十一頁 大いなる罪 リスカ(3)
「これが事のあらましだ。お前達が犯した罪の一つ……リスカの仲間達の殺害。やってる事はただ子供を殺して施設を燃やしたってだけだが、この事件で、『リスカ』が『完成』してしまった。それは世界の大いなる損失。大いなる損傷だ。だから、今からお前達にはこの罪を『贖罪』してもらう。」
『憤怒』による罪の再生が終わったと同時に、カルルトはそう告げた。
「昔の俺は随分と酷い事をしたもんだな。」
「とりあえず、いつか私が貴方を殺すから。」
そんな物騒な会話をしている二人。
傍から見たら信頼し合う仲間に見えても、本当は利害が一致してるだけで互いに殺意を向けているってのは珍しい事じゃない。
「今から『怠惰』で旧キラサリに飛ぶぞ。贖罪を行う。」
「何か準備は?」
「準備はあっちでするからいらねぇ。そろそろ発動するから、転ぶなよ!」
カルルトがそう発した時にはもう、三人はキラサリに立っていた。
「うわっ!?」
着地に失敗したらしいリスカがよろけて転ぶ。
マニラスの方は、相変わらず大丈夫そうだ。
「さ、見覚えある場所に来たぜ。」
目の前には、大きな建物の焼跡。
あの時マニラスが燃やした養獣場である。
周りには木が生い茂っている。1000年も経ったから、また伸びたのだろう。
「1000年も経ってるのに変わんねぇんだな……」
「ここはスラム街だし、戦争が激化してる今はこういう施設を片づける暇もないんだよ。」
元々キラサリに住んでいたリスカは、多少落ち着いている。
「では、贖罪の準備を始める。」
左手に拳銃を持ったカルルトが言う。
贖罪に邪魔が入らないよう、近くにいる生物を全て殺したようだ。
「準備っつっても、具体的に何をする気だ?」
「それは私も気になる。出来る事があれば言って。」
「特にお前等が手を下す程じゃない。ただ、祭壇を作るだけだ。」
「祭壇?」
「祭壇はまあ……贖罪に必要な唯一の道具かな。贖罪する罪に対応したもので作るんだ。殺しだったら死体、放火だったら灰って感じにだ。1000年前お前等がここで犯した罪は放火と殺人。つーわけで、適当な人間の死体を燃やして灰にした物を使う。」
カルルトはそう言いながら、先程殺してきたであろう人間の死体を火炎放射器で燃やす。
「火炎放射器か……初めて見たな。」
「ねえカルルト、それ何?」
「そうか、リスカは知らないか。これは火炎放射器だ。燃焼する液体と物を燃焼させる物質を合わせてプレスする事で炎を噴射する……難しいか。要は界術の火炎を魔力疲れ無しで発動する優れものだ。」
「ありがとう、理解出来た。マニラスは知ってるような口振りだったけど、もしかして人間も使ってるの?」
「いや、火炎放射器はコードの道具だ。奴等の技術力で無ければ、このような精密な物は作れん。人間じゃ拳銃が限界だ。戦争中にちょっとそこらのコードから拝借して、火炎放射器の使い方を知ったんだ。」
「ふーん…………そう言えば、今のマニラスは人間なんだよね。」
「それがどうした?」
「1000年前のマニラスは魔族なのに、1000年前と状況が違うじゃん。これじゃ贖罪が出来なくない?」
「あーそうか……そうだよな。フィルター解いとくか。」
祭壇を作りながらいきなり口を挟んで来たカルルトがよくわからない事を言う。
マニラスの身体に紫色の目のような模様が浮かび、そして消えた。
「フィルター?おいカルルト、今のは何だ?」
「これでお前の肩書は魔族になった。確認してみろ。」
「確認って言っても……マニラスは魔族の中でも人間に近い姿形だよね。魔族は身体の何処かに痣でもあったりするの?」
「何処から得たんだ、その知識。そんな物は無いが、確認方法ならある。魂の形だ。」
「魂?」
「分かりやすく言えば、心だな。イデアロスを使う時に出てくる心。この形は種族ごとに違う。人間は球状でコードは四角い。魔族は三角で神族は細長い……エネミーは決まった形を持たない。イデアロスに使う俺の鉄槌は魂を映す機能があるから、これで俺の魂の形を確認すればいい。」
マニラスは鉄槌を取り出し、自分に翳す。
「そんな方法が……便利なんだね、その鉄槌。」
「まあな。………ほう、三角形。俺は魔族だな。カルルト、これはどういったカラクリだ?今まで何度魂を見てみても、俺の魂は球体だったぞ。」
マニラスはカルルトを問い詰める。
「また実践で教えた方が早いかな。お前等、あれは何だ?」
「は?何って、岩じゃん。ただの。」
「岩だよな。ただの。」
二人はカルルトが指した方向にある木に対して言った。
「フィルター解除。」
「岩が木になった!?」
「………そういう力か?」
マニラスは大体わかったらしい。
