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拳鬼たち  作者: 村崎野 賀茂
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忽雷架 一

李は師ともに帰路を急いでいた。

師は師爺のいる家講へ手土産の作物を届けた後、今朝も小架の修練に明け暮れていたのだが、急になにかを思いついた様に、趙保へと帰るといいだした。

自身もそれに随伴しながら、小走りについていくが、なぜか

師の足取りは軽い。

師の字は清怦、陳氏16世の陳有本の直系弟子で、最近

趙保へ婿入りしてきたまさしく正統派の拳士である。

これはとても大層な大御所だと、礼を尽くして門を請うたものの、意外とすんなりと許しを得て、今に至る。

話せばなんと気の良く、微笑みの絶えないお方、巷の

拳門の師にあるような、頑屈な輩とは似ても似つかない

穏やかな大人であった。

そんなお方の付き人として、今日も李は即参しているわけであるが、師 清怦からは、これまた誤りを指摘されたことがないのが、近ごろ李を悩ませている問題であった。

“お師さま、やはり家講と趙保とでは、違いがございますね”

大柄な師に、小走りについていきながら李が尋ねると、

師は、”おや、そう思うかい?ぼくには同じに見えるけど、”

師が言う”同じ”はもちろん単純に動作のことではない。

太極拳には、一つ一つの動きではなく、原理原則の身体操作があっていれば良く、自在に育てていくものという教えがある。

そのなかで多少の違いなどとるに足らない違いであり、というようなことをおそらく師は言っておられるのだけれど、その違いこそがやっぱり大きいと思う李は、心のうちに

もやもやにずっと悩まされているのであった。


趙保にかえって来て、ポンっと荷物を投げ出してすぐに小架を始める師に付き、李も同じ動作で始める。

しばらく続けたのち、こちらに向き直った師が、笑顔で

こう言った。

“李よ、これをどう思う”

師が見せたのは、” 攬擦衣”の一動作だ。

さも然の如く、” 攬擦衣”ですねと答えると、

“なるほど、では、これは?”

と再び繰り返す、が先ほどとは少し異なる感じがする。

異なるが何が違うのかわからず戸惑っていると、

“こちらを突いてみな”と師、

砲錘を胸元に走らせると、右扇掌でいなされ、しっかりと

攻手を封じながら投げられてしまった。

“今のが小架な”

師はその手を取って起き上がらせると、再度の攻めを

求めてきた。

李が再び砲錘を走らせる。実は

いまだにこの時の衝撃を、李は忘れられないでいる。

突きが胸元に伸びた瞬間、ありえないことに、師の体が

突如巨大化したのだ。

と、言っても本当に大きくなったのではなく、わずかな違いなのかもしれないが、師の動きが変化したのを自らの脳は

巨大化したと認識してしまっていた。

あっという間に背後に回り込んでしまった師は、赤子のように、柔らかく李を抱きかかえ後ろに手に抑えて微笑している。

李はいつの間にか上方に師を見上げる格好になっていた。

“李よ、今のが趙保になるが、”

“はぁ”

ぽかんと口が開いたままの李は師を見開いて見たまま、動けずにいるが、”なんすか、今のは !”

と飛び上がって起き上がると、師に喰いついた。

嘘か真か、妖術か、今目の前で起きた初めての体験に

理解が追い付いていない。

なにを言う、趙保なら子供の時からやっている。

数え5つの時から、近所の叔父から見よう見まねなりして

きたこの拳が”アレ”だと、そんなわけがあるか、

ひとしきり、口走ったあとに、興奮した自分に気恥ずかしく

なって、改めて落ち着いて師をみると、師はそれを待ってくれていたようだった。

“まぁ驚くのも無理はない、ワシですらここにくるまで

こういうものとは思っていなかったからな。”

そういうと、師は卓にあった椀に茶をそそぐと、ぐいっと

飲み干し、李にも奨めてきた。


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