十頁 大いなる罪 リスカ(2)
「魔族の男が、ご主人を殺した……それは本当か?」
1人の奴隷の目撃証言を皮切りに、奴隷たちが話し始める。
「限りなく、そうです。奴はリスカを買って出ていた……あの時、館になにか仕掛けをしたに違いないです!」
「ふむ……ご主人の死因はやはり、頭にぽっかりと空いたこの大きな穴だな。何か大きな針のようなもので脳天をぶち抜かれたようだ……なんて惨い殺し方をするんだ……」
「立ち位置的に、電話をしていたようだぜ。きっとこの受話器に罠が貼られていた!俺の使う界術と同じタイプだぜ!」
盗賊上がりの奴隷サザリカ。
彼は罠の界術を得意としている為、マニラスが仕掛けた罠を見破れたようだ。
「セノス、奴の身体的特徴を教えろ。」
「仮面で半分隠れてたからよくわかんないんですけど……瞳孔……黒目が無くて……髪は、頭の半分からすごく長く出てるんですけど、もう半分からは全然出てないんです……」
「ず、随分と気持ち悪い見た目なんだね。」
絵が得意な奴隷ミラ。
彼がセノスから聞いた特徴を元にマニラスの顔を描き、奴隷達は敵を知った。
「ええ、とても気持ち悪かった。」
「この男がリスカを攫い、更にご主人を殺したって事か……」
「とりあえず、色々な場所を探しましょう。ご主人の敵を討つまでは死ねない。」
そして奴隷達は、かつて無い程の結束力を有して、敵を探し始めた。
その頃、マニラスはと言うと『ちょっと待って。』
千年後、つまりグロウサイにいる方のリスカが何やら疑問を持っている。
「何だよ……」
「私の友達の描写が妙にぼんやりしてない?」
「あー、それ?リスカの頭なら分かるだろ。憤怒の罪はこの世界の絶望という一種の『物語』を映す。お前の仲間はお前に少し関係するから描写があっただけで、この世界に別に大きな影響は及ぼして無いんだ。」
「……成程。あくまで彼等はサブリミナル。必要以上の描写はされないって事だね。理解したよ。」
そう。この物語はマニラスやリスカによって起こされた「大いなる罪」の物語なのである。
改めて、千年前のマニラスに視点を移す。
只今の時刻は午前零時。人々が寝静まる時間だ。
彼は神族の着る軍服、通称「天使の軍服」を着用している。
「まさかまたこの街に戻ってくるとは思わなかったな。」
「………」
マニラスの隣にいるリスカは相変わらず無言だ。
「小細工は考えなくていい。夜中に忍び込んでチキンを全て殺し、ちょっと目立つように暴れて逃げるだけだ。」
「わかった。」
心を壊されたと言っても、別に喋れない訳では無い。
性格はマニラスの努力次第で好きに変えることが出来るのである。
「さて……なるべく早く済ませるぞ。」
「うん。」
……と、養獣場の方向へ歩いていく二人を見る子供達が。
「セノス、奴か?」
「そのはず……少なくとも、顔はそっくり。」
「だが……奴が来ているのは神族の服だ。リスカを買ったのは魔族では無かったか?」
「ええ、そのはず。確かに服が違うけど……ドグマは知ってるんですか?」
「ああ。あの服は本で見た。」
勉強熱心な奴隷ドグマ。彼は人間以外の文化に詳しかった。
「奴を殺せば、復讐完了て訳だ。いつ行く?」
「まあ待て、奴はチキンを買ってる養獣場に行くと言っていた。私達が先回りして罠を仕掛けるぞ。」
「罠か。俺の得意分野だな!見てろお前ら!あの男を見事に殺して見せるぜ!」
「期待してますよ。」
去っていく奴隷達。
だご、あの卑劣な男がこれに気づいていない筈がなく……
「(先回りか。寧ろこれは好都合……話からして奴等はリスカと旧知の仲。出会い頭にリスカに攻撃させて、洗脳している事を印象付けよう。)チキンを飼っている所は北方向だ。行くぞ。」
