛⬛⬛の⬛⬛部隊が⬛⬛しにくるらしい……
あれ?何故ここだけぼやっとする?
私は思い出せないのか?
何か……何かあるはず……
「………カ!リスカ!」
「はっ……」
私、何して………
「ぐっ……」
肩が物凄く痛む。
視界の端には、さっきまで私の肩にくっついていたもの。
そうだ、私はセノスにやられて左腕を飛ばされたんだ。
ははは、流石セノスとしか言いようがないな。
マニラスを閉じ込める壁を固定しながら、血で戦うなんて、王都の術師でも難しいんだよ?
「しかも、立てないし……」
倒れた所に丁度サザリカの瞬針があって、足に刺さった。足を鎖にして脱出したけど、力が入らなくて動けない。
あ、やばい。切り落とされたり刺されたりした所から血が出てる。セノスはそれをも吸い取ってる。このままじゃ私は出血多量で死ぬな。
万事休すってやつ?
セノスは情撃で槍を作り、ドグマの雷を纏わせ、それが私を貫いて来そう。
サザリカはマニラスに刃を突き刺そうとしてる。
あー……マニラスはわかんないけど、私、ここで死ぬ?
これが、『罰』か。
操られたとはいえ、私もこの戦争の原因。
ここでやられても、仕方……………
「お前達は吹っ飛び、俺が良いというまで動けない!」
「え?」
刹那。
誰かの声が聞こえた。
私を倒さんとしたセノスとドグマが吹っ飛んだ。サザリカも固まっている。
そして私の隣には、赤くて袖の長い服を来た男が立っていた。
いや、所々白いし……白衣かな?
たとしたらこれ全部返り血……どれだけ戦って来たのやら。
「お、外れた。どうやら術も弱まっているみたいだな。」
マニラスは檻の格子を一本外し、その隙間から足を出してサザリカを蹴っ飛ばすと、檻を解体し始めた。
「鎖の異形。身体から鎖を出し操れる。また、自分の身体からでなく、触れている鎖状の物は全て操ることができる……要は鎖であれば何でも良い……」
「え、何?」
「これは燃料が切れていて動かないが、立派な鎖だ。動かしてごらん?」
「この機械…………」
私は思考を巡らせる。あ、そうだ腕くっつけなきゃ。
吹っ飛んだ腕をくっつける。私の体は鎖だから、結合は簡単だ。
その人と同じく真っ赤な機械から薄い銀色の板……何これ、刃こぼれしてる?いや、いくつもの鋭い刃がくっついてる、芯はない……つまり、これも鎖。
確かに、鎖は私の力で動かせる。小さい頃から試してるからわかる。
でもそれだけじゃ駄目。
どう動かすのか、理解しないといけない。
どんな用途で、どう動かすのか。
知れば、私はそれを動かせる。
理解しなければ。
理解しなくては、世界に置いていかれる。
理解しろ。理解しろ。理解しろ!
私は真っ赤な装甲を引っ剥がして、「それ」の中身を探る。
「君はこれから、あの男のせいで起こった様々な呪いを沈めなければならない……そのチェーンソーは、君がさらなる力を手に入れる為の試練の一貫だ。大丈夫、いつまででも待てるよ。俺が君を守ってあげ……」
「助けてくれた所悪いけど、黙ってて。」
「あっ………ごめん……」
この人には悪いけど、五月蝿い。
……えっと、この糸を引くとピストンが動いて、ピストンと繋がっている長い棒も動き、それによってこの……歯車かな……これが回る。
それによって鎖が高速回転する、という仕組みか、なるほどなるほど……
「……こんな気の強い子もいいな……」
白衣の人がそう言った瞬間、セノスドグマサザリカが突如として動き出した。
「えっ!?なんで!?」
「『いい』って言ったからじゃないの!?」
「あっ、そうか!しまった!」
なんという間抜け。「しまった!」じゃないよ。
私は怒る気も失せて、残り短時間でこれをどう使うか頭に叩き込む事とする。
これ、私の力なら面倒なエンジンの工程はスキップ出来るね。
彼が本当に伝えたかったのは恐らく、このように鎖を使えば近接戦闘も有利って事。
「けどまぁ……先人達を敬って、多分本当の持ち方をしようか。」
そう言って、私は指に髪を巻いた。
丁度2つの取っ手があるので、私はチェーンソーの前の取っ手を左手、後ろの取っ手を右手で掴む。
そして、能力で刃を回転させる。
そして、私の眼前まで迫っていたサザリカを真っ二つに切り裂いた。
「いける。これがチェーンソーってものなんだね。」
「形はかつての君の仲間なのに君、勇気あるな……チェーンソーって凄く痛いんだぞ……」
「姿がアレってだけでただの泥の塊なんでしょ?じゃあ斬っても何の問題もないじゃん。それに……」
「それに?」
「皆とは確かに友達だし好きだけど、少なからずとも嫉妬感情がある。それを晴らそうかなって。」
「ああ……そう言えば君だけ怪術を持っていないのだったな。」
