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拳鬼たち  作者: 村崎野 賀茂
8/25

一寸打

受けが、1mほど向かいに佇む

その後ろには、ヒトを受け止めるための椅子が置かれ

これから始まるためのsituationが整う。

胸の前に杉目板を置き、我の拳を受けるすべてが

Stand byしたとき、瞼を静かに閉じれば、

20年前のあの風景がいつも蘇ってくる。

Action<<<<

(1956年 の春 香港にて、、)

“フッ”

沈めた体制からわずかな気迫とともに、

崩錘が突き出される。

葉師の拳は、干した手ぬぐいに一瞬絡みついたのように見えて、すぐにはらりともとに戻ったが、そこには小指の大きさほどに小さな穴が穿たれていた。

同じように13歳の李も打ち出すが、拳にその反動で巻き付いても、決して貫くようなこともなく、傷も一つもついていない。

何度試みても結果は同じだ。

“フンッ”

李は少し苛立ちながらも、苦笑いしつつ、葉師に目で助けを

請う。

しかし、葉師はその口元に微笑んだまま澄んだ、静かなまなざしを李に向けるのみだ。

“師よ、私の発力は、あなたに決して劣るものではないと思うが、なぜか届かない”

純粋な向学心から出る真摯な問いに、口元を緩めながらも、

師は双掌を掲げ、そして左右から合わせた。

“一人の力で戦うからそうなるのさ”

“詠春は単独での戦いを挑んでいるのではない、

お前は我よりもチカラはあるのさ、しかしいつも一人で戦っている、よって我に届かぬのだ。”

“始祖詠春は女性、われよりもさらに力が弱い、

しかし間違いなく我らより上だ。大昔のことだが、

間違いなくそうだと今のわしは確信している。”

師からの指導はいつも同じ。

一人で戦うだとか、これが路上の喧嘩の立ち回りのこと

なら、おお正しくその通りだといいたいところなのだが、

いやいや、これってひとりでやっている套路のことだし、

なんで⁇ という疑問しかなく、そういう事を何度も繰り返していたら、いい加減苛立ちもする、成長もなにもないことに、その意義を見い出せという方が困難な話だ。

“はぁっ”

と一つため息をついて、ズダ袋をかつぎ、稽古を上がろうとした時、師から、よびとめられた。

これから朝飯にどうだとのことだった。


朝7時だというのに、もうごったがえしている。

師と共に通りに出ると

ヒト込みをすり抜けながら、1ブロックほど歩く。

と、いつもの飯店が今日も、にぎやかな喧噪とともに営業しており、二人して開いているテーブルに素早く潜りこんだ。

やってきた店員に、油条と粥、そして点心をいくつか注文し、

しばらくの歓談を行う

今までは師の本省の頃の話が多かったが、珍しく今日は香港に来てからの話になった。

“まぁ本来の鍛錬では、脱落者が多くてな、きっと武館の運営には向かない古いやり方だったんだな。” 笑いながら、そう云う師、、

しかしそこを学べる体み系に組みなおして、なんとか梁や駱などの兄弟子たちが育ったという話であった。

なるほど、葉師の指導はわかりやすく、学びやすい。

しかし、それでは古式はどのようなものか、少し興味をそそられそうになったところで、料理が運ばれてきた。

嬉しそうな顔をする師を見ていると、自分の心を見透かした様にこうつぶやいた。

“なぁに教えていること自体はそう変わらないさ、表現の仕方や順番を簡単にしただけで案外同じものさ”

そう云うと、師は油条を頬張り粥をすする。

李も促され、師の後に続き食べ始める。

“今朝の一人で戦うな、はな、両公婆の口訣になるものさ。”

“両公婆?”

“そう、日本の琉球拳では夫婦手とも云うらしいな、

双つの手が互いに助け合ってなんて言うのは日本人だけだがな、俺たちのは違う。双つが同じ方向なら2倍のチカラだが、反する方向なら4倍のチカラだ、俺たちは実をとる民族だ。

反するもの同士が存在する方が、お互い得られる結果は大きいのさ。”

そう云うと箸を1本ずつ握り十字に交差させる、そして二つを押し合い、次の瞬間はじいた箸で、卓に散らばった油条のかけらを吹き飛ばしていった。

李は今朝の師の腕の動きを重ねていた。

“あっ”

そう確かに腕と腕を十字に重ねて、そうかっ!

チカラを溜めた腕を重ねて、弾くように突き込んでいた。

そうかこれがあの穿った穴の元種なのか。

それを見てニヤリと師はこう続けた。

“ただし、ひとつだけ大事なことがある。”

“あまりやりすぎるな。”

“!! ??”

“あれはな、やりすぎると気が偏る。古式というのはその点

考えられていてな、気が偏らないようにバランスよく分散するようにできているんじゃ。しかも個別の身体の特徴傾向に合わせて師が調整して、永く続けられるようにな、套路というものは本来そういうものなんじゃ。

しかして、偏ったものを修練したらどうなる?

いずれ体のどこかがオーバーヒートを起こすことになる。

この両公婆は肝の気、やりすぎると次の順の心の気に響く

しかして、何事もバランスよくいかんと、これが本当の肝心なのじゃ”



目を開けると、決める時間。

さっと半歩、 歩を進める、と

右半身と左半身を両公婆に開く、

“カッ”と杉目板が二つに割れ、そのまま

受け手が椅子までよろめいて腰かけてしまった。


鳴りやまぬ拍手、そして尊敬のまなざし、

しかしながら、胸に一抹の不安を抱えつつ、

未来を夢見ていた。



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