「………」
当然これに気づいていたマニラスは、逆にこれを利用する事にした。
「いいか?先ずは養獣場の構造を確認するぞ。キラサリのチキン養獣場は背の高い草むらに囲まれた縦長の建物で、正面口と裏口がそれぞれある。正面口にシャッターがあり、そこを突破すると、柵に囲まれ腹を空かせたチキン達が鳴いている……柵以外に壁はなく、裏口からすぐ近く、建物の角にある管理室以外は吹き抜けだ。今回俺達は先ず管理室のガラスを破壊し、管理室にいる奴を殺す。その後、管理室のドアを蹴破ってチキンを全滅させる……最後に火を放って終了だ。今日は丁度12月25日。ニコル様の代わりに俺達がここの奴等にローストチキンをプレゼントしてやろうぜ。」
「わかった。」
「おい、聞いてたか?」
「ああ。ニコル様と言えば、とある寒い日に現れて子供達にプレゼントを渡す神族の聖ニコルだろうな。あの男は本格的に神族である可能性が高い。」
「でも、リスカを買ったのは間違いなく魔族ですよ。魔族の服を着ていましたし。」
ここで補足を入れる。
今マニラスが着用している天使の軍服には顔を覆い隠す仮面のような部分があるので、セノスは今見ている神属の男とマニラスが同一人物とはわからないのである。
「もしかして、神族の奴が魔族を殺して、リスカを奪ったのんじゃ……?」
「……は?何言ってんだ、ミラ?理由が無いじゃんか。」
「リスカを何らかの実験台にしたんだと思う。だって、リスカの様子がおかしかっただろ?まるで人形のようにあの男の言葉にこくこく頷くだけ。前会った時のリスカは明るい子だった。何かの実験に使われたせいで、き、きっと廃人になっちゃったんだ!もしくは洗脳とかされたんだ!きっとそうだ!」
「落ち着け。リスカである必要が無いだろう。実験台が目的なら、一人でいる子を攫えばいい。態々魔族を殺して奪うなどというリスクを負う必要は無い!」
「それは、そうだけど……もしかしたら、あれくらいの女の子である必要があるとか、条件が……」
「それはあまりにも憶測が過ぎるぞ、ミラ。条件なんてものがあるのかどうかも……」
「待って下さい!ミラの考えは合ってるかも!」
ヒートアップする二人の議論に水を指したのはセノス。
「何だセノス。ミラの発言が正しいって根拠があるのか?」
「はい……実はですね、リスカは魔族に買われる前日に、異形化手術を受けていたんです。」
それを聞いて、ドグマの顔色が変わる。
「何!?それは本当か!?」
「はい、しっかり見ましたし、聞こえました。鎖を操る異術を使いこなしてましたよ。」
「成程……異形になったばかりの者は面白い実験台になると、魔族神族の間で話題になっている。ならばミラの仮説は正しいかも知れんな。」
「やっぱり!じ、じゃあ、あの神族の男を殺してから、リスカの洗脳をどうにか解かないと!どうするの!?」
「………こればっかりは仕方ないが、王都から来ている医者に引き渡そう。」
「えぇ!?駄目だよ、そんなの!あ、あいつもリスカを実験台にするよ、きっと!」
「そんなことは承知の上だ。悔しいが、俺達に出来ることはない。実験された者を治せるのは同じく実験のみだ。」
「でも!」
「二人共、話は後にして下さい。リスカが養獣場につきました。」
議論はいつか終えなければならない。
たとえいい結論が出なくても、時間が切れたら議論は終わり。今回のタイムオーバーは、リスカが養獣場に着いた事がきっかけだった。それだけだ。
一方、彼等の話を聞いていたのかそうでないのか、マニラスは淡々とリスカに指示をする。