「ふっふっふっ……これは俺が使う大罪の力の一つ、『傲慢』だ!傲慢の権能は、対象の肩書を書き換え、誤認させる事が出来る。さっきは『岩』の肩書を『木』に変えた事で、お前等に岩と木を誤認させた訳だな。」
「他人の肩書を勝手に書き換えるなんて、傲慢極まりない力だね。」
リスカが髪の毛を指に巻きつける。
観察して分かった事だが、リスカは物事を理解すると髪の毛を指に巻きつける仕草を行う。
これを二人は「理解のポーズ」と呼んでいる。
「これでマニラスも魔族に戻ったし、丁度祭壇も出来た。贖罪を始めるが、準備はいいか?」
「準備?俺達は何の準備をすれば良い?」
「分かりやすく言うなら、戦闘準備かな。」
許されよ 許されよ 許されよ
彼ら彼女らの罪を許されよ
許せ 許せ 許せ 丸く治めよ
許せ 許せ 許せ
これより先は訳の分からない言葉が続いた。
カルルトがそのような一方的と言える御託を並べると、マニラスとリスカの前に黒い泥の塊のようなものが落ちて来た。
そしてその泥の塊の中から、二人がよく知る人物が這い出てきた。
「ア……アア……」
「ユル……サン……」
「リスカ……」
感のいい者ならばわかるだろう。
サザリカ、セノス、ドグマである。
いつ聞いてもダサい名前だ。
「何で……!?」
「来るぞリスカ、構えろ!」
彼等に驚く時間など与えられない。
泥のような三人組は、我こそが卑劣な罪人を裁かんと襲い掛かって来る。
「おいカルルト!此奴等は倒せるのか!」
『倒せるぞ。』
「何かわからないけど、脳内に声がする……そういう権能?」
リスカを見ると、彼女は既に髪の毛を鎖に巻き付けていた。
それに呼応するように、カルルトの声がする。
『【そういうもの】として理解する事が出来たら大人への第一歩だぜ。これは七つの大罪の力の一つ、「色欲」だ。相手の頭の中に直接言葉を送る事が出来る他に、触れずに物を動かす力もある。』
「色欲は性に関する欲望……で、なんでそんな地味な力なんだ?頭の中に言葉を送る事も、触れずに物を動かす事も、そういう怪術があるというのに……」
『それは射程範囲とか持ち上げられる重さの限界とか色々あるだろ。俺の権能にはそんな制限は一切無いんだよ。』
「制限無いのは強いね。しかも異術だから空間魔力も使わないと。」
戦いながら雑談する余裕な三人。
ついでに、ここで空間魔力についても話しておこう。
空間魔力。
ま、大体は創作の世界にありふれている魔力と何ら変わらない。
空間に飛んでいる空気のようなものであり、人々はこれを使って術を放つ。
空間魔力は界術や怪術を使用するのに必要な要素であり、これを術師本人の身体にある魔力回路に集めてイメージを固めて構築するのが界術、怪術である。
界術の場合、火炎は手から炎の玉を打ち出すイメージ、
地震は自らの足から地面がひび割れるイメージ、
雷は上から稲妻が降ってくるイメージ、
疾風は風で相手を叩きつけるイメージ、
氷は相手を固めるイメージ、
と言った感じであり、怪術は更に難しいイメージが求められる。
当然、空間にあるという特性上、空間魔力が全くない場所もあるが……それはまた、出てきた時に話そう。
カルルトの『色欲』の声を聞く二人。
『奴等は怨霊……お前等に殺された恨みが実体化した者達だ。お前達は奴等を倒して、罪を捻じ伏せるしかない。』
「捻じ伏せるって……贖罪って、許す許されるって意味じゃ無いの!?」
『ただ祈るわけで赦される訳無いだろうが。赦しを乞うにも力が必要だ。』
「まあ確かに、無罪ってのは勝ち取るものだからな。奴等から勝ち取る必要がある訳だ。という訳でリスカ。」
「何?」
「あとは宜しく。」
鉄格子の檻の中に閉じ込められたマニラスが言う。
あの時と同じ、静寂と情撃の合せ技だ。
「は!?」
「どうやら奴等は最も有効な手を使って攻撃してくる様だな。まずは弱いリスカを倒して、3人がかりで俺に襲いかかる算段か。」
「何をそんなに冷静に言ってるの!?私一人で3人と戦えって!?」
『頑張れリスカーお前なら出来るぞー。』
「無関係だからっていい気になりやがって……」
文句を垂れながら、リスカは鎖を展開する。
「(ドグマは静寂を使ってるから界術による遠隔攻撃しか出来ない……セノスの武器がいつもより多い?そっか、ここにはカルルトが殺した人間の死体が沢山ある。見た感じ5人分くらいかな?血が全部出る前にカルルトが火炎放射器で燃やしたから少しは少ないだろうけど、厄介だな。……あ、鎖が刺された。サザリカの瞬針は彼処か……)」
状況理解を終え、髪を指に巻きつけるリスカ。
「そう言えば、5人の中で私だけ怪術使えなかったっけ……悔しかったなぁ……それで全てを理解出来るように知識を集め始めたんだっけ。こんな事で思い出すなんて……」