「そうそう。でも、前世の私はそれでもめげずに術を習得しようと知識を磨いていた。ま、今世の私はこの異術があるからたいした努力もしてなかったけど。」
抑えきれず、笑いが溢れ出す。
「彼奴等はもうこの世界にいない!つまり、成長出来ない!私が彼奴等より強くなれば、私は彼奴等より上になる!」
「……カルルト程じゃないが、君もなかなか性根が腐ってるな?」
「友達だと思ってるのは本当だよ。でもそれはそれとして、友達より上になりたいってのは普通の感情じゃないのかな?」
チェーンソーと同じ素材、連結した鎖を取り出して、高速回転させながらセノスに投げる。
こんなに強力なんだから、情撃にも対抗出来るはず……そう思ってたけど、鎖はあっさり落とされた。
「ありゃ、駄目か。」
「チェーンソーってのは鎖の高速回転により対象を削って切る機械だ。ただ当てるだけだと精々皮膚をえぐるくらいで、致命的なダメージは与えられないだろうよ。」
「なるほど、じゃあ遠距離はいつもの弾丸スタイルのがいいか……教えてくれてありがとう、お兄さん。」
「はうっ!?妹キャラ……!?」
そういや名前聞いてないや。戦いが終わったら聞こう……
このチェーンソーはなかなか便利だ。
鎖という道具は鞭や弾丸のように使うことで遠距離には強かったが、近距離には弱い。
だがこのチェーンソーという武器、近距離戦にはめっぽう強いみたいだ。
これなら、彼奴等に勝てる。
私はチェーンソーを振って、血を払った。
「あーあ。持っちまったか。」
『なんだ?落ち込んでんな。』
「そりゃそうだろ。チェーンソーってのは重いし弾かれるしリーチもないしで戦闘じゃ大して使えないんだ。あまり強くならないように戦い方を調整したくて近距離武器を与えなかったのはあるが、与えてたとしてもチェーンソーじゃねえよ。」
リスカがチェーンソーで暴れているのを横目に檻から出て、セノスとドグマを殴り殺したマニラスは、カルルトと脳内で会話していた。
『でも鎖武器でまともに剣みたいな使い方できるのアレしか無いししゃーないだろ。もっと戦闘向けのデザインを考えて作ればいい。』
「はあ……まあ、それでいいか。そう言えば、これで贖罪はまず一つ終わったんだよな?」
「ああ。お前達は自らの罪を捻じ伏せた。権利を勝ち取ったんだ。」
カルルトは『色欲』を解除しマニラスの方へと向かってくる。
カルルトの方を見ると、既に贖罪が終わったらしく、過去でマニラスが燃やしたはずの養獣場は紫の光とともにもとの姿を取り戻していった。
マニラスはその光景を見て、息を呑んだ。
「こりゃ凄い。物理法則どころか時空すら超えて、無から有が作られた。」
「これが贖罪だ。まず一つ、許しを得たな。」
カルルトが答える。
リスカの方を見ると、男と話しているようだ。
「あの男はお前と同じ初期異形だろ?」
「よく分かったな。」
「鉄槌がわけのわからない形を示している。つまり異形。そして、言葉だけで奴等を吹っ飛ばして止めた。粗方、能力は『言ったことを本当にする。』でなければ、物理法則を無視した動きはさせられない。」
「理解力が上がってきたか?大体合ってるよ。奴の力は『嘘を本当にする。』ただしこの世界そのものや初期異形には効かない。今はそれだけ覚えてくれりゃいいよ。」
「了解。」
「そう言えば、お兄さんは名前なんて言うの?」
「俺の名はザクロ。カルルトと同じ初期異形ではあるが、彼奴のようなクズじゃあない。これからよろしく、リスカちゃん!気軽に『お兄ちゃん』って呼んでくれていいよ!」
「ええ……じゃあ、兄さんで。あとリスカでいい。」
「ありがとうございマ゛ッ゙ッ゙」
変態はカルルトに殴られ、気絶した。
「変態がシスコンにグレードアップしやがった……リスカ、こいつはいろんな所で女ひっかけるスケコマシだからな、気をつけろよ。」
「グレードダウンじゃない?」
「どうでもいい話題だな……カルルト、この後はまたグロウサイに戻って記憶を見るのか?」
「いや、まだだ。」
カルルトはNOを突きつけた。
「この変態と一つ約束をしていてな……リスカ、お前が必要だ。」
変態がリスカを欲している。そうなるとどうしても、そっち方面としか思えなくなってしまって、
「………まさか、そういう話か?」
「ええ!?流石に嫌だよ!?」
リスカが胸元を押さえて後ずさる。
「安心しろ。そういう話ではない。」
「よかった……………いや、でもだとしたら何?」
自分が狙われていることではない事がわかり安堵したリスカだが、別の疑問が湧いたらしい。
「それは今から説明する。」
カルルトはザクロを背負い、『怠惰』を発動。
世界が光る。
一瞬にして一行が着いたのは、大きな教会の前だった。