「着いたな。俺が合図したらガラスを破れ。俺が中にいる奴を殺す。3.2.1……今だ。」
何も言わず、リスカはスッと手を挙げ、鎖を出した。その鎖がガラスに触れた、その瞬間………
「!」
「チッ!」
二人を襲うガラスの棘。
間一髪てこれを銃で撃つことで壊し、防いだマニラスは、今の術の解析をする。
「(今のは『物の面』に触れた時その物の材質で出来た棘を伸ばす罠の界術、『瞬針』だな。フロイを殺した時に使った奴だ。この界術は罠を仕掛ける物の強度によって威力が変わる。今回は劣化した脆いガラスだったから良かったものの、もっと硬い物……例えば、新品のガラスとかだったら、危なかったな。)ってことで、出てきたらどうだ?」
「……気づいていたか。」
マニラスの前に進み出たのはドグマ一人だけであり、ミラ、セノス、サザリカは草むらに潜んでいる。
「一人だけか………リスカ、やれ。」
「…………」
「リスカ、俺がわからないか?ドグマだよ。偶に会ってただろ、俺達。」
「…………」
「やっぱり洗脳されてんな?お前。覚えてないか?あの時は楽しかったよな、ご主人に隠れて皆で会ってさ、お菓子を皆で掻っ払ったり、街中に落ちてる金を広い集めてご主人へのプレゼント買ったり。誰が渡すかで毎回喧嘩になって……セノスとサザリカがナイフを持ち出した時は全員死ぬかと思ったぜ。」
「…………」
中々攻撃を始めないリスカに苛々してきたマニラスは、重ねて命令する。
「何やってんだリスカ、早く奴を……」
「あー!後はこんな事もあったよな!覚えてるか?ミラの野郎がやらかした話だ!俺達とバカな事してた時は楽しかったろ!?」
リスカは動かない。まだ動かない。
「面倒臭えな、これだから精神が不安定な餓鬼は……一旦『シャットダウン』してろ!」
苛つきが沸点に達したマニラスは、鉄槌でリスカの頭を殴りつけて気絶させた。
「なっーーーーーー何をやってるんだお前!」
激昂するドグマ。
マニラスは溜息をついて続ける。
「冥途の土産に教えてやるよ。この術は所謂禁じ手だ。使うと後々面倒だからな……お前にもわかるように説明すると、頭を殴って気絶させ、意識を無くす事で『俺の命令を聞く』という本能だけに集中させる。」
「ッ………何処までも人の権利なんて物は無いと思っていそうな輩だな!」
「説明は終わりだ。リスカ、奴を殺せ。」
「……」
「………リスカァァァァァァァ!!!!!!!」
リスカは迷わず、全ての鎖を使ってドグマを刺した。
ドグマは、その鎖を全部喰らった。そして………
「俺は死んでも離さねぇからな!お前ら!」
ドグマは体を貫いたその鎖をしっかり掴み、リスカの動きを止めたのだった。
「そんな奴のいいなりになってはいけません、リスカ!」
「勝て!お前は勝てる!」
「また皆で何かしようよ!五人なら生きていけるよ!」
「いつの間に…………」
そう言ったマニラスだが時すでに遅し、鉄の檻に閉じ込められていた。
「何!?(これは……人一人入れる空間を固定する界術『静寂』……血から鉄を作り操る界術『情撃』……合わせ技か!)」
要は、情撃でドグマの血から鉄の壁を作り、それを静寂でマニラスの周りに固定する事で、マニラスを閉じ込めたのである。
ドグマの血の量だとまだ少ないので、薄い板にしても隙間が出来て檻のようになる。
だが、それでもマニラスを閉じ込めるには十分であった。
「とった!」
マニラスにナイフを向けるサザリカ。
「俺達の会話、聞いてたんだろ!お前の敗因は俺達を舐めていた事だぜ!」
「そうだな、見事だよ。確かに俺はお前等を舐めていたな。だが、それだけだ。『リスカ、こっちに来い!』」
ザシュ。
ナイフが刺さる。
