コークスクリュー
1897年12月ノーマンはロングアイランドにいた。
14回、対戦相手のダン・クリードンとは互いに譲らず、
どちらが主導権を取るかの争いに終始した。
15回、ノーマンが勝負に出る。
それまで顔面をしっかりとガードしていた両腕を、
腹の前まで下げて、ダンを挑発する。
チャンスと見たダンは、オーバー気味のストレートをたたき下ろしてくるが
それを予測していたノーマンは膝を沈めながらスライドダックし
そのサイドからクロスさせるように、テンプルを捻じり打った。
先年トミーライアンとの死闘の際、スゥエーだけではなかなか互いに
決め手が出ず、とっさに身を沈めたときに、偶然目の前に
ライアンのテンプルが浮かんでいた。
気が付いたらすでにトミーは倒れていた。
その時と同じ、ゆっくりと流れる時間、左へすすうとと流れる獲物に
右が追い付き、その衝撃を伝えきるまでが、スローモーションの
様に見てとれた。
今日も同じ時間の中にいた。
この中ではヒトはヒトとしてのチカラなどたかがしれとている。
誰も知らないだろうが、本当のこの時間の中では、ヒトはゆっくりとした
真のヒトの時間の中でしか動けないのだ。
この時空の中で動くには、ヒトはヒトのチカラを使えず、神のチカラがいる。。
ノーマンが神のチカラをみつけたのは、一ヶ月前のトレーニングの煮詰まっていた
最中のことだった。
日中の疲れもあり、ソファーで丸いクッションを抱えていたノーマンは
さぞ物恋しい目をしていたのか、恋人のソフィーの愛猫サリーが啼きながら近づいてきた。
"なんだよ、お前もかよ"
サリーも自分と同じ境遇のような気がして、ノーマンは話しかける。
えさが欲しいのか、ただ甘えたいのか、自分と同じように
何かが物足りなくて泣いているようにそのなき声は聞こえる。
"ふん、そうなのか俺のこれがほしいのかい"
近くにあったソフィーの編み物に使う毛玉を
投げてやる。
するとサリーは毛玉の上に双腕を伸ばして、
うーんと伸びをして乗っかかってきた。
"ふふっお前もそうだろうと思ったよ。"
そう言って
とノーマンも同じようにクッションに両手を伸ばして向かい合う
乗りかかると、なんだか人間と猫両者がファイティングポーズを
とってるかのようでおかしみがある。
ほんの少し気持ちが晴れた気がして、サリーを撫でようと
手を伸ばした瞬間、猫は飛び上がってよけてしまった。
"バンッ!!"
一瞬空を切る手、しかしクッションの上に乗っていて体が
滑ったこともあり思ったよりも遠くに伸びた手で
床を思いもかけない叩き方をし、自分自身びっくりしていた。
そして同時にいま目の前で滑りゆく風景と同化した
自らの体と前腕には、ヒトのチカラではなく、
あたかも滑り台を自然に滑り落ちるような、
スゴイというワクワク感と一緒に
特別な畏敬の念が湧き出るのを感じた。
これは腕力を使う類ではない。
まさしく滑り落ちるチカラ
神のチカラだ。
その後数日かけて、いろいろ滑る方法を
研究した。
体の前に球体を想像してその面を滑らす。
できないこともないが、力の向きが
しっくりとこない、というよりこれはフックとしては使えるかも、
これを横向きではなくて、前方に伸ばしたら良いのか
えーと、球体を前方に伸ばしていくと、
円柱になるな。
その球面上を滑るように、パンチを走らせる。
まるで東洋のブッディズムで観た、剣に巻き付くドラゴンのよう
そのようなパンチの軌道。
これならどうか。
実際打ってみると、力は入れていないが意外なほど重い。
片腕でも20ポンド、その重さの弾丸が高速で滑り落ちてくること考えると
これはかなりの凶器だ。
円柱の軸に対して、球面上をらせん状に滑っていくブロー、
そうだ、"コークスクリューブロー" と名づけよう。
そうして生まれたのがこのブローだった。
ダンのうち下ろしのストレートに対して、
ドラゴンのように巻き付くかのように滑り込む
ノーマンのブローは、最終目的地のテンプルに
食らいつく。
激しく飛び散る汗と衝撃音に、砕け散った闘志が
ゆっくりと静かに最後の気を発しながら
暴れ牛を眠りにつかせる。
膝をついたダンが、ロープに上りかけたまま、
祈るように俯き何かをつぶやいていた。
"今のが、コークスクリューとのなれそめでさぁ"
庭師のノーマンが、自動車王のフォード卿に
今日も昔話を語っていた。
ノイマン、かつてのキッドマッコイは、
先年俳優のチャップとの縁で自動車王と知り合い
今はこうして広大な邸宅の庭師をしている。
といっても大半はこのような昔話に華を咲かせるのが
ほとんどだったが、それでも普通の成功とは少し違う
すごい成功というのには、ヒトを惹きつけるものがある。
T型フォードで大成功を収めたフォード卿も同じく、
そのような人の生き様にこそ、共感していたのであろう。