マニラスではなく……リスカに。
「!?」
「がはぁっ……」
「え………?」
穴ぼこだらけの死体が2つ出来た。
この短い間に、色んな事が起こった。
まず、マニラスがリスカを呼ぶ。
マニラスとサザリカの間にリスカが立つ。
サザリカの持つナイフをリスカが受ける。
リスカ、そしてドグマが握っているリスカの鎖から鉄製の棘が伸びて、サザリカとドグマは滅多刺しにされ、動かなくなった。
これが、一瞬の出来事。
「まさか、アドリブでここまでやったとはな。だが、分かる筈だろ?瞬針は俺だって使えるんだよ。俺はさっきリスカに瞬針を仕掛けた。リスカは鎖の異形。身体から伸びる鎖もまたリスカだ。だからお前等二人は刺されたのさ。」
「そ、そんな……二人共………?やられた……?」
「まさか、全員界術を使えるとは思っていなかったが、想定外事項への対処は基本だ。」
ここで補足。
界術は種類が多いが上に、覚えるのがとても大変である。
1つ覚えれば頭がいい、2つ覚えれば天才、3つ以上は王都直属の術師として招かれるレベルなのだ。
「さてと……お前等も殺しておかないとな。」
ドグマが死んだ事で静寂が解除され、晴れて自由の身になったマニラスは、溜息をつきながら2人に迫る。
「ひぃっ……だ、誰か……!」
「ミラ、逃げて下さい。ここは私が食い止めます!」
「セノス何言って……まさか!」
情撃。
血液を鉄にして操る界術である。
その仕様上、周りに死体があると強力な攻撃になる。
その筋の人の話によると、10代の少年少女の死体1一人分の血を使えば、術者が下手くそでも武装した兵士5人を倒せるそうだ。
なら、もし三人分なら、どうなるか。
え?死体は2つ?
確かに、死体は2つだ。
だが、血は三人分になるぞ。
「人間は心臓の血を全て吐き出しても短時間なら生きれるそうです……!サザリカとドグマ、そして私……三人分の血液、耐えられますか?」
セノスは……自分の心臓をナイフで突き刺し、ありったけの血を噴出して文字通りの自殺行為を働いたのである。
これにより、血は三人分。
其処らの戦車など簡単に捻り潰せる程硬く、重く、強い鉄塊となった。
「ふーん……これは確かに脅威だな。だが、弱点は今お前が言った通り、時間がない。なら、やる事は1つしかない。」
マニラスは、いつの間にか取り出した火炎瓶を投げた。
つまり、養獣場は燃える。
そして、マニラスは彼等に姿を見せている。
という事はつまり、マニラスは目的を達成した訳で。
「勝手に死んでくれて助かったぜ!さらばだ!リスカ、鎖を巻き取れ!」
「は!?ここで逃げますか普通!?」
マニラスは、こうなる事を危惧して遠くまでリスカに鎖を伸ばしてもらっていた。
鎖を深く地面に打ち込み巻き取る動作をとれば、さながら立体機動装置と言った所か。
「くっ………逃がすかあああ゛ぁぁぁ゛!!!」
情撃で作れる鉄量は血液量に比例する。
三人分の血液なら、リスカにしがみついているマニラスに巻きつけるくらいの鉄はあるだろう。
そう、マニラスの足に。
「束縛を喰らうのは初めてか?」
「あ゛っ!?」
束縛。
瞬針と同じく罠の界術。これを仕掛けたものに触れた者は痺れてしまい、暫く動けなくなる。
心臓から血を垂れ流している状態でそんなもの喰らえばどうなるか。
「あっ……あぅ……ああぁ……………かはっ……」
ただでさえ限界を越えていたセノスの身体は、さらなる限界に到達してしまった。
生を手放した者は死に捕まるのみだ。
「セノス……セノス……皆死んじゃった……僕はどうすれば……」
仲間を失い、たった一人残った可哀想な奴隷は、ただ、立ち尽くす事しか出来なかった。




